第61回 「■■■■■」
しばし無言の気まずい時間。
しかしながらずいぶん厄介なことになったもんである。
恐らく、俺たちは今回の件でこのユリシャを取り巻く勢力争いに、どうしようもなく関わってしまった。
いまだ目を覚ます気配のない、この金髪の青年、ジャンローゼを助けたは良いものの、オルヴェやラディを含む"勢力"から完全に敵対してしまった事になる。
"なんかよくわからないけど初心者っぽい二人組が現れて、ジャンローゼ組に加担したらしい"
既にそのくらいの認識があるものと思っていいだろう。
いや、先ほどのマナの話によってわかった、彼女の戦闘センスには舌を巻くほどだが、それにしたって、彼女がそれを発揮できるのは、その相手がゲーム然としたゲームであればこそだ。
どういう心境か、事実として彼女はとどめを刺すことが──剣を打ち返すことはできても、決定的に人を傷つけることができなかった。
そして今後このユリシャに滞在する間、その勢力に見つかれば、問答無用で斬りかかられてもおかしくはない。いや、それでもまだ良い方で、下手をすればその勢力内で"指名手配"されていて、積極的報復の対象となっている可能性すらある。
なにしろ、俺が殺してしまった"ラディ"は、自分が格下に殺される屈辱に甘んじてでも、執拗にジャンローゼに拘った。
恐らくこの金髪の青年は彼の組織内でも相当な重要人物なんだろう。
俺たちのしたことは多分、"プレイヤー一人を助けた"で、済ませることのできない相当な"やらかし"だ。
俺は、"正直、聞かれんの嫌だろうな"だなんて、自覚がありながら、努めて冷静を装ってマナに問いかける。
「あのさ、マナ?」
「は、はい・・」
おおよそ何を言われるか、わかっているんだろう。
つまり、今度こそ"聞かれたくない"方。
マナは消えそうなほど小さくなりながら、しゅん。となって申し訳なさそうな顔で俺を見上げる。
なんかそのまま話を続けるのが可愛そうなくらいの恐縮っぷりだ。
しかしながら一応確認しておかなければ。俺とて今回の件が全くの徒労とあっては流石に納得いかない。
この状況に陥るに甘んじるだけの"理由"ってやつだ。
「なんで、そうまでして、助けたいと思ったの?」
大方の予想はつきながらも、俺は言葉にして確認する。
「え・・と、ほら、ケガしてるのに、囲まれてて、なんだかまるで虐められてるように思えて・・・その、昔の自分と重なるところがあって」
「んーと、それを助けることで"自分の心"も救おうとした・・・?」
案外にしてするりと出てきたその言葉の意味するところ、嗚呼、やっぱりいじめられるような過去があったのか、なんて感想も挟みつつ、言葉の先を読んでそう返す。
そう間違っちゃいないだろうと、たかをくくっていた。俺はマナの言に被せる様にそう言うのだが。
マナの返事は意外なものだった。
「・・・ちがう」
「え?」
マナはなんか、思い詰めたような顔をしてジャンローゼの方に目を向けながら
「・・・ごめんなさい。ホントはそんなにきれいな気持ちじゃなかった。 "助けたい" は口実。 ホントは・・・もっと・・」
「・・・・マナ?」
「もっと、黒々しいっていうか。 僕、あの人に復讐したかったんだと思う」
あの人ってのは、多分、オルヴェやラディたちの誰かの事だ。
に。
「復讐?」
それしか言葉にならなかったが、字面だけとってみたら、初対面の相手に復讐とは?と首をかしげたくなるような其れは、やはり、過去の誰かと重ねているからで・・。
「嗚呼、今の僕には武器がある。ナイフがある。魔術もある。この状況で、自分の気に入らない相手を、自分の力でぶち殺してしまえたなら、僕の気持ちは晴れるんじゃないか。自分を変える、きっかけになるんじゃないか。なんて」
なんだか思わぬ方へ話が転がっていく。
俺は、気安く立ち入ってはいけない部分に踏み込んでいると、意識の隅で自覚しながらも、でも思考が停止したように、そして先を促す様に呟きを返す。
「気に入らない・・・相手?」
マナがふっと自嘲気味に笑う。
「あのひとっ・・・ね・・・僕の、どうしても許せない、殺してしまいたいほど、一番大っ嫌いな人に、"そっくり"だったの! とんだとばっちりだよね! 本人じゃないのにさ! でも・・・止められなかった!否定しなきゃ!自分が!おかしくなりそうで!」
自分の吐き出した言葉に操られでもしているかのように。
マナの言葉は急激に熱を帯びる。
「豪炎障壁が裏目に出ることもね。予想してたよ。でもあえてそうした!ユージン。キミにも、邪魔されたくなくて!!」
