第36章 襲撃、吸血の魔女(1)
「リリーナ=フェルメール!! 私と遊んでよ!♪
殺し合えよ!! 同じ《能力》を持った私、ゼフィーネ=クライシスとさぁ!! ァアハハハッ!!
あぁ、私から逃げようったって無駄よ!
アンタと同じ! この自慢の《粒子器発動の覚醒瞳》で、《ギルソード使い》の居場所なら壁の向こうだって見透せる!!
どこまでも追い詰めて炙り出して、この《ブレイン=ギルソード》で血肉の片鱗にしてあげるわ!!
ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒィェアァ!!」
狂った笑い声と同時に__
漆黒紅髪の少女、ゼフィーネの繰り出す《鎖》の束が、リリーナを覆って襲い掛かる。
(っ!? まずい……! この宙吊りの状態でっ……!?)
それ等全てが少女の顔面に喰らいつく寸前__
リリーナは右手に《通常槍:アゼリア》を召喚し、横一文字に振り払って、紅の《鎖》を瞬時に破砕する。
(ハァ……ハァ……! やっぱりそうだ……! 《ギルソード》の遠隔操作……でも精密性、あの偽看護師のそれじゃない!
でも……まさか女の子だとは!? あの人を囮にしてシェリーを襲った、病院テロの主犯が彼女ってこと……!?
いや、それよりもあの女の子__!
彼女の武器であろう《紅色の鎖》、それを自分の身体のように、自在に操っていた__!?
どうして、私と同じ《ブレイン=ギルソード使い》が、この世に存在して__!?)
相手の攻撃を払った直後、片手で宙吊りのまま、リリーナは思考の解析を巡らせるや、否や__
即座に少女ゼフィーネの嘲り笑う声が、間髪入れずリリーナの耳元からすぐ右隣の真横から耳元に響く。
足場すら存在しない、高度190mの空中から__
「あれぇ? まだ宙吊りになってるの!? お姉ちゃぁん?
《ブレイン=ギルソード使い》じゃなかったァ!? 足場作っての【空中散歩】くらい余裕じゃないのぉ!?」
(…………っ!?)
威嚇と警戒を剥き出しに、リリーナがぎっと右隣を睨んだ一寸の先に、例の主犯少女の顔面が迫っていた。
瞬時、リリーナは驚愕して目を見開く。直ぐ目の前の少女の顔が逆さに見えたからだ。
冷静になってその全体を見渡せば__
つい先程、《通常槍:アゼリア》で横一文字に振り払った紅色の《鎖》、それが束になり周囲一体を浮遊して、蚕の繭のように取り囲んでいる。
少女ゼフィーネは、その一本に両足を引っ掛けて、サーカスの曲芸の如くぶら下がったまま、彼女を見下している。
(……っく! 体力が尽きそう……目眩が……!)
研いだ鋭利な視線をゼフィーネから放さないものの__
額や身体中大から量の汗を垂らしながら、リリーナは左腕でぶらさがったまま、ぜぇぜぇと呼吸を荒げていた。
いくらリハビリの成果が表れているとはいえ、彼女は先のテロ騒動から丸1ヶ月近くは、病床に伏せていた身体だ。
怪我は治りつつあるも、まだ退院すらできていない。
病み上がりで戦う心身の負担は、自らが想像していたそれよりも遥かに大きかった。目眩、頭痛、集中力低下という症状で色濃く表れている。
敵の少女のように、《ブレイン=ギルソード》を自在に操れる体力も気力さえも、到底持ち合わせていなかった__
目眩と頭痛、体重を支える左腕の痛みを必死に堪えて、リリーナはゼフィーネに怒声で問いかける。
「__貴女は何者なの!? 何が目的なのよ!?
こんなに大勢の病人を巻き込んで__!?
それと、その力は誰から……!?
どういった経緯で、その《ブレイン=ギルソード》を使役できるに至ったの!?
【製造禁止】の非人道的兵器と呼ばれた《それ》を!?」
「……ハァ? 何なの? その趣旨が纏まってない、グッチョグチョな質問攻めは!?
頭が悪いのかしら? いや無駄に回転早いのかしら♪
何が目的って? まずアンタ自身よ!
あの中東地方の騒動以来、自分がS級の抹殺対象に指定されてるの、まさか自覚ないってオチ?
その次に………! そうねぇ__?
詳しくは教えないわ♪ 別にバレようが私の知ったこっちゃないけど……?
なんか、お使い頼まれてたわ〜!
確か福祉仕様に開発された【一心同体型の《ギルソード使い》】達を手に入れて来い? とかってねぇェ!!
