・銃使いキルトの騎士道(3)
「__何をそこで突っ立っている!? キルト君!
僕は床に置いて渡した銃で、その動けなくなった敵の少女の、息の根を止めろと言っているんだ__!
物理的に何もリスクは伴わないだろう?
君が抱く国への忠誠心と騎士道がその程度では、今は亡きお父上が嘆かれるよ__!」
冷酷な言葉を投げるエヴァンズを背に、キルトは呆然と立ち尽くしていた__
すぐ足元には、1丁のベレッタ拳銃、その3歩先には、仲間であるリリーナの命を狙う暗殺者少女、ラインフェルトが、血溜まりの中に倒れている。
__苦しい表情で、キルトはエヴァンズにもう一度聞き返す。
「先生……! 彼女を刑務所病棟へ搬送するという手はありませんか……?
その後の制裁は、取り調べやら裁判やらで、いくらでも機会はあるでしょう……!?
こんな年若い少女が、目の前で追い詰められて死にかけているのに、それを容赦なく銃で撃ち殺すなんて俺には……!」
目の前で朽ちかける少女を前に哀れみが込み上がり、キルトは唇を噛み締めて細やかな抗議を唱える。
そんな彼に、軍少佐の地位を持つエヴァンズの言葉は、実に冷酷で無慈悲だった。
「それは、心底がっかりな台詞だねぇキルト君!
止めたまえよ! 半端な偽善は、その者に残酷な仕打ちしか齎さないぞ__!」
「……どういう事ですか!? エヴァンズ先生!!」
「それは君が最もよく知っているだろうに__!
じゃあこの際、君の家柄とその責任の話は除くとしようか__!
それで、仮にその少女の命を今助けられたとして、その先に彼女を待ち受けるのは、残酷な未来しかない__!
この〈新都市マリューレイズ〉は、完全なる独裁軍事国家だ!
特に治安維持やイデオロギー統制への意識と過敏さは凄まじい故に、反逆者への制裁は容赦ない__!
例え年端の行かない女子供であっても、待ち受けるのは、形だけの不公平裁判とその末の死刑台だ__!
どの道、この哀れな少女を救う術は、この国では存在しない! 肉体的にも精神的にも苦痛を受けて、殺されるだけだ。
もう一度言うよ。中途半端は善意は、その者の未来を残酷にしかしない! 今死にかけているのなら、いっそこの場で楽にさせてやれ__!」
エヴァンズの言葉は、キルトの惑う心を抉った。
しかし、いつまでも硬直している訳にはいかない。リリーナの命が一刻を争う。
やむを得ずキルトは右手の《破壊狙撃銃》を放り投げ、すぐ足元に置かれたベレッタを恐る恐る拾うと、震えながら引き金を引く__
(ユウキ、教えてくれないか__? お前なら、この状況をどう判断する__?
異名を『闇髪の闇騎士』と呼ばれているお前は、さっきは容赦も躊躇もなく、敵のクローン人間を拷問に掛け、その場で止めを刺したよな__
シチリア諸島でも、お前は冷酷な措置を取ったと聞いたぞ。邪魔なマフィア達を抗争で自滅させたと__
どんな状況でも、割り切って正義を執行するお前の真似は、俺には到底無理らしい。
さっきの卑怯極まりないクローン兵士相手には、躊躇なんてしなかったよ。仲間の命が懸かってたからな。
だが、いざ相手が不幸な少女となった瞬間に、この醜態だ__
情けない話だ。けど、俺とお前の正義、覚悟、騎士道、それ等のどっちが正しいのかも、俺には分からないよ。
俺の中のソイツが肯定されるのは、遠い先なのかもしれないな__
こんな状況になってまで、今更馬鹿けた話としか思わないがな__)
キルトは悩み苦しみながら、目の前の瀕死状態のラインに対し、心の奥底で自責しながら、ベレッタ拳銃の銃口を、彼女の頭部へと向けた。
手の震えは止まらないどころか、激しさを増していく__
「ぅ……ぁ……」
「ごめんな……可哀相な淑女よ。俺はお前を救ってやれそうにない……!
俺は、この国の軍立学園の生徒で、由緒ある軍上流階級の家系なんだ……!
それに、俺には国の平和も仲間の命も守る使命がある……!
だから恨まないで……天に召されてくれ……!
生まれ変わったらお互いに……もっと温かくて平穏な場所で出会えると良いよな……!」
ついにキルトは、その手を血で汚す覚悟を決めた。
両手の震えを必死に抑えながら、ついにその引き金を引き、1発の銃弾が放たれた__
刹那__
〔ゴゥン……!!〕
__暗い廊下に轟いたのは、人体を撃ち抜いた音ではなかった。
硬い銃弾が遮られ、何らかの硬質物体に弾き返された衝撃の、それ__
(何……だ……!? これは……どういう事だ!? 一体何が起きたんだ!?
