第66回 「絶対放さない」
「ユージン、どうして・・?」
「駄目だよ・・マナ」
呆然としたように、俺がとどめを刺してしまったオルヴェのアバター、その霧散する青い光を見下ろしながら。
それを、やさしく宥める様に。諭す様に返事を返す。
瞬間、泣きそうな、怯えたような、それでいて、まるで最初に会った時、まだ俺を警戒していた時のような眼で、キッ、と俺を睨みつける。
「僕が殺さなきゃいけなかったッ!!」
「──だめだッ!!」
マナを否定したくない。
でもこれだけは。
これだけは、否定しなくては。
「だって。 だってそうしなきゃ! 僕はいつまでたっても前に進めない! 変われないの!!」
「復讐で殺す事は"前"じゃねぇッ!!」
俺も悔しくて、後から思い返してみれば恥ずかしくも、泣きそうな顔をして、喚くように、地団太踏むような勢いで、叫ぶ。
「なら、僕はどうすればいいの!? 強くなれないまま、今度壁にぶつかったら、これからどう生きて・・いけば・・・」
迷う様に、救いを求めて彷徨う様に、語気を弱めながらマナは呟く。
反して俺は、迷いを振り払う様に、語気を強め、更に叫ぶ。
「俺がッ!!」
「──!?」
眼を見開いて絶句するマナの肩を掴んで、その瞳を覗き込む。
彼女も眼を逸らせず、見つめ合う。
長剣を受け止めたときの傷から。肩を掴んだ掌から、血が移っていく。黒地のパーカーをあっという間に染め抜き、襟元から覗く真白の肌着に滲む。
俺は泣きそうな顔のまま、懇願するように
「俺が全部ブッ飛ばしてやる!! だからお前は。 お前だけは変わらないでくれ。 お願いだ・・・マナ・・」
「そんな! でもそれじゃ、ユージンは──」
「俺がそうしたい! ──守るって言ったじゃん! 傍に居るって言ったじゃんか!」
「でも──」
「それが押し付けなのもわかってる! でもお願いだ。そうしたいんだ。たのむ。マナ」
「ユージン・・・」
感情的な言葉の投げ合いが、一時収まり、そして狙ったかのように、まるでそこまで待ってくれていたかのように、俺の肩に手が置かれる。
優しく、ぽん、と。
「!」
マナではない。
突然の背後からの手に、俺も、そしてマナもあわててそちらを振り向く。
ジャンローゼだ。
「さすがに凡その事はお察しする。だけどもう時間がない」
そう言って、いつの間にか当然のようにラディ、そしてショートソードの二刀流剣士"マシュー"を撃破していた薔薇十字の面々。
しかしながら、ジャンローゼが促す方を仰ぎ見れば、敵の別隊と思しき集団が、こちらへ押し寄せてきていた。
その数、遠目にも、なんと二十にも及ぼうかという大集団。さすがにこの六人でどうのという次元ではない。
通りもう一つ向こうまで迫ったそれに、焦燥感を煽られながら。俺は黙って頷き、マナの方を振り返る。
「ゆー・・じん」
マナに一歩歩み寄る。
びくりと肩をすくめ、身を硬くする。
いきなり"守らせてくれ"と言われたところで、彼女にとって"他人"とはそういうものではない。心を許せば、いつか自分が傷つくだけの存在。きっとそう云う物なんだと思う。
くそ、でも今は状況が許さない。その心に踏み込むのに、時間をかけることを許してくれない。
俺は長剣を鞘に落とすと、眼を固く閉じて、一度、迷いを吹っ切る。
そしてマナが一切の抵抗が出来ないくらい、あっという間に、その細い体を抱えあげる。肩を抱き、膝を持ち上げる。──お姫様抱っこ、とでも言うんだっけ。
「えっ・・・あっ やッ!」
完全に抱きかかえられてから、ようやく気が付いたようにもがくが、マナにそういう力はない。
「は、放して!」
じたばたと、俺から逃れようともがくマナは、多分、今の自分を汚らしい何かのように貶めていて。
きっと、そんな自分が人に触れてはいけないんだとか、自虐的なこと考えてたりするんだろう。
そんなこと無いのに。
絶対に無いのに。
こいつほど"きれいな"やつを、俺は知らないくらいなのに。
俺は、マナの顔を見ないで。
顔を、見れなくて。
ただ前を向きながら。
「絶対に放さない」
一方的に言い放つ。
「ッ!?」
びくりと震える様に、マナが大人しくなる。
「──絶対にだ!!」
多分今も、泣いてる。少なくともモニターのこちら側の俺は。
そしていつもはやり過ぎな部分をうっとおしく思うこともある、この世界のシステムが、もう一人の俺が、それを正しく伝えてくれていると、願う。
「ユ・・・ジン・・・ユージン。 どう・・して・・キミは・・」
すぐ傍で、涙声。
そこまでしか声にならず、マナは啜り泣きながら、俺に肢噛み付いて、それ以上を口にしなかった。
どうして──?
何故って、俺はマナが──・・・
考えかけて。
やめる。
嗚呼、臆病だな、俺。
どれほどそうしていたか。
時間にして数瞬だったかもしれないが。
ジャンローゼの方を一瞥すると、彼も無言で頷いて、薔薇十字の面々と俺たちは当初の目的地、祭事式典公園に向かって駆けだす。
リカードに先導されるように走り出す一方で、殿を務める様に、最後までその場に残ったジャンローゼを振り返る。
と。
「──にゃ」
いつの間にか、猫耳の装飾のついたフードを目深にかぶったローブ姿の人物が、その隣に立っている。
何時現れたのか、全くわからない。瞬きするような間にそこにいた様にも感じる。
よく見れば長いローブの隙間から、猫の手の形をしたグローブや、猫の尻尾を模した装飾品などが覗く。およそこの場の緊張感にそぐわない、何とも可愛らしい恰好。
「ったく。ジャンはいつも人使いが荒いにゃ」
「悪いとは思ってる。後で虐めてやるから、許せ」
──何か、おかしな表現を聞いたようにも思う。
だが確かめようにも状況が許さない。そんな会話が繰り広げられる間にも、敵は迫り、俺たちは逃げる。
後ろ髪惹かれる様に、マナを抱えて走りながらもジャンローゼ達を振り返る。二人の顔が、意味有り気に近づいた様にも、見えた。
「行け。──ルナ」
「にゃん♪」
消える様に。
いや比喩でなく、こう、ヴンッて掻き消える様に"猫耳フード"の姿が無くなり。
間近に迫った敵の一団の前に突如として現れ、可愛らしい掛け声とともに、その顔面に猫手グローブの肉球を押し当てていく。
振り返っていられる最後の瞬間に、なんだか──これまた──おかしなものを見たような気がする。
まるでダメージなどなさそうな、縫いぐるみ見たいな猫手に触れられたかと思うと。
ある者は突然その場で嘔吐したり。
ある者はまるで噴出するような勢いで涙と鼻水と涎を振りまいて膝を折り。
ある者は動脈でも切られたかのような勢いで鼻血を噴き出して倒れる。
なん・・・だ? あれ。




