・上陸、〈新都市マリューレイズ〉(2)
◇◇◇◇◆◆◆◆
「ねぇ〜? 〈新都市マリューレイズ〉って知ってる〜?」
とある廃ビルの中、灯りの1つも灯されない暗闇の部屋で、少女グレーネス=ディズレーリは、硬い皮ソファーに寝転がりながら愉快に言った。
「……その話を俺にするのか? ディズレーリ……!」
同じ部屋には、もう1人男がいる。
彼女からは暗くて顔が見えない。
女性のような長い金髪をなびかせているが、体格は長身、痩せ型だが筋肉質、骨格も男性のそれ。
「……北大西洋の中央に位置する人工島の巨大都市〈新都市マリューレイズ〉。
面積約700k㎡、人口約450万人の島には、多数の400〜500mの超近代高層ビルと、古き人類の歴史を守るかのような旧市街のレトロな建造物が、入り乱れて屹立している。
こうしたの『巨大都市』は、旧西暦時代では当たり前のように存在したけど、世界戦争よって約60億の人類が2割にまで激減し、文明が崩壊した今、ここまで繁栄と経済を再構築した都市は、ここを含め人間の指で数えられる程度。
限られた土地範囲で、統治体制を構築し、経済面でも自立するこの都市は、大昔の古代オリエント時代でいう〈都市国家〉という表現が相応しい。だってさ〜♪」
「何を読み上げている………」
「潜入犯からの報告書〜♪」
ディズレーリは陽気に鼻歌を歌いながら、液晶タブレットを指で触っていた。
暗闇の部屋の中、唯一灯されたタブレットの光は、少女の邪気に満ちた歪な笑顔だけを照りつける。
「この〈新都市マリューレイズ〉には、かつての平穏な時代に存在した国々とは、決定的に相反する数々の特徴があるわ。
まず1つは、この都市を守る『軍隊』が、統治、経済の支配権利を持つ、完全たる『軍事国家』であること。
この都市国家は、ある〈軍事組織〉が、政権の掌握と共に、
治安も管理しているの♪
その組織の名は〈戴冠の女王軍〉。
そして国内には、その軍事組織の幹部を育成するための、7つの精鋭学園があるとか♪
そして、特徴のもう1つは、絶対に表立って知られていないけど、あの最凶の兵器の製造・実験国家……♪
総人口の4〜5割近くが、《ギルソード使い》だそうよ? 恐ろしい国〜♪」
ディズレーリは、淡々とタブレットの情報を読み上げるも、何故か男は、彼女の話に耳を傾けようとしない。
「ディズレーリ……! もういい……! 俺はあの国にもう興味はない……! ましてや……俺の家族を奪い……永久に俺を暗闇の世界へ追放した……! クソッタレ共の国なんざなァ!!」
苛立ちを募らせた長い金髪の男は、激情のあまり、目の前にあるプラスチック製のゴミ箱を思いっきり蹴り上げて、ボールの如く壁面に轟音を立てて叩きつける。
「ダメよ〜? そんな事言ったら♪ 敵の情報は重要重要♪
今、私達〈革新の激戦地〉幹部、フランツ=ロエスレルが潜入に向かったわ♪ 彼の手柄を期待しましょ?