……今……俺の目の前で……浮いているのは……その女を庇ったのは……《アイツの能力》……!?)
__衝撃の事態を前にキルトが、唖然と見つめて身体を硬直させ、言葉を失った。
何故なら、その浮遊物体こそは、キルトが……いや彼女の素性を知る者ならば、絶対に認識を誤るはずのない__
《紅花の槍》の姿であったから__
「リリーナ……!? お前が操っているのか……!?
そんな……瀕死の身体になってまで……!」
思わずキルトは、拳銃を持たない左手を差し伸べ、目の前を浮遊する《それ》に触れようとした。
先刻にユウキが、同様の光景を見ていた__
本来、リリーナの脳から遠隔操作されるはずの、異能の槍《創造する脳操槍剣》が、本人の意識無しに、勝手に空中を舞っている。
__この現象は、肉体が瀕死状態のリリーナが、自らの意識と精神を身体から切り離し、自身の分身・共鳴体である《紅花の槍》に視覚と精神を宿らせ、己の一時的《身体》として機能させているのである。
だが、最もキルトを混乱に陥れたのは、目の前の事象ではない。
そんな《槍》が、彼女の意思が、瀕死の暗殺者少女を庇う動作を見せている事だった__
【や……めて……キル……ト……お……願い……】
「……その声……やはりお前か!? リリーナ……! 一体どうして……!?」
一瞬、しかし間違いなく、キルトは確かにリリーナの声を聞いた__
酷く弱り、今にも消えそうなその掠れ声を、彼はついに何の疑問も抱かず、そこに彼女の意識が宿っているのだと認識し、理解し受け入れる。
しかし__
「……駄目だ……リリーナ君!! 止めるんだ!! 自分が何をやっているか分かってるのか……!!?
停止させろ!! 今、君が行っている《遠隔操作》を今すぐ止めるんだ!!
君……本当に死ぬぞ……!!」
直後に背後から、吼えるように叫ぶエヴァンズの怒声が響き渡った__
瞬時にキルトが振り返ると、彼は横たわるリリーナを抱き抱え、必死に彼女に語りかけている。
ふと、赤く染まる包帯の中から見えた。彼女の肌の色。それは血の気の引いた青白……そんな程度ではない、死に瀕した灰色のそれ__
〘本当に死ぬ__〙。その言葉に、どこか呆けたキルトの意識は、仲間が失われる恐怖に呼び覚まされた。
覚悟の涙を目に、彼は再びベレッタの銃口を向ける。
血塗れで倒れた、少女ラインの方へ__
リリーナの精神が宿る紅花の槍、《創造する脳操槍剣》の方へ__
【キ……ルト……? 待って……私の……話を………】
「……いや駄目だ……! もう駄目だリリーナ……! 分かってくれ! 耐えてくれ!!
心が痛いのは分かっている……! 憐れむのは分かる……! 俺だって辛いんだ……!!
けど俺達はこの国の軍人の卵だろ……! 正義の使者だろ……!! その少女を救う手立てなんて……俺達には存在しない……!!
こんな年で殺し屋やってる程だ……! 彼女の凄惨な境遇なんて想像できる……!
だからこそ……これしか選択肢が無いんだよ!!
なら今いっそ……この場で命を……!!」
【……何それ……! 嫌だよ……キルト……! そんな……簡単に……受け入れ……ないで……!
そんな正義……誰も幸せに……ならないよ……巡り巡って……さらに人を……不幸にする……だけ……
駄目だよ……あの時と……同じだよ……
だって……私達の仲間は……あの『孤児院』の家族は……『最期』に……
………同じ事言われたんだよ!!
目の前で銃を向けた人達に……! 「仕方ない」なんて言われて……!!
そのまま殺されちゃったんだよぉォォ……!!!】
(…………!!?)
