第32章 天に眠る友への祈り(1)
〈戴冠の女王軍総本部:最深部『旧孤児院「雛鳥の宿」跡、女神像の泉』〉__
「チッ……あのクソガキィ……! 腕がまともに動かねぇし、血も止まらねぇ……! よくも俺をここまで追い詰めてくれたもんだ……!」
先刻、ユウキからの一撃を受けたロエスレルは、血を流しながら、迷宮のような地下回廊を逃げ延びていた。
彼の両腕は斬り刻まれ、感覚は残されているものの、満足に動かす事せず、流血で目眩を起こしながら、足をふらつかせて千鳥足で歩いている__
「あぁ痛ぇ……! この傷はしばらくは治らねぇが……!
……こっちの修復状況はどうだ……!?
__コーカサス! おい《01:コーカサス》!!」
彼の呼び掛けに応じて、《強襲動兜の無敵強化盾》
の片割れ、巨大な甲虫型兵器、《01:コーカサス》が姿を現す。
__とはいえ、召喚された際の状態は不完全で、先に少女ラインを回収した《02:ヘラクレス》と変わらない。
実体化して原型を留めているのは、角、顔、前足2本と上半身のみで、下半身はただの光った《粒子状態》であり、まるで幽霊同然である。
おまけに大きさは小型形態の全長2mサイズ。にも関わらず、修復の時間が足りずに、現時点で不完全形態なのが現状だ__
「チッ……! 絶望的だな! 今の状態で敵に見つかったら、太刀打ちは不可能か……! あのガキに始末される確率も90%は下らねぇ……!
奴を舐めて掛かった代償が高くついたぜ……!
ここは《甲虫の盾》の修復が終わるまで身を隠すしかねぇよな……!
………しかし、何だァ? このだだっ広い空間は?」
長らく暗闇の通路を徘徊するうちに、ロエスレルはの目の前には、この異様な「大広間」の景観が広がっていた。
先刻の〈中央研究室〉の隠し扉から、ひたすら回廊を直線上に向かった結果、否応なくこの地点に辿り着いたのだ。
恐らく、この部屋を国家機密の隠し広間ではないか。ロエスレルはそう推測する。
「ここは墓……? いや慰霊堂か……!? やけに薄暗ぇし、隠し庭園とも思えねぇな? あの世の入口に迷い込んだみてぇじゃねぇか……!?」
電灯が満足に灯されていないが、目が慣れれば景観ははっきりと認識できる。
__その異様な「大広間」の景観に、彼はしばらく呆気にとられていた。
広間の縁には、菱形の水路が水音を奏で、中央には、高さ3m程の『女神の石像』が、訪問者を出迎えるように設置されている。
そして、女神像を囲うようにして立ち並んでいるのは、多数の人物の名前が刻まれた7つの石碑と、幾つもの花束__
女神像の傍まで近づいて見れば、足元の土台には、祈りの言葉が彫られていた。
〘神の御元に召されし少年少女達よ。安らかなる天から見届け給え。我等は永久に守ると誓い。
そして、この国において未来永劫に血を流さぬと約束しよう__
『雛鳥達の悲劇』永遠の誓言より__〙
「……やっぱり、ここは慰霊の場だったか! この場所で何が起きたのかは、俺は知らねぇな……!
潜入班の部下共から、ここの報告が何も無かったが、一部の軍関係者しか知らねぇ国家機密の場所ってヤツか!?
いずれにせよ……! このふざけたクソ国家の闇を暴くための、手掛かりになるのは確かだな……!
