第三章②
錦景女子、春の球宴を土曜日に待つ、水曜日の放課後。
写真部の部室。
その購入したばかりのピンクを基調にしたチェック柄のカーテンの前には、被服部の白水丸リリコが立ち、ポーズをとっていた。纏うのは、被服部部長の上七軒モチコトが作成したドレス。
ドレスの色は黒。体にピタッと張り付くようなセクシィなデザインだ。
レンズ越しに見える、リリコのポーズの絶頂。
そのタイミングで、一枚目、シャッタを切った。
谷崎ユウカのフォト・フォルダにはまた新しい一枚が加わる。
「綺麗だよぉ、きゃわいいよぉ、いいよぉ、リリコさん、素敵ですよぉ」
ユウカはそんな台詞を高い声で言いながら、しばらく黒いドレスを纏ったリリコを様々な角度から撮り続けていた。リリコもまんざらでもない表情で、ユウカのレンズをじっと見つめてくる。口を半開きにしたり、アレンジも加えてくる。頼んでもいないのに、胸元を強調するポーズを取れば、そこに隙間が出来た。不完全な一枚だが、ユウカはこれもシャッタを切る。
「リリコ、次はコレよ!」ユウカの背中の後ろ、写真部の扉が開き、モチコトが新しいドレスを手に登場した。そして胸元を強調したポーズを撮り続けているリリコを見て、盛大に吹き出した。「リリコってば、何してるの? ユウちゃんを誘惑しようとしてるの?」
リリコは無表情で姿勢をしゃんとしてから、モチコトを右手で指差し、左手は腰に当て、煩わしく怒鳴った。「べ、別に、胸がないからって気にしているわけじゃないんだからねっ!」
「はあ?」モチコトは苦笑して体を写真部の部室に入れた。「全く、何言ってるんだか、とにかく、早くコレに着替えてよね」
「ええ、また着替えるのー?」リリコが着替えるのは部室に来て、次で八回目だ。リリコは唇を尖らせて言う。「いくら私がもっちぃのモデルだからって酷使しすぎだよぉ」
「私のモデルなら、さっさと着替えてよ」
「もっちぃが着ればいいじゃん、」リリコはその場に座り込んで、スカートの裾を掴んで踊らせる。そしてもう一度、笑顔で言う。「あ、そうだよっ、もっちぃが着ればいいじゃん!」
「バカなこと言わないでよ、サイズはリリコに合わせてあるんだから」
「そんなに違わないと思うけどな、」リリコは少し悪い目をしている。「もっちぃもユウちゃんに写真を撮ってもらいなよ、なんだか、癖になるよ、うへへへっ」
「いいから早く着て」モチコトはリリコを睨み言う。
「あ、私も、もっちぃさんのドレス姿、写真に撮りたいです、」ユウカはレンズから目を離し、興奮を声に乗せた。「王子様の写真はありますけど、ドレス姿も欲しいですっ」
「……」モチコトは無言でユウカを横目で睨んできた。
モチコトは写真に撮られるのが嫌いみたいだ。絶対に可愛いと思うんだけどな、なんて言ったら、絶対に怒鳴られるから言わないけれど、でも絶対可愛いと思う。勿体無い。絶対にいつか彼女のドレス姿を撮ってやるって思いながら、ユウカは咳払いをして聞いた。「……それも新作ですか?」
「うん、まあ、新作っていうか、」モチコトは淡いブルーとホワイトが混じりあったドレスをテーブルに置く。折り畳み式のテーブルは撮影のため、部屋の隅に移動していた。「今まで考えていたものを一気に形にしただけよ、時間は全然浪費していないし、そうね、」モチコトはキャスタ付きの椅子に腰掛け、疲れているのか、目元を擦り、溜息を付いた。「コレっていうアイデアが春の球宴を前にして、全然、思い浮かばないから、今まで完成させていなかったものを完成させて、どれかに納得いくんじゃないかって思ったの、そしたら不思議ね、どれも昔の自分が作って納得出来なかったものなのに、見返してみると、なんだか凄く煌めいて見えるの、本当に不思議」
「ああ、なんとなく分かります、私も、昔の写真を整理している時、そのときは気にならなかったんですけれど、凄くいい写真を見つけたり」
