・銃使いキルトの騎士道(2)
◇◇◇◇◇
〈戴冠の女王軍総本部:地下2階、軍立赤十字病院、緊急通信連絡室〉にて__
「クソがっ……! あの野郎ジャリ坊の分際で、俺様を窮地に立たせやがってェ……! 最大の脅威はユウキとリリーナとか言うガキ2人だけじゃなかったのかよっ……!!」
敵の陣営に占拠された地下病院の通信室、そこでは、ある東洋人の外見を持った男が、酷く苛立っては、医療器具、机、棚、目に留まる一体の物をを蹴り飛ばして暴れていた。
時折、CPモニターの画面を視界に入れては、身を包む黒服と特徴的な黒髪を掻き毟り、目元や額の皺をくしゃくしゃに寄せていく__
「冗談じゃねぇぞ……! ここは敵陣制圧の最後の要なんだよ!
長い時間を計画に費やしたんだぜ……!?
ようやく地下の無線通信を奪取して、我々の無線連絡や敵監視システムとして手中に収めたってのに……!
気がつけば、兄貴分のアクバルⅡもヴィザロⅡも死にやがった……! 挙げ句の果てに、俺までが部下の兵も失って、滅びの危機に直面してやがる……!
クソッ……! このままじゃ死にきれねぇ……!
俺の《ギルソード》は、近接戦じゃ絶対に不利だが……! せめて一矢報いるくらいなら……!」
ロエスレルの最終クローン兵、ディムールⅢは、鬼の形相で呟きながら、ある1丁の『ベレッタ92』らしき拳銃を右手に、その殺意と共に握り締める。
そして、ゆっくりと慎重に、連絡室の扉の窓から覗き込み、暗い廊下の奥の様子を伺おうとした。
次の瞬間__
「っ!? お前は……!? あの……ガキィ!?」
先の地下ロビーで倒す予定だったキルトの姿が、すぐ目の前に見えていた。
彼の《ギルソード》、巨大な対物ライフルを突きつけては、冷淡な無表情で睨み、躊躇なく引き金に指を掛ける__
「ノックの挨拶代わりだ! 受け取ってくれよ__!」
「バッ……馬鹿!? やめ……!?」
__戦慄の叫びは誰にも届かず、コンマ数秒後、その通信室は巨大な高熱源体と炎の嵐に呑み込まれた。
部屋の設備と多数の精密機器は、爆炎に晒され微塵と化する__
「威力が強過ぎたか!? 破壊範囲を空間の1箇所だけに限定すべく、火力と出力は抑制してあるのだが__!
しかし、窮地の状況を打破するためとはいえ、こんな破壊行動を取るしかなかったとは……!
軍上層部の医療管理班には、申し訳が立たんな……!」
キルトは、自身の攻撃で焼け焦げた壁や設備を目に落胆しつつ、背後の遠い位置で横たわらせたリリーナの姿に目をやった。
先程まで、彼女の全身の包帯は赤黒い血で汚れていたが、今は敵兵から奪った『高速治療薬:ナイチンゲール』を傷に塗り込み、棚に残された奇麗な包帯で、それを取り替えている。
これで彼女の容態は、極僅かでも小康状態に近づけてはいるが、結局はその場凌ぎの粗治療だ。絶命阻止とはいえ、彼女を余計に苦しめている。
「リリーナ……もう少しの辛抱だ……! 治療設備の安否を確認してくる……!」
キルトは拳を握り締めると、院内の現状把握のために、一度その場を離れようとした。
__だが、その背後からは、1つの《銃口》がキルトの背中を狙う。
「がっ……ぉぐ……あの……ガキ……殺……す……!」
「………何っ!?」
機器を察知したキルトが振り向くや否や、その鋭き銃声は轟く__
だが、キルトとて、一般人とはかけ離れた動体視力と身体能力を持ち合わせた、ユウキやリリーナの仲間である。
刹那に弾丸が撃ち抜かれるかと思いきや、その起動を予め捉えていたかの如く、直撃寸前で手元の大型銃、《熱炎吸収の破壊狙撃銃》で胸部に翳し、見事に弾き返す__
「チッ! しぶといな……! まだ息があったとは……!?」
舌打ちを溢すキルトの目先にあったのは、瀕死状態で床に這いつくばったクローン兵士ディムールⅢの姿__
先のダメージで、血と火傷に覆われ息絶え絶えになりながらも、最後の抵抗力を振り絞って、こちらに拳銃を突きつけていた。
しかし、そんな渾身の一撃を躱された、男の反応は__
「……ヒヘヘァ……! 掛かったな馬鹿が……!」
__笑っていた。
血に濡れた顔で、口元を歪めて、呻きのような声を上げながら__
「……はァ? 貴様は一体何を言って……!?」
その異質な様子に、キルトは困惑よりも不快感に見舞われたが、その反応の理由を理解するまでに、時間はいらなかった。
ふと、銃弾を防いだ《破壊狙撃銃》に目をやれば……
何やら被弾箇所からの周辺が、赤紫色に変色していく。色鮮やかではあるが、同時に毒々しくて、くすんだようなその色彩が、徐々に《銃》全体を侵食していく__
「何だっ!? 俺の《熱炎吸収の破壊狙撃銃》が汚れていく……!? 貴様……! この聖なる《猟銃》に一体何を……!?」
「ヘヒャハハハハッ……! ざまぁ見やがれ……! ボケがァ……!
