・襲撃、吸血の魔女(2)
語録紹介(追加分)
・《吸血する脳操紅鎖》……武装組織の幹部、ゼフィーネ=クライシスが所有する《ブレイン=ギルソード》。
リリーナのそれと同じく、脳から発する専用の信号で自在に操り、かつ生体の血液体液を全て吸い尽くす能力を持つ。
(うっ……くっ……! ダメ……こんな……とこで……!)
《鎖》から血を奪われ、感覚と生命機能が失われ、意識を失いつつあるリリーナは、崩れ落ちるように両膝をつく__
自身の命が薄れゆくのを、直に覚えさせられる__
どうにかして、左腕に刺さる《鎖》を抜こうと画策するも__
自身の能力《ブレイン=ギルソード》をまともに遠隔操作する精神力さえも、彼女は奪われていた。
(あっ……どうしよ……死にそう……)
意識がついに途切れようとした刹那__
彼女の脳裏、精神の奥底で、それに抗おうとする本能が、必死に呼び起こすように繋ぎ止めていた。
リリーナの本心は諦めていない。
精神の最深部で、彼女の脳は動き続けている。
(いや……ダメだよ……そんなの……! ここで倒れたら……病院の人達はどうなるの……?
シェリーは……? この街の人達の安全は……?
先生は……? ユウキは……どうなるの……?)
__切られようとした感覚が呼び起こされ、リリーナは自我をしがみつくように意地でも保ち続ける。
「《創造する脳操槍剣:変形機構》……!
《細剣:サンセベリア》……!」
力を振り絞ってリリーナは意識を集中し、血の気が引いた白い右手の《通常槍:アゼリア》を握りしめた。
すると、彼女の意識と連動して、《槍》は紅色の《ナノマシン》が光を帯びて輝き、姿を変えて__
長く大きな槍から少し短い《細剣》へと変形する。
「あァ? 何? まだそんな気力が!?」
ゼフィーネがきょとんと見つめる中__
リリーナは震えながらも、迷うことなく、左手に深々と刺さった《鎖》に、右腕を伸ばし、その刃を左腕に当てた__
次の瞬間、彼女はその《鎖》を、その腕の皮膚や血肉ごと引き剝がす__!
「ぐぅうぅう!! う"ぁあァアアア!!」
肉体が避ける鈍い音がして、リリーナの左腕から水道破裂のように血が吹き出す。
刺された《鎖》は、解かれて姿が消えていったが、彼女の腕と、廊下の壁と天井は、その赤い鮮血が塗りだくられる。
「くっ……! はぁ……はぁ…… はぁ……ぅあ………」
意地と不屈の精神で、強引に相手の技は解いたものの、ここからの算段を立てられる程、彼女に余裕などなかった。
全身の肌は白く艶を奪われ、目の下は青く、唇はひび割れて、生気と生命力が失われたその身体で__
その細い肉体を震わせながら、リリーナはぜぇぜぇと息を荒げて、ただ《細剣:サンセベリア》の刃を、敵の少女ゼフィーネに向ける他なかった。
「__へぇ? まさか力技で強引に剥がすとは思わなかった〜! びっくりしたけど? やり方は馬鹿なの?
自分で無理して勝手に苦しんで、なんの意味も効率性も感じないんですけどォ?」
一連のそれを目の当たりにしたゼフィーネの反応は、無惨にも冷酷で冷淡だった。
まるで興が冷めたように、目の前の玩具を壊そうとするように、倒れる寸前のリリーナへと、大量の《鎖》を差し向ける。
「もういいわよ! リリーナ=フェルメールって、強そうで殺しがいがあるって想像してたけど!
まさか、あんな犬1匹が死んだ程度で、ここまで動揺して隙だらけになる腑抜けとは思わなかったわ!
挙げ句、こんなボロボロの無様な姿?
世の中、優しい奴から死んでいくって、ディズレーリから聞いたけど、本当だったのね!!
もうアンタの程度は分かったし飽きたわ!
