第4話 まずは最弱イザークの陰謀を潰す!
周りを見渡せば暗い場所。
だがそれがただ逆光で暗くなっているだけだと、茉理は眼前まで迫ったレンガの壁を凝視してようやくそれに気付く。
前回、彼女たちがログアウトした路地裏だった。
一郎は周囲を確認している茉理を無視して、何の躊躇いもなく大通りに出ようとする。
「ちょ、ちょっと、センセってばドコ行くの?」
「……宿屋に決まっているだろう? ちなみにここはゲームのセカイだから時間は任意で進められる。一応あれから一週間ほどが経過していることになっているから、変なことは口走るなよ? お前はそそっかしいから心配だ」
ニヤリと口元を歪めながら先を進む一郎が憎たらしくて、茉理は彼の背中に軽く飛び膝蹴りを食らわせておいた。
「――さて今回は、お待ちかね教皇一派との対決だ」
「はいはい、全然待ってないし。……教皇イコール悪ってヤツよね? テンプレテンプレ」
茉理はベッドに寝そべりながら、半笑いでツッコんだ。
彼らがいる部屋は小鹿亭の『16号室』。
主人公、ジークムントの隣の部屋だ。
一郎は茉理の冷めた言葉を無視して続ける。
「この地域で一番影響力をもつ宗教がラフィル教会だ。創生の女神ラフィルを崇めていて、各教会では清らかな乙女の彫像が至る所に置かれている」
「へぇ? ……女神なんだね」
「単純に見栄えの問題だな」
確かに毎日それを見る人間的には、むさいオッサン像が置かれているより、清らかな乙女像の方が気分的に健全に過ごせるかも知れない。
一郎の発言や今の自分の思考があらゆる宗教を敵に回しそうだと茉理としても自覚しているが、誰が聞いている訳でなし。そんな感じで軽くスルーする。
「話を続けるぞ? ……その教会のトップである教皇一派の企みを阻止するのが俺たち勇者一行という訳だ!」
「今、俺たちって言った? 俺たちって言っちゃったね? ……まさか今回も身体張るの?」
「当たり前だろ? 何たってジャンルはアクションファンタジーなんだから」
――それ、今初めて聞いたんですケド?
ただ茉理としても、ここで駄々をこねても仕方ないので取り敢えず頷いておく。
「……じゃあ今回はその教皇ってのを倒したらいいのね?」
「はぁ? オ・マ・エ・は・馬・鹿・か?」
軽くまとめに入った茉理の言葉に、一郎が人差し指をこめかみに当ててツンツンとする。
彼女はどこぞの人気リアクション芸人を頭に浮かべた。
――ヤヴァいよヤヴァイよって!?
「いいか? 教皇には直属親衛隊がいるんだよ! 今の俺たちが、絶大な権力を持つ教皇をどうこう出来ると本気で思っているのか? 無理に決まってるだろ? 少しは常識で物事を考えろ!」
「だから、いい加減、一郎センセの常識が世間の一般の非常識ってコトに気付いてよ! それにその親衛隊っていうのも、今初めて聞いたんですケド?」
だが一郎は茉理のツッコミに休暇など与えないブラックな男だ。
当然彼女に一息入れる余裕すら与えず、第二第三の矢を放つ。
「当然ながら今回の相手は教皇じゃない。……親衛隊十二騎士の中でも最弱のイザークだ」
「なんで十二人も用意しちゃったのよ? どれだけ引っ張るつもりなのさ?」
茉理は何からツッコむべきか迷うことも許されず、リズムゲームのようにタイミングよくツッコむ。ただ意外に痛いところを突いたのか、一郎が口ごもった。
「……イロイロやりたいことがあるんだよ! ホラ、双子の少年騎士による入れ替わりでの企みだとか、他にも色気たっぷりのドSな女性騎士とか、根暗インテリ系騎士とか!」
「双子のトリックなんてホント今更。ミステリーなんかでお腹いっぱい。わざわざアクションファンタジー(笑)でそれをやらなくてもいいじゃん! それに色気たっぷりドS女性騎士はともかく、根暗インテリ系で騎士ってどんなのさ? 逆にイザークよりもそっちの方が気になるし!」
