第71回 「ドミネーション」
「ただいま」
「わ、お、おまたせ」
俺たちに割り当てられた、個室とも呼ぶべき小さな天幕。いや、テントか。
一度ログアウトし、それぞれリアルで夕食を終えた俺とマナは、集会を前にしてそこで落ち合う。
なんだか毎度のことながら、厳密に示し合わせていない時であっても、どういう奇遇か、やはり同時にログインする。
二人、ほぼ同時に気が付いて、眼を合わせ、苦笑。
この一カ月。
俺たちは何だかんだ、息が合っている。
いや──
合っていると"錯覚"させてくれるくらいには、お互いを思いやれている。
の、かな。
「大丈夫?」
ジャンローゼはああ言ってくれていたが、実際のところはわからない。もしかしたら、マナの心を懸けた一連の"復讐劇"は、単なる"奇行"で、さらに言えば"利敵行為"。そう映っていてもおかしくはない。
それを追及されれば、少々めんどくさいことになるだろう。
傷心のマナが今"いじめ"られれば、その心は耐えられるだろうか。
しかし──
「大丈夫だよ」
気丈にもマナは、そんなことを言う。
ちょっと困った様な、はにかんだ様な。
ああ、こんな風に"普通に"恥ずかしがるマナの顔が、なんだか久しぶりな気がする。
「ユージンが傍にいてくれたら、僕はきっと大丈夫」
そう続けながら、俺を横目に覗き込みながら、可憐に笑う。
今日一日ずっと泣き顔だったマナが、ようやく元に戻ってきたような、そんな安心感があった。
目を瞑って、深く頷いて。
「ああ、それじゃ、行こうか」
頷き合って、マナの手を引いて、二人、テントを後にした。
◇◆◇◆◇
それはある意味壮観だった。
ローズウッド市宿泊街、祭事式典公園中央広場。PM8:00
この夕方の集会に向けて、転戦を繰り返し、此処に集結した薔薇十字のメンバー達。
警戒の為の歩哨を除いたほぼ全てが、今、此処に集結している。
"さぁ今こそ反撃の号令を"
扇動的に演説台に立つジャンローゼ。それを見る薔薇十字の面々は、すでに振り上げきってしまった拳の降ろし場所が示されるのを心待ちにしている。
嗚呼。
嗚呼、怖いな。
こいつらは"群衆"だ。
コーレル市で俺たちを取り囲んだそれと、俺には区別がつかなかった。
俺と手をつなぐマナの、その手に、僅かに力が込められる。
その不安が、伝わる。
篝火に浮かび上がる中央広場。俺たちは、ジャンローゼの立つ演説台の、其の傍らに控える形で彼の指示を待つ。
群衆は、動き出したら誰にも止められない"数の暴力"だ。
ジャンローゼの言葉一つで、今すぐにも、それがどちらかへ傾いてしまうこの状況を、とても危うく思う。
「──それじゃあ、今回、オレたち薔薇十字の兄弟の危機を救ってくれた、英雄を紹介したい」
そう言ってジャンローゼがオレたちを振り返る。
「ユージンと、そしてマナだ」
スポットライトの様に、松明が差し出され、オレたちの姿が強く照らし出され、群衆に晒された。
俺はさりげなく一歩前に出て、逆にそうしなかったマナを庇うように位置取る。
拍手。
盛大な。拍手。
300余人の。
果たして本心からのそれが、どれだけ含まれている事か。
疑い晴れぬ気持ちを他所に、ジャンローゼの演説は続く。
「皆、もう知れ渡っているかと思うが、今回の"紅鉄"襲撃の折、俺は単独行動をしていて、10人以上からの強襲に、窮地に立たされていた!」
拍手が収まり、演説の再開に訓練されたように静まり返る"群衆"
「知っているかと思うが、新兵に説明する意味も込めてもう一度、ギルドマスターのオレが死亡していた場合どうなっていたか、説明しておきたい!」
そんな言葉から、ジャンローゼによって、今回の騒動の経緯が説明される。
ここ旧ユリシャ連邦戦時指定エリアでは、通常の市街地の様なセーフティエリアとしての効果は適用されない。この街に来てから割と遠慮なく斬って斬られてしていながら、ヴァルハラに居たときにあれほど視界に付きまとっていた"ペナルティ警告"を受けていないのはその所為か。
