第五話 蛇神-⑨
「ミナカ、ユラ。いくぞ……!」
「うん……合わせるよっ!」「へっ、おうよっ……!」
『『リディスッ!』』『ラクリマッ!』
敢然として放たれた三人の祈術が寸分違わず先制の一撃として炸裂する。爆風と氷霧が一帯を呑み込み、視界は瞬く間に白く閉ざされた。
手応えはあったように思えた連携。そして幕開けを告げるかのように……土煙の奥より、絶望の貌が現れる。
その身に直撃を受け、節々から濃紺の血を滲ませる蛇神。確かに傷は刻まれている。しかし、その刹那──驚異的な再生が始まった。泡立つように肉が蠢き、まるで沸騰するかのように受けた傷を次々と覆い塞いでいく。
「……この再生……どうやら、そう簡単にはいかないようだ」
「チッ、ヘビガミって異名は伊達じゃないってか……!」
異形の姿を持つ魔獣は、縦に長く伸びた楕円形の瞳孔で一同を睥睨する。そして鞭のように撓る蛇尾で大地に激震させ、獲物を選定する舌は空気を感じ取りながら踊るように唸りを上げる。
その口元はまるで──掌の上で踊る者を揶揄するかの様に、邪悪な嘲笑を魅せていた。
『DAAAA……』
対してその悠然とした蛇神に息つく間も与えぬまま、ルクスとユラは同時に祈術陣を展開する。共鳴する翡翠の光が脈動し、解き放つエナは忽ち一点へ収束していく。
「いくぜぇ……!」「っ────!」
やがて……そのうねりを束ねるように、二対の祈術が刹那に発現された。
『『リディシオッ!』』
蛇神の頭上に荒れ狂う竜巻が顕現する。風を纏った無数の刃が、神速の雨となって降り注ぎ──風刃の渦が蛇頭を呑み込むと、その巨躯を容赦なく切り裂いていく。
轟音とともに暴風と砂塵が吹き荒れ、火口一帯を揺るがす……まさに凄絶と呼ぶべき一撃だった。
──────だが。
ルクスとユラが放った連携祈術は確かな威力を誇っていた。しかし尚もセルナ山の主は歯牙にも掛けぬ様子で泰然自若に君臨している。致命傷と思われた傷は瞬く間に塞がり……蛇神は低く唸りながら、獲物を選別するようにゆっくりと首を揺らした。
『AAAA……DAAAA……』
「ったく、何喰ったらそんな化物みたいな身体になるんだよ……!」
「これが”神”と呼ばれる所以か……もう一度だ、次は胴体を狙うぞ」
「おうっ!」「わたしも、合わせるっ!」
『……DRAAAAAッ!』
画策に頷き合い、三人が祈術陣の展開と詠唱へ入ったその瞬間。蛇神は巨体を大きく捻り、蠢く蛇尾を円を描くように振り抜く。
忽ち撓りを乗せた一撃は、上空から空気を切り裂きながら凄まじい勢いで襲い掛かった。
「っ──! あぶねぇ! 『ボルグッ!』」
急襲を防ぐべくユラが前へ踏み出すと、彼女は咄嗟に棺を構え、守りの態勢を取る。続けざまに左手で祈術陣を展開させ、防護の下階祈術によって自身の周囲に防護壁を創り出した。
『DAAAAAAAAAAッ!!!!!!』
刹那──太く、そして重く伸し掛かる衝撃がユラへ叩き込まれる。砂塵が舞う中、棺で受け止め拮抗した状況になるが……蛇神の力が僅かに上回り、彼女の身が徐々に地面へ埋まり始める。
────それでも。骨が軋み肉が悲鳴をあげようとも、ユラは立ち続けていた。
「……! ぐぅ……! こいつ……つえぇっ…………!」
「ユラさん……!」
「ユラっ……! 『リディスッ……!』」
即座に詠唱を中断したルクスが助太刀に回るべく神霊石へエナを流し込む。そして折れた杖剣を突き出し、風迅の下階祈術を発現させた。
翳した杖剣の先より放たれたのは、極限まで圧縮された風の球体。はためく風圧に柳色の髪が激しく揺れ……渦巻く気流がユラを襲う蛇尾を弾き返すと、その巨躯を後方へ押し退けた。
「すまねぇ……! 助かった!」
「──────ミナカッ!」
「うんっ、ありがとう、ユラさん、ルクスくん……! 『ラクリモーサッ……!』」
祈術陣を維持したまま──ユラが耐え凌ぐ最中、ミナカは詠唱を止めてはいなかった。斯くて解き放たれる、氷海の中階祈術。岩肌へ六花の欠片が舞い散り、蛇神の胴体を中心に凍てつく氷嵐が渦巻き始める。
吹雪は瞬く間にその巨躯を呑み込み……白鉛鉱の如き鱗を、氷雪の牙で容赦なく凍てつかせていく。
『DA……DAAAAA…………ッ!』
「みんなを、解放して────っ!」
追撃に走るミナカは、両手に円月輪を構え一気に駆け抜ける。そして前へと踏み込むと同時に──二丁の円月輪を、大きく弧を描いて振り抜いた。
輝く刃が軌跡を描き、風圧を帯びた一閃が蛇頭と胴体を断ち切る。忽ち切断面から灰煙を噴き上げながら……蛇頭は地面へ、転落した。
『DAAAAAAAAAAッ!』
地に堕ちた頭部より悲鳴が火口に轟き、ミナカは後方へ跳躍して距離を取る。彼女の発現した氷嵐は切断面を六花で覆い尽くし、尚も蛇神を凍傷で蝕み続けている。
「へへっ……すげぇな、これが勇者か…………!」
壮麗な彼女の戦技にユラが感嘆の声を漏らす。ルクスもまた、同様に息を呑んだ。
蛇頭の総てが立ち昇る灰煙へと姿を変え、霧散する。残る胴体も致命傷を受け、ミナカの一手により決着したかのように見えた───その須臾に。
迸るは────激昂の白き霜。蒼穹より一柱の結晶が凄絶な衝撃波と共に蛇神に降り注ぎ、氷嵐の総てを掻き消した。そして相殺された氷霧が晴れていくと──そこには再生を果たした、蛇神の頭部が在った。
次回の更新は5月11日の21時を予定しています。
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