第5話 でもジークは出しちゃうんだ?
翌朝、茉理たちが一階の食堂に顔を出すと、奥の席で顔を突き合わせて相談していた二人組が顔を上げた。
神妙な顔をしていた青年は、階段近辺で席を探している二人に気付くと、軽く手を上げて自分たちの元へ呼び寄せる。
彼の名はジークムント。
『疾風迅雷』の二つ名を持つ凄腕の冒険者だ。
そして一郎の作品『Digital Days、Digital Dream』の主人公でもある。
「おや? ジークにマリアか、随分久しぶりだな?」
親しい者は彼のことをジークと呼ぶ。
一郎からフランクな挨拶を受けた二人は、表情こそ笑顔だったが、瞳の奥に困惑の色が見え隠れしていた。
ちなみに茉理は彼らがこれから何に巻き込まれようとしているのかを知っている。部屋で階下にいるジークとマリアにどのような話を持ち掛けられるか予め聞いていたからだ。
一応彼女も物語の主要登場人物チェリーとして配置されており、状況次第でそれなりの仕事と機転を要求される立ち位置にあった。
ただ彼女としては事前知識無しで、いきなりアドリブをかませるほど器用ではないと自覚しているので、最低限のレクチャーを受けていたのだ。
茉理と一郎は彼らの好意に甘えて相席させてもらい、さっさと朝食の注文も済ませる。注文の品が届いた頃、ジークは声を落とし気味に一郎に話しかけた。
「……実はここで話せない話があるんだけど、……いいかな?」
表情は真剣そのもの。深刻な雰囲気がプンプンした。
一郎は眉間に皴を寄せて、「……厄介ゴトなのかい?」と周囲の喧騒に紛れて聞こえるか聞こえないかのような声で尋ね返す。
「……その、……教会がらみ、なんだ」
ジークの返事に一郎は口元を歪めると、一旦彼から視線を外して湯気が立ち上るポーチドエッグに取り掛かった。慣れた手つきで器用にナイフとフォークを使って口に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。目を瞑ったままそれを喉に通して、大きく息を吐いた。
その間ジークとマリアはじっと一郎の反応を待っていた。
一方茉理はその光景を見て、絶句する。
――ちょっと、何なのそのタメ! もしかして一郎センセってば、ラノベ作家より俳優の方が向いているんじゃない?
現実世界の一郎はヒョロヒョロの冴えない四十男で、そんな彼に俳優としてのニーズがあるかは微妙だ。あくまで美ダンディのヨハンがこれをすると絵になるだけの話で。
茉理は別に『教会がらみ』というフレーズに反応した訳ではないのだが、一郎の演技に息む反応が自然だったらしく、マリアが彼女に同意するような反応を示す。
結果的にいい芝居が出来たことに安堵しつつ、茉理は目の前のフレンチトーストにフォークを突き刺し、片っ端から口に放り込んでいった。
結局一郎は何の返事もしないまま時が過ぎ、朝食を食べ終えると全員で示し合わせたように小鹿亭を後にした。
商業自治区第二の都市カナンは相当広く、そんな街をぐるりと高い城壁が囲んでいる。そのおかげで外敵の心配はない。そんな安全な街内に商店が所狭しと並んでいるのだ。
茉理も昨日は店を覗いて回ったが、とても一日で回れるような数ではなかった。
ゲームセカイなので冒険者向きの店は武器防具やら便利道具を扱う店に限られるだろうが、あいにく茉理はそちらには全く興味がない。
目につくのは食べ物関係の店ばかりだ。
先導するジークと一郎の背中を追いかけながら、茉理は今もそちらにばかり目移りしていた。
昨日散々食べ歩きした屋台が建ち並ぶ一角の前を通ると、まだ午前中なのに威勢のいい声が聞こえてくる。
その中でも一番いい匂いで茉理を誘惑していたのが、昨日お腹がいっぱいになったので泣く泣く諦めた串焼き屋台だった。
――これからシリアスシーンが始まるんだから、絶対に串焼きはダメ!
茉理は後ろ髪をひかれる思いで目を逸らすと、横からマリアにチョンチョンと肩を突かれた。
「……あの店は肉の串がおススメなんですよ? ……味が濃い目でメチャクチャお酒が進むんです」
マリアが茶目っ気たっぷりでウインクする。
もしかして、彼女はリアル世界でも酒好きだったりするのだろうか?