テメェの銃は……《ウィルス》に侵されたのさ……! 直にお前の銃の《ナノマシン》が……全て機能を停止して……もう……使い物にならねぇ……ぜ……!
俺様の秘蔵の《銃》……《感染兵器の小型拳銃》と……その《ウィルス銃弾》によってなァ……! ヘヒャハハハハッ……!」
ディムールⅢ(スリー)は酷く掠れた声で嘲笑いながら、ベレッタ92に似た《拳銃》を、今度はキルトの身体の方へと向ける。
「俺の《銃》は……万物を侵し破壊する……! 対象は《ギルソード》だけじゃねぇ……! 通信サーバーや電気回路……人体の細胞まで……あらゆる存在に……病魔を侵食させる……! お前に……この《銃口》を向ける意味が分かるかァ……!?」
「チッ……! 次は俺の体内に直接ブチ込んで、《ウィルス》で侵して殺す。そういう能力か……!?
通信障害は、旧対戦時代の技術を流用したと言ったな! まさか原因が《ギルソード》の能力だったとは……!
その大嘘は何の意図があって吹いたのやら……!」
キルトが情報の相違を問い詰めた時、死にかけの男は、血塗れの顔のまま、喉が潰れたような声で笑い出す__
「はァァ!? 馬鹿なのかお前はァ……!? 油断させて絶望的な奇襲を掛ける魂胆に決まってんだろうがァ!!
闘争ってのは騙し合いと腹の探り合い!! そして蹴落とし合いの連鎖なんだよォォ!!
己の純粋さを恨んで天に召されなァァ!!」
最後の勝利宣言を叫んだディムールⅢは、《銃》の照準をキルトの身体を向いたまま、即座にその引き金を引く__
……と思いきや、直前にその銃先を反らし、キルトの真後ろで横たわるリリーナの方へと照準を変えた__
__いや、変えたのではない。
元からこの男は、最優先の標的であるリリーナだけを狙い続けていた。キルトの存在など、単なる妨害者でしかなかったのである__
(馬鹿小僧がよォ……! 俺が無計画かつ純粋にお前を撃ち抜くとでも思ったのか!? お前なんざ初めから眼中にねぇんだよ!
ロエスレル様の命令こそが絶対! あの女の息の根さえ止めれば、俺の役目は終わりだ!
後から八つ裂きにされようが一切構いやしねぇ……! 女の命だけは頂く……! 絶望に染まれ……!!)
男は大量流血により震える手で、すぐ様その引き金を掛けようとした。その瞬間__
【グチャ__!!】
__キルトの右足がディムールⅢの手と《銃》を踏み潰し、骨を粉砕させた。言葉とは裏腹に起こす、この男の思考と一連の行動こそ、キルトにはお見通しであった。
どこに気力を残していたのか、男は本能のままに絶叫する__
「ぐぅォあぁアアアァァ!! 痛え"……痛えぞガキィィ!!」
「この下衆野郎がっ……!! やはり貴様達の言葉など、一語一句偽りだと疑い尽くして正解だったよ!!
どうせ、リリーナを狙うだろうと思っていた!!
