第19章 海上の襲撃者(1)
マフィアのシチリア島、中東都市ダマスカスの両乱戦から、約3週間が経過した。
ユウキ達は、北大西洋の海上を、ある軍事機関が特別に手配した、貸切の小型クルーザーで横断していた。
「……とりあえず詳細は、今話した通りだぜ? キルト」
ユウキは相も変わらず、クルーザーの展望デッキでパラソルとデッキチェアを広げ、優雅に涼んでいた。
左手には、先日から連絡を取っていた、大人びた少年の声が聞こえる。
『……成る程、《通信用ナノマシン》の不具合で、俺とリリーナとの連絡が途絶えてから、そんな事態に陥っていたとは……
それで? リリーナの怪我の具合はどうなんだ?』
「あぁ、思ったより入院が長引いてだな。今は体調も随分よくなってきたが、まだ傷は完全に完治したわけじゃない! だから退院しても、なるべく安静にしてろと医師から言われてる」
『そうか……なら、帰国後はあいつに無理をさせるのは禁物だな。とりあえず、お前の仕事はあと1つだ。奪われた《ギルソード》のデータは持ってるんだろう?』
「データ? ……あぁ、これか?」
ユウキは、ふと隣に広げていた小型テーブルの上に置かれた、2つの密閉された小型カプセルに目をやった。
掌サイズだが特殊な防弾ガラスで造られたそれの中には、赤色の《ナノマシン》が、それぞれ1つずつ、光り輝いて収容されている。
「この《ナノマシン》は、片方は《増殖の小型拳銃》もう片方は《融合造形の施工具》っていう《ギルソード》のやつだけど、後から調査した人の話によれば、奪われたのはこの2つだけで、後は連中が量産した安物安価の《簡易ギルソード》ってやつらしいな?」
『そのようだな……! 詳細は合流の後だ。この〈クランヅェスト学園〉で俺と落ち合おう。それから我らが軍事組織〈戴冠の女王軍〉の本部で、そのデータを献上するぞ!』
「了解した。やれやれブラック上司野郎と顔合わせかよ……萎える……! クソ萎えるぜオイ……!」
『黙れ悪ガキ、その台詞についても審議しようか……!』
どこか静かな威圧の声を上げて、相手は電話を切った。
「……冗談が通じるのか通じねぇのか…………ん?」
ユウキは退屈なため息をついて、デッキチェア寛いでいると、後ろの宿泊部屋から、ゆらゆらと歩く人影を感じた。
「痛たたっ………あっ……おはよう……ユウキ……」
振り向けば、深手を負った少女、リリーナ=フェルメールが、すでに身支度を整えてデッキに上がってきた。
ユウキとは旧知の親友であり、パートナー的存在ある。
彼女の傷は、回復傾向にはあるものの、未だに塞がってはいなかった。
グレー色のブレザーと赤いスカートから覗く肌の大部分と、顔面の各所や額は、白い包帯に覆われていて痛々しい。
「まだ寝てていいんだぜ? どうせ新都市〈マリューレイズ〉への到着には3時間くらいかかるからさ」
ユウキは、デッキチェアから起きて、身体をふらつかせたリリーナの元へ駆け寄った。
「あっ……でも……荷物の支度とか……きゃっ……」
海風が強く、波が荒くなったのか。瞬時に船が縦に揺れる。
その反動で、リリーナの足はバランスを崩して、前のめりに倒れ込む……と思われたところを、透かさずユウキが抱きかかえた。
