・戦乱の予兆(2)
__〈マリューレイズ軍立赤十字病院〉45階、一般治療病棟、45号室__
「__ユウキ!」
少年キルト=グランヅェストは、気が焦って荒げた声を出しながら、病室の自動扉を開閉させ、ユウキの病室へと突入する__
「あ……あの……ご関係者様でしょうか……? 困ります……! ようやく目覚めになったとはいえ……まだ面会できるご容態は……」
部屋へ立ち入るなり、奥から駆け寄ってきたのは、ユウキの病床の傍にて、専属で看病をしていた、若年の女性看護師であった。
どこか困り果てた表情で、突如として駆け込んだキルトに苦言を呈する。
「これは……! とんだ失礼を致しました……!
地下の奥底で、ずっと意識を失っていたアイツが、やっと目覚めたって聞いたのもので……
そのご様子だと……面会が許される程、ユウキの容態は回復していない。という事ですか……?」
「そんな……それどころでは……ありません……! 面会どころか……今は会話すら……」
「……?? え?」
予想外の言葉と事態に、キルトは瞬時に硬直し、脳の奥底で混乱する__
非礼を詫びつつ、ユウキの現状を尋ねたものの、不安げで煮え切らない担当看護師から発されるのは、悪い予感を抱く不穏な単語__
ならば奥のベッドまで、ユウキに一目会わんと、キルトは病室奥の医療ベッドへと突き進んでいく。
「あの……? ちょっ……彼は……!」
「悪いが早急な伝達がある! ユウキ! 入るぞ!!」
看護師の静止を振り払い、キルトは横たわるユウキの目前にまで足を踏み入れた。
そして、彼の姿をその目で確認した瞬間__
傍にいた女性が止めに入った理由、その意味を、ようやく理解する。
「ユウ……キ……? お前………!?」
「………………………」
病床のユウキは、確かに目覚めてはいた。が、その様子は安堵とは程遠い、それ__
薄い病衣と、その内側から覗く包帯に覆われた身体は石化したかのように硬直し、
まるで虚無に飲まれたかの如く、酷く虚ろな瞳で、彼は呆然と天井を見上げ続けている。
「…………? ………キルト……か……?」
その時、ユウキが声を発した。か細く、弱々しく、消えそうなそれで__
「ユウキ……!? まだ無理をするな……! まだまともに話せる状態じゃないんだろ……?」
「……いいよ……! こんなの……少し寝れば……すぐに……良く……なる……」
生気のない瞳で、青ざめた肌で、ユウキは余裕を見せるように微笑んだが、傍で付き添う看護師が即座に止めに入る。
「何を言ってるんですか!? 危険な状態ですよ!
傷の手当こそ無事に終えられたものの、問題は「神経麻痺の薬『Hexe』の後遺症状です!
今、その毒とも言われる副作用がはっきり表れていて、脳の神経がまともに働いていません!
どうして、あんな薬が存在して……!
それに手を出してしまったんですか……!?」
__若き女性看護師の嘆きに、キルトは何も言葉を返せず、ひっそりと奥歯を噛み締める。
戦場の麻薬、『Hexe』__
地下室でユウキがそれを服用し、暴走した事実を、キルトはこの時、すでに聞かされていた。
__遠い過去の大戦時代。
巷で「魔女の薬」と呼ばれていた『Hexe』は、精力剤として世界の激戦地で流用されていた。
その正体は、生命維持の警鐘とも言える痛覚を殺す、非人道的な危険薬。
その大量流通が危険視され、流通の根絶が叫ばれた時は、すでに戦争で人類の70%が死に至り、そして世界情勢の崩壊、終焉が齎された。
__気づくのが遅すぎた。
__数多の命は殺されすぎた。
やがて400年の年月が経過し、ようやく争いのが終わりつつあった時代。
再樹立した僅かな国家・政府は、戦地や人々を狂わせた危険薬『Hexe』『ジル・ド・レェ』の消滅を試み、流通・運用の厳罰化を制定した。
__当然、この〈新都市国家マリューレイズ〉も決して例外ではない。
法治国家に、それが存在してはならないのだ。にも関わらず、何故それが軍施設の地下に存在していたのか__?
軍事政府の取締を掻い潜った闇界隈との裏取引、それ以外に何が考えられようものか__?
キルトはもう、それを考える事が精神的に耐えられなくなった。
「…………キルト?」
掠れた声で、ユウキはキルトに呼びかける。
「どうしたユウキ? 辛いのか? どこか痛むのか?」
「頼みがある……! 辛いし……身体中が痛え……!
