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プロローグ~和彦の話~

 1999年。北海道のとある町にて。

 思春期真っ盛りの中学生の頃だ。

 来る2000年を控えて世間は盛り上がり新しい紙幣が限定で印刷される。この年を迎えるとパソコンやらが何だか大変な事になると言う厚いブラウン管のテレビで眺めていた自分。近藤和彦は自分の恋愛対象が同じ男に向けられていると言うのを自覚した。

 北海道の地方で育ち両親と四つ上の姉。保育園からの仲の友達に囲まれて何不自由無く育った自分に思わぬ試練が訪れてしまったと頭の中はひたすらどうしようと繰り返し繰り返し自分自身に問い詰められていた。

 自分、近藤和彦は中学三年生になったばかりである。背丈はクラスの中では中間、真っ黒な髪は当たり前だが染めたことなど無い。やや鋭い目付きにあまり関わりの無い人間からは怒っているように見えてしまいあまり人は寄り付かない。

 それでも幸せに暮らしていたはずだ。両親は健在で漁師の父とスーパーのパートに出ている母。四歳年上の姉は実家から通える美容師専門学校に通っており平凡な家庭だと思っていた。

 思っていたのだ、思春期を迎えるまでは。

 第二次成長期。性への関心が出てくる中で中学生など煩悩の塊である。女の子が女らしい体つきになる事に生唾を飲みどうやったら裸体が拝める本を買えるのかと本気で悩み雨の日の河原に無造作に捨てられていると言う情報がいつの間にか共有された。

 それを聞いた煩悩の塊の一人、幼なじみの本郷卓也が何ともいい笑顔で行こうぜと誘い慌てふためく自分と反対に無反応で無表情の同じく幼なじみの加山廉との三人で河原に向かい周囲に誰もいないか確認しながら目当てのそれを見た。

 卓也が目を見開いて嬉しそうにしている。

 廉はそれを眺めて何故か感心していた。

 自分は興奮した振りをした。

 健全な男子中学生ならば、ここで興奮しないのはおかしいと踏んだからだ。


 ただその裸体が映る本の最後に何故か、成人男性の官能的な写真が映っているのを見て興奮する自分を自覚した。


 その後はどうしたか。

 ご機嫌な卓也は本を持ち帰り無表情の廉はまるで本屋に売っている健全な本を見るかの如く真剣に見ており三人それぞれ本を持ち帰った。この事は他言無用。親にバレたら一体何を言われるのか分かったものじゃない男の約束だ。

 そうして息を荒くして帰りおかえりを言わない事に怒られて持ち帰った本の最終ページ、官能的な男性の裸体に間違い無く興奮する自分に絶望したと同時に自分がそう言う人間だと言う事に深く納得した。