茉理が同志を見つけたとばかりに何度も頷くと、彼女もはじけるような笑顔で頷き返す。
それから前の二人に置いていかれそうになっていることに気付いて、彼女たちは駆け足で彼らを追いかけた。
ジークが密談場所に選んだのは公園だった。木陰の屋根付きベンチに向かい合って腰かける。
ベンチとベンチの間に立派なテーブルがあって、ここでお弁当なんかを広げて食べられそうだった。
――串焼きだって、たぶん。
茉理がまだあの屋台に未練を残して悶々としている中、一郎が切り出した。
「――それでは詳しい話を聞かせてもらってもいいかな?」
それを受けてジークは深呼吸して話を始める。
この件に関わることになったきっかけは一通の手紙からだという。
昔馴染みの元冒険者から、『自分たちではどうすることもできない』と助けを求めてきたそうだ。
ジークは懐からその手紙を一郎と茉理の前に差し出してきた。
一郎はそれを受け取ると、さっと目を通す。
ジークは読み始めた一郎ではなく、茉理に向って話し出した。
「どうやらセリオ教主国の都ハリーで行方不明事件が頻発しているらしいんだ。……ただ、ラフィル教会の『聖女』を名乗る者が『お告げ』の力で彼らを発見するので、今のところそこまでは大事にはなっていないらしい」
一郎は手紙から顔を上げ、マリアを見つめる。
二人が視線を合わせること数秒。再び一郎は無言で手紙に目を落とした。
「――確かに聖女が見つけてくれるそうだけど、それはあくまで教会に帰依し、多額の寄付をした家族に限られるそうだ」
「教会を信じる者は救われるって訳ね? ……で、信じなかった者はどうなるの?」
一郎は会話に入ってくる気配がないので、仕方なく茉理が口を挟む。
「…………街の外れで変わり果てた家族と対面するそうだ」
ジークは苦悶の表情で吐き捨てた。
余りにもあからさまな手口だった。
――なるほどこれが最弱イザークの陰謀ってことね。
やっぱり十二人の中で最弱は陰謀の質も最弱ということか。
……同情なんかして損しちゃった。
茉理は小さく口元を歪めた。
「つまりその手紙は『教会の悪事を止めたいけれど、相手が相手だからちょっと無理っぽい。頼むから手助けしてくれ!』ってことでいいのかな?」
茉理は一郎の手元にある手紙を指差し、身も蓋もない言い方でまとめる。
あまりの直言にマリアが口元を押さえて笑いをかみ殺し、ジークは額に手を置いて俯きながら嘆息する。一郎はただ楽しそうに頬杖をついて笑っていた。
しばらく沈黙が続いたあと、ジークは小さく咳払いして茉理に頷いた。
「……うん。確かにその通りだね。……教会を敵に回すのは怖い。だから誰もこの件に手を出したがらない」
「――でもジークは出しちゃうんだ?」
茉理のツッコミにジークは苦笑する。マリアもそんな彼を優しく見守っていた。
二人からすればよくある展開なんだろう。
ジークは熱いタイプの主人公だから、頼まれると断れない。そしてマリアはそんなジークのことが放っておけない。
茉理は微笑ましい気分で二人を見つめた。
「……今回手紙をくれた人は僕たちが駆け出しの頃にお世話になった人なんだ。随分と迷惑もかけちゃってね、そのときの恩を返せる機会が回ってきたんだ。だから僕としては彼の力になりたい」
ジークは照れたように頬っぺたを掻いた。
一郎はそんな彼に手紙を返すと、その手で彼の右手を握る。
「それはいい心がけだ。……では私たちもその仕事に付き合おう」
そこそこ感動的なシーンのはずだが、茉理はどうも納得いかなかった。
――この私に散々、それも現在進行形で迷惑をかけ続けているセンセが、上から目線でそれを言っちゃう? じゃあ私にも少しでいいからその心がけとやらを見せてよ!
空気の読める茉理は、やりどころのない怒りで少し震えながらも無言――いわゆるマナーモードでツッコんだ。