茉理の胡乱な視線に、一郎はプイっと目を逸らす。
「……と、とにかく! 今回は小手調べなんだ。まずは最弱イザークの陰謀を潰す! あくまで今回は親衛隊という組織の顔見せだから、それでいいんだよ!」
「だから、最弱最弱って何回も言ってあげなくてもいいじゃん! かませ犬のイザーク君がだんだん可哀想になってきたし! やる前から同情しちゃうような敵役じゃ、こっちもやる気出ないって!」
本当は茉理の言いようの方が余程ヒドイのだが、そんなことを気にする彼女ではない。
「うるさいなぁ。……それは俺の見せ方次第だろ? これから仕込みに入るから、お前は勝手に街でも見学してろ」
一郎はシッシと茉理を邪険に扱うと備え付けの机に向かい、カリカリとメモを取り始めた。
「……まぁ私としては仕事さえしてくれりゃ、それでいいんだけどね? ……あぁ、そうだった!」
茉理は一郎に背を向けて部屋を出ようとしていたが、自分の服を見下ろしてから振り返る。
「私の服もさ、ちゃんと白衣にしてよ。すでに本の中では私の恰好も魔女ルックじゃなくて白衣になってたんだし」
その言葉に一郎が振り向き、何度か小さく頷く。
「あぁ、確かにそうだったな。……ついでに俺のと同じように体力自動回復と自動洗浄もつけておくか」
一郎がレコーダーに吹き込むと、ベッドの上に白衣とスカイブルーのブラウス、そして黒っぽくて少しだけタイトなスカートが現れた。茉理は満面の笑みでそれらを身体に当てる。
「うん! イラスト通り!」
露出少な目でクールな感じなのに、どことなく女性らしさは感じられるデザイン。茉理はそれを持ってバスルームに飛び込み、さっそく着替え始めた。
「さっすが、ジャマイカ先生!」
鏡で前後ろをチェックする。
――あぁ可愛い。絶対に負けてない。
あんなビッチになんて負けてないよ、チェリー!
茉理は満面の笑みで頷くと、バスルームを後にした。
☆
「……ねぇ、どう?」
一郎が顔を上げると、茉理がいつの間にか真横に立ち、背筋を伸ばしてポージングしていた。
何かを待っているかのように口元がヒクヒクしている。
彼は溜め息を吐くと、彼女が待っている言葉を絞り出した。
「……まぁ、いいんじゃないか? 似合っていると思うぞ?」
「だよね! ……まぁ、一郎センセはそういうのよく分からない人なんだろうけど、さ?」
無言の圧力で半ば無理やり言わせた高評価にご満悦の茉理は、悪態をつきながらも嬉しそうにクルクル回り、そのまま部屋を飛び出していった。
一郎は再び机に向かう。
彼の目に茉理はこのセカイのことをかなり気に入っているように見えていた。
嫌がっていたのはあくまでポーズで、ただ踏ん切りがつかないだけ。
先程、彼の前でポーズを取っていたのも「いい」と言わせたかったのが丸わかりだった。
「……女ってのは案外チョロいな。……まぁアイツが分かりやすい人間なだけかも知れないが」
一郎は知っている女性のサンプル数が圧倒的に不足していた。
出てくる女性キャラも基本的にゲームを参考にするぐらい。
実際キャラを動かそうとしても、セリフはともかく行動傾向がよく分からない。
だからこそ一郎は茉理をどうしてもこのセカイに連れてきたかった。
もちろん来る前、彼が茉理に言った言葉も嘘ではなかった。
前回、彼女の予測できない言動のおかげで物語の展開に劇的な変化が生じたのは一郎の記憶にも新しい。
本当に彼女がこの作品に与えた影響は絶大なモノだった。
今回もそうなることを願いながら、一郎はメモを片手にレコーダーのスイッチを入れた。