 ちなみにどうやら自分の男性の好みはつり目の美人らしい。


「昨日のお宝さ」

「ん」

「速攻で親に見つかった」

「へぇ。それで」

「鼻で笑われてあんたもそう言う年だよねって母ちゃんが」

「そうか」

 教室から出て廊下で卓也と廉と話す。教室でも話しても問題無さそうな声量で話しながらそれを耳には届いていたが頭では処理が出来ずにいた。

「カズは?」

「……」

「カズ?」

「……」

「カズちゃぁん」

「…ベッドの下に隠してある」

「ベタな所だな。見つかるぞ」

 俺達がこうして学校で真面目に授業を受けている間にも母ちゃんが部屋の掃除をして見つけてしまうだと卓也が大げさな身振り手振りで話す。

「廉は?」

「そうだ。廉は?お前が一番よく見てたろ?お前はスケベ日本代表だ」

「へぇ。世界大会が開かれるのか」

「そうだ。スケベの世界大会。優勝者には名誉あるスケベの称号が与えられる」

「下らねぇ…」

 卓也の下らないながらも笑える話を廉は真面目な顔で聞いていた。真面目に聞いているように見えるかもしれないがきちんと頭はふざけた考えで支配されているだろう。

「スケベ日本代表、加山廉」

「いよ」

「一ページ目から最後まで余さず見ました」

「いよっ!名誉スケベ!」

「日本代表!掴め世界一!」

 便乗してふざけると悩みがどうでもよくなる。

「興奮しませんでした」

「…何だと…?」

「え?」

「裸が並んでるなぁとは思ったが」

「え?廉、男だろ?」

「男だな」

「あんなかわいくてエロいオンパレードなのに?」

「分からないが、何も反応しなかった」

「それって」

 もしかして廉も自分と同じなのではと思い仲間が欲しい一心で口を開こうとしたがそれより先に廉が喋る。

「好みがいないのかもしれない」

「好みがいない?」

「余さず見たが、俺の好みに合うのがいなかったのかもしれない。だから、反応しなかったのかも」

「え~そんなもん?」

「俺は初恋もまだだしな」

 好きになった女にしか興奮しないかもしれないと煩悩だらけの中学生が騒ぐ教室からの声が漏れて聞こえる廊下で廉は静かにそう言った。

 周囲よりもどこか大人びて見える彼は自分とは違う、仲間じゃないとすぐに分かり俺はようやく分かった自分の性的対象をさらけ出す事を決してせずに女が好きな男をずっと演じようと決めた。


 正直に口から話し、自分が周囲と違う人間だと取り残されるのを耐えられる程に強い人間なのではない。

 誰かに支えられて誰かと笑い合う事が出来ないと生きていける気がしないのだ。


「あ」

「え?」

「何でもねぇ」

 そうして隠しながら生きている。幼なじみの友人と笑いながら受験生としての苦悩を語り合いどこの高校に進学をするかと言う悩みから逃れるようにテレビを見ていると夏から放送される新ドラマに出演する俳優がバラエティ番組に出ていた。

 その時初めてその俳優を知ったがまさに自分の好みそのままで、思わず漏れ出た声に反応した姉に何でも無いと誤魔化しながらその俳優の一挙一動を見つめた。

 猫のようなつり目で口は小さい。髪は短く頭の形が綺麗。背丈はテレビだと身長が分かりづらいが体型は大人の男。

「格好いいわ。この人」

「ふーん」

「あたしの好みだわ」

「ふーん、こんなのが好きなんだ」

「そうだよ。悪い?」

「悪くねぇよ」

 姉と自分の好みが似ているらしい。姉と弟と言う間柄ならそんな事があるはずないのに同じ血をここで感じてしまった。

 その日からだ。姉の美夏はその俳優が載っていると言う雑誌や生写真などのグッズを中学生の自分では到底及ばぬ財力で手に入れていく。自分は精々その俳優が出ているドラマやバラエティを確認して興味がありませんと言う風に装いながらしっかり見つめていた。

 そうして気付いたがその俳優を自分は押し倒してあらぬ顔をさせてやりたいのだと気付いた時、あぁ俺は男と付き合った時は男役を間違い無く望んでいるのかと分かった。今後この気付きは役に立つ時が来るんだろうか。

 頭の中では冷静に自分の欲求を隠す事が出来たと思っている。ただ、未熟な若者。まだまだそう言ったコントロールが不完全な中学生の自分は姉の部屋に忍び込みバイトをして稼いだ金で買ったその俳優の生写真を一枚抜き取ってしまい、学生証に挟んで肌身離さず携帯してしまった。学生証には皆好きなものを挟んでいる。

 私はこれが好きだとアピールするように。

 僕はちゃんと流行りのものを知っていますときちんと見せるように。

 そして押さえきれない思いを隠すように。


「なぁ。高校どうするの?」

 夏休みが始まる頃、卓也が尋ねる。

「廉はあそこだろ?あの進学校」

「そうだな。卓也は?」

「○○高校、近いし」

「あんま治安良くないぞ?あそこ」

「でも俺でも入れそうだし」

 俺達三人は友達同士だが学力はバラバラだった。

 卓也はお世辞にもいい成績ではない。下から数えた方が早い成績で、逆に廉は成績優秀で地元で有名な進学校の推薦を貰えるようだった。

 俺は中間、悪くもなく良くもない。地元の中の中の高校に進むだろうとぼんやり思っていた。そうすると物心ついた頃から一緒にいる二人とは離ればなれになるんだろう。

「…寂しいな」

「あらカズちゃん。寂しいの?」

「カズちゃん。大丈夫よあたし達ずっとベストフレンドよ」

「何でオカマみたいな喋り方なんだよ」

 進学を機に離ればなれになる寂しさをふざけて有耶無耶にしてしまい。それぞれ問題なく高校へと進めるように励み、最後の夏休みを悔いの無いように過ごしながら時折これから訪れるであろう高校生活がどうなるのか想像した。