………あん? 何だこりゃ……?」
ロエスレルの目は偶然、女神の左足の位置に置かれた、1枚の写真立てに視点が止まった__
フレームの硝子はヒビで覆われ、中の写真は汚れて色褪せ、背景と端の被写体はぼやけて見えない。
保存状態は悪いものだが、それでも中央の人物の素顔までは、まだくっきりと残っていて、写真の全体像は凡そ把握ができた。
__が、遠目からその写真を見つめた瞬間、ロエスレルは驚愕し目を広げる。
「……どういう事だオイ!? コイツに写ってるガキ2人は……!? まさか……!?」
気がつけば、彼は無意識に写真立てを拾い上げ、喰らいつくように覗き込んでいた。
__その写真には、身体中を血や泥で汚した幼い少年少女達が、手を繋ぎ、肩を組み合って、皆で笑い合う姿が写し出されている。
色褪せているため、人数は定かではない。恐らく6〜8人程度だろう。状況や背景も不明だが、写真の子供達がボロボロに傷ついている事から、戦場だと伺える。
さらに彼等の中には、木造りの義手や鉄製の義足、目の火傷等を隠す眼帯を装着した者までがいた。
一体どれ程の凄惨な環境に、この子供達は身を置かれて、耐え続けていたのだろうか__
だが、ロエスレルを一目で釘付けにさせたのは、写真の経緯や内情ではない。中央に写る2人の少年と少女の容姿であった。
中央で1人仏頂面を見せる少年は、その赤紫の髪色と瞳が異様に目立たせ、その左隣で、涙を堪えた目で微笑む少女は、緋色の髪と瞳が輝き、額には迷彩色のヘアバンドが巻かれている。
__見覚えのある。酷似した。そんな程度の衝撃では決してない。
顔つきはまだ幼さを感じるが、この2人の正体は、標的ユウキ=アラストル、リリーナ=フェルメールの両者であると、確実かつ即座に断定ができた。
「……この写真に写ってるガキ2人が、本当にアイツ等だとしたら……!
この場所の正体……! ガキ共の過去……! この国が隠蔽したがってるらしい暗黒の事件……!
全部繋がってるって訳か……!?
……そういや『Dr.グナイスト』の野郎……! 前にアイツ等の出自を仄めかすような事喋ってたの思い出したぜ……!
ったく! 何考えてるか分かんねぇ奴だな!
テメェは一体……! コイツ等の何をどこまで関わって、掌握してやがるってんだ!!?」
独りで眉をひそめながら、ロエスレルは写真立てと向き合って、考察に没頭してしまう。
この時、彼は油断していた__
いつからか暗闇の通路から聞こえていたはずの、もう1つの足音さえ気がつかない程に……
「__チッ! やっぱ自分で探ろうとしても手がかりゼロだな……!
この場所の詳細の事は、あの生意気なメスガキに聞くしかなさそうだ……!」
慰霊堂の探究に囚われたロエスレルは、独りでに仏頂面を象っては、しぶしぶ懐の薄型スマートフォンを取り出した……
が、液晶画面も外枠もズタズタに割れ果て、とても機能していない。
「クソがっ……! 冗談じゃねぇぞ……!?
こんな敵陣のど真ん中で、連絡手段が奪われちゃあ、蟻地獄に落ちたも同然じゃねぇか……!
__いや、焦るこたァねぇよな……!
俺の《異能兵器》は廃棄品とはいえ、最新鋭型のそれ……!!
脳に自動記憶された《初期使用マニュアル》によれば、こんな便利な機能が搭載してるじゃねぇかよ__!
__出てこい! 《01:コーカサス》!! お前に仕事を与える……!」
【…………!! ………!!】
ニヤリと、余裕の笑みを見せたロエスレルが命令すると、再び巨大甲虫、《01:コーカサス》が、起動音を唸らせて姿を可視化させた__
「お前達、《強襲動兜の無敵強化盾》には、連動を目的に《高速通信ナノマシン》が搭載されている!
おまけに高画質の『映像の録画機能』と来たもんだ!
さっきと同様、この『慰霊堂』らしき広間一帯を撮影し、デイズレーリの端末へ送りつけてやれ!
俺の新しい連絡先も忘れるなよ!
