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打たなきゃならないときがある。  作者: 浅野エミイ


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打たなきゃならないときがある。

 6月。

 例年ならもうすぐ大会が集中する季節。

 だけど、今年は全部の大会が中止。それは私たちハンドボール部も同じだった。


「なんで……このために頑張ってきたのに!」

「中学3年の夏、何もないなんて……」


 ショックを受けるみんなを見ながら、私は冷静だった。

 だって、私はどうせ球拾いで補欠にもなれなかったダメ選手だから。泣いている主将の美鈴を見ながら、少しうらやましい気持ちになる。私はどうせ、舞台に立つこともできなかったんだから。


「みんな注目! まだ落ち込むのは早いよ」


 部室に突然の招集命令を出した顧問の平野先生が入ってくる。手には何枚かのプリント。一体なんだって言うんだろう?


「大会がなくなったって、元気なくすんじゃないよ。まだ夏は終わってないんだから」

「慰めなんていりません! 私たちの青春は、これで終わりになっちゃったんですよ!」


 食ってかかる美鈴に、先生は一枚プリントを渡す。


「なんですか? これ」

「よく読んでみて。他のみんなにも配るから」


 先生は持ってきたプリントを生徒に回していく。私の元にも一枚来た。なになに? 『キャッチコピー選手権のお知らせ?』


「キャッチコピー?」

「うん」


 平野先生は紙を黒板に貼る。そこには、でかでかと『青春を【コトバ】のちからで取り戻そう!』と書かれている。


「ここの会社、OGの子が紹介してくれたんだけど、部活の大会がなくなった子たちから、『部活への愛』とか『部活の大切さ』についてのキャッチコピーを募集しているんだって」


「キャッチコピーですか?」


 美鈴が首をかしげる。


「そう。なんでも大会の代わりに、【コトバ】で戦う舞台を用意してくれたんだとさ。この試合、出たい人は勝手に出なさい。あなたたちの青春は、終わらせるのも謳歌するのも、あなたたち次第なんだから。じゃ、今日のミーティングは終わり!」


 平野先生は一方的に『キャッチコピー選手権』のお知らせをすると、部室から出て行ってしまった。


「え、どうする? これ」

 

 部員たちはざわつく。青春を終わらせるのも謳歌するのも、私たち次第……。まだ受験には時間がある。


 私は今までハンドボール部にいた。どんなに頑張っても球拾いばっかり。それでも一軍にいつか上がれると思って、今日まで頑張ってきた。最後の大会、私は選手に選ばれなかった。でも、みんなを支える裏方として頑張ろうと思っていた。そんな小さな青春でさえ、叶わなかった。だけど……。


「私、やるよ! コトバで戦うとか、キャッチコピーとかってよくわからないけど、まだ終わらせたくないじゃん! 大会に出られなかった悔しさを、ここにぶつける!」


 そう宣言したのはやっぱり美鈴。さすが、主将。みんなも少しずつ参加の手を挙げていく。


 私は……私も終わらせたくない。


 こうして、私たちハンドボール部の最後の夏は、コトバの舞台に場所を移して始まったのだ。


 部活はない。授業もオンラインになった。今日も顔を洗ってパソコンの前に向かう。やっぱり授業に集中できない。ついついスマホをいじってしまう。そしたら、部活のグループにメッセージが届いた。美鈴からだ。


『キャッチコピー、書いてる?』

『まだ。よくわかってなくて』

『私は書いてるよ!』


 中3の部活連絡網は、授業そっちのけでキャッチコピー選手権のことで盛り上がる。


 あれから私もキャッチコピーというものを調べて書いてみた。お題は、『部活動の価値を伝えるキャッチコピー』。その『キャッチコピー』がなんなのか、わからなかったら意味がない。


 キャッチコピーは「商品の良さを一目でわかってもらえるような、目を引く文章」なんだろうと、私の中ではそう自分に説明したけれど……この場合、『部活の価値を伝えるキャッチコピー』だ。普通の商品を説明するようなものとは違う。もっと本質的な……なんだろう。うまく説明できない。


 私は授業のノートにつらつらとコピーを書き連ねる。部活の良さ……。


「部活は青春の一コマです。」

「部活がなかったら、友達はできなかった。」


 どれもありきたりだ。


『この選手権、100本までコピー出せるんだって。だから、私は100本書いてみようと思う』


 そう啖呵を切ったのは、やはり美鈴。美鈴自身、みんなを励ましたいって気持ちもあるんだろう。だけど、私にはいつもそれがまぶしすぎるんだ。


 100本か……。


『どんなの書いてるの?』


 美鈴に質問してみると、ひとつ例を挙げてくれた。


「『ご飯がおいしくなくなった。』とかだよ」


 ……すごい。私は今まで書いたの全部、部活は~とか、部活が~とかからで始まっているのに、『ご飯がおいしくなくなった』、だって?