 高校生になったら彼女が欲しい。


 夏休みを終えた教室で日焼けした肌を自慢する声、旅行に行った話。まだ夏休みでいてほしいと聞こえる最中。

 高校生になったら彼女が欲しいと言う顔も名前も知った同級生の戯れが突き刺さる。

「カズ?」

「…あ、その」

「どうした?」

「いや…彼女って」

「彼女?」

「お前彼女欲しいのか?」

 卓也と廉が不思議そうに首を傾げながら話す。彼女が欲しいと言う言葉が聞こえてつい口に出してしまったと言うと二人は考え込むようにしてから口を開く。

「彼女ってどうしたら出来るんだ?」

「え?好きな人に告白して…」

 そう言う流れで作るんじゃないかと話すと卓也は道行く高校生が当然のように彼女を連れ歩くため彼女と言う存在は高校生になったら自然に出来るのではと言う。自然にって何だ。

「卓也、恋人は自然に出来ない」

「だってあんなにいるんだぜ?カップル」

「高校生になったら理想の彼女が地面から自然発生するのか」

「え、怖い…」

「そう言う事だ。彼女は自然に出来ない」

「なら…ならどうすれば」

「己を磨け…きゃー!この人素敵ってなったら出来るぞ彼女が」

「俺は今でも素敵だぜ?」

「その前向きさは素敵だよ…」

 二人の会話に相槌と笑い声を上げながら聞いていたが、すぐ側にいる二人がやけに遠くに見えていた。

 男子の恋人、と言ったら当たり前に女子になる。女の子の危うい柔らかさや綺麗に手入れされた髪や側を通ると香る甘い匂いに魅力を感じなくてはいけないのにそれが一体何のための魅力なのか感じない自分はあの俳優に性的欲求を向けて自粛をしていた。

「廉は?」

「ん?」

「廉は彼女とか恋人欲しい?」

「好きになれる人がいたらなって欲しい」

「好みとかねぇの?」

「無いよ。何も」

「変な奴」

 そんな会話をした数日後、隣のクラスのかわいいはずの女子に告白をされた。

 真っ赤な顔をして俯いて俺の志望校を卓也と廉との会話から盗み聞きして合わせて来たとまで言った。

「好き?」

「…うん」

「何で?俺を?」

「か、格好いいから…目付きが格好よくて…それなのに本郷君や加山君といる時はかわいくて…」

「そう…なんだ」

「お願い…付き合って…近藤君に合わせて高校も変えたの、お願い私の彼氏になって」

 そんな別に俺があんたの進路を変えさせたみたいに言って、勝手に俺に合わせたのはあんただろうと思っていると彼女の後ろに建物の影に隠れるように彼女の友達だろうか…笑いながら見守る女子がいた。

「……」

 何だこれ。

「…えと」

 これは何だ。

「…俺はその…」

 これは断ったら俺が悪人になるだろうか。


「…分かった」


 断ったら悪人になる。そう思い頷くと彼女の友達が声を上げてやって来て彼女の知られざる魅力を語りながら泣かしたら許さないと言って精々名前しか知らない彼女を任された。

(でもこれで)

 断れない状況の中で、心の奥底にある“もしかしたら”を掬い上げて俺は彼女を恋人にしたのだ。

 もしかしたら女の子を好きになれるかもしれない。


「…え!!?」

「は!?」

 二人は声を上げて驚いた。卓也は声も行動も何もかも喧しく驚き廉は滅多に声を上げて驚くことが無いのにこの時ばかりは驚いていた。

「すまん。抜け駆け」

 そう言ってピースサインを作り笑う。

「いやいや…いやいやいやお前!」

「カズ、本当に本当か?」

「悔しいか?」

「悔しいじゃなくて…驚きが勝ってる」

「だってお前が…彼女?」

「そう。彼女」

 間違い無く女の子の恋人が出来たと語ると二人はいつまでも驚いた表情をしていた。


「なあ姉ちゃん」

「何?」

 二人に報告したその日の晩に共通してお気に入りの俳優が出ているバラエティ番組を見ている姉に話しかける。

「俺彼女出来た」

「……何て?」

「彼女、出来た」

「…お母さん!お父さん!」

「姉ちゃん!?」

 姉は声を上げて台所で洗い物をしている母に、風呂に入っている父に報告した。

 両親は驚いた。母は特に何度も本当?と聞いていた。それほど信じられないのかと何度も繰り返して彼女が出来たと告げると最後まで信じられないと言う表情で洗い物をしていた。そんな大事件だろうか何年間前にあった起こった何人も死んだ事故よりも些細な事なのに。

