・人体兵器と闇黒の歴史(2)
「何をするって……証拠隠滅に決まってんだろ……!? 隠密に行動しろなんて言ったのはお前なんだぜ!」
悪魔の笑みを見せるユウキを前に、腕の感覚を徐々に失っていく男は、その少年が見せる《怪異》に、怯えて震え上がった。
ユウキの身体という身体から、髪色と同じ赤紫の《光の粒子》が出現する。それらは次第に増殖し、ユウキの身体を包み込んでいく。
「おい……!何だあの妙な光……!」
「オイ……? なんだか……コイツが人間じゃねぇように……俺は思えてきたぜ……!」
彼の身体から発するそれは、次第にマフィアの男達を、得体の知れぬ恐怖と疑心に陥れる__
『ユウキ! お前まさか……《ナノマシン》を公衆の面前で………!!』
「はァ!? 公衆の前じゃねぇし! 殲滅対象への見せしめだよ!
しょうがねぇだろ!? バレちまったんだから! もういっそ教えちまおうぜ! 俺が普通の人間とは遠い存在だってなァ!!」
歪に笑うユウキが、ベレッタを握った白人の手にそっと触れた瞬間__
並外れた握力が、男の手を無残に握り潰す__
「ぎっ………ひぎっあ゛………あ が あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
男の断末魔が、展望デッキに響き渡る。
その腕は真っ赤な血を噴水のように吹き出し、レベッタを持っていた右手はそれ共々、ぐしゃりと潰されていた。
白人の男はその場で転げ回り、しばらくの間、失神寸前の激痛に悶え震えていた。
「喚くなよ、やかましい……! でも、さすが“ナノマシン”の威力だな! 鋼鉄製のレベッタなんざプラスチック同然!
……じゃあ次は……アンタかなァ!?」
次に、ユウキと目線が合った刺青の男が、奇声を発しながらシグ・ザウエルの引き金を即座に引く。
__その刹那に、ユウキが男の側面に回り込む。
またしても銃を持った右手を目掛け、まるで瓦を割るように、利き手の小指側を側面に向けて振り翳す__
「あ゛ぁ……ぎっ……ひぎっ……ぃ……!!」
__刺青の男が悲鳴を上げた。
血で染まる彼の足下には、拳銃を握ったままの右腕のような物体が転がっている。
「に……人間じゃねぇ……まるで……兵……器……!」
「ダメだ……! 俺ら……コイツには……関わるのは……不味かったんだ……! ……逃げろ……!」
__赤紫の妖しい蛍光に包まれ、薄ら笑いを浮かべるユウキの姿は、男たちを次第に恐怖と困惑へと陥れた。
引き金を引けば、次は自分が餌食になる__
そのことばかりしか、男達の脳内にはよぎらなかった。
銃を握る男達の手は汗に塗れ、震え上がってしまい、銃共々使い物にならない。
「へ~? ようやく理解できたのかよ。じゃあ今この場に居る連中は全員、証拠隠滅の生贄決定って事で……! 残念だな!!」
脅えて怯む男達の方へ向かい、ゆっくりと歩を進めながらユウキは言った。
彼の身体に付き纏う蛍光のような《粒子》は、さらに出力や破壊力が上がることを意味するように、徐々に活化する蛍光の輝きを増していく__
「もう遅いけど教えてやるよ! 俺は普通の人間じゃねぇ!!
《人体兵器》なんだよ__!!」
◇◇◇◇◇
それは、船がマフィアを名乗る武装集団に占拠されてから、僅か10分にも満たない内の出来事だった。
全長500mの大型客船は、突如として不可解な大爆発を起こし、その轟音と共に、船は劫火に包まれた__
すでに巨大な船体は真っ二つに裂かれ、そのまま地中海の底へ沈みかけている。
「……ったく! どうなるかと思ったぜ! しかも……いくら隠密作戦とはいえ、良心に胸が痛むねぇ〜♪」
火柱を立たせる客船から約700m離れたところで、ユウキはモーターの着いた、脱出用のボートを走らせていた。
両手は返り血に塗れ、手に持ったハンカチで拭っていると、ブレザーのポケットから、薄型のスマートフォンがバイブを鳴らすので、それに応答する。
『やってくれたなユウキ……! まさか船ごと沈没させるとは……! やり過ぎを通り越して、頭がイカれてるとしか思えんぞ……!』
「あぁ、そういや船にテレビパソコン置いてきちまったわ。
何? なんか文句ある? 轟沈以外に方法は無かったろ!?
こっちは殺されかけて、しかも国家機密である俺自身の正体が、危うく知られる寸前だったぞ!」
『……まぁ、それは恐らく暗躍機関の情報収集ミスってところだ。
ひょっとしたら、お前が船に乗り込む前から監視の目がついていたのか、船員の誰かが垂れ込んだのか、思い当たる節はいくらでもある。
だから尚更、船を藻屑にするのは如何かと思うぞ!?』
「どうかねぇ? 俺の確信が正しければ、あれはマフィアが経営する航路だったと思うぜ。しかも会員制のな!
