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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
4.盲目少女と忠犬の絆 編
97/103

第37章 絆と暗躍、共同戦線(1)



◇◇◇◇◇◇




「……な……さい……め……さい……ごめんなさい……!」



 __小さく啜り泣いて、謝罪し続ける少女の声。


 

 長らく意識を失っていたリリーナ=フェルメール、その儚い声が脳に響いて、自我と視界が徐々に呼び戻されていく。



 

「…………っ!? ぁれ……私………?」



 気がついたリリーナは、夜の病室でシーツを掛けられた身体を横たえていた。

 腕には輸血の管が繋がれて、部屋は幾つもの血液パックとスタンドに囲まれている。



 右手に、人肌の温もりを感じる。頭が重いままだが、ふと視線だけを右側へとやった。

 そこには、自身の右手を優しく握りながら、涙で頬を濡らすシェリーの姿がある。



 目は閉じていて、静かに背中を丸めて動じない。眠ってしまっているらしい。


 その足元にいる忠犬セイバーもまた、疲れたようで静かに寝静まっている。




「女の子、ずっと傍に寄り添って泣いてたぜ。リリーナが意識不明になってから1日半、ずっとな……!」


 

 今度は少年の聞き慣れた声__



 すぐに反対の左側を見やれば、赤紫の髪と瞳が闇夜に輝く、ユウキ=アラストルの姿があった。


 悲しげな顔で、自身を案じて見守ってくれている。



 しかし、その覗き込んでいるその目には、どこからか不満と苛立ちの感情、リリーナにはそれが伺えた。

 



「ユウキ……ありがとう。……私が無茶して……迷惑かけちゃったの……自分で……分かってる……」



 青ざめたリリーナのその言葉に、ユウキは心中の激情を押し殺し、冷徹な眼差しで、静かに口を開く。




「__別に謝らなくていいよ。お前のおかげで、病院の人達は無事だったんだ、本来は讃えられるべきだ。


 でも、お前が無茶をして傷ついて、確かに助かった人達はいるだろうが__!


 その反対に、誰かが悲しんだり苦しんだりするってことは、絶対に忘れるなよ。誰に限らず、な__!」




 そう言って、ユウキは目線の動きで、向かい側で寄り添う少女の方を指し示す。


 即座に理解させられる、シェリーのことだった。

 少女の顔は疲れ切って、酷く憔悴していた。


 ずっと泣いていたのか__


 涙の痕が色濃く残る目の下は、青黒い隈で覆われ、誰から見ても窶れているように見える。


 あの惨事に巻き込まれた後だ。

 心底震える思いをしただろうに、最悪が重なるように、自身が倒れたというのだから__


 自分の軽率かつ、身を顧みない行動が、この少女に酷い悲痛とストレスを与えてしまったのだろう。


 __自責の念に駆られながら、リリーナはそっと、自分を握り続けていたシェリーの右手を、今度は優しく握り返す。


 すると__


 

「……っ? ……リリーナさん……? リリーナさん!? この感触……意識が戻ったのですか……!?」



 眠っていたシェリーが、その手に答えてくれるように、すぐに目を覚ました。


 そして、すぐに気がついてくれた。




「……おはよう、シェリーちゃん。ごめんね。すごく心配かけちゃって。


 その……ずっと、傍にいてくれたって聞いて……!」




 リリーナが声を掛けるや否や、徐ろにシェリーは暗闇の部屋で1人立ち上がった。


 ゆらゆらと蹌踉(よろ)めきながら、視界の代わりに手を探って、リリーナの身体の位置を確かめる。



 すぐに意図が分かった。


 まだ重い上体をゆらりと起こして、リリーナはシェリーを静かに抱きしめる。



 

「ひっ……っぐ……! リリーナさん! 良かった……!

リリーナさんが……目を覚まして……くれなかったら!


 私は……うぅ……! ごめんなさい……! 私のせいで!


 あの後、軍警察の人から聞いたんです……! 狙われてるの……私なんじゃないか……って……うぅ!


 そんな私なんかが……逃げて……そのせいでリリーナさんが傷ついて……私なんて……ただの疫病神……!