リリーナの吐き出した悲痛な叫びは、キルトの身体の奥に突き刺さって、拳銃を握る右手を緩ませた__
キルトは、胸の奥底を抉られた。知っていたからだ__
リリーナとユウキの昔の仲間達の事。ほんの4年前の軍事クーデターにて、無実の罪で虐殺されたという事実を__
目の前で銃を向ける大人に見捨てられ、無残に命を奪われたのだと……
実際の惨状を目の当たりにした訳ではないが、過去に軍上層部の人間から聞かされたのは、事件から数ヶ月が経過した時だった。
「あぁ……そうだな……何も変わっていないのか……我々は……あの過ちから……何1つも……学べやしない……」
呆然としたような小声で、エヴァンズは、抱き抱えたリリーナをそっと寝かせながら呟いた。
虚ろの如き目で、彼はその顔に刻まれた火傷痕を引っ掻くように押し当てる__
その顔面の傷は、その事件当時の抗争で付けられたのだと、かつてキルトは聞いていたが、実際エヴァンズはこう語った。
それは後悔の痕、落とし前の烙印だと__
守るべきだった幼く若い命を奪わせた罪と、身も心も深く傷つけられた2人に、未だ何1つとして。その心に寄り添えられない。
時を経ても尚、エヴァンズが背に負っていたのは、自責の念と、亡き子等への贖罪の意だった。
それ程にまで、惨状を極めた事件時の光景は、唯一の依存者だっ2人の心に、精神に、生涯癒えない苦痛を刻んだのである。
それは今や、永遠に外されない。呪いの枷__
【……もう嫌……嫌だよ……これ以上……救われない子達が……悲痛に苦しんで……目の前で殺されるなんて……
ねぇ……キルトだって……分かる……よね……!?
彼女だって……好き好んで……こんな事やれる訳がないよ……!
周りの人達に……実験されて……虐待され続けて……強いられて……こうしなきゃ……生きられなかったんだよ……!!
『あの孤児院』にいた……私達が……あの仲間が……そうだった……辛かったのに……心も身体も……痛かったのに……
……もう……繰り返……した……く…な……い……
あ……の……悲惨な……子達を……増や……し……た……く……な………ぃ……ょ……】
「リ……! リリーナお前……!?」
キルトの目の前に浮遊する紅色の槍、《創造する脳操槍剣》が、その崩壊を見せる__
《槍》の実体は、徐々に細かな《粒子》と化して綻び、崩れ落ちて__はっきり聞こえたリリーナの声は、より一層掠れて小さくなり、もう聞き取れない。
それは、いよいよリリーナの命が失われつつある、悪夢の兆候__
「リリーナ……!! いい……もういい……! お前が事切れるぞ……!!」
キルトは、怒声を上げて彼女を静止させた。
すると、リリーナの声は、僅かなの意識と命をすり減らしてでも伝えたかったのだろう、彼に最後の言葉を言い残す__
【キ……ト……ぉ願……い……ぁの……子……助…け……て……
ぁの……時……私達……助け……くれ……た……よう……に……
『居場所』を……くれ……た……ぁの……〈学園〉……の……よぅ……に……
生き…て……この子……に……希…望………ぉ………】
これを告げた瞬時__
リリーナの分身である《創造する脳操槍剣》は、力尽きるように消滅した。
__消えゆく《それ》を見届けた時、キルトは拳を固く握り締め、そして決断する。
(__分かったよリリーナ……! 俺の負けだ。本当に敵わないな……!
この女の命は助ける。医療刑務所か閉鎖病棟での治療になるだろうが……! その後の制裁やら選択肢なら、今よりはいくらでも判断のしようはあるさ……!
__ お前もユウキも、初めて会った頃から、本当に変わっちゃいないな……!
根本の思想や信念は、2人共違ってはいるが__
過去に残酷な境遇を生き抜いてきたからこそ、いざという時に、互いに譲れない意思と執念が生まれ貫き通す__
そういう事……か……!)
キルトは、脳裏のどこかで、そんなことを考えていると、再び倒れた少女の元へと歩み寄った。
酷い出血量で息が途絶えそうだが、まだ助かる余地は残されているのではと感じる。
「まだ間に合うな……! 救護班を呼んで、リリーナと一緒に傷の手術を急がせよう……!
感謝は俺にじゃなくて、彼女にしてくれよ……!」
そう呟いて、キルトが少女の身体を抱きあげようと、しゃがみ込んだ。
刹那__
「マズい……! 避けろキルト君!! 上から……!」
「上っ……!?」
__反応が遅かった。
エヴァンズの叫びに気づき、危機感の無いまま上前方を見上げた瞬間__
〘ザグッ__!!〙
鋭利な物体が、キルトの右肩を深々と突き刺す。
「ぐぅおァ………! うぐっ………! ……なっ!? 何だ……これは……!? がっ………!!」
嗚咽を飲み込み、焼けるような苦痛に耐えつつ、キルトは肩に刺さる鋭利な刃の先を見やった。
その者の衝撃的な招待に、瞬時に驚愕する__
「……っ!? 怪物………!? いや違う……巨体な……《昆虫》か………!?」
その正体は、黄土色の光る粒子に包まれた。確かに巨大な《怪物昆虫》の如きその姿。
《人食い虫》__
この少女がそう呼んだ殺人兵器が、キルトを襲ったのだ。
すみません。。予想以上に長くなってしまいました。。区切り方がわかりません!!
くらい終わりになってしまいましたが、鬱展開にはしないつもりなので、そこは安心して下さい
リリーナ「作者がそれ言っていいの!?(ツッコミ)」




