8 天才は理解を超える
王城から出て貴族たちの屋敷が広がるエリアを超えて、商店などの倉庫が広がる場所。その一角に研究所はあった。
町の雰囲気からは明らかに浮いた存在。
無機質なその外見は人を拒むような空気を放っていた。
「……ここか」
「そうだ、ここにアーネスティン先生がいる、らしい」
ポツリと雄馬が漏らした言葉に反応する。
ミレンダはしかし確信がないようだった。
「らしい?」
「私も会ったことはないからな。だが、ここは彼女のために作られた研究所だ」
「そのアーネスティンってのが?」
「是──私の製作者です」
「なるほど、グダグダ言っても仕方ない。とりあえず行こう」
「ああ」
雄馬たちは真っ白な外装のその建物へと入る。
扉はこの世界で見たどのガラスより透明できれいなガラスが張ってあった。
中に入ると床はピッシリとタイルが貼ってあり、綺麗な光沢が見て取れた。どこか時代錯誤に感じられる清潔感があった。
ミレンダが受付らしき女性に声をかけ、案内してもらう。
「博士は少し変わった方なので、あまり真に受けないでいただけると」
女性は案内しながらそう言った。
通る廊下も整然としていて無駄がない。
「えっと、適当な方なんですか?」
「いえ……適当というより常識がなくて、ただそれでもやはり天才なのだと思います。私たちには理解できないことをよくおっしゃられています」
「なるほど……」
そうしているうちに突き当りの扉までやってきた。
女性は、ノックをすると返事も待たずに扉を開く。
その隙間から除いた部屋の中は書類で埋め尽くされていた。
「少々待っていてもらえますか?」
「……はい」
少しして部屋に通された。
中はまだ書類が山ほどあったが、奥へと繋がる一本道のように両脇へと積み上げられている。
その間を抜けていくと奥には少し開けた場所があった。
その先の正面に彼女はいた。白い白衣に身を包み、静かに座っている。
「──どうぞ」
案内してくれた女性が、彼女が座っているソファーに向かい合うように置かれたソファーへと座るよう促す。
テーブルを挟んだ向かい側に座る。雄馬を挟んで両側にミレンダとアサも腰を下ろした。
どうすべきかと視線を向けるも目を閉じ、じっと動かない博士。それを前に雄馬は喉を鳴らした。
動かない博士、緊張感がアサを除く2人を包む。
動かない。
ピクリとも。
……。
意を決して雄馬が口を開こうとした時、案内してくれた女性が声を発する。
「博士、起きて下さい。寝てる場合じゃないですよ!」
雄馬とミレンダはソファーからずり落ちそうになる。
「緊張感を返してくれ…………」
「……はぁ」
女性が起きない博士を揺する。そうしてようやく博士は目を開ける。
「ふぁ〜、眠いといっている。何故起こした」
「お客さんですよ。昨日国王様から話が来ていた件です」
「ああ……分かっている」
そうしてようやく博士は雄馬たちの方に視線を向けた。
雄馬には博士はまだ若く見えた。雄馬より少し年上くらい。
博士は伸びっぱなしの茶髪をかき上げ、口を開く。
「話は聞いている。私はアーネスティンだ。ここで色々やっている」
「雄馬です。澤利雄馬」
「私はミレンダと申します。ユウマ殿の補佐として──」
「知っている。話は聞いていると言っただろ。それから堅っ苦しいのはいらん。早速本題に入ってくれ、私も忙しい身でね」
あっけからんとしたその言いように一瞬思考が止まるも、雄馬としても面倒なのは勘弁願いたかったので問題ない。
本題と言っても、アサを作ったという人物との顔合わせとしか聞いていない。だが普通に考えてアサのことについて聞くしかないだろう。
「えっと、アサ──彼女のことなんですけど」
そう言って傍らの少女を示す。
アーネスティンはアサの方へと視線を向け眉をひそめる。
「ふん、それは私の最高傑作にして、最悪の駄作だ」
「──ぁっ……」
極端な言葉に反応できない。
これという物言いに文句も言いたかったが反応するより早くまくし立てる。
「正直なところ今でも後悔しているのだよ、こんなものを作ってしまったことを。このようなものを国に言われたとはいえ作ってしまうとは」