闘争は騙し合いと腹の探り合い!! 蹴落とし合いだと教えたのはお前だからな!! 実に役立つ教訓だったぞ!!」
怒りと侮蔑の態度を全開に晒すキルトは、念のために常時隠していた胸元の『P320タイプ』拳銃を取り出し、即座に引き抜いては、ディムールⅢの額に「銃口」を殴りつける__
「今なら選ばせてやる!! 《ギルソード》の能力を止めて、通信障害を解消させるか__!!
何もしないまま無抵抗に朽ち果てるか__!!
俺はユウキ程に冷徹冷酷じゃないからな!! 選択肢があるだけ寛大に思え__!!」
「ぐぉあァア……! ならば……いっそ殺せ……! 俺様は覚悟の上だ……!」
「チッ……! ならば仕方ない! 望み通りに……!」
苛立っては舌打ちを溢すも、キルトはディムールⅢの掠れ声に従って、ついに銃弾炸裂を決意し引き金に触れた。刹那__
【ミシャ……!!!】
天井タイルの割れる衝撃音が上から鳴り響き、彼等2人の頭上を中心に、波紋のような巨大亀裂が発生する__
「なっ!? 何っ……!?」
__キルトは一瞬、真上を見上げて唖然とした。
亀裂の正体は不明だが、事態直前の危険予知が本能的に働いたキルトは、地べたのディムールⅢを放置し、我先にと後方5mへ飛び上がって緊急回避。横たわるリリーナの傍へと舞い戻る。
膨れ上がった亀裂は、次の瞬間に崩落__
岩のような瓦礫、鋭利な鉄パイプ、電灯、断線した配管の全てが降り注ぐ。
「っあ"ァ!? ………! …………」
当然、動けぬディムールⅢは助からない。
助けさえ呼ぶ間もなく、真っ先に瓦礫と残骸の下敷きとなって、哀れに朽ち果てた__
(今の不自然な損壊は……!? 確実に敵の《ギルソード使い》による攻撃だろうな……!
まさか……! 味方諸共巻き添えにしたのか……!? いや単なる事故か……!? あるいは……!?)
一層警戒心を強めたキルトは、もう一度《熱炎吸収の破壊狙撃銃》を発動・召喚させ、その《照準》を瓦礫の山に向けて様子を伺う。
ディムールⅢが絶命した事によって、《ウィルス》による汚染は無効化された。能力が正常な今、大火力の放出など常時可能である。
しかし、降った瓦礫の砂埃で、再び視界が悪い。
状況を確かめるべく、キルトは半歩ずつ、恐る恐る近づいて様子を伺う__
「う"……あ"ぁ………」
少女の呻くような声が、確かに聞こえた__
灰埃が晴れ、上部のシルエットならば、薄く見えるようになる。16歳程の、ツインテールの髪型をした少女のようだ。
何故少女なのかは不明だが、服装は黒だろう、女子用スーツとスカートを着衣している。視界が暗くて足元までは見えない。
__やっと近づいた距離4m地点にて、その者の全体像が見えた瞬時、現れた少女の様相にキルトは驚愕した。
「ゴプッ……! ロ……エ……スレ………ぇほっ……! 様………」
そこに立っていたのは、全身から血を流した瀕死の少女__
黒スーツに包まれた胴体は、幾多の銃創が空けられ、額から、充血した目から、口から、腹から大腿に滴らせて足元まで、身体中隈なく大量で赤く染まっている。
キルトは、思わず硬直した__
リリーナの現状と差して変わらない程、この少女も命の危機に晒されている。
「おい君……名前は……!? その怪我は……一体その身に何があった……!?」
キルトは動揺しながらも救助しようと、迂闊に警戒心を解いて《熱炎吸収の破壊狙撃銃》の銃口を下ろしてしまう。
彼は、その女の正体を知らなかった__
まともに知る由など当然ない。あの地上旧市街の軍立病院で、リリーナの命を狙い奇襲した暗殺者少女の存在を__
この者の正体が、暗殺者ラインフェルト=フェリーベルであると言う事を__
__その少女に対し、初めて何かしらの違和感を感じ取ったのは、ふとキルトが少女の足に目を落とした、その瞬間だった。
「《斬撃の………猛嵐》………」
「………何?」