 父は何も言わなかった。


「カズ君」

「…何それ?」

「カレカノっぽく呼びたくて…カズ君も私の事好きに呼んでいいから」

(…下の名前何だっけ)

 名字は分かるんだが下の名前まで知らないぞ。

 カレカノ、彼氏彼女っぽい呼び方とは一体何だ。それは気持ちがあれば滲み出て来るような呼び方なのだろうか。


「ねえ。次の休み一緒に勉強しよう?」

「一緒に?」

「うん。二人っきりで」

 約束した日に彼女は校則に縛られた長いスカートではなく足をさらけ出したミニスカートを履いてやって来た。こんな短いの履くの初めてだから恥ずかしいなとこちらを見て頬を赤らめていた。

「…ならズボン履いたら?」

 風や階段でいちいち恥ずかしがるのでそれなら下着を気にする事の無いのを着たらいいだろうと提案したら機嫌が悪くなった彼女に気をつかい何の勉強も出来ずにいた。


「カズ。彼女と順調?」

「そうだ。仲良く出来てるのか?」

 紅葉が彩る季節になって不安げに聞いてくる二人に順調かどうかの判断が分からないためとりあえずまだ付き合っていると報告すると二人は顔を見合わせて驚いた。


「デートがしたいの」

「へえ」

「カズ君。連れていって」

「何処に?」

「あのね、水族館に行きたいの」

「金あるかな…」

 中学生の小遣いだけだとなかなか難しいんだよと言うとそんなのお母さんに頼んで貰えばいいじゃないと機嫌を損ねる。

「この間漫画買ったからな」

「ねぇカズ君」

「え?」

「私の事好き?」

「え」

「好きなら水族館ぐらい何とかしてよ」

 思い出を作ってよと彼女は泣いた。

 周囲から俺が女を泣かせたと悪者になった。


 そう言う訳で来月の小遣いを前借りさせて下さいと母に頭を下げると洗濯物を畳んでいた母は普段なら手を止めずに話すはずが手を止めてこちらに体ごと向けて話し始める。

「和彦あんた」

「うん」

「本当にその子が好きなの」

「、当たり前じゃん」

「本当に?」

「だから本当だって」

「じゃあ何でそんな疲れた顔なの」

「え?疲れてる?」

「あんた分かりやすいのよ。それにあたしは母親あんたが気付いてない事もあたしには分かるの。彼女が出来たって?それなのにあんたは楽しそうにしてないじゃない」

「いや…それはほら、付き合い立てだし」

「相手に答えられないなら付き合うの止めなさい。不誠実だよ」

「んな、」

 母は結局、小遣いの前借りをさせてくれなかった。


 それを伝えデートには行けないと伝えると彼女はそれじゃあ代わりにものを要求し、それは何かと聞くとキスをしてと言われた。

 私とカズ君恋人同士だもん。出来るよね。

 え?

 ねえ。目をつむってるから早く。

 キス?

 ほら、早くしてよ…。私も恥ずかしいの。

 目を閉じて唇同士が触れ合うのを待っている彼女。ここでしなければまた機嫌を損ねると思い一瞬、一瞬でいいんだ。触れるだけで終わる。

 そう頭の中で大声で呼び聞かせて顔を近付けようした。

 顔を。

 一瞬触れるだけでいい。

 長い人生の中のほんの一瞬。

 それだけ。

 それだけ。

 それ…。


 無理。


 口から心の底からの本音が出てそれを聞いた彼女に平手打ちをされた。女の子の細い腕なのに力が思っていた以上にすごい。その威力を受けて宙を舞った学生証、そこから飛び出る性的な目で見ていた俳優の生写真。


 それを目撃した彼女は凄まじい嫌悪を込めた顔でこちらを見て走り去った。


 それからすぐに同級生の間で近藤はホモだと言う噂が流れて腫れ物を扱うように接せられた。

 あいつ男が好きなんだって。

 ○○ちゃん、それ知らなくて騙されたんだ。

 手帳に好きな男の写真挟んでたって。

 あんま見ない方がいいぜ?好きになられる!

