第63回 「ジャンローゼ・ヴァルカ」
「あー待った。早まるな。裂丸。アシュリー」
沈黙を破って、声。
その主を探して部屋を見回すと、ジャンローゼが極当然のように、脈絡なくがばりとベッドから身を起こす。
「ジャンさん!よかった」
弓手の女性が心底安心したように、ジャンローゼに声をかける。
ジャンローゼは覚醒直後と思えない当然さで、不覚の欠片もない動作で、ベッドの縁に腰掛けた。
「いいから剣を引け。ザック。アーシュ。オレの恩人を殺してくれるな」
やれやれ、といった体で、ジャンローゼはぼりぼりと頭を掻く。それだけ見ると寝起き然としているが、こいつ、おそらくだいぶ前から覚醒してやがったな。
ともあれ、ジャンローゼが何者か定かではないが、彼の方が上の立場であるらしく、警戒しながらも二人は俺たちの拘束を解く。
「外にまだ控えてるな? 嗚呼、不躾で済まないが、このままだとむしろそいつらの方が危ない。ええとそこのお兄さん?申し訳ないけど、ドアのパス、教えてもらえないだろうか」
ない頭で考える。あまり時間をかけられる状況ではないようだ。
恐らくこいつらはジャンローゼの仲間で、敵ではない。たぶん、だけど。俺たちがジャンローゼを救助したのと入れ違いくらいのタイミングで、彼の組織のメンバーが救援に来たんだろう。
そんで、俺たちと一緒にプライベートスペースに侵入できたジャンローゼと忍者と弓手はそのまま安全が確保されるが、この部屋の前で待機している他のメンバーは、敵対組織の追撃にさらされてもおかしくない。ということだ。
「・・・0511」
言った瞬間、マナが僅かに眼を見開くのが分かった。ああ、バレた。
そっか・・今日で丁度、一ヶ月なんだな。
なんにしろ短くそう答えると、俺たちを拘束していた二人は俺たちへの警戒を解いていいのか分からず戸惑っていたので、ふぅ、とため息をつきつつジャンローゼが立ち上がって部屋のドアを開ける。
この状況で彼だけは何故だか緊張感がない。くぐってきた修羅場の数故か、持ち前の胆力のなせる業かはわからないが。
なんにしろ。
「「ジャンさ──!?」」
雪崩れ込んできたのは二人。
儀礼服に赤裏地のマント、騎士剣をすでに抜剣している男。
白地に深紅の模様のフードローブに十字装飾の鉄杖の女。
臨戦態勢で部屋に飛び込んだ二人は、しかしながら自分たちを部屋に迎え入れたのがジャンローゼであることに激しく戸惑っているようだ。
「全員武器を収めろ。リカード、エリス、入ってくれ」
"わけがわからない"
そんな顔をしたままの二人を室内へ誘導し、再度手早く部屋に鍵をかける、ジャンローゼ。
「部屋主二人には申し訳ないが、俺が仕切った方が収まりがよさそうだな」
全員が唖然と、或いはその顔に疑問符を浮かべる中、ジャンローゼは悠々とベッドまで戻り、其処にどかりと座り込んで足を組む。
「さて、二人には初めまして。俺はここユリシャ連邦で"民間戦争"してるギルドの一つ、薔薇十字の兄弟の代表、ジャンローゼ・ヴァルカだ。先ほどは助かった」
◇◆◇◆◇
一先ずの安全が確保されたところで、薔薇十字の代表、ジャンローゼ・ヴァルカによって事の経緯が説明、整理される。
その過程で俺たちへの誤解は解け、今はそろってジャンローゼの語りに耳を傾けているところだ。
ユリシャ連邦が、このゲーム版テーベの世界においても、原作の歴史を繰り返す様に内戦──つまり、プレイヤーによるその再現戦争が行われていることは、馬車の御者より聞かされていた。
ジャンローゼ曰く、中心区である此処ローズウッド市と、湖を挟んだ対面のターヴァ市はその両方を押さえることが出来れば、覇権をとれると言っても過言ではない最重要地区。
彼らはその片翼であるこのローズウッドに拠点を置く、ユリシャ内戦における最有力ギルドの一つ、薔薇十字の兄弟のメンバーであるらしい。
そして、対極にあるターヴァに拠点を置く、所謂薔薇十字のライバルギルド。此れを紅鉄の剣騎士団といい、先の襲撃におけるラディやオルヴェがその構成員に当たる。
今回、紅鉄の剣側から一大攻勢があり、その最中に薔薇の代表であるジャンローゼが相手方の罠によって孤立、窮地に立たされ、薔薇十字はあわや総崩れの憂き目にあっていた。
そんな重要な局面とは露知らず、俺たちはマナの衝動的な感情によって介入。薔薇十字の危機を救ってしまったわけだ。
思った通りの"やらかし"に俺は目を覆いたくなるが
"「薔薇」の身内にゃ見えないが、何故邪魔をする!?"