でも……お前に……どうしても……頼みがあるから……俺は……意地でも……目を覚まして……起きてんだよ……!
聞いて……くれるか……? キルト……」
「……分かった。何でも言ってみろ……! この状況で叶えられる範疇でな……!」
小さく、悲しげな溜め息を吐いながら、キルトはその希望を引き受ける。
怪我と薬物の後遺症に苦しむ仲間に、少しでも力になれやしないかと、葛藤や悲痛がその胸を駆け巡っていたのだ。
だが、次の瞬間__
ユウキが告げた望みが、キルトを絶望と混乱の渦に陥れる__
「リリーナに……会いたい………!
生きて……ここに……いるんだろ……? アイツに……会わねぇと……苦しくて……眠れねぇ……!
頼む……キルト……連れてって……くれ……!」
「………っ!!? ……ユウキ……それは……!」
酷い動揺と急な発汗がキルトを襲った。
言語さえ喉に詰まった彼の脳裏には、先刻の女性士官の言葉が、警鐘の如く過ぎり続ける。
【リリーナ姫の容態……!
彼にお伝えする際は、覚悟しておけ………!】
今、リリーナは__
たった独り、閉ざされた治療室で生死を__
酷い事実だ。
しかし、キルトはこの部屋に向かい走った際、ユウキに何を言われ、怒り責められようが、事態をありのままに伝える覚悟でいた。
だが、心身共に衰弱した仲間を前に、誰がそれを口に出せようか__
焦り、惑い、判断力を失ったキルトは、不意に、即座に背後で立つ女性看護師へと、目配せで助けを求めてしまう。
「無……無理に決まってるじゃないですか!? 今は彼にそんな体力などありません! 絶対安静です!」
担当の女性看護師は、ユウキの希望と、彼等の『予測し得る行動』に反対を叫ぶ。
__それは、キルトの胸に秘めた【望み通り】の言葉であった。
凄惨な現状を直視させるのは、今ではない。
キルトは、(お前はまず休んでいろ!)と、必死に意識を維持させるユウキに、そう告げようとした。
刹那__
「連れて行ってキルト!! ユウキを……リリーナのいる場所へ……!」
暗い病室に響いた少女の叫びに、キルトは仰天し寒気が走る。
それは今、最もユウキに聞かせたくない言葉__
仰天と苛立ちの眼で振り返れば、いつからか入口の扉に立っていた、ルフィールの姿があった。
その顔は、先程の集中治療室でみた際よりも、一層険しく、痛ましい程に暗いそれ__
「ルフィール!? ちょっと待てくれ……!? 気持ちは分かるが……!
ユウキはこの容態だぞ!? 彼女の今の状況を知るのは……まだ駄目だ! あまりに酷すぎる!!
せめてもう少し……身体を休ませてから……!」
焦りの激情をひた隠し、キルトはルフィールを諭すように、冷静に言葉を運び説得を試みた。
__が、怒りを露わに目を尖らせたルフィールは、胸の内を押し殺すような低い声で、そっとキルトに言い放つ。
「今じゃなきゃ駄目よキルト! そんな悠長な事、もう言ってられる状況じゃない__!
彼女の治療室に来れば、すぐに分かるわ__!」
「……アイツの身体に……何があった……!?」
押し寄せる悪夢と、現実に対する恐怖を必死に堪え、キルトはルフィールに問いかける。
すると、彼女は無言で歩み寄り、キルトの顔面の傍まで近づいては、彼の髪に隠れた耳元で囁いた。
ユウキに聞こえないように、静かに、弱く、そしてゆっくりと__
「あの娘の容態は、悪化の一途を辿るばかりよ。心臓が、動いたり止まったりを繰り返して……!
今はもう、命は崖淵の峠を彷徨ってる……!」
「……………………あぁ、そうか………」
ルフィールの囁きを聞き終えるや否や、キルトはただ冷静に、静粛に、密かな相槌で返答を示した。
その落胆した肩は覇気を失い、酷く震えていた。
やはり心の悲痛まで誤魔化せず、如実に身体へと表れてしまっている__
そんな動揺を、病床に横たわるユウキは痛切に感じ取ったのだろう__
力を無くした左腕と指先で、強く問い詰めるように、キルトの制服の袖を弱々しく握る。
「キルト……リリーナはどこだ……? アイツに……何があった……?