 お御父(とう)様との誓い……何も……守れてない……」




 閉ざされた目から流れる大粒の涙、リリーナに抱きしめられ、彼女の肩をその涙で濡らしながら、


 シェリーはただ自分を否定し、責め続ける。




「……違うよ。どうしてシェリーが謝るの……? 君は何も悪いことなんてしてないよ……?


 でも……そっか、シェリーが今、すごく苦しくて泣いているのは、君がすごく優しい子だからなんだね。


 人の痛みがすごく分かるから、苦しみを味わってよく知ってるから、人が苦しんでるの、辛いんだね……」



 泣き続けるシェリーを慰められるようにと、しばらくリリーナは、少女を優しく抱いて宥めていた。


 己の軽率な考えと行動を後悔しながら__



「でも今、シェリーが泣いているの、私が辛いな……


 そんな苦しみを自分が引き受けられたら、少しは救われるのかな__?


 きっとこれを、私達が考えちゃうんだね……だから私が君を悲しませたんだ……ごめんね。シェリー……」




 __共に抱き合いながら、互いの痛みを受け止め合うリリーナとシェリー。



 __それを傍で眺めていたユウキは、彼女達の苦悩を緩和する明解な助言が見つからず、歯痒さとばつの悪さを感じていた。


 優しいリリーナとは反対に、ユウキは人の痛みこそ知れど、それを逆手に残忍な所業に走り、冷静な神経で多々繰り返す。


 彼自身、自覚して、必要悪と割り切っている。


 だからこそ、ユウキは堪えて、互いに涙する少女達と、シェリーの足元で眠っている忠犬のセイバーを、ただ見つめる他なかったのだ。


 

 今この場では、この2人に助言する資格など、持ち合わせていないのだと__



「ぅう……リリーナさん……! 怖いです……! 私、狙われているんですよね……? 標的なんですよね……?


 襲いに来るんですか……? 何人で来るんですか……?

 何をされるんですか……? 誰が傷つくんですか……?


 怖い……すごく怖い……! 私が1人いるせいで……!

 無関係の人が襲われて……酷い目に遭わされるの……


 私は耐えられない……! いっそ独りになりたい……!


 そうすれば……私だけが襲われれば……それで……!」




 心優しいシェリーの涙で、リリーナの肩とシーツは雨のように濡れる。



 涙を流し続けながら、シェリーは言葉の先を口に出そうとするが、リリーナは即座に静止させる。


 少女の震えた背中を、そっと擦りながら__



「駄目だよシェリー、そんな考えは絶対に駄目!


 シェリーの命はね?これまで生きてきた人達の思いで、今日まで守られてきたんだよ!


 貴女を大切に思って、それが未来へ繋がれていく。


 それが、天国で見守る人達の思いなの! だから、シェリーはそれを守らなくちゃいけない!


 大丈夫! シェリーは私達が絶対に守るから__!


 だから、その人達の心と希望を、シェリーは守っていて、未来へ繋いでいて! お願い、シェリー__!」




「ひっ……ぐっ……! リリーナ……さん!」



 まるで心が開放されたように、シェリーの涙は止まりつつあった。



【………っ?】


 少女の泣き声を聞いてか、あるいは精神や心情の《共有能力》によってなのか__


 夜中にも関わらず、『総合介助犬』のセイバーは目を覚ましてしまったようだ。


 傍で暖かく抱かれる主を、忠犬は冷静に見つめる。




「さて、まずは昼間の狂ったテロ集団に、シェリーとこの白ワンコが、執拗に追われてるのは分かった。


 けどよォ、どうするリリーナ? しばらくシェリー達には、付きっきりの護衛が必要だぞ__!


 お前はその身体だし、もう一週間は入院が長引く。穴埋めは、キルトが引き受ければ問題ないが!


 この子の生活環境が、少なくとも大きく変わる!