「ほーら危ねぇ!身体はまだ万全じゃねぇな。普段のリリーナは身体能力が最強だから、バランス崩すなんてありえねぇだろ?」
「あ……うん、ありがとう、ユウキ……………ふぅ……」
リリーナは瞬時に顔を赤らめたが、その直後に、ユウキの胸の中で幸せそうに微笑んで、そのまま抱かれて放さなかった。
「おいおい、どうしたリリーナ? まるでボルトで固定された鉄鋼みてぇに動かないで……」
「……ふふっ……ユウキの温もりがね……すごく久しぶりで……なんか安心しちゃって……」
「ったく……いつまでも甘えん坊で可愛いなぁお前……」
リリーナは子猫のように彼に寄り添いながら、しばらくの間、その体温に癒やしを感じていた。
「………あっ、ごめんねユウキ。そうだ、朝ご飯作らなきゃだね……」
1分後に、リリーナはすぐに我に返って、すぐさまユウキの胸から離れる。
「……もう作ってあるぜ! 胃に優しい特製サンドイッチをだな!」
「えっ?」
いつの間に……と、ぽかんとして困惑するリリーナをよそに、ユウキはクールな表情で宿泊部屋のキッチンへと赴いた。
宿泊部屋には、寝室の他、シャワーやキッチン、ダイニングが充実していて、さらには家具や冷蔵庫、電気ポットまで完備している。海上生活には何も困らない。
ユウキは鼻歌を歌いながら、冷蔵庫からラップの掛けられたサンドイッチの皿を取り出すと、すでにお湯が沸かされた電気ポットをマグカップに注いで、コーヒーを入れる。
リリーナは手伝おうとしたが、手際のいいユウキは、「座って待ってな」と一言言うと、ものの2分でテーブルは、まるでリゾートホテルでの優雅な朝食風景に彩られた。
2人はテーブルの席に着くと、ユウキは、スマートフォンのニュースを触りながら、コーヒーを飲み、リリーナは「いただきます…」と小声で呟いて、トマトやハムの挟まれた分厚いサンドイッチを小さな口で少しずつかじっていく。
「どうだ? サンドイッチの味は、まぁお前が作ったヤツの味には及ばないけどな♪」
「またご謙遜を……すごく美味しいよ。ユウキってお料理とか裁縫とか上手だもん……♪」
「おいおい、俺に料理とか教えたのはリリーナだぜ? 俺の師匠♪ おや? お前のブレザーの右胸についたそれって……」
ユウキは、ふとリリーナの学生用ブレザーの右胸のポケットに目をやった。古びたバッヂらしきものが装飾されている。
黄金色だが、変形や熱による溶解が繰り返されたようで、明確な形状は把握できない。
「あぁ、これ? 〈自由軍〉の徽章だよ。ラティファから受け取ってくれたんだよね……」
リリーナは、包帯で覆われた右手でバッヂを触ると、どこか誇らしげで、幸福に満ちたような表情を浮かべた。
「……にしても驚いたぜ! 援軍の助け無しであんな怪物を相手にしていたとはなぁ、血だらけで死にかけてたお前を見たときは、心臓が止まるかと思ったよ……」
「あの……そのことは……本当にごめん……その後ユウキにすごく看病して貰って……帰国の予定も大幅に遅くなって……迷惑かけちゃったね……」
幸福なリリーナの笑みは、申し訳なさに満ちたような暗い顔に変貌してしまう。
「よしやがれよそんな言葉! 当たり前だろそんなの……!