 まずい。ハンドボールでも負けてるのに、キャッチコピーでも負けるの? 私。キャッチコピーの舞台にすら、上がることはできないの? そんなのは嫌だ。美鈴は100本出すと言っている。それならば、私は。


 大会の前のレギュラー争いを思い出す。まだまだ負けられない。私だって、青春を終わらせたくない。最後まで裏方なんて絶対嫌だ。だから、精一杯の力を振り絞る。


 授業はいつの間にか終わっていた。それでも私はノートにキャッチコピーを綴り続ける。最後の最後まで負けたくなかった。


 12月。9月にオンライン授業が終わり、キャッチコピー選手権の募集も終了。そして、今日は結果発表だ。なんでも『月刊アドバタイズメント』という雑誌に一次審査通過者の名前が載るらしい。


 みんなドキドキしながら平野先生の到着を待つ。

 ガラガラと扉が開く音がする。来た。


「ほら、お待ちかねの結果発表だよ」


 みんなの前に雑誌をぽんと置くと、平野先生は出て行ってしまった。本当なら、美鈴や私みたいな中3生はもう引退しているんだけど、今日だけは特別。2年生、1年生に混じって部室にいる。


 引退した主将・美鈴が雑誌を手に取って、ページをめくる。結果発表は134ページ。その前に応募総数を見る。


「応募総数……54万!?」

「54万って、どのくらい?」

「わからないけど、一次通過ってどれだけするの!?」


 固唾をのんで、美鈴の声を聞く。美鈴はページの一か所を指さす。


「一次通過は……1%だって」

「受験より難易度高いじゃん!」

「やっぱり大会で体使うほうが簡単だよー!!」


 みんなは頭を抱える。一次通過、1%……。こんなの不可能に近いじゃん。たったの1%しか受からないなんて。それでも美鈴は自信ありと言った感じだった。そりゃあ、100本応募したっていうのならね。だけど、私だって、負けちゃいない。そう信じたい。


「みんな、まだ通過者の名前を見てないんだから、見るよ!」


 通過者はあ行から順に書かれている。相田、飯塚、上野。ハンドボール部の部員の名字は出て来ない。そしてた行。美鈴の名字は『立石』。


「……ない」

「え、見落としじゃないの?」


 部員がざわつく。嘘でしょ? みんなの希望だった、主将の名前がない? 100本ギリギリ応募したって言ってたのに……。


「マジかぁ」

「1%だから無理でしょ」


 美鈴は雑誌を他の部員に渡す。他の子たちが今度はそっちに集まる。私も。まだ私の名前は見ていないはずだ。星川、星川……。


「あった」

「え!?」


 私のつぶやきに、部員――美鈴も含む――が一斉に反応する。私は大きな声を出した。


「あったよ! 私の名前! 一次通過したよ!」

「マジ!? やったじゃん!!」


 最後の最後。一発逆転ホームラン。万年ベンチだったけれど、私はみんなが残れなかった一次審査に残ることができた。みんなは私を取り囲んで、声をかけてくれる。


 美鈴は少し寂しそうに、私にたずねた。


「純はいくつキャッチコピーを応募したの?」

「私は……1本だよ」

「え?」

「1本。たったの1本」


 でもね、その1本は1000本書いた中での1本なんだよ。100本ノックで勝てなかったら、1000本ノックするしかない。そして、最高の一打を。最後に笑うのは、いつだって努力なのだ。


 一次通過はしたが、私のコピーは二次落ち。それでも悔いは残っていない。


 やっぱり部活の舞台では戦いたかったけど、それでも青春を少しでも感じられたのは嘘じゃないからだ。


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