この場所は、あのユウキとリリーナ、2人のガキ共の過去と密接に関わってやがる!!」
分身同然の忠実なる甲虫兵器、《コーカサス》は、目カメラの照明を発光させ、指示通りに周囲を映像で収めるべく、周囲を浮遊し徘徊を始める。
__多少、修復が進んだとはいえ、実体化しているのは顔面部のみ。
あとの大半は《粒子》だけの半透明状態だ__
それでも、周囲索敵、撮影等のデータ収集、最低限のビーム砲攻撃については、この不完全な状態でも十分に機能し得るのであった。
すると、間もなくして__
『〜♫〜♪〜』
ロエスレルの周囲から、携帯電話の着信音らしき音楽が聞こえる。
無論、スマートフォンのそれではない。大破して、機能停止したのだから。
「へぇ? 思ったよりも早いじゃねぇか!」
ロエスレルはそう言って、動かない腕を無理に動かし、左の掌を顔の真正面に向けた。
__よく見れば、左手に集う《ナノマシン》が、黄土色だが、強い輝きを帯びている。
そこには、小さな発光粒子の集合体が文字を形成し、『空間モニターアイコン』として表示され、こう書かれていた。
《CALL!! CALL!! Please put the receiver to one's ear》
〔電話の受話器を耳に当てろ〕という意味だ__
「成る程ねぇ! この手を『受話器』にして会話しろってワケだ……!
製造から間もねぇ《新型ギルソード》にのみ搭載された《通話用ナノマシン》機能ってヤツか……!
違和感には慣れねぇが、使い勝手は無敵だ……!」
アイコンの表示通りに、ロエスレルは悠々とその左手を受話器代わりに左耳へと当て、会話を始める。
__聞こえたのは、同胞の幹部である、少女デイズレーリの声。
『ロエスレル!? アンタの携帯が繋がらないんだけど? 回線ジャックして乗っ取っておいて、自軍と連絡が取れないって何かの喜劇かしら!?
その上、変なデータまで送りつけられたけど!?
何よ!? この送り先不明な映像は!? どっから連絡繋げてんのよアンタ!?』
「何だよデイズレーリ! 知らなかったのか!?
最新型の《Gナノマシン》には、こういった《高機能通信ナノマシン》が、ちゃ〜んと搭載されてるんだよ!
もう薄型スマートフォンなんて旧時代の骨董品だ!俺には今日から必要もねぇ!
何ならお前も覚えておくか? 役に立つぜ!?」
『うっさいわね!! ロエスレルの分際で知恵自慢とか生意気な……!
そのくらい、私だって『Dr.グナイスト』から教わってるっつーの!!』
何やら慌ただしく意地っ張りな言動を見せるデイズレーリだが、ロエスレルはそれを一蹴し、さっさと本題を伝える。
「オイ! 俺はちょうど、そのグナイストか、もしくはお前に聞きたい事ができたんだよ__!
さっき映像を送っただろ!?
この広間と女神の像、一体何の場所なのか__?
確認してさっさと俺に教えろ! 首領も隣にいるなら好都合だ__!」
ロエスレルが冷淡に言うと、デイズレーリはむっとした様子で『はいはい、首領と確認するわよ!』と返答した後、受話器が少々無言になった。
__だが意外にも、彼の知りたがっていた答えは、5分と経たず明らかとなる。
『へぇ〜? ロエスレルさぁ〜! アンタ今__!
地下施設の最深部にいるわよねぇ!?』
「あァそうさ! ちぃとトラブルが起きて、偶然行き着いた先が、この慰霊堂らしき広間ってワケだ!!
その様子だと、この場所が何を意味するのか知っているようだな……!? えぇ!?」
『ククッ__! そうよ! お手柄ねぇロエスレル!!
ついに辿り着いたわ! この軍事国家が隠したがっていた【史上最悪の黒歴史】にねぇ__!
__アンタが今立っている地下最深部には、かつてはそこに存在していたのよ!
表向きは「孤児院」と制定された……「奴隷兵士の養成・収容機関」が__!』
「奴隷兵士の……養成機関だと………!?」
面食らったロエスレルは、不意に目を見開き、周囲の景観を再度、隅々まで見渡した。
女神の像、人名が掘られた石碑、幾つもの花束。
この一帯の雰囲気からして、何かしらの悲劇に見舞われた場所だとは、概ね想定済みではあった。
……が、彼女の口から語られた言葉は、想像以上に衝撃的かつ、戦慄の真相が予想される、それ__
『ここは、非業の死を遂げた子供達の墓場よ__!