__戦慄の予兆が、キルトの背筋に触った。
刹那、少女ラインの身体が、まるで宙返り回転蹴りをお見舞いするが如く縦に回転し、凄まじき《斬撃の暴風》がキルトを真正面から襲う__
「クソッ! 《吸収・高熱粒子の盾》!!」
__寸前で間に合った。土壇場での瞬発力と警戒心が功を奏する。
《斬撃》の発生と同時に、キルトは瞬時に後方2mへと蹴ね上がり、僅かな距離と到達時間を稼ぎ、《熱炎吸収の破壊狙撃銃》の能力機能《光熱粒子の盾》を最大に展開__
巨大な《盾》を出現させ、《斬撃の暴風》を間一髪で防ぎ切る__
「ゴフッ……!? お"ぉァ………!!」
一瞬、歯を食いしばるキルトの口から、血の水滴が滴り落ちた__
攻撃は防御したとて、その威力と衝撃波は到底1人で耐え凌げるそれではない。
全身の骨と内蔵に、見えないダメージが刻み込まれ、細身の身体は軽々と、後方に横たえたリリーナの真上へ吹き飛ばされていく__
「俺とした事がっ……! リリーナ……!!」
飛ばされた反動で、リリーナを自分の身体で踏み潰してしまう__
キルトは即座に動く。攻撃を防いだ《盾》とは別の、もう1丁《熱炎吸収の破壊狙撃銃》を生成召喚__
柄の長い銃先を天井へ突き刺し、そのままぶら下がった状態から彼女を飛び越え、キルトは着地に成功した。
洗練された判断力と身体能力こそ、同じユウキ達の学友の特徴ある__
「ハァ……ハァ……! まさか貴様が……敵側の《ギルソード使い》とはな……! その脚の《それ》は新型なのか……?」
苦しげに立ち上がり、内臓にダメージを負った腹を抱えながら、キルトは少女ラインの両脚に目を凝らした。
__身体中から流れる血で汚れていたが、それは銅色の輝かしい、中世の『脚用の鎧』を模した形状。
しかし、彼女が細足のため、全体的にブーツ程に細い。
それだけなら美しくも見えたが、何故か奇妙にも、それの全体からは、所々から『鎌』のような刃が、足の先や脛部から薔薇の棘のように突き出ている。
刃が生え乱れた鎧のブーツ__
それは、先刻まで隠されていた、少女ラインの生体武器、《斬撃破風の脚靴剣》の真の姿である__
「ったく……! 勘弁してくれよ……! 何だこのやり辛い状況は……!?」
キルトは突き立てた《破壊狙撃銃》の銃先を引き抜いて、真正面で立ち尽くす血みどろの少女へと向けた。
だが、何故か普段のように両手でうまく支えられず、その照準はキルトの腕ごと震えている__
「オイそこの淑女……! 何も抵抗しないでその場を動くな! 動くと余計に傷が悪化して死が近づくだけだ……!
大人しく従ってくれりゃ、俺は君の命を保証できる……! 俺が捕獲するまで、お前はそこを動くな……!!
なぁ頼むから……! このまま言う事を聞いてくれ……!!」
キルトは、ただガタついた《破壊狙撃銃》を構えたまま、ただ半歩ずつ、再び歩み寄っていく__
「……殺……な……きゃ……私……が……殺……れ…る……前……に……」
大量に血を流し苦しむラインは、微かな呻き声を上げては、ただ呆然として、迫り来るキルトを眺め、ぶつぶつと呟いている。
いや、本当は見えていない。まともな視力も判断力も奪われ、ぼやけた視界と思考のまま、虚無の空間に囚われているのだ。
キルトやリリーナの姿など、正常に認知できていない__
(……エネルギーの充填率は、もうすでに100%以上だ! 無理な溜め込みはオーバーヒートを招くから、射出は早いほうが良い……!!
いくら室内とはいえ、俺の《銃》には多少の『火力抑制機能』があるから、地下病院が崩落しない程度の威力に調整できる!
施設は壊さず、この標的1人を炙る程度、別に造作もない……!
けど……何だこの心境は……!?
敵とはいえ……目の前で瀕死で苦しんでる女の子を、俺の手で撃ちに殺すのを躊躇っている……!
中東の戦地にいたリリーナには、割り切れとほざいてた癖に……
俺はこの状況で……冷酷な行動を怖がっている……とはな……!?
俺という人間は……!!)
