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第六話 王国最強、風呂を拒否する

「風呂に入れ」

俺は言った。


レオンは言った。

「嫌だ」


即答だった。


「なぜ?」


「面倒だ」


「またそれか」


「十分かかる」


「十分で済むのか」


王国最強の基準がわからない。

エマが小声で言う。

「実は……」


「なんだ?」


「レオンさん、先月も入ってません」


俺は固まった。

「先月?」


「はい」


「先月?」


「はい」


大事なことなので二回確認した。

レオンは腕を組む。


「別に死なない」


「そういう問題じゃない」


「強いから平気だ」


「そういう問題でもない」


俺は前職を思い出していた。

いる。

どの職場にもいる。

仕事はできる。

圧倒的にできる。

しかし、生活が壊滅している。

机の上はゴミ屋敷。

締切は守る。

だが健康診断は行かない。

有給も取らない。

部屋も汚い。

そして突然倒れる。

管理職の胃に穴を開けるタイプだ。


「お前」


「なんだ」


「飯は?」


「食ってる」


「何を?」


「肉」


「昨日は?」


「肉」


「一昨日は?」


「肉」


「野菜は?」


「嫌いだ」


エマが頭を抱えた。

リリアも頭を抱えた。

俺も頭を抱えた。

レオンだけ平然としていた。


「よく生きてるな」


「強いからな」


万能すぎる。


その日の午後。

冒険者ギルド。

俺はある表を作った。

黒板に貼る。

ドン。

【Sランク冒険者レオン】


「おい」

レオンが嫌な顔をする。

「何してる」


「人事評価だ」


「やめろ」


無視した。


【戦闘能力】SSS


周囲が頷く。

当然だ。


【討伐実績】SS


さらに頷く。

当然だ。


【協調性】F


ざわっ。

「妥当だな」

「妥当だ」

「むしろ低い」

冒険者たちが好き放題言う。

レオンのこめかみがピクピクしている。

そして。


【清潔感】G


大爆笑。

「ぶはははは!」

「最低評価だ!」

「初めて見た!」

レオンが剣に手をかけた。

危ない。

だが俺は続ける。


【部屋の片付け】G

【書類提出】G

【健康管理】G

【総合評価】問題児


「殺すぞ」

レオンが本気で言った。


「落ち着け」


「落ち着けるか!」


「事実だろ」


「ぐっ」

図星だった。

一番効く攻撃はいつも事実だ。

その時だった。

ギルドマスターが大笑いした。

「ははははは!」


珍しい。

初めて見た。


「何がおかしい」

レオンが睨む。


ギルドマスターは笑いながら言う。

「十年だ」


「?」


「十年間誰もお前に言えなかった」


静かになる。


「強いから」


「……」


「皆怖かった」


レオンは黙った。


「だが本当は」

ギルドマスターは言う。

「皆困ってたんだ」


レオンが目を逸らした。

初めてだった。

怒らない。

反論しない。

ただ黙る。

俺は少し理解した。

こいつは悪人じゃない。

単純に人との付き合い方を知らない。

それだけだ。

前世にもいた。

仕事だけして生きてきた人間。

気づいたら孤立していた人間。


夕方。

俺はレオンの家に来ていた。

掃除のためだ。

当然レオンは反対した。

「帰れ」


「嫌だ」


「帰れ」


「嫌だ」


「帰れ」


「嫌だ」


三十分続いた。

根負けしたのはレオンだった。

「好きにしろ……」


家に入る。

臭い。

エマが倒れた。


「エマ!」

リリアが支える。


「想像以上でした!」


レオンは少し申し訳なさそうだった。

俺は黙々と掃除する。

ゴミを捨てる。

空き瓶を片付ける。

洗濯物を分ける。

本を並べる。

レオンは黙って見ていた。


一時間後。

見違えるほど綺麗になった。


「おお……」

エマが感動する。


「人が住める……」

リリアも感動する。


レオンだけ複雑そうだ。

「なんだ」


「いや」

俺は言った。

「前職で後輩の家を掃除したことがある」


「なんで?」


「鬱だったからな」


レオンが黙る。

俺も黙る。

少しだけ空気が変わった。

笑い話のように言ったが、

本当の話だった。


前世では壊れていく人間を何人も見た。

働きすぎて。

追い込まれて。

孤立して。

誰にも頼れなくなった人たちを。


レオンは小さく言った。

「……別に」


「うん」


「掃除してくれなんて頼んでない」


「そうだな」


「だが」


珍しく言葉に詰まる。

そして。


「悪くなかった」


それだけ言った。


エマとリリアが驚く。

たぶん初めて聞いたのだろう。

レオンの感謝を。

俺は笑った。

「そうか」


短い会話だった。

だが。

たぶん。

初めてだった。

王国最強の冒険者が、

少しだけ他人を信用した瞬間だった。


そして翌朝。

ギルドに激震が走る。

なぜなら三年間出社拒否だったレオンが朝九時ちょうどに出勤してきたからである。

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