(好みでも無いのに好きになる訳ねぇじゃん)

 お前ら女なら誰でも好きになるのかよ。

 頭の中でそう反論しながらも口に出せば遠巻きにされる。腫れ物扱いされる。好奇心に満ちた目で見られる。

(あ、やっぱり隠した方がいいんだ)

 この同性への欲求は墓まで持っていくべきなんだと悟り、自分を墓へと埋めるように学校から足が遠退き部屋に籠る日が続いた。

「和彦」

「…」

「ご飯、食べな」

「……」

「顔見せて、部屋から出て食べな」

 母の声に部屋の扉を開けると学校を休み続ける自分を笑って迎え入れる母がいる。

 学校で噂が流れた時に登校を渋る自分に母はパートを休んで事情を尋ねた。聞かれても聞かれても答えない自分の側にずっとおり離れる事が無かった。

 言えば崩壊する。親が悲しむ、せめて母には秘密にしておきたい。そう思う反面知って欲しい受け入れて欲しいの感情がそれと同じぐらいに膨れ上がり正反対の二つの感情が混ざり爆発しそうになると結局秘密し続けるのはもう無理だと楽になりたい自殺願望のような気持ちで母に震える声で打ち明けた。

 そうして言葉の組み立ても滅茶苦茶な状態で彼女が出来たが好きになれなかった。自分は気持ち悪いだろうけど男が好きになってしまう。何とか大人になるまでは治したい。ホモだと噂が流れて学校に行けない。

