第67回 「設営」
「これが、全部プレイヤーだってのか」
ローズウッド市、宿泊街中心区、祭事式典公園。
公園それ自体は噴水と水路を多用し、更にはその循環を利用した緑に溢れ、中央に大理石のオブジェがそそり立つ。何か催し事が有る度に、オブジェの先端に在る演説台から放たれる、指導者の演説に酔いしれるような歴史でもあったろう。今日の様なよく晴れた午後には、のんびりと散歩でもしたら、さぞかし爽快だと思う。
しかしそんな雰囲気とは裏腹に、着々と設営は進み、公園は急速に前哨基地へとその姿を変えつつある。
立ち並ぶ天幕。公園の周囲には防柵が並び、歩哨が巡回する。
帯剣した騎士風のプレイヤーと大弓を携えた射手が組になって行き来するその内側を、様々なプレイヤーが慌ただしく行きかう。
規模にして300・・は居るだろうか。
それは、決してこのTWOのユーザー全体において多数というわけではない。
なにしろ単純な頭数っていうなら、コーレル・ナイトフェスティバルの方が人数自体は圧倒的に多数で有ったろう。
だが、曰く"ギルド"という枠組みで括られた、同じ目的の"戦闘屋"が一堂に会する数字として、俺はかつてこれほど大規模なものを見たことはなかった。
「中央通りの方で戦闘が起こってる!すぐ救援が必要だ!」
「落ち着け。本隊の戦力を分けることはできない。工察師系を数人向かわせて、向こうからの合流を促せ」
「おィ。怪我人だ。出血と加毒で持続ダメージが激しい。優先回復を!」
まるで、本当に野戦基地に居るような。そんな錯覚すら覚える。
みんな必死だ。本気で、このTWOで疑似戦争してる。
俺はなんだか、異様なものを見るような感覚で、でも俺だけが浮いたような異質さの中で、息苦しく、歩く。
あの後。
オルヴェたち襲撃チームを撃破し、後続との戦闘を辛くも回避した俺たちは、その後特に脅威なく祭事式典公園へとたどり着いていた。
ギルドマスターたるジャンローゼ・ヴァルカの帰還に、陣営は沸き立った。
彼は即座に幹部らしいプレイヤーに取り囲まれ、移動の疲労も抜けやらぬ間に、"作戦会議"とやらに駆り出されて行く。
去り際に、こんな言葉を残して。
「巻き込んだみたいで悪いな。公園から出なければ、ひとまずの安全は保たれている。夕方の集会には声をかけるから、そこまで自由にしていてくれ。」
その言葉に、なんと返事を返したものか、俺が迷っているうちに、ぽん。と、肩を叩かれる。
「──君等は君等で、話し合わなきゃいけない事も有るみたいだし、サ」
"巻き込んだ"
ジャンローゼはそう言ってくれているが、その実、完全に俺たちの方から介入した。死に瀕したジャンローゼを救助したように見えて、実際は彼、──と、彼の組織の助力なしに、このユリシャでは生存も危うい。
いっそ"旅行"なんてとっとと諦めて、二人でとっとと殺されてヴァルハラに帰って、ちゃんと話し合う方が良いのではないか。
ゲームならではの思考に、ふと、自分で首をかしげる。
なんとも"殺される"ことに抵抗のあるゲームである。
昔からゲームで"死亡"とは自身の操作する、ゲームキャラクターが攻撃を受け、死亡状態になることを言い、ほとんどの場合、その死には救済がある。
なにしろ自らスペクタクルな世界に飛び込んでおいて、一度のミスもなしにゲームを進行できる者がそうそう居ようか。そしてその一度のミスによって続行不可能となる"ゲーム"とやらが、はたしてサービスと言えようか。
否。
そう、否。
だからこそ、ゲームでの"死"には、必ず救済がある。
そしてこのTWOにおいても、その救済はある。
俺も、一度、死んだ。
そして次に気が付いた時には記録点で花に埋もれていた。
"死んでも生き返る"
それが、古今東西ゲームと名の付くもののなかで、自身の扱いの不文律として在るルールであり、常識。
そしてそのこと自体はこのTWOでも、そう。
でもそうじゃない。
この世界で。テーベ・ワールド・オンラインにおいて、問題となっているのは当然の様にして在る死と蘇生の事実ではない。
"殺されることそのもの"だ。
生々し過ぎるのだ。死が。自分が誰かに、何かに、殺されるという、事実ではなく、その"過程"が。
ヴァルハラへ帰るために、わざと、一回、死ぬ。
その行為自体は簡単なことだろう。
しかしそれに伴う恐怖は?