だから、あの船に乗ってた乗客は全員マフィア共と癒着していて、乗客の全員が共犯者だったとと考えていい。
あんな船、沈めて正解だってワケだよ!」
ユウキはそう言いながら、ふと後ろを振り返り、客船が浮かんでいた方角を確かめる。
水面から漂っていた原油や赤錆の匂いは、船が燃えている事によって、それを悪化させていた__
__いつの間にか、先程まで巨大な船体を包んでいた劫火の炎は、今にも消えそうなほど小さくなっている。
炎の面積から考えると、船の大部分は海に沈み、海に消えるのも時間の問題だろう__
「なぁキルト、お前さっき、マフィアがどうとか言ってたよな。その続き、詳しく聞かせてくれよ!」
ユウキは小型ボートのハンドルを左手で操作しながら、スマートフォンに向かって話す。
『あぁそうだな、先ほども言ったように、現在のシチリアマフィアは巨大な権力や財力を持ち合わせている。
それも下手したら、国をも転覆させるほどのものだ__!
そのルーツは第三次大戦後《空白の200年時代》にまで遡る……!』
「だとしたら、今から300から400年前になるよなァ……!」
『そうだ。大戦直後、旧イタリア共和国は深刻な財政難に陥っていてだな、地方だったシチリアには当然のこと政府からの支給が行き届くはずは無く、人々は貧困の中を生きていた。
そこで島の救済に一役買ったのが、その一体を占有していたシチリアマフィア、中でも大御所ファミリーの連中だ。
密輸や裏取引で闇社会のネットワークを築き上げ、瞬く間にシチリアの経済を潤わした。
そうして島を救済したマフィア達は市民からの支持を得た後、島の支配権を手にすると共に、イタリア本土から独立し、マフィアの国【シチリア自治国】を名乗るようになった。
だから、今のシチリアマフィア達は、他のそいつ等とは立場が違いすぎる。世間から見れば闇世界の犯罪者の癖に、〔一国の高級官僚〕を名乗って、同等の権力を持っているってワケだ!』
「なるほどねぇ、あんな豪華客船が運営できるわけだ。権力も財力も兵力も並ならぬ奴等か……! ヤバい連中だな……!」
『いや、ここまではヤバイ話ではない、問題はこっからだ! 奴等が今回取引として手に入れようとしている代物がヤバイんだよ。お前……分かってるよな?』
「《ギルソード》だろ!? お前がさっきから口にするなとうるさい、あの禁断の言葉だ。それは世に知られてはならない《最凶の殺人兵器》。
マフィアみたいな裏社会の連中に渡ったら、それこそ世界は終わりだろうな! まっ、ここ世界は1回終わってんだけどよ!」
『お喋りはここまでだ! 前を見ろ、シチリアの玄関だ!』
「あん……!?」
ユウキがボートの正面に目をやると、シチリアの中心都市、【パレルモ】の港町が、すぐ目前まで迫っていた。
古めかしい伝統的な建築物が聳え立ち、広い桟橋には、大型の貿易船や小さなヨットが並べられて浮かんでいる。
どうやら都市の景観などは、今では遥か昔となった西暦の時代から何一つ変わっていない。
過去のシチリア島の美しさが、辛うじて残されているようであった__
「綺麗な場所じゃねぇか。あれがマフィアの巣窟なんて嘘みたいだな……!」
『ユウキ、さっきは派手に船を木っ端微塵にしてくれたが、くれぐれも隠密に行動しろよ!』
「約束できるかわかんねぇけど、まぁ試行錯誤してみるさ……!」
ユウキはそう言って薄型スマートフォンの通信を切り、しばらくの間、辺りの海を見渡していた。
「《ギルソード》ねぇ……! あれがもたらすのは大概、最悪の結末を招く……! 死神のようなもんだぜ……?」
ほくそ笑むユウキを乗せたボートは、無数の鉄錆と原油に塗れた波を搔き分け、波を掻き分けるように港へ向かっていった__
【今作の重要キーワード】
・≪ギルソード(Guilsword)≫__
かつて戦争に満ちた世界を崩壊に追いやった科学破壊兵器の名称。
由来は『Guilty・Sword(罪なる剣)』の略。
その姿は拳銃・ランチャー・剣・といった、既存武器や兵器と区別のつかないが、その破壊力は国1つ焦土に変える。
原料も従来の科学装甲とは否なる。《ナノマシン》という人工微粒子PC。
普段は無色透明な粒子として、使用者の人体周囲を浮遊し、目に見えないが、その使用時には、《ナノマシン》が発光して可視化し、数億の粒子が結合・組織される事で、その武器や兵器を形成し実体化させる。
空想の漫画に例えるならば、「魔術の召喚武器」とも言えよう。
《ギルソード》の保管母体こそが人体であり、それを身体に宿した人間は《ギルソード使い》と呼ばれる__
※各個体に名称あり。文中では《》←の記号内に表される。
・《ナノマシン》__
《ギルソード》を形成・構成する原料であり、人工微粒子PCコンピュータの名称。
所有者、《ギルソード使い》の身体の一部であり、彼等の肉体、その運動神経と連動して、微弱ながら操作が可能。
他の物体の組成を破壊する性質を持つ__
例えば、それを所有する《ギルソード使い》が軽く鉄球を握ると、その手に《ナノマシン》が持つ破壊力補正が発動し、鉄球は潰され鉄屑と化する。
一度、その身体に植えつけた時点で、その者は生体兵器同様の力を得た存在となろう__