第64回 「その手を引いて」
「まぁ、何方にしろ此処にこのままというわけにはいかない」
修羅場。
と、言ってしまうと、多分に誤解されているような気がしないでもない。
さっきのアレを、事情を知らない相手から見たら"痴話喧嘩"と思われても仕方ないところだろう。
羞恥に頬がヒクつくのがわかる。
──いや、これはリアルの俺か。"ユージン"の身体が細かく動いた実感を、俺は得にくい。まぁ、実際にそういう気分の俺をHMDが察して、ユージンの頬もヒクついているのかもしれないが。
話を戻して訂正したい衝動に駆られるが、しかし状況がそれを許さない。
「記録点で再生した襲撃チームから相手方に情報が回っているはずだ。こちらも早急に本隊と合流したい」
冗談めかしてこちらの痴態を煽っておきながら、さらりと流して今後の話。──涼しい顔をして、ジャンローゼ。
くっそ。
色々と複雑な顔をして、それでも頷く。
「──リカード。状況は?」
リカードと呼ばれた、白基調の儀礼正装に赤裏打ちの純白のマント、そして騎士剣を剣帯につるした如何にもな聖堂騎士風の男。
アバターの見た目だけで言うなら、リカードは整った顎髭に短い黒髪の中年だ。それが、二十歳前後と思しき金髪の青年に対して、主従を思わせる傅いた態度をとるのに、少なからず違和感は有った。
思えば、TWOを始めて以来、ずっとマナとペアでほとんどの時間を過ごしてきたため、こんな大所帯は始めてだ。
俺は、ジャンローゼの横に移動して戦況を報告しているリカードを見ながら、現実で言うなら突拍子もないその格好に、改めてこれがゲームであると気が付く。逆に言えば、努めてそう考えていないと本当に、自分が今、どこか外国の宿屋の一室で、これから戦争するための作戦会議に同伴しているかのような錯覚を覚える。
「で、湖岸部の方ではまだ戦闘が続いています。持ちこたえているように見えて、その実かなりの人数が市街地に侵入していますね。ジャンさん一人に10人も割いてくるのは流石に予想できませんでしたが・・」
「ふむ・・」
「本隊はジャンさん襲撃の報を受けて、俺たちに遅れてこちらに向かっています。既に宿泊街に到達していますが、こちらと逆側です」
報告に、少しの思案の後、ジャンローゼは裂丸と呼ばれていた忍者風の男に向き直る。こちらは背こそ高いが細身で、覆面の下から釣り目がちな目だけが覗き、ぱっと見で年の頃がわからない。
「ザック。宿泊街中央の祭事式典公園で合流、設営する。先行して本隊を誘導してくれ」
「承知」
ザック。ZAKIMARUの"ZAK"だろうか。そう呼ばれた忍者は、ジャンローゼが部屋の鍵を開けると音もなくその場を後にする。比喩でなく本当に足音がない。
俺が目を見開いて足跡を追うと、片眉を吊り上げたジャンローゼがこちらを伺う。
「無音歩行だよ。シーフ系の必須スキル。見たことない?」
そう言われて、俺は、そしてよく見れば同じ動きでもしていたのかマナも瞬きを繰り返した後、ぶんぶんと首を横に振る。
「うーん、本当に対人戦闘は素人だと思った方がいいか。二人とも、失礼だとは思うけどレベルを聞いといていいかな。どの程度フォローがいるのか指標にしたい」
ええと、此処までの話を整理しよう。
此処ローズウッドの街はギルド"紅鉄の剣"の攻撃を受けて今も戦闘中である。
奇襲や策謀によって混乱の中、リーダーであるジャンローゼが窮地に陥り、今の今まで命令系統が麻痺。薔薇十字の兄弟はまともに抵抗戦力を組織できないまま、各個に防戦、転戦するもずるずると後退を余儀なくされていた。
そしていま、リーダーであるジャンローゼの無事が確保されたことで、ようやく組織だった反攻に出ようという事らしい。
それにはまず"本隊"と合流、本陣となる拠点を設営することでその起点としたい。そのためには、先行した裂丸を除くこの場の6人で、合流点へと移動、合流しなければならないわけだが・・。
つまり移動の間、俺とマナは相当な足手まといだ。どの程度の自衛力があるのか先に把握しておきたいという事だろう。
意図を理解した俺は、目線で理解度をマナと確認し合い、頷く。
「俺は21」
「20です」
俺とマナはそう宣言する。
いつの間にか、俺たちのレベルは20を超えていた。
コーレル市近郊の森でコーレルバードを乱獲していたのも、あの時の心境を思えば苦い記憶ではあるが、無駄ではなかったらしい。
俺たちの宣言に、ジャンローゼは「ふむ」と思案顔。
そして。
「なるほど、やってやれなくはない・・か」
そんなことを呟き。
「ちなみに"死ねない事情"が──ある?」
俺たちのことを何処までお察ししたものか、そんなことを聞いてくる。
俺はマナの方をちらりと見ながら、黙って頷く。
どう解釈されたかわからないが、せめてマナだけでも、と思う。
思考は一瞬。次の瞬間にはジャンローゼはメンバーに指示を飛ばす。
「この後、宿屋を出たらできるだけ速やかに本隊と合流する。もし交戦が有れば、オレとリカードが前に立つ。ユージン君は取りこぼしとか、追撃だけ頼みたい。見たとこ、一方的攻撃なら無力ではない」
無力ではない・・か。
剣帯に吊るした長剣の柄を撫でる。
顔面を金属で貫かれた瞬間の、剣士ラディの顔が蘇る。
