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カーテンコール②

 春の球宴での名場面を振り返るとするならば、それは決勝戦。

 一年E組対二年A組の一戦。

 スコアボードにはゼロが並んでいる。

 九回の裏、二死満塁。

 二年A組はこれまでなかったチャンス。

 サヨナラのチャンス。

 四番バッター、軽音楽部沢村ビートルズ所属、ドラムス、村斑ココロ。

 彼女の本日の打率はここまで十割。

 小さい体だがしかし、彼女のバット・コントロールには定評があった。バットを短く持ち、粘りのバッティングで絶好球を待ち、それを逃さず守備と守備の間に転がすのだ。

 ピッチャはここで交代。

 登場したのは彼女と同じく軽音楽部コレクチブ・ロウテイション所属、アプリコット・ゼプテンバ。

 彼女のピッチャとしてのポテンシャルは未知数だが。

 客席からは歓声が上がった。

 ロンドンからの留学生の彼女はまるで西洋人形のように美しかった。

 そして昨日、仮設ステージでの彼女のロックンロールを聞いて衝撃を受けた女子は多く、昨日のうちにファンクラブが設立されたとか、されないとか。

 一球目、ストレート。

 村斑は一球見た。

 アウトロー、ギリギリに決まり、ストライク。

 歓声が上がる。

 その球に驚く表情。村斑は表情を変えた。ロンドン出身のくせにいい球投げやがって、と言いたげな表情。

 村斑はバッタ・ボックスを出て、ゆっくりとスイング。

 間合いを取る。

 二球目、ストレート。

 先ほどと同じほぼ同じコース。

 村斑はその球をファールにした。

「ストレートしか投げられないのでしょうか?」

 実況を担当する放送部が言った。

 それに反応したように、ゼプテンバはグローブの中で球を握り直した。

 三球目、ゼプテンバは球を指で挟んでいた。

 ベースの前でワンバウンド。

 必死にキャッチャの鏑屋リホが止めた。彼女はコレクティブ・ロウテイションのメンバでもあり、陸上部に所属する、幅跳びの選手でもある。G県の同世代の女子の中で誰よりも遠くに飛べる、運動神経抜群の女の子だ。

 鏑屋はマスクを取り、審判の体育教師の日高にタイムを求めた。

 認可が降りる。

 鏑屋は袖で汗を拭いながら、ゼプテンバに駆け寄り、グローブで頭を叩いた。

 なぜか客席でブーイングではなく、歓声が起こる。

 いろんなゼプテンバの表情が見たいということだろうか?

 とにかくゼプテンバは鏑屋のサインを無視して投げたのだろう。

 だから叩かれたのだろう。

 ゼプテンバは少し表情に後悔を滲ませ、天を見上げた。

 鏑屋はゼプテンバの耳元で小さく何か言って戻った。

 そして、四球目。

 ゼプテンバ、渾身の一投は、ど真ん中へのストレート。

 絶好球。

 村斑はこれを待っていた、という煌めく表情を見せた。

 左足を踏み込み。

 体を回転させ。

 バッドを振り抜く。

 快音が響いた。

 球は理想的な軌道を描いた。

 いや。

 わずかに高く上がり過ぎた。

 村斑はバッドを叩きつけて走り出す。

 ゼプテンバは天を見上げ、視線をセンタへ。

 センタを守るのは、コレクティブ・ロウテイションのメンバ、ボーカルの久納ユリカ。

 マッシュルームヘアがキュートな久納ユリカ。

 彼女はコミカルな動きをして落下点へ。

 その動きは見るものを冷や冷やさせる。

 錦景女子の視線は彼女に集中。

 ぎこちないがしかし、お手本のように、打球に対し、久納はグローブを構えた。

 打球はグローブに吸い込まれるように落ちる。

 落ちる。

 久納はキャッチした。

 グローブを高く掲げ、丸い目を丸くして、飛び上がって喜んだ。

 そんな彼女をユウカは望遠レンズを使って撮った。

 ロックンロールバンド、コレクティブ・ロウテイション。

 彼女たちも迫っていきたい被写体である。

 とにかく結局、延長十二回の攻防は、どちらにも得点は入らず、規定により、試合は引き分けに終わった。

 さて。

 ユウカは自宅に帰り、お風呂に入り、メイド喫茶ドラゴンベイビーズでキッチン・リーダをしながらアイドルを目指している姉の腰をマッサージしてから、そして例によって、自室で写真の整理を始めようとした。

 前夜祭、それから春の球宴で我を忘れて撮りまくった写真の整理だ。

 至福の一時。

 カメラをノートパソコンにケーブルに繋いだ。

 そしてSDカードのフォト・フォルダを開く。

 しかし。

 フォト・フォルダの中には何もなかった。

 白い。

 真っ白だ。

 谷崎ユウカのフォト・フォルダは空っぽだ。

 え?

 なんで?

 どうして?

 なんで空っぽなの?

 微動も出来ずに頭が真っ白だった。

 そのとき。

 スマホが震えた。

「ひゃあ!」高い声を出して驚いてしまった。誰も見てはいないが、恥ずかしい。「……なんだ、メールか」

 スマホを確認する。

 メールはミドリからだった。



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