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新科学怪機≪ギルソード≫   作者: Tassy
3.〈新都市マリューレイズ〉と武装組織の逆襲 編
82/103

・戦乱の予兆(3)



◇◇◇◇◇





 地上600mにも及ぶ巨大な国防軍事要塞は、人々から『軍神の塔』と呼ばれていた。


 その最上は、地上130階__




 〈国防軍総称。《戴冠の女王軍(マリー・ルイーズ)》総本部:最上階(地上130階)、軍上層部『最高司令室』〉




 仄暗い、広間の照明を最低限に留めた空間の中で__



 たった1つの円形オフィステーブルと、無数の大型・小型の3次元空間ディスプレイに囲まれた大柄な老翁(ろうおう)が、無表情を顔面に塗り固め、両腕を組み微動だにしなかった。



 

 (よわい)70を過ぎた白髪の老体は、全身の皮膚が枯れ葉ように皺を寄せていたが、身長190cmを超えるその肉体は、決して老翁のそれではない。


 純白に金の肩章を装飾させた将校軍服に隠された身体は、全身のあらゆる筋骨が堂々と膨れ上がり、内に眠る鋼の鎧が生成されている__



 長年に渡って鍛錬されたその姿は、職業軍人として身を捧げる覚悟を表し、密かに見る者を圧倒させるだろう__





「…………、………………!」




 その男は、ただ周囲の空間画面に写し出された数々の映像、それを黙し、1つ1つを目に焼きつけるかの如く、じっと目を見開いている。




 __次々に映し出される光景は、今破壊され瓦礫の山が聳える、現在時刻の都市部、その被害地域の姿。



 無惨に殺された地下作業員達の遺体処理__


 倒壊した鉄筋等の破片から救助される、傷ついた人々。それを救おうと自ら泥に汚れる救助員達__


 その現実を目の当たりにし、恐怖に怯える群衆__



 悲惨なる光景の数々が、軍の監視・調査用ドローンカメラの撮影を通して、その者が見入るディスプレイに映し出されている。




『__現地から収集された情報を纏めますと、この度のテロ襲撃事件により、軍人・民間人総勢100人が死亡、負傷者は680人前後。


 人造建築物の被害は地下施設へ集中、施設被害の総額200万N€(ネオユーロ)相当__


 5年前のクーデター以来、最悪のテロ事件でしょう。



 現時点での操作から、明らかになった追加情報は、以上になります。ご承知の程を__!



 イヴァン=ヴォルテール総帥閣下__!』





 空間ディスプレイから報告を発信する、若くも大人びた男性の声に対し__



 総帥閣下と呼ばれたその老翁、イヴァン=ヴォルテールは、冷静な態度で、ゆっくりとその口を開く。





「救助活動の状況はどうだ__!? 地上の被害は、軍立病院周辺までに抑えられている様子ではあるが__!


 現時点での周辺住民の安全は、最低限の保証はされているのだな!?」





『えぇ無論です。それを最重要任務としてご命令を受けていたのですから__!


 怪我人等の人命救助も大方完了し、各医療施設の体制も、我軍の医療班支援により正常近くまで機能回復を致しておりますが__


 地下施設内のライフライン設備が……未だ復旧に困難を極めておりますな……!』




「__やはり数日間の機能麻痺は避けられぬ……か。代用装置の配備が急がれるな……!


 医療や市民の生命線が脅かされてはならん! それを守る防衛戦力の再構築、増強も必須であろう……!


 ご苦労であった、アイザック=ユークリッド中将よ。


 現場から離れてよいぞ。後は我が責任を負って各司令官に指示を伝達する……!」




『総帥閣下、恐れながら……! その各現地での裁量権と責任の程を、この私アイザック=ユークリッドに一任させては頂けますまいか……?


 貴方様はどうか、一刻も早く市街の軍立病院へ向かわれては如何ですか……!?


 いえ早急に! 向かわれるべきにございます閣下__!


 貴方様の愛弟子、リリーナ姫のために__!』




「………っ!? …………………!」





 総帥イヴァン=ヴォルテールは、額に大量の汗を流しながら、しばらくの間は俯いて悩み苦しんだ。




 この席は、国の最高権力者のそれであり、国防軍事組織の最高司令権を掌握する__


 しかし、強大なる権力には、重圧と責務が常に伴う__




 一個人の感情の介入など、当然許されはしない。ここは、数万の民の生命をも、その采配1つで(ふるい)に掛ける。


 民衆を導くも、苦しめるも、命を奪うも__




 それこそが国家権力者の席であり、そして責務であると。


 この地位に即位して5年、総帥ヴォルテールの思考からその意識が離れる時は、一瞬たりとも存在しなかった。


 生涯忘れぬと、天の子供等に誓ったのだから__





「__アイザック中将よ。主の心遣い、我が心身に染みて感謝の言葉も見つからぬぞ……!