ああ、聞くな。
聞くなよ。俺。
聞いちゃいけないことだ。
ルール違反だ。
耳をふさげ。
マナが勝手にしゃべってるとかそういう問題じゃない。
それをマナに喋らせるな。
だけど。
頭の中で必死に自分を止めたつもりで、その実俺は、操られたように、更に呟く。
「そこまでして・・・殺したいくらい・・嫌いな・・?」
「──■■■■■」
脳が、拒否した。
マナが口にしたその相手を理解するのを拒否した。
彼女のことを少しくらい理解しているつもりだった。
全然、そんな事は無かった。
きっとこのくらい不幸なんだろう。
そんな、漠然とした同情の目で、彼女のことを見ていた。
とんだ甘ちゃんなのは、俺の方だった。
俺が呆然と、何も言えないでいる前で、
「そしてその瞬間はやってきた。ゲームは得意だった。だから、慢心する其の相手の鼻っ柱をへし折って!自分へのイメージが180度入れ替わったような間抜け面を!それを嘲笑いながら、コロ・・・シテ・・・」
呪詛のように勢いづいた言葉は、其処で急速に勢いをなくし、なんだかおよそ活力と程遠い呆然とした表情になる。
「──でも、できなかったんだ。あれほど憎いと思っていたのに。この世界から消えてほしいと思っていたのに。ゲームの中ですら人間を殺すことが"怖い"・・・って、思った。ははは・・怖い。だって。自分はこんなにも汚い気持ちを抱えているのに、それを疑似体験ですら実行する度胸もない」
目の前で力なく広げた、両掌をぼうっと見つめながら。
「何て■■で、■■みたいな奴なんだろう。僕は。■■だと思ってるくせに自分で■す勇気すらない!なんて■■で!■■■■で!■くて!■くて!」
俺は目を見開いて、絶句。していたんだ。と思う。
マナがそんな言葉づかいをするのが、心底意外だと思っている自分。
──それと同時に、それが意外だというイメージをマナに押し付けていたことを自覚した。
自覚して。
強烈に自己嫌悪した。
"素直で純粋な女の子だと思ってる?"
か。
両手を見つめていたと思っていたマナが、いつの間にかこちらを向いて、俺の顔を覗き込む。
"あの顔"で。
「────幻滅、した?」
俺の頭の中は混乱していた。
なんて答えるべきなんだろう。
どう答えたら、彼女・・・彼は傷つかないんだろう。
幻滅したか?
むしろどう答えたら、幻滅しないでいてくれる?
嗚呼。
嗚呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼。
やめろ。
飾るな。
どんな気を利かせたところで"気を利かせたことに"失望するだろ。
そういうやつだ。
思うままを話せ。
「ッ・・・・それが!」
俺はどんな顔をしていただろう。
最近色々タガが外れているよなぁ、とか。あとになってみれば思い返してみたりして。
気が付けば俺は泣いてて。
それは悔し涙で。
俺はまたもや無遠慮に彼・・・女の事を抱きしめていて。
「それが"ニンゲン"だよ!! マナッ!!」
叫ぶ。
マナは俺の腕の中でもがいて逃れようとして。
「──っ! わかったようなことをっ!!」
「──わかんねぇよ!!」
「──わかるわけがない!!普通に生きてきたユージンにはわからない!!」
「──なら、わかろうとすんのもダメかよ!?」
「──!?」
そこで、マナの動きが止まる。
無我夢中だった。俺の知らない世界の話だった。
俺が感情に任せて叫んだ言葉は、救いだったろうか。
それとも絶望だったろうか。
彼女の痛みは他人にはわからない。
それでも俺にできることはこれしかない。
コイツに対して、正直に。本気で。誠実に。
「お前の痛みを教えてくれ。お前の悲しみを教えてくれ。マナ。俺はどうすればいい?俺が何したらお前は笑ってくれる?なぁ・・マナ・・」
「・・ぢゃぁずっと傍に居てよ!・・・僕を裏切らないでよ・・・」
「ああ、傍に居る」
「──嘘だ!」
「──嘘じゃない!!」
「──うそ・・そんなの・・・嘘・・だもん」
「──嘘じゃ・・・ない」
そんなの証明できない。
でもこんなマナを放っておけるわけがない。
放っておきたくない。
一度は脳が拒否した言葉がよみがえる。
俺が思う"不幸"とはなんだか次元の違う話に聞こえた其れは。
彼女の孤独を推しはかるには十分な材料で。
飲み込め。
理解しろ。
それはすぐ隣にある悲劇だ。
お前がわからなくて誰がわかってやれる。
他に誰がいる。
彼女が。
殺したいくらい。
大っっっ嫌いな。
──おとうさん。