抹殺対象だって聞いてたから、殺してあげるね♪」
「っあ……っく……」
残り少ない血を大量に流し続け、息も絶え絶えなリリーナに、力は残されていない__
まるで獲物を捕食するかのように、ゼフィーネが《鎖》の束を一斉放射しようとした。
しかし__
この時、油断したゼフィーネは、奇襲の隙で溢れていた。
背後から接近する何者かにも気づきもせず__
ゼフィーネは目の前の獲物に気を取られていた。
__その刹那、
「うぁ"ア………!!?」
突如、右脚を潰されているような痛みと圧迫感を、ゼフィーネは覚えた。
「いっつ! なんなのよクソッ__!」っと、苛立ちながら暗黒少女が振り返った先には__
【グァルルル!! ………ゥウァウルルル!!】
真っ白な毛並みの大型犬、ホワイトシェパードの介助犬『セイバー』が、牙を立ててゼフィーネの右脚を容赦なく噛み潰していた。
力加減など一切も見せず、ゼフィーネの黒いブーツと、小さく華奢な脚から、血の糸が流れ出る。
「ぐぅあアアァァ!! なっ!? 何よこのクソ犬!!
いつの間に……!? 何で私の後ろにいるのよ!?」
【……ウ"ゥウ!! グァルル!!】
「セイバー……えっ……? そこに……いるの?」
ゼフィーネが足を噛まれ動揺する中、リリーナは霞む視界を必死に凝らして、セイバーの姿を見つめる。
それは、盲目の少女シェリーの傍に仕える忠犬の姿とは打って変わって__
今は敵を前に躊躇なく牙を向ける姿は、まるで野生獣の本能を連想・錯覚させる。
__しかし、自らが被る危険など顧みず、真っ先に立ち向かい奮闘する姿は、野性のそれなどではない。
まさしく真の忠犬、清純なる使者のそれ__
「セイバー……ダメだよ……! 危ないから……逃げて」
勇敢な忠犬が命を張って戦っているのに、自分が立ち向かわずにどうするのか__?
己の身体に鞭を打って、リリーナは鉛のような身体を起こし、必死に立ち上がろうとする。
「ぐわぁァ……! ぐっ! こんのクソ犬風情がァ!!
四足歩行の分際で……! 何を人間様に楯突いた真似してんのよ!? 舐めてんのォ!?
そんなに死に急いでんなら! 望み通りにアンタからミイラにしてやるってのよォ!!」
激怒した黒服の少女ゼフィーネは、その矛先を純白の忠犬セイバーへ向ける。
怒りのままに使役武器《吸血する脳操紅鎖》の束を分岐させて、その1部を刃に、セイバーを突き刺そうとした。
その、寸前の刹那__
唯一無二の相棒にして、親友の声__
暗黒少女の左隣から、リリーナにとって最も親しみの深い、同い年の少年のそれを耳にする。
「すげぇなァ! そのでけぇ白ワンコはよォ!!まるで古来の騎士だ!! 最高に格好良いぜっ!!」
「はっ? 誰っ__!?」
その男の声は、真上から聞こえた。
視線を真上へと向き直すや否や、その間近に映ったのは、まるで巨大鈎爪の如き、4つの《剣の刃》__
斬られる!!
瞬時に身の危機を肌で感じたゼフィーネは、咄嗟の盾として、約5本の《鎖》を繰り出し、目の前に覆い被せた、だが__
「『夢魔の裂く鈎爪』___!!」
鉤爪の刃が齎した斬撃と衝撃は、その威力のあまり廊下のタイルを破壊する。
轟音と共に飛び散ったのは、その破片だけでない。
微かな血の滴が、粉塵に戻って宙を飛ぶ__
「痛ぁアァ!! くっ……!! 何なのよアンタ! よくも私の皮膚を躊躇なく斬ってくれたわねぇ!!
てか、お前どっから現れたの!? 私の《覚醒瞳》が、《ギルソード使い》を見落とすなんて……!」
破砕されたタイルと石膏の粉塵に覆われて、ゼフィーネは、怒りの形相で怒鳴り散らす。
痛みを堪えて左腕の袖から滴る血の滴を、必死に手で押さえながら__
「ハァ!? 俺はとっくにこの建物にいたぞ! お前がリリーナに集中し過ぎて、気づかなかっただろ!?
で!? 女だから情けを掛けられると思ったのか!?
大切な親友をここまで傷つけやがって!!
