第三話 冒険者たち、出勤しない
翌朝。
俺は王都冒険者ギルドの前に立っていた。
大きな建物だった。
三階建て。
石造り。
出入りする冒険者も多い。
王都最大のギルドらしい。
「こちらです」
事務官リリアが案内する。
「俺は何をするんだ?」
「冒険者ギルドの業務改善です」
嫌な予感しかしない。
扉を開ける。
その瞬間。
「うおおおおお!」
「酒だァァァ!」
「昨日の報酬全部使うぞ!」
「ドラゴンなんて明日でいい!」
酒場だった。
どう見ても酒場だった。
朝九時である。
俺はリリアを見た。
「ギルドは?」
「ここです」
「酒場だろ」
「ギルドです」
「酒場じゃん」
「ギルドです」
異世界人は頑固だった。
受付カウンターには女性がいた。
二十代前半くらい。
金髪。
元気そう。
「おはようございます!」
笑顔が眩しい。
「受付嬢のエマです!」
「どうも」
「勇者様って聞いてます!」
元気だな。
しかし。
俺は違和感に気付いた。
掲示板。
依頼書が大量に貼られている。
その多くに赤い印。
「未達成」
「期限超過」
「放棄」
「これ何?」
エマの笑顔が固まった。
「その……」
リリアが答える。
「達成率です」
「低いな」
「二十三パーセントです」
「低すぎるな」
俺は思わず言った。
「残り七十七パーセントは?」
「失敗です」
「終わってるな」
リリアが泣きそうになった。
その時。
奥から巨大な男が出てきた。
身長二メートル。
筋肉の塊。
大剣持ち。
顔に傷。
いかにもベテラン冒険者。
「誰だお前」
「勇者です」
「勇者?」
男は鼻で笑った。
「ひよっこが偉そうに」
周囲の冒険者たちも笑う。
「そうだそうだ」
「現場を知らねえ奴が」
「書類仕事でもしてろ」
社会人経験上、こういう人種は知っている。
前職にもいた。
「昔はもっと厳しかった」が口癖の人だ。
「名前は?」
「ガルドだ」
「ランクは?」
「Aランクだ」
なるほど。
古参の実力者らしい。
俺は聞いた。
「今日は仕事ですか?」
「休みだ」
「昨日は?」
「休みだ」
「一昨日は?」
「休みだ」
「その前は?」
「酒飲んでた」
周囲が爆笑した。
俺だけ笑えない。
「収入は?」
「先月のドラゴン討伐報酬がある」
「いつまで持つ?」
「知らん」
「貯金は?」
「ない」
「年金は?」
「ねんきん?」
「終わってるな」
ガルドが怒った。
「なんだと!」
「将来設計がゼロだ」
「冒険者だからな!」
「だから終わってる」
ガルドの顔が真っ赤になった。
殴られそうになったその時。
エマが慌てて止めた。
「だめです!」
「こいつが!」
「勇者様です!」
「勇者なら殴っていいのか?」
「ダメです!」
正論だった。
そこへギルドマスターが現れた。
五十代くらい。
スキンヘッド。
強そう。
しかし目の下のクマがひどい。
過労死寸前の顔だった。
「騒がしいな」
「マスター!」
エマが駆け寄る。
ギルドマスターは俺を見る。
「お前が勇者か」
「はい」
「業務改善に来たそうだな」
「そうらしいです」
ギルドマスターは笑った。
疲れた笑いだった。
「無理だ」
「なぜ?」
「十年やった」
「はい」
「何も変わらなかった」
「はい」
「だから諦めた」
「なるほど」
完全に燃え尽きている。
前職で何人も見た顔だ。
俺は聞いた。
「一つだけ質問です」
「なんだ」
「冒険者は何人います?」
「三百二十七人」
「今日出勤しているのは?」
ギルドマスターが紙を見る。
「二十七人」
俺は固まった。
「え?」
「二十七人だ」
「三百二十七人中?」
「そうだ」
「欠勤率九十二パーセント?」
「そんな感じだな」
「クビにしろ」
場内が静まり返った。
誰もそんな発想をしたことがないらしい。
ガルドが怒鳴る。
「冒険者は自由なんだ!」
「自由と無責任は違う」
「ぐっ」
「仕事を受けて来ないなら契約違反だろ」
「うぐっ」
「なぜ放置してる?」
ギルドマスターが答えた。
「人手不足だからだ」
その瞬間。
俺の社会人スキルが発動した。
⸻
ピコン。
⸻
【社会人経験EX】
【問題発見】
【原因分析開始】
⸻
頭の中で数字が繋がる。
欠勤率。
達成率。
離職率。
収益。
見えてきた。
この組織の病気が。
俺は静かに言った。
「原因がわかりました」
「なに?」
「このギルド」
全員が息を飲む。
「評価制度が存在してない」
沈黙。
誰も意味を理解できていない。
俺は確信した。
魔王軍と戦う前に、まず戦うべき敵がいる。
それはドラゴンでも魔王でもない。
『ガバガバ組織運営』である。
そしてその日の夕方。
俺はギルドの全資料を要求した。
ギルドマスターが言う。
「全部か?」
「全部です」
「三十年分あるぞ」
俺は笑った。
「前職では四十年分のクレーム記録を読まされました」
ギルドマスターが青ざめた。
「お前……何者だ?」
俺は答えた。
「就職氷河期世代です」
ギルドマスターは理解できなかった。
だが後に王都の人々は知ることになる。
魔王より恐ろしい存在を。
休日に資料を読むことを苦痛と思わない男を。