キャハハハハハハハハッ!!」
__リリーナに考える隙は与えない。
狂った闇の少女ゼフィーネは本能のままに嘲り、間髪入れず、再び周囲に漂う《鎖》を操って、リリーナを攻撃する。
「くっ……!?」
力の出し惜しみは、死に直結する。
不調を押し殺して、リリーナはぶら下がる左手の鉄パイプを手放し、空中に身体を晒して急降下する__
「………《創造する脳操槍剣:薔薇の蔦芽"》!!」
魂を震わせたリリーナの叫びに呼応して__
右手に握る彼女の槍《創造する脳操槍剣》から、紅色に煌めく茨の蔦《薔薇の蔦芽》が生え乱れ、全面を覆い塞ぎ、周囲を足場として張り巡らせる。
【……ガチャア!!】
鋼鉄の砕ける音がした__
瞬く速度で、茨を纏った《長槍》をリリーナが十の字に振り払い、襲い掛かる《鎖》を、再び一斉破砕した、それ__
「ヒャハハ♪ 良い感覚と頭脳持ってんじゃん!? アンタ!
でも逃げ場はないよ!? 《鎖》がずっと追いかけて! その四肢を引きちぎってやるんだからァ!!」
狂ったゼフィーネの猛攻は、留まる兆しを見せない__
まるで狩猟を楽しむかの如く、繰り出す《鎖》の束を増量させては、獲物と定めたリリーナへと差し向け続ける。
「……ちっ!」
体力的にも精神的にも、リリーナは疲弊していく__
負担を隠しきれず、小さな舌打ちを溢した彼女は、ひとまず狭い場所への退避を判断する。
《鎖》が目前に届くや否や__
瞬時に周囲の《薔薇の蔦芽》を蹴り伝って、下界病棟の窓へと体当りし、身体で硝子を割って屋内へと飛び込んだ。
【ガシャァアァ!!】
硝子の破砕される音が、耳鳴りのように響く__
窓を破った先は、病棟の廊下だった。
飛び込んだリリーナは背中から転がり落ちたが、同時に敵の操る《鎖》もまた、同時に窓から侵入する__
だが間一髪、《鎖》の束は、倒れ横たえた彼女の真上目前を矢の如く通過して、全てが向かいの壁に突き刺さって、動きを止める。
故に、彼女は降り注いだのは、罅割れた壁素材の石膏の粉だけだった。
「ハァ……ハァ……!」
しかし、攻撃は奇跡的に逃れたが、包帯の取れていない彼女の身体中には赤い血と斑点が、その額や頬、四肢から全身に渡って滲み出ていた__
それは、室内に飛び込んだ際、破った窓硝子の破片が、彼女の皮膚を切り裂いたからだ。
皮膚を深く裂いたか、身体中の血の斑点は目立っていく。
「……ぁ……くぅ……! 情けない……! 療養とはいえ……しばらく実戦から放れただけで……こんな様なの……!?」
傷の痛みも身体の疲弊をも堪え、歯を食いしばりつつ、リリーナがやっと身体を起こして立膝をついた。
すると、その前方から__
【クゥ〜ン……! ゥウ〜ン………!】
「えっ!? セイ……バー……!? いや……違っ……!」
彼女の正面から、小さく獣の鳴き声が聞こえた。
シェリーの連れた白い大型犬と思い、慌てて顔を上げたが、どうやら違ったようだ。
【ゥウン……ヒスッ……フゥ……】
リリーナの前には、肌色の中型犬が彷徨っていた。脚を震えながら恐る恐るこちらへ歩み寄ってくる。
よく見れば、先のそれとは犬種も違った。
この犬種は『ラブラドール・レトリバー』__
シェリーのホワイトシェパードよりは小さいが、救助犬や介助犬に従事している。
人に寄り添い、共に仕事をする程に、優しく素直な性格。
無論、今は非常時とはいえ、病院内にイヌ科の動物が往来するのは、当然理由は1つだ。
「あぁ、大丈夫! もう怖くないよ……! ご主人様とはぐれたんだね。私がついてるから、こっちへおいで……!」
リリーナは身体から滴る血に一切構わず、目の前の迷い犬を守ろうと、歩み寄る。
その中型犬には朝のハーネスが結ばれ、やはり軍の医療・福祉管理機関から認定された、赤い赤十字の勲章が着けられていた。
病院にいた誰かの、大切な介助犬、パートナーである。
この時、リリーナは一度、周囲をより警戒する__
(__妙だけど、何故か今はアイツの攻撃が止まってる! 遠目から私の様子でも伺ってるのかな……!?
いや、相手の能力は私と同じ! 逃げも隠れもできないし、すぐに特殊な《覚醒瞳》で感知されて叩かれる!
どうして攻撃してこない!? いや、私には関係ない!
様子を伺ってるならそれでいい。その隙に私はやるべきことをやるだけ__!)
