第3話 ……よし! 黒幕はナシで行こう!
茉理は突如耳に入ってきた賑やかな生活音に反応して目を開き、眼前に『テーマパークか!』とツッコみたくなるような如何にもファンタジー世界という街並みが広がっているのを確認する。
彼女にとって、ここはすでに第二の故郷になりつつあった。
――商業自治区の城塞都市カナン。
隣を見上げると美形の壮年男性に様変わりした一郎が微笑んでいる。
「いつ来てもこの街は人とモノでごちゃごちゃしているな」
自分で作っておいて随分と無責任な言い草だが、腰に手を当て溜め息混じりに呟く様が妙に絵になっており、少しだけ彼に見惚れる。
慌てて茉理は首を振ると、喧騒に負けないように声を張り上げた。
「センセ! そろそろ小鹿亭に戻りますよ」
茉理は彼の腕を引いて大通りに足を踏み入れる。
二人は突如飛び込んできた西日の眩しさに目を細める。
赤く染まった空を見上げると、高い城壁の奥に見える稜線に間もなく陽が落ちるところだった。
「こういう景色を見ると、やっぱり――」
どこか魂が抜けたような一郎の声に、同じようにしんみりした茉理が後に続ける。
「……うん、やっぱりお腹が空いてくるよね?」
さも当然とばかりの彼女の言葉に一郎は目を剥くのだが、それに気付かない茉理は宿屋への道を足早に進んでいく。後ろから「……おま、最中」という声が喧騒の中から聞こえたような気がしないでもないが、彼女は勝手知ったる街をずんずん突き進んだ。
二人は小鹿亭でいつもの部屋を取ると、まずは腹ごしらえとばかりに一階の食堂に腰を落ち着けた。
仕事で入ったお金は、基本的に飲食代で使う。
それが二人で決めたルールだった。
装備やアイテム、身の回りのモノが必要ならば一郎のレコーダーで出す。
現実世界で使っている便利な生活用品――ドライヤーなども二人きりのときは出す。
重大なケガをしても、レコーダーで治す。
何か生命の危険に晒されそうになればレコーダーで回避する。
茉理は二回目の旅行から帰った後、これらの条件を一郎に突き付け飲ませた。
こうして茉理はお金の心配することなく、思いっきり飲み食い出来る権利を得たのだった。
――これぐらいの役得が無いとやってられないっての!
茉理は前に食べて美味しかったモノ、次来たら絶対に食べると決めていたモノをテーブル一杯に並べ、それらを片っ端から頬張っていく。
喉が詰まればアルコールで流し込む。
そんな豪快な食べっぷりを見せる彼女のことを、一郎はどこか楽しそうに眺めていた。
「――ああぁ! もうムリっ! 絶対に食べられない!」
茉理は部屋に戻るとベッドに突っ伏した。
うつ伏せは苦しいのか、彼女は仰向けにゴロリと寝返りを打つと深呼吸し、キツくなったスカートのボタンを一つ外す。
若干の恥じらいが残っているのか、こっそりと隣のベッドの様子を窺いながらだが。
一方の一郎はうつ伏せになりながら、このセカイに持ち込んだメモ帳とボールペンで書きモノをしている。
それを見た茉理は調子に乗って更にボタンを二つ外し、スカートをズリズリと膝付近まで下げた。
毛布を腰のあたりに被せて完璧リラックスモード。
そこまでするならパジャマに着替えればいいのだが、動くのはもう少ししてからが良かった。
「……ねぇ、センセ? ……ちなみに今回はどんな話になるの?」
茉理は退屈を紛らわす為に適当に話しかけただけだったが、一郎は待ってましたと言わんばかりに顔を上げる。
「王位継承問題にしようと思っている」
「……はいはい、それ好きだよね~」
どこか馬鹿にした口調の茉理に一郎は鼻白む。
別に彼女としては痛いところを突いたつもりはないのだが。
――出た、また王位継承www
――どうせまた『外戚貴族』の私利私欲だろ? まだ読んでないけどwww
――大www正www解wwwwww
そんな感じで叩かれているのを茉理は何度か目撃していたのだ。
陰謀のバリエーションが豊富なのが、せめてもの救いだろうか。
でもそれは、それだけの数を思いつく一郎の性格の悪さに起因している訳で、やっぱり褒められることではないかもしれない。
「――で、今回の黒幕はどんな大臣っスか?」
茉理は再びうつ伏せになると枕に顔を埋め、笑いを堪えているのか足をバタバタさせた。
一郎は怒りを覚え隣のベッドを睨むのだが、毛布がはだけて下着が丸見えになっているのを目にし、慌てて目を逸らす。
心を落ち着かせる為に深呼吸。
――イヤ! でも今のは俺は絶対に悪くないだろ?
