カーテンコール③
錦景女子は五月の初日。
日曜日に学校に来たのは初めてだった。いくつかの部活が活動しているようで、いろんなところから声が聞こえるけれど、普段に比べればずっと静かな日だと思った。
ユウカは慣れた足取りで、写真部の部室に向かった。
無駄に遠回りもしなかったし。
何もないところで転んだりしなかった。
部室の前に立つ。
背中の方、被服部の部室からは沢村ビートルズのロックンロールとミシンの音が聞こえる。
上七軒モチコトと白水丸リリコは日曜日もここにいるみたいだ。
扉のノブは滑らかに回った。
写真部の部室はまた、カーテンがなくなっている。
篠塚カノコから、近いうちにアメリカ製のカーテンを送るとメールが届いていた。
篠塚はオーバドクターズの解散とともに、あの夜、飛行機に乗り、旅だった。
カーテンが届くのはいつ頃になるだろう?
遮るものがないから、電気を付けていなくても、部室は明るかった。
そこにミドリと。
キャスタ付きの椅子に座る人がいる。
彼女は背中を向けていたが回転してゆっくりとこちらに正面を向ける。
生徒会長の黒須ウタコだ。
「ごめんね、ユウちゃん、」ミドリは前髪を触りながら言う。「その、会長に頼まれて、そのぉ」
「また切りすぎたの?」ユウカは聞いた。「後で写真撮らせてね」
「あ、うん、」ミドリは浮かない顔で頷く。「別に、いいけど」
「わざわざ日曜日に呼び出して悪かったわね、谷崎ユウカ、」黒須は高飛車な口調で言って、SDカードを親指と人差し指で挟んで見せる。ユウカのSDカードだ。黒須はミドリに空っぽの谷崎ユウカのフォト・フォルダが入ったSDカードと要領一杯の谷崎ユウカのフォト・フォルダが入ったSDカードを交換させたのだ。「このSDカードは返すわ、条件を飲んでくれたらの話だけど、おっと、嫌とは言わせないわよ、いくら抵抗したってね、谷崎ユウカ、あんたは私の思うがままになってもらうわよ、写真を撮れる女子はアンタしかいないんだから、嫌とは言わせないわよ、どんなに嫌がったって、嫌とは言わせないんだから」
「いいですよ、」ユウカは即座に頷いた。「別に嫌じゃありません、むしろ会長の提案に乗った方が、あらゆる点において好都合ですし、」ユウカは黒須の手からSDカードを取って、なくさないように、すぐにカメラに差し込んだ。「ああ、よかった、これで安心しました」
「……あっそ、いいんだ、へぇ、」黒須はぎこちなく笑顔を作る。「……なんだか、あっけないわねぇ、もっと、嫌がりなさいよ、生徒会長の諜報部員になるのよ、私に嫌味を言われながらこき使われることになるのよっ」
生徒会長の諜報部員。
生徒会長の要求をなんでも聞いて実践する。
そういう謎の役職が、隠れた役職が、古い時代から錦景女子には存在しているのだと言う。
黒須がミドリにSDカードを交換させて、日曜日にユウカを部室まで呼び出したのはそれが理由だ。
黒須はユウカを諜報部員にしたいらしい。
写真を撮れる女子は、錦景女子にあってユウカしかいないから。
ユウカにすれば、生徒会長の認可を得て、あらゆるの女子の写真を撮ることが出来るのだ。
だから別に諜報部員を嫌がる理由はない。
「別にこき使われるって言ったって、」ユウカは首を竦める。「私には写真を撮ることしか出来ませんし、っていうか、普通に頼んでくれればよかったのに、わざわざSDカードを交換するなんて手間なことせずに、言ってくれればよかったのに」
「……いや、その、なんていうかな、」黒須はユウカから視線を逸らす。歯切れは悪い。「ほら、確実にものにしたいじゃないの」
「何をですか?」
「未来を、よ」
「私、言ったんだよ、ユウちゃんなら、こんな面倒臭いことしなくたって、嫌がらないでやってくれるって、」ミドリはユウカに近づき、手を触り言う。「それなのに、少しでも早くツーショットが見たいからって、わざわざ高いSDカードも用意して」
ユウカのSDカードは市販されているもので一番要領が巨大な奴だから、女子高生には少し、いや大分高い買い物だったに違いない。
「ミドリ、それは違うわ、」黒須は額に手を当て表情を隠して言う。「私は別に一刻も早くエイコちゃんとのツーショットを見たいなんて思っていなかったわ、私はね、待てる女なの、そうよ、待てる女よ」
「それだってユウちゃんに頼めば、すぐに見せてくれるって言ったのに、恥ずかしがっちゃって」
「ああ、ごめんなさい、」ユウカは黒須に謝る。「私、会長に見せるのはきちんと写真を整理してからの方がいいと思って、なんだ、そうだったんですか、会長の気持ちに気付かなくてごめんなさい、ああ、私ってば、なんていうか、うっかりしてました、すいません、私、少し抜けているところがあるんです、高校生になったからどうにかしないといけないと思っているんですけれど、でも、思っていても、うっかりしちゃうんです、本当に、ごめんなさい、会長」
黒須は顔をピンク色にして咳払いをした。
「と、とにかく、谷崎ユウカっ、」黒須は足を組み、腕を組み、横柄に言った。「あらゆる錦景女子を撮れる、ええ、犯罪的な角度からでもどんな角度からでも撮れる、認可をあげるわ、あげましょう、ええ、とにかくおめでとう、」黒須はそして笑顔を作る。「晴れて君も、異形の仲間よ」
ユウカと黒須は握手を交わした。
「あ、」ユウカは言う。「質問があります」
「何?」黒須が反応する。
「ミドリに」ユウカはミドリを見る。
「ん?」ミドリは首を傾げた。「何?」
「どうして?」ユウカはミドリの方に体を向けて聞く。「まだ聞いてなかった、ミドリが写真部の部室にいた理由、今なら教えてくれるでしょ?」
「あ、それはさ、約束したからね、前夜祭の私とユウちゃんみたいに、私とアリス先輩は大事な約束をしたんだよ、大事な約束だったから言わなかっただけだよ」
ミドリは優しげに微笑む。「絶対に終わらせないって約束したんだよ、写真部を終わらせないって」
ユウカはミドリの優しい表情を写真に取って。
カメラを降ろして聞く。「ミドリとアリス先輩って、どんな関係だったの?」
「どんな関係って、」ミドリは明らかに動揺している。「た、ただのルームメイトだよ」
ユウカは無言でミドリを見つめた。前髪が短くて可愛いミドリを見つめた。「本当?」
「本当だよっ、ただのルームメイト、それ以上でもそれ以下でもないんだからねっ!」
黒須は何か言いたげな目でユウカを見つめて、クスリと笑って、「じゃあね、グッバイ」と手を顔の横で振って部室から出て行った。
最後に見た、黒須の表情。
生徒会長みたいだって、ユウカは思った。
そんな表情の黒須は、フォト・フォルダにまだない。
了
『谷崎ユウカのフォト・フォルダ』
以上を持ちましてカーテンコールです。
ここまでお付き合い頂きまして、まことにありがとうございました。
少し愉快な気分になって頂けましたら、嬉しいです。
ご感想等、お待ちしております。
春の物語。今は何かを蹴りたくなる、クソ熱い夏ですが、またとない一瞬を忘れないようにここに。
BGM Oasis『Stay Young』