でも、俺の助けがあれば、あの《巨人》相手に、そこまで傷つかずに破壊できたよなって、少し思っただけだ!」
ユウキはやや不満げな表情をするくせ、コーヒーカップを口に運ぶ素振りで、無理やりその顔を隠す。
リリーナは、しどろもどろしながら俯いしまう。
「だが、言うまでもなく事情があったんだろ? お前の性格は分かってっから……! 長年の親友だからな俺とお前は……!」
すると、ユウキの言葉に、リリーナはその言葉に救われた気がして、微笑顔で答えた。
「やっぱり、私はまだ……悪い癖が残ったままだよね……
どこかで誰かが困ったり泣いたりしていると、自分のことや回りのこと……すぐそっちのけにして……
その場の感情で行動しちゃう……『お師匠様』からは……その癖を制御しろって……未だに怒られるし…
馬鹿なんだよね……私……冷静なユウキと違ってさ♪」
リリーナは、開き直ったような、純粋なる微笑みをユウキに見せた。
彼の目からは、その微笑みが天使のそれに見えたようで、不意に心の淀んだものが癒えたのを感じて、思わずリリーナに微笑みを返した。
「言ってたぜ。そのラティファって女の子、またいつかリリーナに会いたい……だとさ」
「うん……ラティファ……きっと……会えるよね……?」
リリーナの幸せな笑顔が、再び彼女の表情に戻った。
暖かく微笑むリリーナの表情に、ユウキは、同じように幸福な気持ちでしばらく見とれていた。
彼自身は彼女と違って、思考も行動も冷酷なものだと自覚があった。
それは、先日のシチリア島での所業こそが、すでに証明している。
目的のためなら、人情だろうが人命だろうが、それすらも通過点として認識できてしまう。
ユウキは、その意識がもたらした行動に後悔はないが、やはり自身が持ち合わせていない情や優しさ、それらを持ったリリーナに、ユウキは惹かれたのだ。
『ユウキ様、リリーナ様、これより船は、あと2時間程で〈新都市国家マリューレイズ〉の第3海上ターミナルである『エルシオ港』に到着します。ご支度を整え、下船のご準備を願います!』
しばらく寛いでいると、クルーサーの操縦室から、ある船内放送がかかる。
「もう到着か? ってことは、そろそろあの景色が拝めるってことだな!」
「……帰ってきたんだ! 私達の家に……!」
ユウキとリリーナが、船の展望デッキから全方を覗くと、彼らの待ち焦がれていた光景が、そこに広がっていた。
遠くに映るそれは、500〜600m級のビル群と、旧世紀ヨーロッパのレトロな建築物が、交互に入り乱れて建ち並んだ、巨大都市として栄える広大な人工島だ。
その島の名を〈新都市マリューレイズ〉という。
「ふふっ、みんなと会うの楽しみだなぁ。きっと元気にしてるよね♪」
「多分相変わらずだと思うぜ! それじゃ、入港前の一仕事をするから、ちょっと待ってな!」
リリーナはそう言うと、徐に操縦士がクルーザーを駆る、船の操縦室の方へ歩を進める。
◇◇◇◇◇◇
「おぉユウキ様、間もなく旅は終わりですよ! 長いようで短い時間なので、名残惜しいですねぇ!」
操縦室に入ると、真面目そうな操縦士が、運転に集中しながら実直そうな愛想笑いをユウキに見せた。
「……そうっすねぇ。でも到着の前に…………………本国の仲間にもう1つ手土産を用意しておかないと……………!」
ユウキはそう告げた着後__
左手から、赤紫の輝きと共に《高速射撃の剣》を発動させ、その鋭利な刃を、操縦士の首筋にピタリと当てた。
「なっ!? これは………!? どういうおつもりで………!?」
「どうもクソもねぇんだよ船長ォ……!? いや、〈革新の激戦地〉の潜入犯さんよぉ……?」
「なっ………!?」
操縦士の男は驚愕のあまり、目玉をひん剥かれるように見開いた。
「アンタさぁ、俺達がこの船に乗る前に、至る所に爆弾仕掛けてたよなぁ? それも昨夜の深夜0時には爆破させる予定だった……当たってる〜?」
「……!? 何故だ……!? 何故手の内が読めている……!?」
「何故ってぇ? 夜通しでリリーナが探し出してくれたんだよ! 残念だったなぁ。爆弾からは全部に微量の《ナノマシン》反応が検知されたってよ!
あれだろ? 爆弾って、あの中東の〈旧政府軍〉みたいに通常兵器に《ナノマシン》を加えて改造した《半ギルソード兵器》だろ?
誤算だったなァ。リリーナの目には、発光してねぇ状態の、体内や空気中に透過、3マイル先の《ナノマシン》が見える《粒子器発動の覚醒瞳》ってのがあるから、そういう兵器は全部透視しちまうんだよ!
そんで、寝静まるはずの俺達が夜通し起きてたから、アンタ焦っただろ?