教えてくれ……キルト……俺はリリーナに……助けられ……たんだ……俺は……アイツを……」
身体中の苦痛を堪えてでも、リリーナの身を第一に気にかけるユウキを見た瞬時、キルトは、一度無心になった。
最早、深く考え、相手のためを思うその猶予すらも、今は存在しないと、心で理解したのだ。
__数秒の先、仲間の命が、それも親友の最も愛するそれが失われるであろう事態。
ならば自らが悪となり、鬼畜となり、それでも本当に仲間のために成すべき事を果たし、親友のために責められよう__
身体の震えが止まらないまま、心臓を握り締められる圧迫感に堪えながら、キルトは覚悟を決して、ユウキの手をそっと握り、こう告げた。
「待たせたなユウキ……! 俺は……いや俺達は、お前に伝えなきゃいけない事があるんだ……!
だから、今からリリーナの所へ行こう……!」
そう言ったキルトの表情は、当の本人も自覚を持たぬまま、爽やかで、無意識に微笑んでいた。
「こ……困ります! ユウキ様の身体を動かしたら……私が担当医として……!」
__と、言葉の吃る女性看護師が横槍の如く静止をしたが、〔ギロリ〕とルフィールからの睨みと威圧が放たれ、恐怖でその意に従ってしまう。
「ありがとう……すまねぇ……キルト………」
医療ベッド共々、その部屋から運び出される寸前、弱り果てたはずのユウキの表情は、
酷く残酷な程に__
微かな笑顔を浮かべ、その目は涙が滲んでいた。
◇◇◇◇◇
〈マリューレイズ軍立赤十字病院〉45階。重体者集中治療室の待合室__
病室を後にしたキルト達は、2人の看護師の助力で、ユウキを医療ベッドごと運び出し、集中治療室へと連れて行く。
距離は遠くないが、極度に時間が長く感じられる程に、彼等は何1つ言葉も交わせず、疲弊した足を、身体を、ただ無心に動かす他なかった。
やっと、治療室前の入口にたどり着いた際__
そこには、テロ被災現場の救助活動に追われていた、クラウス、スタイン、他の仲間達数名がすでに到着し、惨状を前に呆然と立ち尽くしていた。
待合席のシートに目をやれば、ずっとリリーナの傍を離れなかったヴィクトリアが、顔色悪く、披露も限界に達したのか、倒れたように眠っている。
「クラウス……! すまない……これは……」
同僚クラウスの顔を見るなり、キルトの口から反動で飛び出したのは、謝罪の言葉だった。
「よせよキルト……謝るべきはお前1人じゃねぇ。
この場の全員がリリーナに向かって、頭を床につけて土下座しねぇと、謝罪にもならねぇよ……!
それでも贖罪からは、見苦しく程遠いがな……」
そう告げたクラウスの瞳は、ガラス越しの、集中治療室の奥を睨んでまま、視線を放さなかった。
その隣で、同じく同僚のスタインが、顔から眼鏡を取り外しながら、彼に続き悔恨を語る__
「全員が思ってるだろうが……! 今回の我等が失策、行動力の不足には、本当に嫌気が差したな……!
本部との通信が遮断されようが、指揮系統や統率性が混乱に陥りようが、弾劾も軍法会議も覚悟で、俺達は動くべきだった……!
後になって、意図せず同僚を殺しかけて……!
己の無能さを呪う結果を招くよりは、いっそあの時……! そうは思わないか……!?」
「………やめて……そういう言葉なんて……!」
彼等の後悔を連ねた呟きに腹を立て、怒りの激情を口から吐き出したのは、ルフィールだった。
泣き叫びたい悲痛の感情、必死に押し殺していた心の叫びが、脆く不安定な神経を破裂させる__
「やめなさいよ!! 仲間が傷ついて今さら……!!
命を懸けて……! 自分の身を犠牲にして……皆を……この街を救った彼女に掛ける言葉が……!
後の祭りの後悔議論……? 見苦しいだけよ!!
そんな事のために……あの子は身を呈したの……?
前を見て……あの子に向き合いなさいよ……!
守ってくれて……ありがとうって……お疲れ様って……辛い思いさせてごめんなさいって……
誰か1人くらい……彼女に伝えなさいよ……!」
泣き叫ぶように怒り、いつしか涙の滝が頬を流しながら、己を揺さぶる心境と激情を、ルフィールは吐き出さずにいられなかった。
その時、彼女自身には自覚がなかったが、白い細脚から小さな肩まで、その小柄な全身は酷く震えていた。
その体力と精神は、限界に達していたのだ。
真っ先に察知したキルトは、ルフィールの震える肩を撫で下ろし、労るように静止する。
「もういい……やめろルフィール。こんな場所で叫ぶな。ユウキの容態にだって響くだろう……?