さらにこの戦時指定エリアでは市街地に点在する制圧点と呼ばれる特殊オブジェクトに一定時間触れることによって、区画占領することができ、同一都市の過半数の制圧点を、一定期間制圧し続けることによって、拠点占領となり、制圧ギルドの構成員はいくつかの有益な効果を受けることができる。
つまりその"旨味"を奪い合うのがこの"ユリシャ内戦"。
さて。
通常真っ新な"中立"の制圧点を占領状態にすることは容易い。それは占領状態の制圧点を再占領する其れの、実に三分の一の時間で済む。なので、逆に言えば一度占領された拠点と云う物は、相当な戦力差がなければ奪い返されたりしないというのが、所謂対人戦闘プレイヤーの常識。
それを覆す事態が、"ギルドマスターの死亡"だ。
ギルドマスターが死亡すると、ギルド全体として相当なペナルティがある。その一つに、"占領下の拠点の制圧点のうち最大で約半数が中立化する"と云う物がある。
つまり今回、薔薇十字の兄弟に対して紅鉄の剣騎士団がとった"策"とはそういう事。
ギルドマスターを奇襲し、制圧点が半数中立化した隙を狙って一気にローズウッド市を強襲。占領状態を覆そうという物だった。紅鉄の剣はすでにユリシャ中心区の逆側、ターヴァ市を押さえていることもあり、そうなれば彼のギルドの覇権は揺るぎない。
結果的に、其の策は俺とマナの介入によって失敗。しかしながら、開戦後長時間に及ぶ命令系統の麻痺によって、紅鉄の剣によるローズウッドへの侵入を許してしまう。
現在、ジャンローゼの本隊合流によって急速に収束しつつあるとはいえ、薔薇十字の勢力はその多くが市街各地で混戦状態であるという。
状況は芳しくない。
このまま単純に戦闘を続けたのであれば、近いうちにユリシャ連邦の勢力図は塗り替えられるだろう。
「──と、言うわけだ。本来であれば"最悪"となっていた現状を、何とかつなぎとめてくれた二人に、我が薔薇十字の兄弟は最大限の礼を尽くしたい!」
ジャンローゼの宣言に、会場に犇めく"群衆"は概ね"好感"。
俺が。
ほっと胸を撫で下ろす、その間に。
「だが残念なことに、オレの恩人に対して、快く思わない者の存在が懸念されているようだ」
は・・・・?
俺は。そしてマナも。唖然としてジャンローゼの方を見る。
見る、ことしかできない。
「もしそんな思惑があるのなら、無視できない。──いや、オレはそれを"少数派"として無視したくはない。我が、と思う者は勇気をもって挙手を願う!」
な、んで。
わざわざ、抉り出す?
そんなものは黙って燻らせておけば、俺たちはじきに居なくなる、一時の客だというのに。
何故。
思う間にも数名の挙手。
俺は、コーレルの再現を予感して、戦慄する。
このまま、"群衆"をコントロールする"流れ"が変わって──
「いいだろう。"代表者"を選んでくれ」
「では、私が」
群衆の中で挙手した数人のうち、騎士風の格好をした緑色の髪の青年が前に出る。
「名乗れ」
「第二隊一班! ガーヴェンです!」
「理由を聞こう」
「そちらの少女は、撤退戦の折、無用な戦闘を起こして我が隊の隊長、聖騎士リカード・ハルフォードを含むギルド重要人物を危険に晒しました!そのことに対する断罪を!」
隣で、マナが息を呑むのがわかる。
無理もない。
"群衆"の前で名指しで罪に問われるなど、そも、囲まれることにトラウマのような恐怖を感じる彼女にとって、最も恐れる事態だろう。
俺も、冷たい汗が背筋を流れるのを感じる。
壇上のジャンローゼは騎士の言に対し、ほんのわずかな時間顎に手をやって、考えるふりをしたように見えた。
そう、ふりだ。俺から見た彼の横顔は、答えなど最初から決まっていて、考える仕草そのものが、騎士の留飲を下げる為にしたとしか思えなかった。
「ジャンローゼ・ヴァルカ個人として答えよう。ギルドの窮地を救ったことが、"そのこと"を補って余りある。オレはそう思う。──不服か?」
「不服です!」
しかし、なんだこれ。
あの騎士は何をやっている?
