第三章⑧
「会長を泣かせたぁ!?」モチコトは驚き、声をあげた。「ユウちゃん、一体何をしたのよ?」
モチコトが聞くと、ユウカは錦景女子の北校舎の屋上で起こったことを包み隠さず、全部説明してくれた。なるほど、やっぱり朱澄は黒須のことを愛していたらしい。だから、黒須はモチコトのところに来て、朱澄にドレスを着せたのだ。いやいや、そんなことより、黒須が泣いた理由である。モチコトはユウカのことを最低だって思った。
「バカなことしてるんじゃないわよ!」モチコトはユウカの肩を揺らしながら怒った。「そんなことされたら、誰だって泣くよ、そらぁ、生徒会長だって、泣きますよ!」
「お、落ち着いて、落ち着いて、もっちぃ、」リリコはモチコトとユウカの狭い隙間に入ろうとする。「顔が鬼みたいだぞっ」
「うっさいわよ!」モチコトは鬼みたいな形相でリリコを睨みつける。
「ご、ごめんなさい、」揺らしたせいで眼鏡がズレてしまったユウカは素直に謝る。「生徒会長の表情があまりにも豊で愛らしいものだから、つい」
「ついじゃないわよ、全く、もぉ、写真のことになると、しょうがないんだからぁ、」モチコトはユウカの肩から手を離して言う。「写真のことだからって、女の子を悲しませていい理由にはならないんだからねっ」
「はい、」ユウカは眼鏡のズレを直して頷く。「反省してます」
「とにかく、生徒会長を探さなくっちゃ、ね、リリコ」
「うん、探すぞー」リリコは拳を天に突き上げる。
「え、もっちぃさんたちも一緒に探してくれるんですか?」
「放っておくわけにもいかないっしょ?」
「でも、」リリコは口元に指を当てて推測しようとしている。「会長さんってば、どこに行ったんだろうね?」
「ここよ」と、モチコトの背中の方から声がした。
驚いて振り返ると、瞳の充血した黒須が立っていた。髪の毛は乱れ、普段の彼女と随分印象が違う。彼女の後ろにはミドリが立っていて、ミドリは細い鎖を手にしていた。その鎖は黒須の後ろ手に繋がっていて、黒須の両手には手錠が掛けられていた。ミドリは舌を出して笑う。「えへへ、捕まえちゃったっ」
「ホント、なんで?」黒須はミドリの方を睨み、声を荒げる。「一体、どんな魔法を使ったわけ? あの状態から、どうやったら、こんな風になるのよっ」
「そんなことよりも、会長、」ミドリは一歩下がって頭を下げる。「ごめんなさい、酷いこと言って」
「謝るなら、まず、この手錠を外しなさいよねっ」
モチコトは全くその通りだと思った。
「わ、私も、ごめんなさいっ、」ユウカは頭の位置をかなり低くして謝った。「急に写真を撮ったりなんかして」
「だから謝るなら、」黒須は前と後ろで頭を下げる二人に視線をやりながら、腕を振って鎖を鳴らす。「手錠を外してってばっ」
モチコトは再び、全くその通りだと思う。
でも、二人はそんな黒須の声なんて聞こえないみたいに、その表情に謝罪の色を濃くしていく。
「本当にごめんなさい、」ユウカは早口で言う。「私、写真のことになると、頭が写真のことしか考えられなくなって、女の子の気持ちなんて考えられなくなって、会長の素敵な表情をカメラに収めたいって思ったら、もうシャッタを切ることしか、頭になくなって、だから、その、信じて欲しいんです、会長のことをバカにする気持ちなんてありませんでした、会長のことが素敵だから、私は写真を撮ったんです、バカにする気持ちなんて一ミリもありません、だから、その、許して下さいっ」
「……別に、そんなに怒ってないわよ、」黒須は横を向いて言う。「ただムカついただけよ、それだけよ、だから、もういいわよ、もういいから、さっさと手錠を外して」
「あの、」ユウカは顔を上げ、黒須を見据えて、口を開く。「私に写真を撮らせてくれませんか?」
「写真?」黒須は一瞬中空を睨み、首を横に振った。「……もういいわよ、もういい、エイコちゃんとのツーショットは、もういいわよ」
「わ、私、」ユウカは胸に手を当て、言う。「エイコちゃんに頼んでみます、写真を撮らせて欲しいって頼んでみます」
「だから、それは駄目って言ったでしょ、無理よ、」黒須はモチコトが見たことない、暗い表情を見せる。「私、言えないわ、エイコちゃんに、一緒に撮ろうなんて、言えないわよ」
「違います、そうじゃなくて、」ユウカは早口で言う。「私が頼むんです、生徒会の写真を撮らせて欲しいって頼みます、そうすれば、会長の気持ちは、エイコちゃんには分かりませんよね? 会長の気持ちをエイコちゃんに知られないまま、ツーショットが撮れますよね」
黒須は目を見開き、ユウカを見る。「ど、どうしてそれを早く言わなかったわけ?」
「会長が泣いちゃったから」ミドリが小さく言う。
「だから泣いてないってば、」黒須はミドリを睨み言う。「っていうか、早く手錠を外しなさいよ」
「会長の気持ちに私は従います、」ユウカは黒須の明解な回答を待っている。「どうしますか?」
そのタイミングでミドリは手錠を外した。
黒須は不自由だった両手の調子を確かめる。
ユウカが待った時間は短かった。
「今から生徒会室に来なさい、」黒須は乱れた黒髪を整えて表情を変えた。「いい、きちんと話を合わせるのよ、谷崎ユウカ」
「はいっ、」ユウカは笑顔で頷き、カメラを持ち上げた。「私、頑張りますっ」