 だが、事態の収集が終わりを迎えぬ今、国民の生命すら懸けられたこの立場を、一身上の都合のみで……空席にするなど……我が責任がそれを許さん……!


 犠牲者さえ判明しとる今だからこそ、今尚生きておる者の身の安全は保証せればなるまい……!


 軍の威信をかけ……! その使命は果たさねば……!」

 



 憤怒と悲痛を押し殺し、ヴォルテールという1人の人間は、胸を掻き殴られる程に唸り続けた。


 その老翁に対し、あえて冷淡で、わざと冷徹な言葉を、その音声の通信相手は平静と語り諭す__




『お言葉ですが閣下……!! その国家を挙げて果たす使命のために……貴方様にとって家族同然の者の命!


 差し出せるとは仰いますまいな……?


 貴方様は、我が軍の崇高なる最高指揮官です。ご自身を組織の動力源になされるなど、あってはなりません__!


 どのような責務を負われようと、私共は閣下の手足となり、お使えする所存であります。


 貴方様のご家族とお心の支えだけは、どうか第一に、大切になされよ。


 それ等を失ったがために、ついに人の感情を捨てて暴虐な政治に走った()()()()()の存在を、ご自身が最もよくご存知でしょう__!」

 



 責務の重圧と肉親の不幸に挟まれ、胸の内で苦しんだ総帥ヴォルテールを開放させたのは、将を理解し、忠義を以て気を汲み取る、側近の言葉と覚悟であった。



 微弱ながら精神の負担は軽減され、重圧の迷いを捨てたヴォルテールは、ある小さな【額縁の写真】を手に取り、回線の切断間際にこう告げる。




「……恩に着るぞアイザック、では後の総指揮権とその責務を貴様に預けよう__!


 各中佐、少佐の中堅指揮官との連絡は、可能な限り頻繁に取り行ってくれ。


 我は今や、我が命より重き子等の危機を前に、その親として馳せ参じる事とする__!


 健闘を祈るぞ! 盟友よ__!」





『無論承知にございます! 総帥閣下__!!


 今は貴方様の__


 ご自分の家族を最優先に行動なさってください__!


 あのクーデターの日以来、閣下のお考えは常に民衆の平穏ばかりで、ご自身を大切に思われていない……!


 ですから、せめて今だけは__


 あの子等が愛するお師匠として、父親として、彼女達の生きる希望となって、お側について頂きたい__!



 天国で見守る孤児院の子等も、同じ願いでしょう__ 』





 この側近の言葉を機に、全ての映像通信が切断され、3次元ディスプレイの集合体は、次々と机上から消えていく。





「…………………」




 仄暗く、静粛に包まれた総司令室にただ独り__


 


 総帥ヴォルテールは、その高価な木彫りに収まる【額縁の写真】を片手に、ほんの少しの間、沈黙に意識を囚われる。


 だが、即座に立ち上がり、優しくそれを机上に立て掛けては、倉卒に持ち場の司令室から早足で立ち去った。





 __総司令室の机上には、上級幹部の者がいつ参上した際にも、その高価な写真立ては、総帥のすぐ手元の位置にて、大切に立てかけられていた。



 額縁に囲われた写真に写るのは、在りし日に撮影された、『雛鳥の宿』の孤児達の姿__



 あの地下深部に存在する【女神像の泉】に残された、色褪せた写真と全く同じ、それである。



 地下の写真は風化が激しく、大部分が色褪せていた。


 だが、彼の手元に残るそれは、厳重に保存され、傷ひとつない状態で、全体が鮮明に写されているのである。





 __仏頂面のユウキと涙目で微笑むリリーナ、そして辛い日々を共に過ごした親友、リステリアやエルシオ、その仲間達が無邪気に笑って肩を組み合い、


 その中央には、在りし日の老翁ヴォルテールの姿が、愛する我が子同然の子等と並んで、優しく微笑んでいた。



 1枚の写真に収められた皆の表情は、誰もが子供らしく、喜怒哀楽のそれを純粋に浮かべている。


 __記録に残る通り、環境は劣悪のはずだった。


 しかし、そこに写された彼等の無邪気な顔は、まるでそれが嘘かと思える程に輝かしい。



 日々の幸福に満ちた子供達の笑顔__


 我が子への愛に溢れた親の笑顔__



 誰もが享受される人並みの幸福が、あの悲劇の孤児院に、確かに存在していたのだと………


 【額縁の写真】は、それを記録する最後の遺品となり、彼の机上にて、静かに語り継いでいくのだろう__





◇◇◇◇◇




 

登場人物紹介(追加分)



・イヴァン=ヴォルテール(73歳)

 国家軍事組織〈戴冠の女王軍(マリー・ルイーズ)〉の最高司令官、階級は総帥。

 

 かつて地下施設の最深部で『雛鳥の宿』と呼ばれた孤児院を設立し、ユウキとリリーナの2人は、一時期、孤児の仲間達とそこで暮らしていた。


 2人は彼を「お師匠」と呼んでいる。




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