 そう吐き出すと黙って聞いていた母は背中を擦り頷く。

「やっぱりか」

「………え?」

 今、やっぱりかって。

「薄々感じてた。やっぱりそうか」

「え?は?何それ?」

 母の思わぬ言葉に狼狽えると母は昔からそうだは無いかと感じていたと話し始める。

「保育園の頃、あんたが好きだって言ったのは決まって男の子だったわ」

「え?そうだっけ?」

「そうよ。それにお姉ちゃんと同じ、好みの人を見ると目付きが変わるの。あんたは隠してても分かるわ、母親だもの」

「…嘘」

「本当だよ。だから、お父さんも知ってる」

「父ちゃんも!?何て言ってる!?」

 怒った?がっかりした?それとも…。

「何も言ってないわよ。そうかってだけ」

「…もしかしてあんま興味無い感じか?」

「違うわ。その後こう言ったわ“ホモでも何でも息子なのは変わらん”」

「……」

「別にそれが犯罪な訳がない。和彦は変わらず俺の息子」

「…普段無口な癖にちゃんと喋るじゃん」

 せめて俺の前で言ってくれよ。

「恥ずかしいんでしょ」

「……」

「そう言う事よ。お母さんもお父さんも分かってる。それで和彦への態度や愛情が変わる訳じゃない。あんたをそのまま受け入れて愛してる」

「…照れる」

「こう言うのはね。直球で言った方がいいのよ。でもあんた、隠すために人の好意を利用するのは悪かったわね」

「…あの彼女の事?」

「そうよ」

「でもあいつが俺の噂流してしかも志望校まで変えられたとか嘘も言ってるんだよな…」

「…まあそしたら五分五分ね…でも謝る機会があれば謝っておきなさい」

「分かった…」

 ただ噂が流れて腫れ物扱いの学校には行けない日々が続いた。担任が訪問して来たり授業が遅れないようにプリントを渡してくる中で、卓也と廉が家を訪ねる。

 何度か訪ねて来ていたが、合わせる顔が無く断っていた。段々と心の整理がついてきた頃に毎日のように会っていた二人と久しぶりに顔を合わせた。

「お久し振り」

「久し振り…卓也、なにその傷」

 久し振りに会った卓也は顔に痣が出来ていた。

「まあいいじゃん?」

「カズ、痩せたか?」

「少しな」

「あーあ、食わないと駄目だぞ」

 噂が流れても二人は何も変わらずにいた。気をつかっているのかと思うと申し訳なくなり二人につい自分が気持ち悪くないのかと尋ねると。

「気持ち悪い?」

「だって俺、噂で流れてる通りだぜ?ホモだぞ」

「いやそれはさ」

「あ、安心しろお前らは友達。大丈夫だから」

 そう言う目で見てないからと弁明するが二人は大きくため息を吐いた。

「あのさ、カズ」

「俺達さ」

「お前が男好きって知ってたぞ」

「何年の付き合いだと思ってる」

「………え?」

 母に続き二人も知っていたと言う。

「分かりやすいもん。お前」

「だから彼女出来た時にかなり驚いた」

「全然嬉しそうじゃねぇしな」

「……何だよお前らも分かってたのかよ」

「おう」

「それに、俺と卓也は和彦とそれこそ物心ついた頃からの友達だ。お互いに長所も短所も知ってる。それをひっくるめて友達でいたいって魅力があるのにお前が俺達との恋愛対象が違うって理由で他人になるほど俺達は薄情なのか?」

「…それは」

「違うだろ?」

「廉良いこと言うな」

「俺達は近藤和彦と言う人間の友達としてありたい。お前はそれだけ魅力がある人間だ」

「廉…」

「廉は本当に良いこと言うな」

「それを理解していない。お前をただ自分と恋愛対象が違うから排除してもいい。傷付けていいと思う奴等の事なんて気にするだけ無駄だ」

「そうそう!腹立って殴った!」

「え」

「……お前の机をばい菌扱いした馬鹿がいて…卓也が殴った」

「え!?」

「後悔してねぇ!」

「それでお互いに掴み合いになって卓也も殴られた」

「名誉の負傷とはこの事よ!」

「…何してんだよ…卓也…」

「俺も卓也一人に三人で殴ろうとしたから参戦した」

「本当に何してんだよ…廉」

「だって当たり前だろ」

「友達がそんな風に言われたら」

「…しなくていい」

「はぁ?」

「俺が直々に今度からやるから」

「…そう来なくちゃよ」

「んじゃ明日から迎えに行くか」

 そうしてまた学校へよ通い始めた。

 久し振りの登校に周囲はざわめいていたが卓也と廉が本気で怒ったためか不登校になる前よりも陰口は減っていた。それでもからかう奴はいる。卓也と廉が立ち上がるより先に立ち上がり怖いと言われる顔を存分に使って睨み付けると小声で文句を言いながら去っていく。

 遅れていた授業を取り戻しながら前とは自分に向ける視線が変わる中で日々を過ごすが果たして志望校はこのままでいいのかと疑問に思う。今は卓也と廉がいるが高校になると一人になる。勿論一人でもやっていかないと今後の長い人生自分を守る強さが身に付かない。