今の俺は、お前に対して殺意全開だクソ野郎!!」
少年が放つ怒りの絶叫と、巨大な爪の跡__
冷たく光る眼差しと、《剣》の刃を振るって、その少年、闇の騎士は現れた。
艶やかで妖しい赤紫の髪色と瞳。
靡く黄色のブレザーに赤黒いネクタイ、漆黒のスラックスと革の靴。
その両手一杯に握るは、まるで闇に蠢く魔物の爪、長く研ぎ澄ませた光沢が輝く、8本の《剣》の刃__
リリーナを守り、盾となって被さるように、
その少年、ユウキ=アラストルは、己が激昂を顕にした、鬼怪物の形相でこちらを睨み続けていた。
「__ごめんな白いワンワン! 機敏に避けてくれて助かったぜ! ちょっと威力の制御が難しかった……!」
ふと、ユウキが一瞬だけ視線を右下にやると__
ゼフィーネの脚に噛みついていた忠犬セイバーが、いつの間にかユウキの傍に立ち回って、共にリリーナの盾となって立っていた。
まるで彼の攻撃を予測しての行動だったのか、その判断の速さに、ユウキは内心驚いて関心を覚える。
「ぁえ……? ユウ……キ? 何で……ここ……に……?」
絶え絶えな息遣いで、倒れそうな身体で、焦点の合わない虚ろな目で__
崩れそうなリリーナは、必死に上体を両腕で身体を支えたまま、微かに映るユウキの姿を見上げていた。
「何でって? いつもの見舞いの時間だろ!? つーか、さっき病院の入口、すげぇ騒ぎだったからな!
無理矢理にロビーに入ってすぐに、上階に上がる機動隊と鉢合わせしたんだよ。
それで話を聞いてみれば__!
リリーナが単独で、テロリストの元へ向かったんじゃないかって、やり取りを聞いちまったからなァ!
ったく! 無茶にも限度があるだろっ!
まだ包帯も取れてねぇ身体だってのに__!
まァいいさ、今は黙って俺に任せときなっ!
あのガキ程度、速攻で3枚に下ろしてやる!!」
「ごめん……あり……がと……ユウ……キ……」
意識が薄れゆく最中、リリーナは無愛想ながらも、覇気と果敢さに溢れたユウキの背中を目に__
誇らしく、つい今の今まで抱えていた重圧が放たれるような、安堵感を不思議と感じていた。
(本当に私は、駄目だなぁ……! 勝手に自分で頑張ろうとして、結局はユウキに甘えちゃうんだ……)
そんな心境を奥底に留めながら、リリーナは彼の背後で静かに、眠るように倒れ込んだ__
「はァ!? 今、ガキ程度って言った!? 随分と私を舐め腐りやがって! この半キザ野郎!!
アンタみたいな、普通の《ギルソード使い》風情なんざ!! 私の《鎖》で秒で刻んでやるってのよォ__!!」
自分を舐められたと思い、ゼフィーネが怒る。
__その憤怒を表す《鎖》の束が、ユウキを覆うようにして襲いかかる。
この時、ほんの刹那だが__
ユウキの目には一瞬、今まで意識が向かなかった、敵の黒服少女の瞳がはっきりと映る。
(っ!? あのガキの目……!?)
__普通の人体の眼球をしていない。
本来は黒であるはずの瞳孔は、真っ白で楕円形の如く上下が尖っていて、
目の中の虹彩は、何故だか艶やかな紅色の光を帯びて、目を凝らせば電子回路のような筋が見える。
純粋は人間の、生まれ持ったそれではなく、
まるで機械人形に取付された人口眼球のような、そんな違和感のある形状。
「《粒子器発動の覚醒瞳》!? まさかリリーナと同じっ__!?」
重大な確信が、ユウキの直感を疾走った__
だが、考えを頭で整理していた隙に、ゼフィーネの《鎖》の攻撃は、一瞬にして彼の顔面に到達する。
「チッ___!?」
刹那、【ギャイィン!!】と、硬質な物体が玉砕し合う異音が、廊下に轟く__!
ユウキの顔面にぶつかる寸前__
《鎖》は動きを読まれたように、彼の片手に握る4本の剣、《夢魔の裂く鈎爪》により弾かれ、玉砕された。
敵の攻撃を見事に交わしたユウキだが、彼の脳裏には、ある確信を決定づけた。
それは思わず言葉となって、口から溢れる。
「……コイツはやべぇ、相手が悪いってヤツだな! 俺にとって、あのガキは強敵だ。なんの対策も無しでは勝てねぇ!