ずっと負担をかけてすまなかったな。もういいから、今は少し休んでいろ。
ゆっくりと深呼吸をして、全身の力を抜くといい……」
「……ごめんなさい。キルト……もう今の私は……とっくに頭がどうかしてるわ……」
弱った声で、呟くように言ったルフィールは、ヴィクトリアが眠るソファーの隣で、静かにもたれ掛かる。
そして、次の瞬間には__
やっと自身の疲弊を身体で自覚したのか、意識が途絶え始めるように、瞼を著しく痙攣させ、浅い眠りについた。
「……キルト? ここは……治療室……なのか……? リリーナは……どこに……いる……? 無事……だよな……?
治療は……ちゃんと……受けて……いるの……かよ……?
キルト……教えてくれよ……リリーナは……?」
キルトの背後で、ベッドに横たわったユウキが、不安げな声と表情で、必死に、訴えるように、彼の袖を摘んでは問いかける。
あえて目を合わせず、キルトは平静を演じて口を開いた。
その表情は、感情を無にした残忍冷徹な、それ__
「それは心配するな、ユウキ……! だが……!
俺は「安心しろ」などとは、絶対に口に出さない。
それだけ絶望的な事態だからだ__
お前、目ははっきり見えてきたようだな。ならば一目見れば理解するさ……!
左隣りにガラス窓があるだろう? 覗いてみろ。
それがリリーナの今の現状で、抗えようのない……直視すれば心が抉る……! この世の現実だ………!」
「………絶望的? リリーナの……現状………?」
瞬時、ユウキは困惑した。
キルトが何を言っているのか、全く理解できなかった。
状況の把握さえ追いつかず、ただキルトに言われるがまま、ユウキは痛む身体をゆっくりと動かし、治療室の硝子張りの窓奥へと、その目を向ける。
「………!!? …………! …………!!?」
__言葉にならない悲痛と絶望が、その感覚的痛みを伴って、彼の胸を、そして身体中を駆け巡った。
そのガラス越しの奥で、リリーナは中央の手術用ベッドに横たわっている。
彼女と、ベッドの周囲を覆い囲むのは、大量の手術道具、生命維持装置、剣幕な顔が戻らない幾人の医師達__
包帯とガーゼに覆われた身体には、幾つもの管が繋げられ、表情など人工呼吸器で見えはしないが、瞼の下と肌の色は、今にも命が事切れる者の、それ__
幻覚であれと願わざるを得ない、地獄の現実がそこに広がって、ユウキの精神を喰らい尽くす。
「……リリ……ナ……! ………ぅ"……ぐぁ………!」
刹那__
ユウキ、動けないはずの身体の上半身を無理矢理に起こし、ベッドの端から身を乗り出しては、リリーナの眠る治療室のガラス越しに両手と額を叩きつけた__
絶望に溢れたかのようなユウキの顔は、表情を豹変させ、己自身に憤慨するが如く、その涙を垂れ流す。
「待てユウキ……!? 何をしている!! 横になれ!!
お前の身体は絶対安静だぞ……!
傷口が開いて死にたいのか……!? ユウキ……!!」
__傍にいたキルト、またクラウスをはじめ男子生徒達が押させつけて止めに入るも、ユウキの静止は叶わない。
「………ぐっ……!? ぅ………ゲフッ……ぅぐっ…………!?」
彼の身体がその精神力に追いつかず、腹の傷が開口して、口からごボリと血を吐き出す__
「ユウキよォ……? キルトが言ってるぜ……!? 頼むから大人しく安静にしてくれよ……!
だって、お前が好きなリリーナだぜ……! アイツは強い……! 信じろよ……!
あんなに傷ついたって……死にはしねぇ……! アイツなりに……逞しく……踏ん張るに決まってるだろ……?」
必死にユウキを落ち着かせようと、根拠もない言葉で励ますクラウスだが、その言葉は、心身と共に震えていた。
「ゔっ……ゲフッ……リリーナ……リリ……ナ……! うっ……!
ぐっ……ぅ……! ……ぁああああああ"あ"あ"……!