__分かっているつもりだ。自分が綺麗事と机上主義の観点しか理解せず、いざ目前の現実を前に、情けなく良心の呵責に揺さぶられているのだと………
いつしか、惑い苦しむキルトの身体は、歩み寄る足さえも止めてしまっていた__
「ぇほっ……! 貴方は………誰……? 私……の……敵……!?」
「………何っ!?」
__気づかれた。
キルトが躊躇する隙に、ラインの方が先に敵の存在を認識し、先手を打ってキルト目掛け特攻する__
「オイ……!? 動くなっ! 《吸収・高熱粒子の………!!」
だが、刹那__
キルトが咄嗟に《盾》を展開しようとするや否や、すでにラインの姿は彼の懐に迫っていた__
重傷者とは思えない、土壇場かつ予測不能の俊敏な動きと速度で__
彼女は、キルトが保っていた一定の射程距離を、一瞬にして奪ったのである__
(はっ……速っ……!?)
「殺……す……!」
死など覚悟の上なのか__
いや、死の淵にて死に抗おうとしているのか__
大量出血で動けない身体を震わせて、ラインは自分命を顧みず、その脚に装着された《刃》で、右足《斬撃》で、ついにキルトを討ち取ろうとする__
(終わりか__!? こんな時に迷いと弱さを見せたか俺の失態だな……!
何かに追い詰められたような、この少女の姿に同情した……!
それが……俺の失態なのか……!?)
キルトが己の敗北、そして死を甘んじようとした、その瞬間__
【ガツッ……!】
2人の背後から鉄パイプが飛来した……いや、投げられたようで、ラインの頭部と背中を見事に直撃する。
「がァ……! うぁ……」
ラインの口元と身体中から血飛沫が舞い散り、少女はよろめきながら倒れ込んだ__
間一髪、その命を拾ったキルトは、呆然と彼女を見つめていた。その時……
「敵を前に何を躊躇しているんだい? それでは軍立の育成学園の一生徒、ましてや軍閣僚の一族である『グランヅェスト家』の頭首としては、致命的だねぇ__? キルト君?」
倒れた少女の奥から、とてつもなく聞き覚えのある青年の声が聞こえた。
薄暗い廊下の先から現れたその姿に、キルトは目を見開く__
「貴方は……無事だったのですか……!?」
「いやぁ、道中危うく殺されかけたけどねぇ。今こうして、自分の命がある奇跡に感謝するよ♪」
足元がおぼつかないが、ゆっくりと仄暗い闇から姿を見せたのは、《ギルソード》開発研究施設長の所長エヴァンズ=ヴァスティーユであった__
彼が、ラインの背後から鉄パイプを投げて気絶させ、キルトを窮地から救ったのだ。
古傷に覆われたその顔は、爽やかな笑みを浮かべているが、銃で撃たれたのだろう、血の滲んだ白衣の左脇腹を手で押さえていて、苦しそうに呼吸する__
「エヴァンズ所長……! その怪我は……!?」
「あぁ……道中テロリストにやられたが、傷はそう深くない……! それより……僕は医学者も兼ねた立場として、まずは救わねばならない人がいる……!」
エヴァンズは遠目から、キルトの背後に横たわるリリーナを覗いた。その途端、爽やかな表情は鋭く引き締まったそれに変わり果てる__
「__成る程……話は聞いていたが、大分危険は状態だな……! よくもあんな血だらけの身体で……動き回っていたものだよ……!
僕は早急に彼女の怪我を見るから……! 後の事は任せたよ! キルト君……!」
「任せる……!? とは一体……!?」
キルトが疑問を抱くや否や、エヴァンズは懐から何かを取り出し、キルトの足元に放り投げた。
それは1丁の、ベレッタ型の拳銃__
嫌な予感を抱いたキルトは、思わず彼に問いかける__
「あの……エヴァンズ所長! この拳銃で……自分に何をしろと……?」
「何って? 君ともあろう者が、分からないのか!?
我が国の平穏を脅かした不届き者に、鉄槌を下せと言っているんだよ……!
自分の立場を忘れる訳はないだろう!? この国は軍事国家だ! 相手が少女だろうが関係ない……!
君はこの〈新都市国家マリューレイズ〉を守る騎士として、その正義を執行するんだ__!
ユウキと同じ様に__
君自身の騎士道と忠誠心がどれ程なのか、試される時が来たのだろうね__!」
「…………!?」
キルトは、唖然として硬直した__
__それは、キルトにとって、今この時までは想像だにしていなかった。覚悟と決意の瞬間であろう。