ひとって、ホントにあんな顔して死ぬのかな・・。
何にしろ、俺のこの長剣はTWOでは正真正銘の殺傷力で、戦力にカウントされたからには棒立ちというわけにはいかない。今更、"人殺し怖い"とか俺が躊躇うことは許されない。
マナが。
彼女がそうしないで済むように、俺だけは其れを躊躇ってはいけない。
「アシュリーは弓で前衛を援護しつつも、本命は後衛の護衛、今回は近接戦闘も覚悟してくれ。エリスは防御術式主体に初心者組二人の生存を最優先。・・・ええと、マナちゃんは遠距離を攻撃できるタイプの魔術で火力支援。いいかな」
マナはどういうわけか、燻る様な不服さをその表情から匂わせた。だが特に反論するでもなく、他のメンバー同様、黙って頷く。・・・よからぬことを考えてなければいいけど。
──"貴方は嫌い。殺してしまいたいほど大嫌いな、お父さん"
オルヴェはジャンローゼが突き刺して殺してしまったが、ゲームである以上、あれで終わりではない。キャラクターは一時的に"死亡"したが、TWOがゲームである以上、僅かなペナルティを受けた後、記録点で再生する。今回の"戦争"で、再び彼と見えたとき、マナはどうするだろう。
見ると、メールでも打っているのか、目の前を忙しなく指で操作していたジャンローゼが顔を上げる。
「よし、それじゃ、行こうか」
◇◆◇◆◇
宿屋の裏手から、此の大所帯で何だが、一応人目を忍んで。
裏通りらしき場所に出た俺たちは、この街を熟知しているらしいジャンローゼとリカードの後について走る。建物と観葉樹林の間の狭い通路。幅2メートルもなさそうな其処を、全員で駆け抜ける。
「大通りとの交差点前で一度とまれ。インスタントメッセージなりなんなりで、さっきの襲撃チーム以外の敵もここに集まってきていると思った方がいい。不測の事態に備えて二人ずつ交差点を越える」
ジャンローゼが予想した通り、表通りの方からは俺たちを、というか取りこぼした大将首であるジャンローゼを探していると思しき喧噪。
表通りから視線の通る、この交差点は細心の注意を払って通過しなければならない。そのくらいは俺にもわかる。
「まず、オレとエリス。次にユージン君、マナちゃんを任せていいかな?下手にオレたちが手を引くより緊張しないで済むかもしれない。で、最後はリカード、アシュリー」
全員、黙って頷く。
通りを警戒しつつ、ジャンローゼがエリスを抱えて飛ぶ。
鮮やか。
彼が何レベルなのかわからないが、どれほどの身体能力だろう。エリスは細身の女性ではあるが、人一人抱えて跳躍しているとは思えない素早さ。
結局、消音性を重視しているだろう動きのはずが、幅10メートルは有りそうな大通りとの交差点を、2度、地に足を付けたかどうかという俊敏さで駆け抜ける。
対岸の路地の入口から通りを振り返っていたジャンローゼが、頷いてこちらを手招きする。
俺たちの番だ。
さすがに俺たちは消音もくそもない。そもそもこんな隠密行動なんてTWOを始めて此の方しようとしたこともない。
この時ばかりは恨めしい、彼女曰く"引っ掛けそう"な長いスカート。
俺から見れば、こんなカッコでずいぶんまともに走るものだと感心するほどだが、やはりそれなりに遅い。先の戦いを見るに、近接戦闘時の位置取りや、軽いステップのような行動に差し支えは無いようにも見えたが、長距離を走るとなるとどうしても裾が気になるだろう。
俺は、失礼ながらマナが、漫画やアニメ等で度々描写される"何もないところで転ぶ女の子"よろしくこの肝心な場面で、びったん。素っ転ぶ絵を想像してその手を引く。
マナの手を取った瞬間、彼女はびくりと肩を跳ねさせ、その手を引っ込めようとし、それから躊躇いがちに、再度手を差し出す。
ああくそ。
絶対さっきの口論を引きずってる。
"ユージンに嫌われたかも"とか。
"こんな嫌な自分が彼の手を取っていいんだろうか"とか
きっとそんな卑屈な事考えてる。
そんなこと全然無いのに。
絶対に無いのに。
すこし。強く握って。その手を引く。
そうして、無事に大通りの半ば以上を渡り切り、少しの安堵を覚えたころ。
急に体が後ろに引かれる。
「──!?」
俺は混乱した。
え、なんでだ。横断を始めたときに通りの先を見ても、視界内に敵対プレイヤーの姿などなかったでは無いか。
思う間にも、俺の移動を抑止していた力は解け、そのままの勢いで前につんのめりそうになる。
「────……」
慌てて振り返ると、通りの半ばを過ぎたところで、あろうことか其の身を晒したまま立ち尽くす、マナ。
「な──に、やって・・・!?」
先ほどの急激な制動は、つまり俺の手を握ったままのマナが立ち止まったからで、いきなりそれが解けたのはマナが手を放したからで。
いやそんなことはどうでもよくて。
そんなところで棒立ちしていたら何時敵対者に見つかってもおかしくはない。
焦燥感にかられながらも、通りに戻ってマナの手を引こうとするが、マナは呆然としたように通りの先を凝視したまま動かない。
自然、つられて、その視線の先を追う。
そこに。
居たのは。
今まさに、一つ向こうの交差点からこちらの視界に入ってきた、そいつは。
オ。
ル。
ヴェ。