この国の大人達が引き起こした、権力と暴力の戦乱に巻き込まれ、血の海に沈められた。
哀れな少年少女の魂を慰める「慰霊の地」__
正式名称は、〈旧戴冠の女王軍地下深部:戦災孤児生活支援施設『神聖なる庭園』〉__
後から付いた呼び名が〈雛鳥の宿〉__!
今から12年前、彼は各地に溢れる紛争の孤児や被虐待児達が明るく平穏に暮らせるように、暗い地下最深部の空いた空洞を利用して、1つの孤児院を創設したらしいわ__!
全ての悲劇は、ある1人の老人の慈善活動から始まったのよ!? 信じられる__?』
「__何が慈善活動だボケ野郎!! 孤児達を戦争奴隷に利用するクソ施設を造っておいてか!?」
『ま〜っさか! そんな謳い文句、ただ表面上だけ化粧で塗り固めた戯言としか思えないでしょうよ!?
私は、ただ過去に部下達が先に潜入し、まとめ上げた「報告書」と、表向きに公開されてる「関連資料」を読み上げてるだけ!
施設を作った本人の腹は、知る由もないけど!
この悲しい場所の基礎概要だけは分かるから、それだけ教えてあげるわ!
へぇ〜? 成る程?
ここの創立者、つまり事の元凶は__
老いた軍閣僚、当時の中将にして、現最高司令官『イヴァン=ヴォルテール』……だってさ!』
「はァ? 創設者が現最高司令官だと!? オイオイその情報の根拠はどっから……!?」
何気なく疑いの念を持ったロエスレルは、ふと『祈りの女神像』の足元に掘られた石文に目をやった。
よく見ると、最後の石文の隣から離れた位置に〘Ivan Valtaire〙と綴られたサインが、確かに刻まれていた__
目を見開いたロエスレルは、探究心に負け、出血のついた腕の手で、ペタペタそこに触れ始めたのだ。
彼の血で、祈りの象と石碑が汚れていく__
『彼の施設の元には、親も家も、生きる場所さえ無くした子供達が、世界の至る所から集められたわ。
手に入れるのに必死だった、水や食べ物、眠れる場所を与えられ、地下シェルターに閉ざされた場所でも、そこは彼等の安らぎの場所になった。
しかし、それと引き換えに、彼等が支払った代償は、軍の強制徴兵と戦闘酷使__
自分達の身体に《Gナノマシン》を植え付けられ、強制的に《ギルソード使い》にされた彼等は、軍の手足となり、常に戦の最前線で使い潰され、戦っていた__
その任務と来れば、凶悪テロ組織の殲滅、危険人物や反逆疑惑者の暗殺、反吐が出るような汚れ仕事だったそうよ__!
何故って!? 当時の国は、今のような統率された平穏な国家なんかじゃなかったから__!
__アンタも聞いてるでしょう? ロエスレル?
一世代前の政権時代、この国がどれ程荒み果てた惨状だったのかを!?』
「あぁ、そりゃ知ってるぜ! グラッザの首領から、嫌という程に聞かされてらァ……!!
この国は、つい3年前まで__
内乱やテロにまみれた、最悪の情勢だったって話だろ__!?
しかも、元凶が先代の悪政政権と来たもんだ!
独裁支配体制や暴虐な武力行使、古きナチスやファシズムも青ざめるレベルだと聞いていたが!
まさか悲惨な境遇の子供を奴隷兵士に育て上げるような、ウジ虫政権だとは思わなかったがな__!」
左掌を《受話器》に通話するロエスレルは、いつしか『慰霊堂』の広間を行ったり来たりと、隅々までの詮索を開始していた。
すると、ここに住んでいた犠牲者たちの名前だろう、氏名が刻まれた石碑の前には、古びた玩具や、灰と血痕で汚れた人形や縫いぐるみが、大量に放置されていた__
『えぇ! だから当然、その施設での虐待や集団暴行、一緒に暮らしてきた仲間の死さえ、日常茶飯事だったらしいわ。
それでも、互いに生きている限り、現実の恐怖に堪え、仲間を思い、笑い合って生きていたとか!
