第13話 さっさと私を誘拐したらいいじゃない!
「――どこにいるんだよ、オレのエレナ!」
冒険者ケヴィンは愛しの彼女を探し続けていた。
彼の半身ともいえる存在。彼の生きる意味。
彼女の為ならどんなに折れそうになっても、心を奮い立たせることが出来た。
それなのに、今、彼の心は折れかけていた。
「エレナ! エレナ! 聞こえているならオレの名を叫べ!」
彼は遠方で一仕事終えたところだった。
結構な実入りの良さで彼としても満足いく結果にホクホク顔でカナンへ戻ってきた。
まだ目標額には足りないが、それでも随分と前進した自覚はある。
少しでも早くその報告をしたくて、彼は将来の花嫁に会うべく馴染みの娼館に直行し、受付で彼女の名を告げた。
だが帰ってきたのは、『最近顔を出さない』との言葉。
それは病気なのかと尋ねれば『違う』と。
ではまさか夜逃げしたのかと問えば、身の回りのモノは全て残して彼女だけが消えたのだと。
……そして花街の噂話で美女ばかりが行方不明になっているというのが出回っているとも。
――『もしかしたら何かの事件に巻き込まれた可能性がある』とも。
彼はエレナを探し回った。
カナンの路地という路地を駆け巡った。
愛する彼女の名を叫びながら。
何かの痕跡が残っていないかと持ち前の観察力で注視しながら。
そんな彼の目が不用意に裏路地に入ろうとする白衣の少女を捉えた。
ケヴィンはその珍しい恰好に眉間を寄せる。
この辺りではまず見かけない服装。
白衣姿で歩き回っている二人組はすでにカナン住人には知られた存在になっていたのだが、半年近く仕事でカナンを離れていた彼にそれを知る由もない。
「……ヴィオール人……だろうか?」
彼はギルド所属冒険者として何度か学究国家ヴィオールを訪れたことがあった。
かの国の財産扱いされており、滅多に国を離れることのない研究者がこの街に何の用があるのか見当もつかなかったが、この裏路地の物騒さを全く知らないのはその迷いない足取りからも明らかだった。
目の前の年端のいかないヨソ者の少女が、歩いていい場所と悪い場所の区別が付かないのは当然の話だと彼は判断する。
「おいおい、そんな道に踏み入れると人攫いに会っちまうぞ――って、まさかエレナも? ……そういうことなのか!?」
取り合えず目の前の少女を見過ごす訳にはいかないと、ケヴィンは慌てて彼女を追いかけ裏路地へと駆け込んだ。
☆
昨日一郎と打ち合わせした通り、茉理は無警戒を装いながら裏路地に足を踏み入れた。
その先で人攫いと遭遇するのだという。
薬を使って気絶させられ、袋を被され、穀物輸送に偽装された荷馬車で運ばれるらしい。
貞操の危機もないと保障された。ならば、思う存分誘拐されるのみ。
――さぁ、かかってこい!
茉理はマリアの名を呼びながら、更に細くなっているいわゆるドブ板通りを覗きこむ。
そして裏路地のさらに奥へと進んでいった。
「――おい、キミ!」
さぁおいでなすったと茉理は内心ほくそ笑みながらも、肩をビクっと震わせ驚いた芝居を始める。
ゆっくり振り向くと、そこに立っていたのは到底人攫いに見えない男性だった。
立派な体格だったが、その顔にあるのは彼女を心配するようなどこか焦ったような表情。
どう見ても好感度高めの青年に今度こそ茉理は驚いたのだが、取り合えず打ち合わせ通り抵抗らしい抵抗もせず怯えた顔で後退る。
当然声も出さない。下手に出して誘拐失敗されたら話にならない。
あくまで怯えて声も出ない風を装って、いかにも助けてくれる人を探してますオーラを出しながら周囲を見渡す。
その茉理の芝居を真に受けた男性は、両手を大きく振った。
「いや違う! 違うって! オレはそんな怪しい人間じゃないから! ……ここはキミみたいな少女が歩き回っていい場所じゃないんだ! 取り合えずオレについてこい。早く大通りに戻るぞ!」
そう告げると彼は茉理の腕を力強く引っ張り、その言葉通り本当に彼女が来た道を戻り始めた。
「……ええッ!?」
茉理は余りの計算外の出来事に目を白黒――実際は碧眼――させるのだが、彼はそんな彼女を人懐っこい笑顔で安心させようと優しく頭を撫でてくる。
ゴツゴツした手が潜ってきた修羅場を感じさせて、少しだけ茉理の鼓動が早くなった。
「オレは人攫いなんかじゃないから安心しろ。……アンタは知らんだろうが、ここは危ない場所なんだ。だから早く――」
そこまで口にしてから、男性は急に表情を一変させた。
その張り詰めた空気に茉理は腰を抜かしそうになる。
彼のその鋭い目が睨みつけているのは茉理ではなく、その後ろ。
「――おおっと! 待ちな兄ちゃん! ……その娘さんはオレタチが先に目をつけていた獲物なんだからよぉ! 横取りするってなら容赦はしねぇぜ?」
見るからにガラの悪い二人組だった。
おそらくこちらが一郎の用意した本物の人攫い。
――じゃあ、このお兄さんは?
どう考えても善意で助けに追いかけてきてくれたいいヒトじゃん!
どうしよ? 一般人巻き込んじゃった!
茉理がテンパってイロイロと考えている間にも、二人組は武器を振り回しながらゆっくりと近付いてくる。それに応戦すべく助けに入った男性も剣を抜いて構えた。見るからに使い込まれたと分かる鈍い光を放つ長剣。
いざ立ち回りが始まるかと思った次の瞬間、彼がうめき声をあげて膝を付き、胸を掻きむしるような仕草をみせる。
「おいおいどうした? まさか今更死んだふりってか!?」
「二人相手は勝ち目がないと思ってか? ダサ過ぎるだろうよ、オイ!」
げらげら笑う二人組が下品過ぎて、胸糞悪くなった茉理は手順を無視して魔法をぶっ放したくなる衝動を必死で抑え込む。
「……クソ! 一体何が起きているんだ! どうして、……こんな! ちくしょう! ……ちくしょう!!」
男性が悔しさのあまり蹲って号泣し始めた。
二人組は茉理ではなく邪魔者の彼から始末しようと判断したらしい、ゲスな笑い声を上げて彼を蹴飛ばした。
勢いよく転がされた彼は廃屋の壁にぶち当たり、更なるうめき声を上げる。
そのスキに茉理はちらりと後方を窺うと、予想通り建物の陰に巧妙に隠れている白衣の男発見した。
おそらく彼が男性を動けなくしたのだ。茉理はそう判断し理解したとばかりに伝わる様に頷く。
「おねがい! こちらのお兄さんは殺さないで! 目的は私なんでしょ? さっさと私を誘拐したらいいじゃない! ……じゃないと大声で叫ぶわよ!?」
茉理の言葉に二人組が顔を見合わした。
「……あぁ、そうだったな。こんなところで時間を食っている場合じゃねぇか、さっさとやっちまうぞ」
「おうよ」
二人は物陰に隠していた大きな布袋を持ってくると、布の端切れを茉理の口に押し当てる。
そして手際よく麻袋が被され真っ暗になったところで彼女は意識を手放した。