ねぇ〜? …………首領ぅ?」
ディズレーリは、その無邪気な声で甘えるように言いながら、男の背中に歩み寄った。
◆◆◆◆◇◇◇◇
ユウキ達を乗せた小型クルーザーは、〈新都市マリューレイズ〉の海上玄関と呼ばれる、東側G-4ターミナル港へと入港した。
小型船用の桟橋に船が到着すると、軍の関係者らしき人物が数名、その後ろには、リリーナを搬送するための救急車が手筈通りに待機していた。
「ユウキ様、リリーナ様! 御二方のお迎えに上がりました。ご帰還され、お会いできて何よりであります!」
黒スーツの上に白い軍服を着た、軍の士官らしき男性が、ユウキ達のいる船のデッキに向かって敬礼をする。
「お疲れ様です、大尉。医療班まで手配してくださったこと、誠に感謝申し上げます……!」
その敬礼に真っ先に応えたのは、キルトだった。
本当はユウキに挨拶をしたのだろうが、キルトは覆い被さるように割り込んで、その士官に敬礼を返す。
「あの……そ…それで……リリーナ様はどちらに……? 話を伺ったところ……かなり危険な状態だとか……」
「あぁ……リリーナはこっちです……急いでもらいたいんで……」
キルトの背後に立つユウキは、暗い表情で士官をデッキの奥へ誘導する。
小型クルーザーの屋根に囲われた日陰で、リリーナは横たわっていた。
船内の医療品で命拾いはしたものの、全身の包帯は血が滲みきって赤黒くなり、ほんの小さく霞んだ呼吸音は、今にも途切れそうだ。
青白い肌と顔色に生気が見られない。彼女の意識も再び途切れている。
「……酷いお怪我を……! すぐに軍立病院へ搬送し、適切な治療を受けないと……! 後のことは、我々にお任せを……!」
士官の言葉と同時に、2人の医療班によって、搬送用ストレッチャーが船のデッキへと運び込まれる。
彼らはリリーナの身体を丁寧に抱き上げて、用意したストレッチャーにそっと寝かせてやると、素早く毛布をかけてベルトを固定し、段差に注意しつつストレッチャーを救急車の中へ運び込んだ。
「車両の護衛は、我ら官僚の護衛を務める精鋭ガードマンがおりますので、ご安心ください! ところでユウキ様、貴方様も大変なお怪我をされておりますが……一度病院へ……」
被弾したユウキの身体をも案じて、男性士官はユウキの身体を見渡した。
被弾し服の下を包帯で覆われ、銃創の部位は血が充血している。
「あぁ、俺の心配は大丈夫っす。後に自分で病院に見てもらうんで、ひとまずリリーナの治療だけ専念させてください。お願いしますよ……!」
ユウキがそう言うと、士官は無理強いをせずに、「では……!」と敬礼をして立ち去り、せっせと救急車に乗り込んでいった。
救急車はそのまま港の桟橋を後にする。
ユウキは不安と憂鬱に駆られた表情で、ただ黙ってその車両を見送っていた。
「……リリーナの事は、軍立病院と医療班に任せておけ!」
キルトは、気分の沈んだユウキを気遣い、激励と喝を入れるように、彼の肩を軽く叩いてそう言った。
「……けっ、馬鹿にすんなよ? ここで鬱になってボサっとしてたらリリーナに笑われるぜ!」
ユウキは、少々泣き崩れそうな表情を、無理矢理に冷静沈着なそれに変えて、キルトに乱暴な口調で言ってしまう。
強がって、精神の弱った姿を、誰かに見られたくなかったのだろう。
キルトは、そんな彼の様子を見て、少し安堵した。……が、そんな余裕はなく、彼は即座に顔色を変えて言葉を続ける。
「……ユウキ、それより危険なのは、この場に残った俺達の身だぞ! 俺も気をつけて見ているが、付け狙う連中の姿はないな?」
「あん? こう見えて、周辺の空気はビンビンに警戒してんだよ! 安心しな! 今のところ尾行やドローン探索機の姿はねぇ!
……あくまで俺の視力1.5と、人より微量に秀でた聴力の及ぶ範囲内での話だがな……?」
ユウキの言葉に、キルトはもう一度、周囲から1km圏内の風景を、念入りに隅々までと見渡してみる。
「なぁに、十分だ。俺も今現在は大丈夫だと思うが……! これから尾行を巻くために繁華街を横断するからなァ。
そうなれば、俺の《破壊狙撃銃》では応戦が難しくなる。悪いが2人分の護身は、お前だけが頼みの綱だぞ。ユウキ!」
「ったく! しょうがねーな。じゃあ俺から半径20mからは離れんなよ! その距離までなら俺は四方八方2人分気を張っていられるし、秒で駆けつけられる!」
「……そりゃ心強いな。流石は〈戴冠の女王軍〉の切り札『闇髪の騎士』と謳われる男……!
だがユウキ……これは俺の確信を持った予言なんだが……!」
「あぁ俺も同じ事が脳に過ってるぜ!〈奴等〉の追撃はこの程度では絶対に終わらねぇ……!
それどころか……もっと恐ろしくタチの悪い猛攻撃を仕掛けてくるに違いない……だろ?」
「全く流石だ……! 絶対に気を緩めるな! 必ず互いが視界に入るように行動するぞ!」
「オーライ! 第2の相棒!」
ユウキとキルトは、信頼と近いの証に、互いの拳とコツンと合わせると、そのまま2人揃って桟橋を後にした。