お前……!《ブレイン=ギルソード使い》だろ!」
「ククッ! アンタって頭がキレるの?よく分かってるじゃない♪
でもバーカ!もう遅いけどね♪よく見ろっての!」
「あァ!?」
少女の煽りに苛立つユウキが、ふと自身の右腕に目を留めた瞬間__
(何だ……!? 鎖っ!? 俺の皮膚の中に……!? )
その煽りの理由を、ユウキは理解させられた。
まだ彼は詳細を知らなかったが、それはリリーナの血液を急激に奪った吸血の《鎖》__
それが今度は、ユウキの右腕の皮膚に食い込んで、その血を奪おうと捉えている。
「アーッハッハハ!! 馬鹿ったらバーカ!♪
私の身体の一部同然の《吸血する脳操紅鎖》から逃げられるとでも思ってんのォ〜!?
そこで眠ってる女に! アンタのミイラ死体をプレゼントしてやるわよ!!」
「何をっ!? クソッ__! ならこの鎖が悪さをする前に、俺の腕を捌いて削ぎ落とすしか__!!」
恐ろしい言葉をゼフィーネから聞いたユウキは、
リリーナが同じ行動を思いついたように、自らの右腕に刃を入れようとした。
刹那__
【ザシュ__!】
と、何かが溶けて、かつ千切られる音がした。
焼け焦げたような匂いに釣られ、ユウキが確認すると、繋がれた《鎖》が、腕から数cm先で、高熱源体に切断されている。
(っ!? 助かっ……た!?)
何が起きたか、ユウキが周囲を流すように見渡すと、それは即座に判明した。
__それは、ずっと背後で見守っていた忠犬のセイバー、それに装着された『誘導器具』から、射出されたものだった。
よく見れば、その持ち手の金具から、細く、小さい筒の突起物が見られ、黒い発煙が見られる。
その正体は、隠し装備の《粒子ビーム砲》__
この忠犬と主人である盲目少女シェリーが、共同で所有する能力武装、《深層読解の共鳴体器具》に装備された、護身用の緊急装備である。
「助けてくれたのか!? 白ワンコ__!? お前って一体何者なんだよ__!?」
呆気に取られた目で、ユウキはセイバーを眺める。
彼から見たその忠犬は、動じず、恐れもせず、己の騎士道があるかのように、真っ直ぐな眼差しだった。
「何よっ!? ほらよそ見してるとミイラに……!!」
ゼフィーネが間髪入れず、《鎖》による追加攻撃を加えようとするや否や__
突如、彼女は動きを止めた。
その上唐突に、見えない何かと話すような独り言をブツブツと呟き出す。
(何の用よカルヴァン!? 今ゼフィーネ様は忙しいんだから、勝手に私の脳に話しかけてこないで!?)
『やっと気づいたかい? ろくに通話にも出ないから、仕方ないだろう?
君のような、暴走我が儘お嬢様を繋ぐために__
この通信手段、《ブレイン=ナノマシン》による脳の信号装置への強制伝達があると思ってるよ__!』
これは、通常の人間には得られない通信手段。
彼女によって、自在な機能や形態に変形できる、《ブレイン=ナノマシン》__
その用途を《能力》によって、《通信機》として変更・使役し、自らの脳に信号として送受信して、全ての会話を彼女の脳内だけで処理している。
その手段は、いつかの中東地方の戦場で、リリーナがキルトに行った手段と、方法は同じである。
『ゼフィーネ君? 脳に声が響くかい? 僕が君に依頼したのは、あくまで潜入偵察だったはずだよ!?
いつまで騒ぎ大きくしているつもりだい?
同盟協力先のスパイ女性は死んだと聞いたよ。
なら作戦は中断だ。
一旦、退いて戻ってきたまえ。巻き添えによる戦闘はごめんだからねぇ。
今の我々には、この国家と渡り合える戦力は欠片も残っていないんだ!同盟先の補充戦力は除いてね!
命令だよ、速やかに帰還しろ! ゼフィーネ!』
(__チッ! 分かったわよ! この腐れヤサ男!)
脳内での通信を終えて、ゼフィーネは煮えきらない苛立ちの顔で、再びユウキの方を見やる。
「あァ! まだやる気か!? どっから来る!?」
ユウキは、両手8本の剣、《夢魔の裂く鈎爪》を構えて、応戦体勢に入っていたが__
そんな彼相手に、ゼフィーネは途端に冷めた口調で、こんな捨て台詞を吐いた。
「__もういいし! リリーナ=フェルメールは、できれば今日中に殺したかったけど、
普通の《ギルソード使い》であるアンタなんか、いつでも殺せるから!
