第77回 「わからんでもない」
「そりゃお前、それって"恋"してるってことじゃないのか? その娘に」
──は?
「な」
掠れるような声が自分の口から洩れ、手の中のサンドイッチを取り落しかける。
ああくそ。此処まで明確な"カタチ"にしてしまわないように、誤魔化し続けてきたというのに。
本人を目の前にしての場面ですら、俺ははぐらかしてしまったというのに。
"何で・・? そりゃお前が──"
"あー・・悪ぃ。 それもう一寸だけ・・・暈しといて・・いい?"
なんて言って、逃げたというのに。
「な、に、言って・・・」
「だから恋だよ。 "好き"なら当たり前の苦悩じゃないのか。 そういうの」
目の前のこの友人、斎藤は、いともあっさりとそれを言葉にしてくれやがった。
好き。
俺はマナの事が、好きだ。
俺はマナに恋してる。
自分の心の中でさえ、明言してしまえば後戻りできなくなってしまうようで、恐れて、できなかったそれを、目の前に突き付けられる。
嗚呼、こういう奴だった。
ゲーマーでオタクでだれが見たってインドアタイプの、強く問い詰めれば簡単にもにょって言葉に詰まりそうで、でもその実、見た目と裏腹にド直球でモノを言う。
だらしのない天然パーマに年中眠そうな半眼がデフォルトの、数少ない友人。
斎藤 卓也。
「つまりあれか。 件のTWOん中で、すげー好きな女の子が居るんだけど、その事に素直になれない、なんかしがらみがあって、悩んでいると」
「洞察し過ぎだ。少しは遠慮しろ」
ゲーム内での俺の状況をほぼ言い当てられ、急に恥ずかしくなって、おそらく顔に出ているだろうが、顔を背けるのもなんだか悔しくて、精いっぱいの苦い顔を、斎藤に向ける。
そんな俺の顔を見ても、斎藤の野郎はいつまでもキョトン顔なんだ。それで当然。そういう反応で当たり前って顔してやがる。
「んーあー。なんて言ったらいいのかな。 オレはさ、マイ。 お前のことすげーイイヤツって思ってるから。 そのお前が"滅茶苦茶イイヤツ"なんていう奴に、間違いはないと思うんだよな」
そんな。
ある意味歯の浮くような。
思わず赤面しちまうようなこと。
あっけらかんと言いやがるんだ。
「その女の子との関係の何が"問題"で、そんな顔してっかわかんねぇけど。好きだって言ったのか? 言って無いなら言ってみろよ。 それで何か変わるかもしれんだろ。 そもそも少しは"脈あり"だと思ってるから悩んでんだろうし」
「だから。お前は・・・」
──お察しし過ぎだ。
そう言葉にするのすらめんどくさく思って、一度口を噤み。
だけど斎藤は"まだ答えを聞いてない"とばかりにいつまでもこちらを見ていて。ああくそ。どいつもこいつも人の事を追い立てやがって。
逃げ場所を奪いやがって。
溜息を吐いて。
がりがりと頭を掻いて。
吐き出すように呟く。
「本当に女の子・・だったらな」
カコッ。
そんな乾いた、ある意味間抜けな音がして。
見れば斎藤の持っていた紙パックのジュースが足元に転がっている。
目線を上げてみれば、さすがの斎藤も目を見開いて、驚いたようにこちらを見ている。
俺がそれを"ほら見たことか"なんて目線でやり返してやると。
斎藤ははっとしたように、我に返り、咳払いをして俺から視線を外す。屋上のフェンスに持たれて、呟く。
「──なるほどな。確かにそりゃ難儀な相手だ」
流石というか。お互いゲーマーで、斎藤の野郎はその一言だけで、俺とマナの関係をお察しできたろう。少なくとも、当たらずとも遠からず、といったところまでは来ていると思う。
斎藤は足元に転がっているジュースのパックを拾い上げながら、続ける。こちらは見ずに。
「──可愛い・・のか?」
「悔しいが・・・馬鹿みたいに可愛い」
「思えば、最初は一目惚れみたいなもんだった。 でもあいつ、自分で言ったんだ。 "男なんだぞ" ・・・って」
「っ! 明言してるのか? だったら──」
言わずともわかる。斎藤が言いたいのはこうだ。
カミングアウトしてるならそいつは"ネカマ"ですらない。"男"だ。と。
その時点で何も悩むことなどない。
恋愛対象ではない。
でも──
「でも、そいつ。 ゲームん中ではいつも一緒に行動してる"相棒"みたいな奴なんだけど。 そう言った"後"も、無茶苦茶可愛いんだ。 もう俺には女の子にしか見えないくらいで。 なんか、あいつも女の子扱いされた方が喜んでる節もあるし」
そこで、斎藤はふと、眉を寄せる。
「マイ。それ、あぶなくねーか?」
斎藤がそう言うのもわかる。 そも、男をだましてやろうと利益目的で近づいてきている、所謂"悪いネカマ"ってやつなら、それこそ、だからこそ、女扱いを喜ぶだろう・・って話。
だが、マナだぞ?