__そう心で決心したリリーナ。まずは、目の前で震える介助犬に、そっと手を差し伸べる。
「おいで~、もう怖くないよ♪ 私と一緒に、ご主人様のところへ、帰ろう? ねっ__?」
リリーナがそう言って、流血に濡れた右手を差し伸べた。
その刹那__
突如、あの《鎖》の束が怨霊の如く現れ、迷い犬の背中から腹を瞬く間に、無惨に串刺しにする__
【……ゥアォオ"……ォ……ン………!!】
壮絶な全身の苦痛に、目の前の中型犬は悲鳴を上げた。
艶やかで奇麗な毛皮と身体からは、血飛沫の花が咲き乱れ、壁や床までも血の赤に染まる。
「っ!!? えっ……あぁ……!?」
コンマ数秒と経たない__
あまりに速く、唐突に訪れた危機を前に、リリーナは驚愕のあまり硬直し、声を震わせるしかなかった。
しかし、悪夢を見せつけられたのは、次の瞬間__
《鎖》で貫かれた中型犬が、鈍い呻きを上げて、徐々に肉体の血や水分が吸い上げられる。
干からびて、痩せこけて、艶を失い、生命にあるべき機能を徐々に静止させていく__
【……ゥ"……ゥ………ォ…………】
瞬く間に、誰かにとっての大切なパートナーは、目の前で力尽き、醜く干からびたミイラと化して絶命した__
「……………っ!??」
2秒と経たない僅かな時間の中__
一体何を目の当たりにしたのか、思考回路が熱膨張を起こしたように、リリーナの脳は働かなかった。
直後、その背後から__
あの黒服の主犯少女、その人影が徐々にリリーナへと迫り寄り、近づく足音と共に、狂気の笑い声を響かせる。
「フフッ……ハハハッ! 何ぃその馬鹿みたいな呆け面は!?
何に対してショックを受けてんのォ?
そこの犬がいきなりミイラ化したからァ!? それとも、目の前で死んでいく命を救えなかったからァ!?」
目の前で命が散った。
これは悲しみか、怒りか、悔しさか__
感情も思考も整理できないまま、リリーナは呆然と後方を振り向いた。
そこには、自ら操る《鎖》を身体に絡めて、依然として狂気の微笑みを崩さない、少女ゼフィーネ=クライシスの姿。
獲物を捉えた狩人の目で、こちらとの距離を縮めていく。
「ねぇ、何をしたの……!? さっきの看護師の人もそうだけど、殺したのはアンタでしょ……!?
何が目的かさっぱり読めないけど……!!
どんな神経してたら、そんな簡単に命を奪えるのよ!!」
纏まらない思考は、やがて怒りに支配され、リリーナは敵意を剥き出しに目を尖らせ、ゼフィーネを睨みつけた。
右手にはまだ、《通常槍:アゼリア》をずっと握りしめている。武装は差し支えない__
激情に満ちたリリーナは、一切の躊躇もなく、その細く煌めく紅色の刃で、ゼフィーネに向かって駆け出そうとした。
その、瞬く刹那__
「__よく見ろっての♪」
ゼフィーネが嘲笑うや否や、リリーナの左腕が突如、何かに引っ張られた。まるで巨大な杭に刺されて、引き千切られる。そうな激痛が疾走る__
「っが……!? えぇ……何が……?」
痛みを堪えながら、リリーナは引っ張られる自身の左腕に目をやった。
いつの間にだろうか__
彼女の細い腕、その上腕と肘部に、太く棘で覆われた《紅の鎖》が2本刺され、皮膚内部に食い込んでいる。
「しまっ……!? 何……これ!? 腕の中に鎖が……!?」
「ッハハハ!! この馬鹿がっ! ホントにダッサァ!?
犬1匹死んだ程度で、ここまで露骨な隙を見せるなんて思わなかったんだけど!?
アンタもその横たわった残骸と同じように、全身の血液を吸い尽くしてあげるわ!!
私の操る遠隔操作異能武器、《吸血する脳操紅鎖》で、その身体もミイラ決定ねぇ!!
吸収しろ! 固有奥義『吸血鬼の貪欲』__!!」
「ぅあ……がっ……ぃや………!」
左腕に刺さる《鎖》が赤黒く変色して、リリーナの身体から血を吸い出していく。
少女の意識は無論、視界も、身体のあらゆる感覚をも、その肌色が蒼白と化して__
その肌艶と共に、生命機能が奪われ、蝕まれる。
(あっ……血が……少なぃ……意識……が……!)
「アッハハハハハッ!! 無様にも程があるわ!!
世の中、良いヤツから死んでくって、ディズレーリから聞いたけど、本当だったのね!!
恨むんなら、余計な情緒に振り回されたアンタの愚直さを恨むことねぇ!! あァ傑作ぅ!!
ククッ! 別にアンタはそこの迷い犬みたく、一瞬では殺さないわ♪ 時間をかけて血を吸い上げて、ゆっくり干物にしてあげるから〜!♪」
血が失われ、衰弱してゆくリリーナを、ゼフィーネはこれでもかと言う程に、毒を吐き、嘲笑う。
(うっ……くっ……! ダメ……こんな……とこで……!)
感覚と生命機能が失われ、意識を失いつつあるリリーナは、崩れ落ちるように両膝をつく__
自身の命が徐々に薄れゆくのを、少女は直に感じさせられていた。
※24/4/5タイトルを変更しました。申し訳ありませんが、ご了承の程、宜しくお願いいたします。