「……それはどういう」
余りにもな物言いに思わず声が震える。
アサを気にする余裕もなかった。
「君は魔術というものをちゃんと認識できているか? 魔術がどのようなものなのかを」
「魔術……」
「そうだ、君はなんでも異世界から来たと言っているそうだね。君の世界にはこんな気持ちの悪い物があったのかい? それとも正常な世界が存在していたのか」
「いやそれは……」
まともに答える余裕すら与えられぬまま、アーネスティンは1人でどんどん喋っていく。
隣に立っている女性も呆れ顔。
ミレンダも雄馬の隣で呆けている。
「いや、そんなことはどうでもいい。私には分かっている。分かっているんだ。どうにかしなければならない。なあ君たちは魔術はどうして発動するか知っているか?」
「……」
「それは魔力を消費してではないのですか」
答えられない雄馬の代わりにミレンダが答える。
「そう、魔力だ。魔力とはなんだ? さっぱり分からん。それを誰もが使っている。魔力はどこから来てどこへ行くんだ。あれは世界を歪める。ペンが地面に落ちる。薪が燃える。それは分かるんだ、見えるんだよ。君はどう思う? この世界はどう見える? 変えねば、変わらねばならない。世界は終わる」
正気を失ったような虚ろな目で、次々と言葉を投げかける。髪をかき乱し、白衣は乱れていた。
その様子に雄馬たちは気圧される。
「博士、博士、少しハッスルしすぎですよ」
「そもそも──ああ、ああ。分かってる。──でそれの事で何だ?」
突然糸が切れたように冷静に戻ったアーネスティンはアサの方へと目を向ける。
その変化に気味の悪さを感じながらもゆっくりと口を開く。
「……まずは、アサのことを物のように言わないで下さい」
「それを私に言うのかね?」
「はい、言います」
「彼女のことで何だ?」
それほどこだわった様子もなくあっさりと言い方を変えるアーネスティン。
雄馬は満足気に頷いた。
「一応の確認程度です。アサはあなたが、その……製作者と聞いていますが?」
「そうだ、私が王都で住む家もなく死を待つのみだった少女を拾ってきて、使えるようにした」
「……アサは自己修復機能があると言っていましたけど、なにかチェックすることは?」
「ない、勝手に直る」
「そうか……あなたは、アーネスティンさんは彼女の事についてどう思ってるんですか?」
「それは彼女を兵器としたことか?」
「ええ」
試すように視線を向けてくるアーネスティンに対して、雄馬は堂々と答える。
「別に、私は王国にしろと言われたからしただけだ。だが、彼女にとっては死を待つのみだったのがこうして生きているのだ、感謝されども恨まれる覚えはないし、私も特に何も思っていない」
「こんな幼い少女にこんなことをするのをいいことだとでも」
「確かにこんな幼い子供に実験台になってもらうのは少しばかりは気が引けたが、世界は無条件で手を差し伸ばしてくれるほど優しくはないし、人間はそんな余裕は持っていない。彼女はまだマシな方だ。少なくとも私なら諸手を上げて喜ぶがね」
「──ッ!」
その他人ごとで余りにも冷たい考え方に怒りがこみ上げてくる。
思わず立ち上がりそうになるも脇から手が伸びてきて抑えられる。ミレンダだ。
分かっている。雄馬も分かっているんだ。この国に無条件で死にゆく人を助ける余裕がないのも、アーネスティンは国に従っているだけだとも。
だが、それでも言葉だけだとしても、この少女を──アサになにかないのかと。謝罪でなくていい。無事の確認だけでも、ただの再会の言葉だけでも掛けて欲しかった。
「分かりました。ありがとうございました」
雄馬はそう言って立ち上がった。
アサも従い、ミレンダも急いで立ち上がる。
「君のいた元の世界について改めて話を聞きたいから、また来てくれたまえ」
「──機会があれば」
そっけなく断り出口へと向かう雄馬の後ろからは、心底愉快そうな笑い声が響いていた。
この再会の間、アサは一言も喋らなかった。
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