男と二人っきりなのに警戒感が足りな過ぎるアイツが悪いんだ。
まぁ、アイツもそんなに悪くはないのだが。
そう、誰も悪くない。
…………ん? 誰も悪くない?
一郎は小さく頷いた。
そして最後にもう一度だけチラリと隣のベッドを横目で盗み見て、その光景を脳裡に焼き付ける。
「……よし! 黒幕はナシで行こう!」
予想外な言葉に、今度は茉理が身体を起こして一郎を睨むが、その拍子に毛布がベッドから落ちて、完全に下半身が露出した。
彼女は一郎がメモ帳に釘付けになっていることを確認し、慌てて毛布をひっかぶってコト無きを得るのだが。
「……ナシってフルーツの梨のこと?」
「んな訳あるか、バカ!」
「冗談だって、もう。……でもさ、流石にそれはちょっと奇を衒いすぎじゃない?」
茉理の言い分は至極真っ当だったが、一郎はニヤリと口元を歪め、慎重に言葉を選んで話し出す。
「今回主人公ジークムントは、リオン王国の重鎮から呼び出される。『生まれつき足の不自由な第一王子を無事王座に付ける為の相談に乗って欲しい』と、な? ……その辺りは原案通り」
想像するに、健康に問題あるが思慮深い兄と、元気だが頭の足りない弟による王位争い。
そしてウラで弟を嗾ける欲まみれの大臣。
それを阻止すべく動く良識派の重鎮。
そういう展開ならば、茉理だっていろんなところで読んでいる。
ただ一郎が言うには『黒幕はいない』とのこと。
茉理が不安げに隣のベッドを見つめるのだが、一郎は思いついたエピソードの断片をメモ帳に書き込み、器用にペン回しをしながら考えては再び書き込むという作業を繰り返していた。
「ねぇセンセ? 分かってはいると思うけれどさ、ちゃんと物語として成立してないと意味ないんだよ? 散々死ぬ思いしたのに、ネタにならないなんて絶対にイヤだからね?」
「まぁ、そこは安心していい。そこそこドラマチックにするつもりだから」
――そこそこドラマチックってどんな日本語なのさ?
茉理の心の底からのツッコミが聞こえたのか、一郎がメモ帳から顔を上げた。
「その、なんだ? ……黒幕というかイザークのような何かを悪事を企む者は存在しないという感じだな。一応中ボスめいたものや、ウラで動く人間は用意する。だけどそいつも含めた全員が国、そして二人の王子のことを真剣に考えている訳だ。だけど善意のボタンを掛け違えるというか、思わぬ方向へ転がるというか。……遠慮したり、意志が強すぎたりしてな」
「……それってさ、英語の教科書であった『綺麗な長い髪の奥さんと金時計を大事にしている夫』みたいな感じのヤツ? 奥さんは時計の鎖を買う為に自慢の髪を売って、夫は髪飾りを買う為に自慢の時計を売っちゃうっていう」
茉理は分からないなりに、こんな感じかと具体的な話を提示する。
ちなみに初めてそれを読んだとき、『アンタらはお互いに良かれと思ってサプライズを狙ったんだろうケド、そこまで想い合っているなら一度ぐらい意思疎通しておけ、このバカップルめ!』と全力でツッコんだ記憶があった。
「あぁ……。うん、全然違うが、まぁそんな感じだな」
「……ナニそれ。違うなら違うってそう言えばいいじゃん」
変に気を回す一郎が憎たらしくて、茉理は抱きかかえていた枕を思いっきり隣のベッドに投げつけた。
「――で、だ。そこにジークが参戦することで物語が展開するのさ。厳密にいえば『参戦』ではなく『暴走』か?」
一郎は茉理に枕を投げ返しながら笑みを浮かべる。
奇しくもこれはかつて彼が心の中でチラッと望んでいた枕投げであり、それを思い出し口元を緩めただけなのだが、見ていた茉理からは何か意味ありげに映る。
「熱血だけど、それなりにしっかりした主人公気質のジークが暴走するなんて――」
「してしまうんだ。今回に限っては、な。ジークは兄王子に必要以上に感情移入する。……言っておくが、俺は物語の根幹に対しては出来るだけ介入しないつもりだ。俺は素のままの彼らを目に収めたい。……レコーダーだって本当は使いたくないんだ。あくまで俺はこのセカイには取材旅行として来た訳だからな」
茉理は今の言葉に大いに不満があるのだが、我慢してそれを飲み込んだ。