「うん、うん、そんな感じ、」モチコトは頷き。うっとりとユウカに微笑んで見せた。どことなく満足げな表情で。「そんな感じよ」
「納得出来るドレスが見つかりました?」ユウカは聞く。
「うん、どれも悪くないけれど、」モチコトはテーブルの上に並べた撮ったばかりのリリコの写真を見ながら言う。「このドレスかなって、思うわ、今の私が作れる最高のドレス、それはコレじゃないかって、」モチコトはドレスを持ち上げて小さく揺らす。「ユウちゃんの目にはどう移るかな?」
「素敵ですよ」ユウカは即答する。正直に、そう思ったから。
「もっと具体的な批評が聞きたいな、フォト・グラファの批評ってやつ?」
「それはリリコさんがドレスを着て、私がレンズを覗かなければ、出来ないことですね」
「はいはい、分かりました、分かりましたよぉ、」口を尖らせながら、リリコは何の恥じらいもなく黒いドレスを脱ぎ、淡いブルーとホワイトのドレスに着替えた。そして一度カーテンの方を向いてから、二人の方に振り返る。一度向こうに行った表情は大人を目指していた。「どう、似合う?」
「うん、うん、よし、決まり、リリコ、決めたわ、」モチコトは三回、大きく頷き、テーブルを叩いて勢いよく立ち上がり、リリコに歩み寄り、抱きしめて、彼女の額にキスをした。ユウカはこのキスを、見逃さなかった。「春の球宴のリリコの衣装はそのドレスよ、そのドレスを着て、歩くのよ」
「はーい、りょ、了解っす、」リリコは強く抱きしめられ少し苦しそうだった。「も、もっちぃ、苦しい」
「ねっ、」モチコトはウインクをユウカにくれる。「ユウちゃんもふさわしいって思うでしょ?」
「はい、そうですね、とても素敵です、胸元のワンポイントが、」
「そうよね、素敵よね、」モチコトはユウカの具体的な批評を遮って言う。彼女の瞳は煌めいていて綺麗。「この素敵さを語るのに、多くの言葉はいらないわよね」
「……は、はい」ユウカは苦笑して頷く。「そうですね、多くの言葉は入りませんね、多くの言葉を考える前に、現実にあるものを見てもらえばいい」
「ユウちゃん、今日撮影した写真、大きくプリントしてもらえる? せっかく撮ってもらったんだし、展示しようと思うの、構わない?」
「はい、もちろん、です」
「ありがと、ああ、やっと、なんか、色々、煮詰まっていたものが煮えたって感じ?」モチコトはリリコをお姫様抱っこした。そしてとても愉快そうな表情でその場で一回転。「よし、後は演劇部の衣装を作るだけだわ、私がやるべきことは」
「演劇部の衣装って、どれくらいですか?」ユウカは聞く。
「三十着ね」
「三十着も!?」服を作ったことのないユウカには、土曜日までに三十着って言うのは、とても天文学的な数字に思える。「三十着っていったら、とっても大変なんじゃ、ないですか?」
「デザインが完成しているから、簡単よ、勝手にアレンジも加えていいって部長から認可が下りているし、やりやすいし、……あ、そうだ、」モチコトは何かを思い出した顔をして言った。「そういえば、今日、ミドリは?」
写真部じゃないのに、写真部の部室を住処にしている謎の女子、朔島ミドリは今日はまだ部室に来ていなかった。
「そういえば、遅いですね」
「まあ、いいや、ユウちゃん、伝えておいてくれる?」
「え、はい、それで何を?」
「ミドリにもドレスを作ったから、」モチコトは人差し指を立てて言う。「ほら、ずっと前、私たちが初めて会ったときかな、約束したから」
「何かしましたっけ?」
「宿題を手伝ってもらったから」
「ああ、そうでした、」ユウカは思い出して、手の平を合わせた。「そう言えば、そんなこともありましたね」
そしてドレスを着たミドリのことをユウカは想像した。
どんなに風に可愛いんだろうって。
可愛いっていうことは間違いないから、どんな風に可愛いんだろうってニヤケた。
「まだ意志を隠せないのね、」モチコトは頬杖付いて言う。「若いわね」
「え?」ユウカは誰も来ない扉に振り返って言った。「何のことですか?」