ったく、俺達2時間しか寝てねぇよ。徹夜させやがって! 睡眠時間を返せ! その身でな!?」
「……クソッ……! 当初の作戦なら……とっくに貴様らを葬ってこんな船から降りてるってぇのに……!」
「それで作戦変更して、俺達をあの〈新都市マリューレイズ〉に上陸させて軍の本拠地まで付け狙おうとしたわけだ!
舐めんなよテロリスト風情が!
さて、このまま船を進めな! 帰国ついでに俺達がお前を連行してやる! 諦めろ三下……!」
ユウキが、その《剣》刃先で男の喉を薄く切りつけ、そこに少量の血が滴った。
その刹那__
「ユウキ……!! 危ない……!!」
ダイニングに居たはずのリリーナが、絶叫してユウキの腰に掴みかかり、2人共々背後に倒れ込んだ。
__次の瞬間、無数の轟音と共に、20発程もの銃弾が彼等の頭上を通過して、操縦士の男の頭部、胴体を無慈悲に粉砕し、肉塊に変える。
2人の身体には、その返り血がべっとりと降り掛かった。
「すまねぇリリーナ! でも無茶すんなよ! 傷口が開くだろ!」
「ハァ……ハァ……! …………だって《銃口》が………!」
「なっ………!? ………銃口だと……!?」
ユウキは耳を疑ったが、ひとまずはうつ伏せのまま、弾丸が発射された方向に目をやった。
思わず目を見開いた。
言葉通りだが、その視界の先に、彼が嫌というほどに目の当たりにした光景がそこにあったからだ。
「嘘だろ……!? コイツはシチリアでアクバルが使ってた……!」
そこには、操縦室の壁から、あの《壁の銃口》が9門、まるで寄生植物のようにびっしりと頭と口を生やしている。
シチリア島で、少女ロザリア達を襲った《ギルソード》と、全く同じそれ。
「ユウキ……この《ナノマシン》……船全体にびっしりと覆い尽くしてる……きっと500発くらいの一斉射撃でクルーザーごと木端微塵にする気だよ!」
リリーナの目は、いつの間にか、紅色の虹彩と白い瞳孔の《《粒子器発動の覚醒瞳》の輝きに変わっていた。
そして、彼女の周囲は、紅色に煌く《ブレイン=ナノマシン》が浮遊して、オーラ状にその身体を包んでいる。
まだ全身の包帯が取れていないのに、リリーナは臨戦大勢でいた。
「馬鹿な……!? お前が感知できなかったってことは、昨夜まではこの《ナノマシン》は……!」
「……無かったよ……! 私はずっと気を配ってた……!」
「ってことは新手の襲撃か……! いいように敵の撒き餌にされたとは……クソッ……!
この旅はただいまと言うまでは最悪の連続だな……!
それにしても……アクバル=シャンデリゼの野郎……あのとき確実にとどめを刺したはずだぞ……?」
苛立ちが募るユウキの身体もからまた、オーラ状に、赤紫の《ナノマシン》達が湧き出して、それを覆い包んでいた。
「……リリーナ! 帰国まで少しの辛抱だ! お前に負担をかけないよう、俺が守ってやるからな!」
「……ありがとう、ユウキも無茶しないで! 私は援護するからね!」
紅色と赤紫色、2つの《ナノマシンオーラ》が、互いに接触して、色鮮やかに輝きとエネルギーを増量させていた。
◇◇◇◇◇
人工島〈新都市マリューレイズ〉から10km近く離れた沖合にて、1人の男が、沿岸漁業用の小型ボートに乗って、ユウキとリリーナ、2人の乗ったクルーザーを双眼鏡で見つめていた。
痩せ型の体型で、学者のように白い白衣を羽織り、ベージュ色のビジネスパンツを履いた彼の服装、その顔の整い方から外見まで、シチリアで騒乱を引き起こした張本人と、同一人物と言っていい程の瓜二つの姿。
「……まだ生きてやがるのか……! 仇を討ってやる……! アクバル=シャンデリゼ……俺のprototypeを死に追いやったクソ野郎をォ……!!」
男は口を出血する程に噛み締めて、その双眼鏡を淀み汚れた海へ投げ捨てた。