そのストレスは大きいだろうな。悩ましいぞ……!?」



「……うん、現実問題が厳しいのは分かってる……!」




 今後の方向性、その計画について、ユウキとリリーナが頭を痛めていた、そんな時__


 聞き覚えのある少女の声が、病室の入口から響く。




「__それについて、実は先輩のお二方には、折り行って重要なご相談があるっス! お時間宜しくて?」



「っ……!? えぇっと……? ラフィアス……?」



「おぉ! さすがリリーナ先輩! この姿でも気づいてくれるって、感激で痺れるっスね〜♪」


 

 そうやって、明るく陽気な笑顔を見せたのは、昼間に病院の診察待合席で出会った、

 

 隻腕の少女、ラフィアス=フィラデルフィア__



 その時の姿は、診察用の患者服を纏っていて、右腕が無い袖がひらひらとなびいていたが、


 今の彼女は、まるで別人のように様相が違う。


 服装は黒いブレザースーツ、下半身は学生用スカートと細めの黒靴下、女学生用の革靴を着用している。


 腕の欠損が目立った右袖は、『義手』を着用しているのか、立ち姿は女子生徒のそれ、両腕も無論健在。


 右手は義肢のカムフラージュの為だろう、黒い革手袋を嵌めている。

 


 そんな彼女の服装、そして振る舞いを一目見て、リリーナとユウキは即座に理解し、同時に驚嘆する。


 この隻腕の少女ラフィアスは、自分達と同じ立場、軍士官・エージェント育成学園『軍立6大学園』の生徒だったのだと__

 



「リリーナ先輩、目覚めて本当に何よりっスよ! 改めてお礼と自己紹介、そして挨拶がしたかったので。


 私はラフィアス=フィラデルフィア、先輩方の〈グランヅェスト学園〉とは、通う学園は違うッスけど、


 この隣の学区、軍立〈メアリ=ステュアート学園〉の第1年生で、先輩方とは1年下の15歳っス!


 この度は、親友のシェリーを助けて頂いて、ありがとうございます!


 リリーナ先輩のご行動とご活躍のおかげで、病院患者の方やスタッフの方々も、全員怪我人がいなくて、本当に奇跡的な状況だったそうです__


 なんか役に立たなくて、不甲斐なかったッスよ!」




「__そんなことないよ。 私が独断で飛び出しただけ、だからラフィアスも気にしないで……!


 ラフィアスが、避難した人達の傍に、ずっと付いてくれたおかげで、みんな無事だったし、ね♪」




 シェリーを抱きしめながら、リリーナが柔らかい笑顔で明るく答える。


 ラフィアスはここに来るなり、陽気なに微笑みを頑張って見せていたが、それは空元気と苦笑い__


 どこか複雑な心中と悩みを隠しているのは、誰もが表情の奥から伺える、そんな不器用な顔だったのだ。




「……それで? 相談っていうのが本題だろ? まぁシェリーのことだってのは、もう知ってるけどな……!」




 話を早く進めたがったユウキが、どこかぶっきらぼうな口調で問いかけると__


 隻腕義手の少女ラフィアスの顔は、陽気だったそれとは打って変わり、どこか厳かな、静まった表情で、リリーナとシェリーの隣まで歩み寄る。




「えぇ、それだけでなく、ちょっと私達の『我が儘』をですね? 聞き入れてもらいたいんスよ。


 正直、この子の危機もそうッスけど、もう問題がそれだけじゃない程、大事になっちまってるんです!


 だからこそ、お2人には要望があって、それが不敬だろうと反抗だろうと、それを覚悟で押し通したい。


 療養中のリリーナ先輩には、本当に申し訳ない!


 そして、ユウキ先輩! 貴方のご活躍、私も前々から噂を聞いていて、尊敬してるんスよ!


 貴方様のような実力者様にこそ、お力添えが必要なんです。どうか__!!」




 そう言って、ラフィアスはシェリーの傍、忠犬セイバーの真上に立つと、右の義手と左の素手、両手の指を重ね合わせて、祈るように今願望を見せた。


 


「ラフィアスて言ったっけ? 水臭えなァ、この状況だぞ。何だって聞き入れるに決まってんだろ。


 何しろ、俺もシェリーとラフィアスには、リリーナを救ってくれた、その恩があるんだ。お互い様よ!

 そのご要望とやら、内容問わず力になるさ!」




「ありがとうございます! ユウキ先輩__!


 先輩方は、〈新都市国家マリューレイズ〉が運営する、『軍立福祉支援施設』の存在はご存知ですか?