"貴方たちこそ、「紅鉄」の何? ジャンさんに何したの?"
なるほどそういう事か。俺たちは双方から、相手方の手先であると誤解されていたんだな。
「──と、いうわけだ」
ジャンローゼは一連の説明をそんな風に締めくくる。
「申し訳ないでゴザル、知らずの非礼とはいえ、ジャンさんの恩人を・・」
「ごめんねっごめんねっ!」
口々に謝罪してくる忍者と弓手に、俺たちはあいまいな笑みを返すが。
「二人には感謝している。だけど、これで二人は否応に関わらず"紅鉄"とは敵対してしまった事になる。自覚はあるか?」
「ええ」
ジャンローゼの警告に、苦々しく、そう返す。
「みたとこ、まだ初心者の域を脱していないようなレベルに見える。相当な無茶をしてまで助けてくれたことには敬意を表するが、だからこそ、このまま君たちが"紅鉄"の報復を受けて、むざむざ殺されるのを見過ごすわけにはいかない」
「と、いうと?」
そこで、ジャンローゼは組んでいた足を解き、ふーっ。と、一息。
場面が場面ならイラっと来ていたかもしれない。
集団代表という立場がそうさせるのか、そういう一挙手一投足まで変に様になるやつだ。俺とそう年が違うようにも見えない、この若者が。
「君たちには、しばらくオレたちと行動を共にしてもらう。何か目的あっての途中かもしれないが、何をするにしろ、ほとぼりが冷めるまでこのユリシャから無事には出られないと思った方がいい。──異論は?」
そして目線だけで、俺に返事を促す。
逆立てた短い金髪、外国人じみた蒼い瞳。妙に芝居がかった態度が、しかしながら"もっともらしい"と感じてしまうような、堂に入った雰囲気。
ふと、こんなリアルさが売りのゲームで、日夜対人戦を繰り返す集団のリーダーなんて、リアルはどういう人物なんだろうな・・・等といった想像が膨らみかけるが、首を振ってそれを払う。無粋だし、今は意味がない。
俺は、答えは決まり切っているにもかかわらず、ただ独断というわけにもいかず、マナの方を見る。
マナは、と言えば。
やはりと言えばやはり。先ほどの事を引きずりすぎるほど引きずった様な、ばつ悪な顔をして一度視線を外した後、苦々しい顔をしながら俺を見上げて、頷く。
気まずさは残したまま、でも一応の肯定と受け取り、俺も頷き返して、ジャンローゼに向き直る。
「異論は有りません。貴方方の協力なしに、無事はあり得なさそうだ。自分から首突っ込んでおいて厚かましいとは思いますが、ご一緒させていただきます」
ジャンローゼは満足そうに頷いた。
そしてにこやかに手を差し出してくる。
「改めて。対人ギルド薔薇十字の兄弟の代表をさせてもらっている。ジャンローゼ・ヴァルカだ。よろしく頼むよ」
「俺はユージン。こっちの・・・女の子は、マナ。何時迄になるかわかりませんが、よろしくお願いします」
「お、おねがいします」
マナがぺこりと、ぎこちなく頭を下げ、俺がジャンローゼの手を取る。
「──で、だ」
そこでふと。
芝居がかっていたジャンローゼの態度が、急に気さくなものに変わり、人好きのする笑みを浮かべたかと思うと──
「ええと。修羅場はもういいのかい?」
そんなことを。
言うのだ。
「お」
言われた瞬間、何のことを言われているのか分からず、思わず呆けるが、そんなものは一瞬だ。
唐突に、ジャンローゼの言う"修羅場"が指すモノが何であるかを理解した俺は、あんぐりと口を開けてビシリと固まってしまう。
マナはその横で顔を真っ赤にして小さくなっているようだ。
気が付けば、裂丸、アシュリー、リカード、エリス・・だったか。薔薇十字の面々が、それぞれがそれぞれに複雑な表情をしながらも、一様に好奇の目線を向けているのに気が付く。
"お前も聞いとったんかーいっ!!"