そんな中、ユウキ=アラストルとリリーナ=フェルメール、2人がここに行き着いたのは、今から5年前。
彼等と同じ、かつての故郷と行き場を失った戦災孤児として、この施設に迎えられ、過酷な環境に耐え続けて、彼等と共に生き抜いていた。
そして2年後__
この国の黒歴史とされている。凄惨で最悪な悲劇の事件は起きたのよ__!
この事件の発端、アンタ知らない__?』
__知らない? 微笑混じりにディズレーリに問われたロエスレルは、それに不満と苛立ちを覚えた。
自分とて、少年兵上がりなのだから__
身寄りのない彼は幼い頃、過激派のゲリラ兵士に拾われて、その青春を戦場で過ごしてきた。
故に、泥沼化した大人達の抗争事情、過酷極まる環境での人間の本能的行動、その冷酷さと残酷さ、ロエスレルは嫌という程に目の当たりにしたのだ__
__彼等が迎えた悲惨な結末の背景など、知りはしなくとも、想像に難くない。
「……見くびってんじゃねぇぞ、クソ女!!
俺は、幼少の頃から傭兵として鉄火場を駆けて、幾度となく人間の薄汚れた暗黒面を見てきたんだ!
詳細は知らねぇ! だが当ててやるよ!!
孤児院を創設したのは、現政権のヴォルテール総帥とか言ったな!?
まだ即位してねぇ3年前は、この国は内戦状態だったのに、今や潜伏してみれば嘘のように、国民や軍人が平和ボケしてやがった……!
だが、どうだ? 当の孤児達は、その男が権力を握る前に死んでいったワケだろ!!
他に考えられるか__?
ヴォルテールって奴は! 前政権に対し武装蜂起して【クーデター】を起こしたんだ!!
大人のやった勝手な武装蜂起のせいで!
無実なガキ共は巻き込まれるように、反逆罪か何か着せられて虐殺されたんだろうよ!?
自分達が救われ、慕い、守ってくれると信じた親に裏切られた挙句! 訪れたのは無惨な末路!!
これ以外の何が答えだ!? あァ!!?
手元の書類に真実が載ってんか!? ならこの軍事国家の邪悪で醜い過去を聞かせて見せろォ!!!」
唸るように持論を吐いたロエスレルの声は、まるで彼のではなく、彼の内に宿った魔獣のそれ__
最早、それは推察、分析という概念を超え、恐らく戦地での実体験が生み出した「この世の前の否定」を、聞く者に深く感じさせた。
黙って聞いていたデイズレーリは、無言で手元の報告書を眺めたのか、しばらく黙ってから、呆れた鼻笑いと共に、己が反応と真の解答を言い放つ__
『……流石よね! まさか推測でこれを当てるって、アンタも筋金入りのサイコ野郎って事かしら?
__今から5年前、それはこの〈新都市国家マリューレイズ〉史上、最も混乱を極めた時代。
当時、軍上層部の中将だったヴォルテールは、信頼を築いていた配下達を先導し、【クーデター】を起こしたわ。
元々、軍の内部も権力者達派閥抗争は存在していたし、いつ戦乱に入ってもおかしくなかった。それが積もりに積もって、ついに勃発したって感じよね。
当然、ヴォルテールの配下は全員が国家反逆罪で粛清対象にされたわよ__!
そして不運にも__ 』
「__真っ先にその殲滅とやらの矛先が向かったのが、あの男が拾って育ててきた〈雛鳥の宿〉の孤児達だったって事か!?」
『えぇ、お察しの通りよ! 見事に彼等は、大人の生贄になった。
とはいえ日々、過酷な鍛錬を受けてたから、それ程弱くはなかったけれど、敵わず正規軍との惨めな物量の戦力差で、血みどろの袋叩き__
親を信じた者も、寝返ろうとした者も、無差別にほぼ全員が殺された__
僅かに残された極秘の記録によると、悪夢の虐殺から辛うじて生き延びたのは、たった2人だった。
だから、今回の標的は厄介なのよ__!』
「それがユウキ=アラストル、リリーナ=フェルメールの2人ってワケだ!