うあ"あ……!! うっ……ぅゔ……あぁ! ……ぁぁあ……!」
嗚咽する声を枯らし、ただ暗い、希望の灯を遮断した無表情のまま、点滴の繋がれた右腕を、微かに、惨めに祈り求めるように見つめ続けた__
そんな彼の姿を、キルトは初めて目の当たりにした。
あの自尊心に満ちたユウキが、動揺し、悲痛に震え、そして嘆き壊れていく。
なんと痛々しい、悲惨なそれ__
(何が……俺は学園の会長兼理事長だ……! 何が閣僚の未来を担う者だ……!
俺は……目の前の仲間さえ救えやしない……!)
黙って目を見開いていたキルトの瞳は、涙さえ枯れ果て、喪失に乾き切っていた。
彼が気づきはしなかったが__
背後のソファーでルフィールと眠っていたヴィクトリアの閉じた瞳からは、大粒の涙が、頬へ滴り落ちていた。
◇◇◇◇◇
その通路の遠い片隅から__
キルト達の悲しき凄惨劇の一部始終を、軍上層部の少佐、レーシェル=コンシェルジュは、黙って見届けていた。
一時はあの場を去ったものの、彼等の容態の変化と、その周囲の変化共々を報告する必要性を考え、様子を見ることにしたのだ。
だが、その目的も果たし、この場に残る理由はない。
あの悲痛な激情に震える彼等も見るに堪えないので、本部に戻り、軍の最高幹部に報告すべく去ろうとした、
刹那__
「分かっているのか……!? 君達があの子達にした事が、どれ程冷徹で残酷なものかを………!!」
彼女の背後から、静かに怒る男性の声が、静粛な病棟通路に響き渡る。
「よく生き延びたな! エヴァンズ少佐よ……! だが貴殿も脇腹を撃ち抜かれただろう?
安静にしなければ、その傷、大事に至るぞ……!?」
冷静にそう言って、レーシェルが振り返った目先には__
あの争乱を生き延びた軍開発研究所の所長、エヴァンズ=ヴァスティーユの姿があった。
過去の古傷で、顔や腕、両足には、夥しい火傷の痕が刻まれているが__
さらに病衣に包まれ、腹の傷から血が滲み出し、点滴の支柱を引き連れてゆったりと歩く様相は、その痛々しさを一層増大させる。
「よく生き延びた、だって……? そりゃ当然だろ! 生き延びなきゃいけない立場にあるんだ。僕だけじゃない……!
ユウキも、リリーナも、【ヴォルテール総帥閣下】も!
あの『雛鳥の宿』の悲劇を生きた関係者として、あの5年前に死んだ子供達の意思と魂を継いでいく義務がある……!
それは……! お前達【旧軍事政府派】が、最もよくわかっている事柄ではないのか……!?
なァそうだろ!? レーシェル少佐……!」
音も声もを響かせず、静かに激昂するエヴァンズに対し、レーシェルは、冷徹な真顔で直視し、口を開く__
「なんとでも言うがいい。私個人は、その『雛鳥の宿』と呼ばれる孤児院の実際を見た事が一度もない__!
実際に現場で凄惨な仕打ちを施していたのは、お前達「地下の教育係」だからな。それは現総帥のヴォルテール閣下も同じ事だ__!
今さら我々『旧軍事政府派』を責めたところで、後の祭りの八つ当たりにしかならないよ__!」
「そんな事は百も承知だ……!
でも、そんな僕達に、それをさせるよう強大な圧力をかけていたのは、地上からの旧上層部だった。
現閣下のクーデターが成され、時代に平穏が齎された今でも、地下の最下層にいた我々と、あの頃に生きていた孤児院の子供達は__
永遠に、君達【旧軍事政府派】を許しはしない__!」
「だから、好きなように罵倒いろと言った!
言ったところで、今や我々もただの現政府の下僕だ。地位のない我々になど、耳にも届かん!
だが、まずは安心すろ。リリーナ姫は死にはしない。
彼女は現政府の【若き戦姫君】であり、閣下の娘同然の存在だ。医療班が総力で救命に尽くしているが__!
何よりも、彼女の魂には強い芯を感じる。
抽象的な直感でしかないが、皆がそう思ってるさ。
ここで命が終わる程、その魂は弱いはずがない__!」
そう言い残し、氷のような冷眼で睨みつけるエヴァンズを横目に、レーシェルは無表情で、彼の元から立ち去った__
あと少しで!新章に突入できるのです!!
何かと忙しいけど、もうこの際、執筆に全振りだーい!
(だだの独り言です。お読み頂き、本当にありがとうございます。。!)