 正式名は〈独立福祉支援機関:『翡翠(ひすい)(その)』〉__!


 そこは私達をはじめ、工学技術テクロノジーの助けが必要な人々が、その恩恵を受けつつ身を寄せ合って暮らしている、そんな施設なんですけど__!


 徐々にその施設を正体不明のテロ集団が囲んでいて、奴等から『私達の家』を守って欲しい!!


 これが、私からお2人へのお願いッス__!」




「『翡翠(ひすい)(その)』ォ? なんだその機関?


俺は軍の上層部や最高司令部と接点はまぁあるが、そんな機関が存在してるなんて知らなかったぞ?」



 ユウキが首を傾げながら言うと、リリーナのケアで、心に余裕を取り戻したシェリーが、小さく儚げな声でユウキに説明する。






「レ……レヴェリー先生が立ち上げた、医療福祉の生活支援施設なんです。


 私達、施設の住人は、その工学技術テクロノジーの助けを受けると共に、その運用データを提供して、軍に貢献するんですが……!


 その技術は医療技術の他に、しっかり軍事目的にも転用する立派な〈軍事開発実験機関〉で……!


 それでも……だからこそ、私達はこの身体でも、目が見えなくても、レヴェリー先生の救いのおかげで、何不自由も感じないで生活ができるんです。


 あの施設がないと、私達は………!」




 精一杯の説明をシェリーが伝え終えると、リリーナは物寂しく沈んだ微笑みで、補足の言葉を付け足す。

 



「ユウキ、実は私も知らなくて、レヴェリー先生とラフィアスについさっき、教えてもらったんだ。


 あの人が亡くなった昔の旧友の人との誓いで、自分の投資で立ち上げた新機関なんだって__


 むしろ、今まで知らなかったのが、恥ずかしいくらいに思ってさ……! 今すぐ伝えたいくらいだよ……!

 

 天国にいった……あの子達にさ……!


 こんな立派ですごい人達がいてくれて……!この国は……ここまで変わることができたんだよって……!」




 「………………!」




 涙を流しそうな顔をしたリリーナの一言に、ユウキは次に発する言葉が見つからなかった。


 いや、別にこれ以上発する言葉などなかった。



 もう彼等の中で、これからやるべき事は決まりきっているのだから__


 過去に失った仲間達を思えばこそ、この国の未来と笑顔を紡ぐため、彼女達と、その大切な居場所は守らねばならない。


 ユウキは即座に、それを理解する__




「よし、ラフィアス! シェリー! 後は全て任せろ!


 まずはキルトやクラウス達に、先行で施設の防衛に当たるよう連絡する。


 その家を嗅ぎ回るクソ連中には、これ以上やったら何が起きるのか、思い知らせてやるよ__!」




 そう言って、何かスイッチが入ったように、冷淡な笑みを浮かべるユウキに、ラフィアスは困惑する。




「え? ……あぁ、ありがとうございます! お願いする手前、私も全力で貢献するので、お願いするッス!


 それと、施設の守備にあたって、うちの学園〈メアリ=ステュアート学園〉からも、人員の増援を手配するので、あの……本当に宜しくお願いします!…ッス」




 彼女は感謝の姿勢として、義肢の右腕で敬礼の意を表すと、今度はリリーナに抱きつくシェリーの耳に近づいて、そっと囁く。




「ほら、 シェリー? 先輩達、親身にお願いを聞いてくれたでしょう?

 もう独りで怖がったり、抱えて悩んだりする必要は無いんだから、今日は落ち着いて、家に帰ろう?」



「…………うん」


 

 小さな返事を返すと、シェリーはようやく、恐る恐る立ち上がって、忠犬セイバーに付いた《ハーネス》の存在を手探りで確認する。



【…………!】


 

 床に伏せていたセイバーは、すぐに分かったようで、丁度良い位置で立ち上がり、少女シェリーに取っ手を握らせた。




「ありがとうございます……リリーナさん。早く良くなってくれますように、私……祈ってますから……!」




 __そう言って、彼女はセイバーを引き連れて、ラフィアスと共に病院の部屋を後にした。




 その自動扉が閉まり終えるまで、リリーナは穏やかな表情で、そっと手を振っていた__





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