ヴァルハラ市で、悪漢ジョーンズに脇腹を刺し貫かれた感覚がよみがえる。
痛くはない。
俺もマナも、半感覚型であり、痛覚は再現されていない。
だが、生々しい肉感をもって、ぞぶり、と。
ダガーナイフの刃が、金属が、体組織でない異物が、自分の腹の中にめり込んでいくのを、まるでスロー再生するみたいに見下ろしていた。
それは、恐怖だった。
相手を殺す感覚にしたってそうだ。
マナは。
彼女は躊躇った。
ゴブリンの胸に、ナイフを突き立てる感覚に、茫然とし。
ジョーンズに脇腹を刺し貫かれ、流血する俺に泣き叫び。
オルヴェに向けた剣を振り下ろせず。
自身の振るう剣によって、俺を傷つけたと知って、その肩を震わせた。
それでいい、と思う。
それが普通なんだ。
それが、まともな人間なんだ。
俺はマナに、死を知ってほしくない。
ゲームの中において、何を馬鹿げた、そして無茶を言うのか。
ここに居る奴らが聞いたら、呆れるか、笑うか、といったところだろう。
事実、オルヴェやラディ等も、自分が一度死んだことになど何の感慨もないかのように、僅か数十分後には現れ、"喧嘩の相手にやり返す"くらいの感覚で、俺たちに剣を向ける。
でも。それでも。
俺は彼女に、ただの一度たりとも、死んでほしくない。
俺は彼女に、ただの一度たりとも、殺してほしくない。
なんて"我儘"なんだろう。な。
「ちょっと、邪魔よ。この忙しいのに、呆けっと歩かないで!」
肩をぶつけるようにすれ違う、癒し手らしき女性。杖を脇に抱え、経口回復薬やら薬草の類を籠に満載して、足早に通り過ぎて行く。
その声で、我に返る。
後ろを振り向けば、憔悴しきったような顔の、マナ。
先ほどのオルヴェとの一件以降、一言も口を開かない。
開かないまま、ただトボトボと、俺の後ろについて、歩く。
気が付けば、噴水の前。そして足元に白いペンキで塗られた、木製のベンチ。
俺は何となく、ヴァルハラで待ち合わせに使っていた、ハンターズギルド横のベンチを思い出した。そして、なんだかそれが、諸々の鬱憤を解消してくれるような気がして、マナを誘う。
「座ろう?」
「────・・・」
返事はなく、ただ黙って僅かに頷き、ベンチに腰を下ろす。
そういえば、ようやく。
これでようやく、落ち着いて話ができる。の、かな。
俺もベンチに、マナの横に座って、長い息を吐く。
そして。
──そして?
──そして。
意を決して、俺から口を開く。
「なァ」
「・・・・」
「聞いていい?」
「ッ!!」
言われた瞬間、マナは飛び上がるかと思うくらい、ビクリと肩を跳ねさせ、目を見開く。そして怯え切った子供みたいな顔をして、俺を上目づかいに見返す。
何のことか、なんて聞かなくてもわかる。
つまりそれしかない。
"お父さんと、なんかあったの?"
って。
マナは口を開き掛け、また噤み。身を縮込ませて、震えながら。スカートの膝のあたりをくしゃりと握りしめて。手が、白くなるくらい、握りしめて。
「ッ!・・・っ!・・・・」
何度も言いかけては躊躇い、ついには震えながら目を硬く閉じ、啜り泣くしか無くなる。
ああもう、見ていられない。
俺も眉を寄せ、弱り切った顔で、ただ黙ってマナの頭を撫でた。
「ぅ・・・ぅぅ・・・」
声を殺して泣く、マナに。
このどうにも可愛らしい相棒に。
努めて優しい口調で提案する。
「・・・今日はこのへんにしとこうか」
つまり、この戦争も何もかも知ったこっちゃない。とっととログアウトして、全部忘れる。夕方の会議に、とか言ってたジャンローゼには悪いが、心を病んでまで、ゲームなんかすることないんだ。なんなら俺だけ出席てもいいや、その会議。
ため息交じりに、俺はステータスウィンドウを開き、ログアウト操作を始める。
「──!!」
しかしながら、俺の行動に、突然ハッとしたように顔を上げたマナは、どういうわけか縋りつく様に、俺のシャツを掴む。
「・・マナ?」
「ま・・まって。 い、い。 行か・・ないで」
震えながらそう訴えるマナに、驚いてログアウト操作を中断しながら、マナを落ち着かせようと向き直る、が。
「ご、ごめ・・ごめんなさ・・い。 でもそのまま・・居なくなっちゃいそうで・・こ、怖く・・・て」
涙をこぼしながら。しゃくりあげながら。
俺はいよいよ如何する事も出来ずに、マナを宥めるしかなくなる。
「どこへも行かないさ。 いつも通り、次にログインしたらメールで落ち合って、また一緒だ。 信じてくれよ」
「う・・そ。 うそ。 そう言った人たち、みんな・・・み・・んな、居なく・・・なった」
ああもう。ぶん殴ってやるぞ"そう言った人たち"。
乱心の理由も、孤独の理由も、正直に話してしまうのは怖くて、できない。
さりとて、一人になるのも寂しくて、怖くて嫌だ。と。
泣きはらした女の子の顔でやられる、強烈な"でもでもだって"。
俺は。
俺だけはマナに嘘などつかないつもりだ。コイツの前から黙っていなくなるなど、絶対にしないつもりだ。
さて、どうしたら、信じてくれるだろう。
どういえば、マナは安心してくれるだろう。
何を"言葉"にしたら、マナはまた笑ってくれるだろう。
俺は──・・・。
「XXX-XXXX-XXXX」
「えっ」