あの"マナ"なんだぞ?
「あーすまん。もう白状しちまうけど、そいつとは初日の夜に出会ってて、かれこれ1か月以上の付き合いになる。その間、人柄に触れる場面なんて、此れでもかってほどあったけど・・・」
「信用に足る、と?」
「いや、秘密も多そうだ。 だけど悪意は感じない。 そもそもが騙して利を得ようとするなら、なんでレベル1の俺をだ? 最初から男だって暴露する意味も解らん」
斎藤は唸って、ストローに口を付ける。程無くして中身が底をついたようなずぞぞぞって音が聞こえるが、斎藤は気が付いていないかのように吸うのを止めない。
いや気持ちはわかるぞ、斎藤。
俺だってもし斎藤が同じようなことを言い始めたら、笑顔で"そうか、がんばれよ(笑)"とかいってすぐさま回れ右して立ち去っているだろう。
話を聞いてくれるだけでも、斎藤は紳士と言えよう。
「俺は男だから、究極、女の子の気持ちなんてわかりゃしないが、そいつは傍から見ていて思わず"女子か!"って突っ込みたくなるような態度ばっかりでさ。もう俺にとってみれば女の子にしか見えない」
「う・・む」
「実際、仕草が可愛くて、つい頭とか撫でたりすると、顔赤くしてまんざらでもない様な顔したりするんだよ。 でも面と向かって"お前って可愛いよな"とか言ったりすると、今でも"男だって言ってるじゃんか"とか・・・もうどうすりゃいいんだ」
「つまり、マイはその娘が男だっていうのは"嘘"で。 女の子が警戒して、男のふりしてるだけなんじゃないか、と思っているわけか」
・・・・。
それも、考えた。
っていうか今でも、そういう考えは頭の端にある。
しかし。
「フリでやってんなら、お粗末すぎる。 あれで男だと思えって方に無理がある。 女みたいに振舞いたくて、そうしたくて、やっているとしか思えない。 でも、頑なに自分は"男"だと言って曲げない」
「確かに、そりゃ難儀だな。 どう扱っていいか迷うって意味じゃ、その"顔"にも納得だ」
俺は、いい加減味のしないサンドイッチをレジ袋の中にしまい込んだ。
迷って。
斎藤との間柄でなければ許されないような、長い間があって。
ようやく、口を開く。
「斎藤。俺は今からおかしな事を言うぞ。 聞いて、俺の頭がおかしくなってるとか思ったら、そう言ってくれ」
「聞いてやる」
即答。
この度量だ。色々だらしないながらも、俺がコイツと交友を続ける理由でもある。
「・・・・・・」
「・・・・」
「斎藤、俺はな。 最近じゃもう男でもいいんじゃないかなんて思い始めてる・・・・」
「・・・・」
「斎藤。 俺を蔑むか?」
「・・・・・いや、あの絵面だ。 わからんでもない」
「そう・・・か」
肯定。
されてしまった。
数少ない友人に、自分の苦悩を理解された安堵。
それとともに、ふと。
「ん? ちょっと待て斎藤──」
斎藤の言葉に違和感を感じて、聞き返す。
「あの絵面? それじゃまるで、見てきたような──」
「──オレも、TWO、始めたからなッ!」
ニヤリ。