オイオイ? 可哀想によォ__!
孤独に辛え思いして、居場所と救いを授かったと思えば、クソな大人にいい道具にされて__
挙句の果てに、身勝手な権力者共の巻沿い食らって大量処刑ってか!?
格好だけは立派な統治国家だが、その実態は……
ゴミ屑人間の集まりだろうがよォ!!!」
その途端、ロエスレルは徐に、石碑と女神像の祭壇に並べられた花束を蹴り飛ばした__
花びらと首を散らせ、無残に散ったそれ等には、各々に直筆の手紙が添えられていて、差出人の名には、軍上層部の将校、閣僚の名が綴られている。
その存在が、ロエスレルの感に触ったのだ。
「何だこりゃ? 贖罪のつもりかァ!?
安い懺悔だなオイ!?
ガキ共の命踏み台にしておいて、今の平穏と甘い蜜を享受してやがるウジ虫連中がよォ!!
所詮は弱い奴を獣に食わせて、生き残った弱肉共の集団だ!! テメェ等なんざ!!
新時代に相応しくねぇ! 絶やすべきだろ!!」
散らばった花びら、バラバラになった茎__
祈りとして捧げられたはずのそれを、ロエスレルは苛立ちのままに踏み尽くし、潰し尽くす。
『何を1人でキレてんのよロエスレル? 正直言ってキモいんだけどォ?
まさかとは思うけど!? アンタ程の冷徹残虐な性格したヤツが、ここの死んだ孤児達に同情した訳じゃないわよねぇ!?』
「俺がァ? 馬鹿言うんじゃねぇ! 俺が人の同情を買うとでも思ってんのか!?
別に、人に同情を買うような可哀想な奴ってのは、結局は弱者で片付けられて終わるからな! 悲惨な結末という貧乏籤の餌食になっただけだ!
だが、この世で最も殺すべきゴミ人類はなァ!
命や地位欲しさに、弱者を踏み潰して生き長らえる大弱者って野郎共だ!! 生かしておくだけで、連中は人類を衰退させる__!!
心底失望したぜ! ユウキ=アラストル__!
この場所で地獄を見たお前達が! 自分を裏切った劣等人種に、尻尾を振って生きていたとはなァ!
__いずれ殺してやる!
血が出すぎて身が持たねぇから、今は見逃してやるがな__!
あばよ! 悲しい悲しい、孤独な裏切り者__!」
『あ……! ちょ……っ!?』
躊躇なく通信を切断したロエスレルは、腹いせに官僚の名刺が添えられた花束に唾を吐き掛ける__
そして鬱積が晴れたのか、慰霊堂を去るべく、来た道を引き返そうと考えた。
刹那__
(あぁん? ………足音だァ!?)
__気づかぬ間に、悪夢は彼をつけ狙っていた。
気がついた時、もう手遅れだと言える程に__
「何やってんだテメェ……!!? 誰に断って慰霊堂を土足で踏み荒らしてんだ!!
このクソ野郎がァア……!!!!」
(…………っ!?)
__耳を打ったのは、戦慄の咆哮。
あの『闇色の少年』の、低く、どす黒く、怒りに満ちた声と威圧の覇気が、背後から響き、殺気を放って、一歩一歩と近寄ってくる。
(オイ……嘘だろ……!? あの……ガキ……もうここまで追って……!?)
__ついに彼は、命の危機を察知した。
震えと恐怖を堪え、即座に後方へ目をやった瞬時。
殺意に支配されたユウキ=アラストルは、己の頭上で《高速射撃の剣》を平然と翳し、無慈悲に刃を振り落とす__
__ピチャリ
っと、赤い鮮血が飛び散って、女神像の足元と、ドレスと、彼女の目元に付着した。
__偶然なのか、血で目を濡らした女神の顔は、赤い涙を流し、泣いているように見えた。




