プロローグ
これは別にメルの旅路とは関係ない物語だ。
別の星、別の宇宙…までは行かないかもしれないが。
まあとにかく、関係ないもの語りだ。
そこのところ注意してほしい。
ここにドーナッツがある。
よくある、丸くて真ん中が空いているやつだ。
真ん中が空いている。それはつまりは穴があるのだ。
ドーナッツを口に運び、食べる。
すると穴を作っていた縁がかけて、穴は穴ではなくなる。
穴はどこに行ったのかと、周りを見渡しても見つかるわけがない。
いや、ひょっとして見えていないだけなのかもしれない。
穴はなくなったのではなく、広がったのだ。
穴の縁がなくなった瞬間、世界に穴が広がった。
穴は僕を、客の家族を、この僕の店を、この街を、この県を、この国を、この世界を、
この宇宙を、飲み込んだ。
すべてが穴になったのだ。
そう考えると僕が世界の運命を握っていたように感じて、
僕が世界を穴にしたように感じて、何故か面白い。
そんなくだらない妄想に浸っていた時だった。
お客さんの家族の一人と思われる、少女が話しかけてきた。
子供とは思えないほど凛とした立ち姿に、肩まで伸びた黒髪。吸い込まれるような黒い目。
そして無表情によく似合う真っ黒な、まさにゴスロリっていう感じの服を着ていた。
そして、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。
「ねぇ、おにいさん。このどーなっつって、おにいさんがつくってるの?」
そうだよ、と答えてあげる。
すると少女は変わらない無表情で言った。
「なら、ひとつもっておいて」
僕はひとつ、プレーンのドーナッツをとって「これかい?」と聞いた。
そこには、少女はいなかった。
家族も平然としている。
あの子はあの家族の子ではなかったかのように。──まあ実際そうなのかもしれない。
おかしなことを考えて、おかしなものでも見たか?
いや、流石にそれはない…と思いたい。
とりあえず今日は早く寝ることが決定した。