 しかし志望校そのままだと自分を知る者がまた在らぬ噂を立てるかもしれない。それに耐えられる強さを高校入学までに付けられるだろうか。

 悩んでいたその時だった。

 担任から呼び出されて空き教室に入ると中には担任とスーツを着た見知らぬ女性がいた。

「こんにちは。近藤君」

「…こんにちは?」

「私は薊学園案内担当の西脇と言います」

「はい?」

「今日は近藤君に案内があってここに来ました。どうぞ座って」

 話が見えないままにその案内担当とやらの女性がパンフレットを見せる。高校の案内らしいが聞いた事の無いその名前に首を傾げていると女性が説明を始める。

「私が案内している薊学園は共学の全寮制の高校で、自由な校風が魅力なの」

「はぁ…?」

 それを何故自分に、と言うか自分にだけ案内しているのかと首を傾げていると次に女性はとんでもない事を話す。

「この学園は、全国かれ同性もしくは同性も異性も両方好きな子だけを集めているの」

「は?」

「驚いた?」

「え?ちょっと待って下さいね…」

 担当を横目で見るとどういう表情なのか苦笑いでこちらを見る。

「えと…俺がそうだと知ってるんですか?」

「うん。実はね。全国の中学校にもしそう言った子がいたらこちらに連絡をして学園へと誘っているの」

「てことは…先生が?」

「違うのか?」

「違わないですけど…」

 自分の知らない所で自分の情報が流れてるのはあまり気分が良いものじゃないな。

「近藤君。この学園があるのはきちんと考えがあるの」

「考え?」

「世間にはその存在を知られてはいるけど世間の風当たりは同性愛にはとても強い。悲しい事にからかいの対象や排除していい存在だとも思われる時もある」

「それは」

 心当たりがある。

「苦悩して最後には自分で自分をと…そんな結果になる事もある。そんな苦悩を無くすため、自分を偽らずに生きるために創立されたのが薊学園」

「…へぇ、そんなのが」

「勿論無理にはとは言わない。近藤君が行きたい高校に行くのが一番だから選択肢の一つに入れておいてほしい。全寮制だけどそこまで厳しい寮生活じゃないから」

 そう言って女性はパンフレットを渡して話は終わった。

 薊学園、同じ道内にあるが面積だけは広いこの地は地元から随分離れた場所にある。親元から離れる寮生活。全国から誘いがありそうなるとあっちを見てもこっちを見ても他人。

「……」

 地元の高校に進学した場合と比べる。

 家に帰れば家族がいる。卓也と廉とも高校は別だが気軽に会う事は可能。

 周囲は自分を遠巻きにしている。さて楽しい高校生活は送れるか。

 薊学園に進学すると地元を離れる。

 寮生活になり一人部屋らしいが制限が色々ありそうなイメージがある。

 しかし卓也と廉には気軽に会えない。自分を知る者が一人もいない環境になる。

 自分と同じ、同性愛の。

「……」

 高校に進学したら。


 高校に進学したら、彼氏が出来るだろうか。


 近藤和彦淡い夢を見て薊学園へと進学を決めました。


「何でこんな遠いんだよ!」

「全寮制って…スケジュールぎちぎちに決まった生活じゃないか?」

「…そうなんだけど…」

「もっと近くに進学しようや!遊べねぇよ!」

「ここに行ったら会えるのは…夏休みとか?冬休みとか長期休暇だけか」

「卓也、廉…聞いてくれ」

「え?」

「何?」

「俺…三年間、隠さず生きたい」

「隠さず?」

「……」

「地元の高校に進学したら…俺の事を知らない奴もいる。そんな中で当たり前に彼女やら何やらの話をされたりあの時みたいに告白されたら…いちいち俺は男が好きだと説明をしなきゃいけない」

「…まー、そうだな」

「面倒だな」

「だから、そんな手間が無いここに行きたい。説明をする手間もない。勘違いされる事も無いここに…」

「……そっかぁ」

「……考えた結果か」

「…ごめんな」

「仕方ねぇよ。休みは帰って来てな」

「そうだな携帯買ったら連絡いつでも取れるようにさておこう」

「ありがとう…卓也、廉」


 そうして薊学園への進学を決めた。


 両親はまずそんな高校がある事に驚き更に全寮制で家から出る事を告げると止められた。母は特に地元でいいじゃないかと説得していたが、父と姉が和彦が自分を隠さないで通えるならいいじゃないかと後押しし、母は寂しそうな表情であったが納得をしてくれた。

 受験の際は前日に近くのホテルに母と泊まり当日を迎える。一緒に受験会場に向かう彼等や彼女は皆自分と同じなのかと思いつい見てしまう。それは周りも同じなのか何人かと目が合う。

 形式的に行うと言う試験が終わり合格すると寮生活に向けて準備をして携帯電話を購入して貰い卓也と廉と連絡先を交換する。

 慌ただしく過ごしている内に三月の寒い日に、中学校を卒業した。

「…あ」

「……」

 そこでかつた付き合った彼女と目が合い謝ろうとしたが、まるで何も無かったように姿を消した。謝る隙さえ与えてくれず、自分は本当に周りに溶け込むために彼女を利用したんだなと改めて思い知らされる。


「忘れ物無い?」

「多分無い」

「あったらすぐ連絡して」

「分かってる」

「迎えのバスは何時?」

「十時に○○駅だって」

「やだ早くしないと」

「…てかこれ大丈夫か?」

「一房ぐらい平気でしょ?舐められたら駄目だぞ!」

「でも赤メッシュって…校則」

「和彦!早く行くよ!」

「あ、分かった!行ってきます!」

「いってらっしゃい!」

 グレーの旅行鞄に寮生活で必要なものを詰め込み入りきらなかった物は事前に寮に送っている。

 今日から親元を離れる。慣れ親しんだ地元を離れて三年間。自分が自分でいられる。


 薊学園へと向かっていく。


 2000年。北海道のとある全寮制の高校へ。

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