何を真っ向から、自分とこのギルドマスターに楯突いているんだ?
いや、TWOはゲームだ。だから究極、いちプレイヤー同士であるジャンローゼとこの騎士は対等だ。不服があれば伝えて然りなのだが、こうも公然と行われるものだろうか?
"どこか芝居がかっている"
不安が顔に出ていたんだろう。ジャンローゼがこちらを振り向き、安心しろ、とばかりに目配せしてみせる。
「こういう"ルール"なんだ」
そう言い置いて、ジャンローゼは演説台から飛び降り、青年騎士の前に立つ。数メートルを飛び降りる、現実では無謀とも取れるその行為をあっさりとやってのけ、片手と膝をつきながら着地。所謂"三点着地"から、篝火に照らされた薄暗がりの中、スラリ、と身を起こす。
身を抱くように手繰り寄せられ、揺れる真白のマント。
軽薄さにも似た微笑。
"どこまでも芝居がかっている"
「ではギルドの決まりに則って、剣で語らい、答えを出そう」
そういって、味方であるはずの騎士に向かってサーベルを抜き放つ。
「薔薇十字の兄弟、代表。 華騎士ジャンローゼ・ヴァルカ」
「薔薇十字の兄弟、第二隊所属。 騎士ガーヴェン」
若い騎士の方も改めて名乗りながら騎士剣を引き抜く。
群衆の見守る中、二人は篝火に照らされ、向かい合う。
そこへ、二人の横へ立ったのは、撤退戦でも同伴したエリスと呼ばれていた女性。現実感のない艶やかな桃髪におっとりした表情が何となく場違いな感も有るが、白地に深紅の刺繍が鮮やかなローブは聖職者を連想させ、有無をも言わせぬ存在感を示す。
「我が神の聖名において、"無知全能たる子羊"達よ、彼が主張に力を以て調停と成す事を許します。フォルセに誓いを」
なるほど、本当にエリスは神官職であるらしい。
しかしこれは何をやっているんだろう。俺たちはプレイヤーだ。おそらく、皆日本人だ。まるで「Thebes」の世界設定に没入したように、本物の神官であるかのように、本物の騎士であるかのように、芝居がかったやり取りが続く。
「フォルセに敬意を」
「誓います!」
ジャンローゼと、ガーヴェンと名乗った騎士は間髪入れずに応を返す。
エリスは鉄杖を石畳に打ち付ける。此処までマナの所作を見てきた俺は、思わず魔術の発動に身構えてしまうが、どうやら特に何かの予備動作とかではないらしい。
何しろどういうわけか、大きな空洞内で氷塊でも叩いたかのような、コーン。という音が響き渡り、群集は完全に沈黙する。
静まり返る中、エリスが口を開く。
「はーい。それじゃルールはいつも通り、"無血モード・デュエル"で勝利した方の言い分がギルドの総意ってことでいいですかぁ?はじめますよぉ?」
いきなりの間延びした物言いに、思わず呆けかける。
が、なるほどつまり──
ジャンローゼとガーヴェンが剣を構えたまま頷くのを見て、エリスはもう一度鉄杖を持ち上げる。
振り下ろすと、同時。
「デュエル!」
正確には"音"を合図に、二人は同時に動いた。
デュエルモードってのはあれだ、システム的に申し合わせた二人が、一時の間他の誰からも干渉を受け無くなり、一対一の決闘に集中することができるシステムだ。
デュエルモードに移行した二人は、唯一お互いの相手からしかダメージを負わない。さらに、どのような状況を以て"決着"とするか。殺すまでか。先に手傷を負わせたら、か。等と、ルールも細かく決めることができる。
──つまり、揉め事はツルギで語り合う。それがこの薔薇十字の流儀なんだろう。