今日はこの辺で退いてあげる! 次は殺すから!!」
そう言って、敵の黒服少女ゼフィーネ=クライシスは、地上50階以上の窓辺から飛び降りて__
その姿を、忽然と消した。
「チッ! 逃げやがったが、九死に一生を得たぜ!」
だが今は、まずはリリーナの怪我の手当てを……!」
手の剣全てを放ったユウキは、リリーナに声をかけるべく、振り返って彼女の状態を確認するが__
「リリーナ!? もう大丈夫だ! 聞こえるか!?
もうこの階は医療施設として機能しねぇから、まずは下の階に下りて……!」
「……………………」
「リ………リリー……ナ………?」
「……………………」
そこに倒れたリリーナを覗き込むや否や、ユウキの背筋に寒気が迸った。
リリーナが目を覚まさない。
極度に顔色は蒼白として、息がほぼ聞こえない程にか細く、死んだかのように意識を失っている。
倒れた彼女の周囲は、赤黒い血痕で覆われていた。
「オイ……! リリーナ……! しっかりしろ……頼むゥ!
待ってろよ……すぐに救援隊をここへ呼ぶ……!!
来てくれるのか!? 急いでくれ……!!」
途端に顔色から血の気が引いたユウキは、急いでポケットから薄型スマートフォンを取り出した。
(クソッ……! 下の状況はどうなってる!? 救助に人は割けるのか!? どの時間待てばいい!?
いや待てない!! 一刻も早く来て欲しい!!
クソッ……! 頼む!! リリーナを……!!)
最早冷静さなど奪われて、救援隊を無理矢理にでも呼びつけようと、切羽詰まって画策していた__
【……………ㇷッ………フッ……!】
倒れて動かないリリーナの周囲を、大型の真っ白な『総合介助犬』のセイバーが、彼女に気を揉むように右往左往とし始める。
訓練されたのか、それとも培われた感性なのか__
その忠犬は、リリーナの身体の状態を自ら調べるが如く、彼女の顔の肌、また肉が抉られた傷口にコツンと鼻を当てて回っていた。
__セイバーは、主人である少女シェリーと共同所有する、《深層読解の共鳴体器具》の能力よって、感覚を触れて読解、及びその共鳴させる術を秘めている。
故に、リリーナの身体の状態・病状、それを触れて知ったセイバーの情報は感覚と化して__
今はこの場にいない、シェルターへ避難した少女シェリーへと、直に肌で伝えられてるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
__同時刻の同建物、〈マリューレイズ軍立総合病院〉地下緊急避難シェルター内にて。
「ひっ!! いやぁあああアアアアアアアア!!」
軍の誘導で避難していた盲目の少女シェリーが、唐突に錯乱して悲鳴を響かせた。
共に集団で避難していた病院の関係者、また入院患者達が、その奇声に何事かとざわめきを立てる。
「シェ……シェリー!? どうしたの? お……落ち着いて! どこか痛いの……!?」
共に避難していた隻腕の少女ラフィアスが、急いで少女の元へ駆け寄ると、左の片腕でさすって、どうにか宥めようとする。
「だ……大丈夫? 一体何が……?」
「いやぁ……リリーナさんが……! リリーナさんの身体が……!?」
「………えっ? リリーナ先輩? 何か……あったの……?」
腕を抱えて震えるシェリーの発言に、ラフィアスの表情は凍りついた。
彼女は、シェリーの有する特殊能力を知っている。
ここは安全なはずなのに、この少女が何の原因もなくここまで取り乱しているのは__
確実に、シェルターの外で切迫した事態が起きていると、確実にラフィアスは理解ができた。
「ねぇシェリー、何を感じてるの!? それは離れ離れになったセイバーが、教えてくれてるんだよね?
リリーナ先輩に、何があったの……!?」
自身の焦りと動揺を極力抑えつつ、ラフィアスはシェリーに問いかけた。
だが、次に少女が発した言葉は、ラフィアスの冷静をも奪われる__
「セイバーは無事だけど……感覚が伝わって教えてくれるんです……! どうしたら……!
リリーナ先輩の……血が……失われて……!
呼吸が……速くて……おかしくて……弱くなってる……
体温も奪われていって……どう……しよう……!
だって……! 前にあれだけ大怪我してて……怪我も治ってないのに……私達を守ってくれて……!
嫌だ!!助けて! リリーナさんを助けてぇ!!」
シェリーの悲痛を込めた叫びは__
ラフィアス、他の避難民達、防衛する機動隊の者達、その場にいる民衆に衝撃を与え、騒然とさせた。




