第60回 「えっと、あのね。」(長い講釈回)
「・・・・ッッはァ!!」
バンッ!
と、本当にたたき開けると、ドアってこんな鳴り方するんだな・・とか場違いな感想を一瞬だけ挟む。余裕が出てきたという事だろうか。
なんにしろ、外での戦闘を辛くも切り抜けた俺たちは、一番手近に有った宿屋に転がり込むようにして身を隠した。
申し訳程度、起伏の少ない表情パターンのうち、驚いているそれを表に出した宿屋のNPC主人に、口早にチェックインを申し出る。返事を待たずにジャンローゼを担いで指定した部屋に向かう間、マナが会話を引き継いで、支払いを済ませる。
追いついたマナが、先に立って部屋のドアを開け、俺がジャンローゼを慎重に部屋に運び入れる。
かちゃり。
プライベートスペースであり、此処に居る限り何者も手が出せないはずの客室。そのカギがかかった瞬間、俺とマナは安堵してその場に崩れ落ちた。
「・・・・う」
わずかに呻くジャンローゼにハッとして、肩ごしに見ると、死亡扱いではないにしろ、出血による意識不明の状態で、相手のプレイヤーからこちらが認識できているかも怪しい。
恐らくもうしばらく放っておくだけで、襲撃側の剣士たちと同じように薄青く光って霧散してしまうだろう。
「マナ」
「うん」
短く言葉を交わして、頷き合う。
こうなると経口回復液の類で回復するのは困難だ。マナもそれはわかっているらしく、回復術式の準備をし始める。
マナが、インベントリにしまった魔杖を取り出すのももどかしいのか、その場に膝をついてナイフの柄で床を打つ間、俺はジャンローゼをベッドへ横たえる。
「我が魔王に捧ぐ」
この時ばかりは召喚魔術の唯一の欠点であるこの時間を恨めしく思う。
「我が魔王、紅蓮のエスタナシアに願う。崇拝の対価として細やかなる・・慈悲を!」
狭い部屋の中で、マナに覆いかぶさる様に出現する、白い悪魔。
「キんドる・・」
相変わらずよくわからない声質の、耳障りのあまりよろしくない音で、そんな風に魔術が放たれる。
悪魔の手から緑色の光が放たれ、ゆっくりとジャンローゼの身体を包み込んだかと思うと、数秒もしないうちに何事もなかったかのように収まる。
「生命力値が見えない相手だと、ホントに回復してるのか分かりづら・・んん?」
見ると、回復エフェクトに少し遅れて、血まみれだったジャンローゼのシャツから血痕が消えてゆく。
まじか。服まできれいになるのか。
というか今まで気にしたことなかったけど、そもそも汚れるんだな。
そういや、俺たちだって、ゲーム始めて此の方、装備を洗濯するとかしたわけじゃないし。ははぁ、時間経過か、あるいは装備者のダメージレベルで汚れの表現が起きたり、戻ったりするのかな。
「・・・っ!・・・はぁっ」
マナが、短く息を吐いて、ナイフを鞘に戻し、今度こそその場にべしゃりと座り込む。
俺もベッドではなくマナの横に腰を下ろし、ジャンローゼの様子を見る。
ふと、マナがよろよろともう一度立ち上がろうとしているのに気が付き、首をかしげると
「ユージンも・・・火傷してる」
そう言ってもう一度魔界を開こうとするマナを、さすがに止める。
「俺はいいよ、待ってれば自然回復する程度しか減っていない。 それよりもマナの方がヒドイ怪我じゃないか」
そう言って剣帯と逆の腰に取り付けられたベルトポーチからポーションを引き抜いてマナに差し出す。
「あ、ありがとう」
申し訳なさそうにそれを受け取り、コルクを引き抜いて中身を一気にあおる。
ほどなくして痛々しく切り裂かれていた、マナの肩口が治癒される。傷口が回復術式と同じような緑色の光に包まれたかと思うと、フードパーカーが黒くてわかりづらいが、切り裂かれて血がにじんだ肩の傷がふさがり、次いで服も元通りになる。
再度、仕切り直す様に息を吐き、ジャンローゼに視線を戻すが、彼が目を覚ます様子はない。もしかしたら、出血過多によるペナルティで、しばらく麻痺状態とかそんなんかもしれない。
ところで俺は。
ポーションを受け取るときのマナの申し訳なさそうな顔が、いつも通りのマナの顔で、俺は内心ほっとしていた。
──あの表情の事、突っ込んでいいんだろうか。
いや、それよりもあのナイフ捌き。接近戦闘センス。何時の間にあんなことができるようになっていたんだ。
そのくらいは・・・聞いてもいいか。
「なぁ・・・マナ」
びくり。
そんな風に肩をすくめるのが分かった。
ええと、やっぱり聞かれたくないのか。
多分、あの表情のこと。
まぁどっちであるにしろ、まず言葉に、だ。
「すげぇじゃんか。 あの剣士、どうみても俺たちより相当高レベルだったぞ。 それを・・なんていうか"圧倒してた"よな、最初」
俺がそう切り出すと、マナは実にわかりやすく、"ああ、そっちか"って感じの安堵するような顔をした。
ふぅ。と一つ息を吐いて、マナは口を開く。
「えと、ユージンってもしかして僕の事、"素直で純粋な女の子"みたいなイメージになってる?」
それは、言われてみればと言えば言われてみれば。確かにそう。
「え? あ、ああ、たしかに」
「此処までの態度とか、その、このアバターの見た目とかで"素直な女の子"感が出来上がっちゃってるかもしれないけど、最初のころちょっとだけ話したように、もともとゲームは得意な方なんだ」
なるほど、見た目のイメージが現実に近く、それでもゲームであるこの世界において陥りやすい誤解なのかもしれない。
でもそれだけでは納得できずに、俺はさらに言葉を重ねる。
「でも得意ったって、平均レベル以下の俺たちが、対人戦の激戦区に居るようなヤツを相手にできるもんなのか?」
「えっと・・・・ユージンがどこまで実感してるかわからないけど、僕が考えるに、ね?」
態度だけはどこまでも自信なさそうに、申し訳なさそうにマナは説明を始めた。
ちなみに質量、急所攻撃倍率などによって、準無敵級の防御力を許さないTWOでは、いくらでも寝首の掻き様がある。
っていうくらいは俺でもわかる。
俺も不意打ちによって"ラディ"と呼ばれた剣士を殺害してしまっている。
無造作に放ったスキル攻撃である一撃目は、ショルダーアーマーの様なモノに当たってほとんどダメージを与えることができなかった。
しかし二撃目はあっさりとキャラクターの頭部を貫通して即死足らしめた。
でもそれは最初から最後まで一貫してラディが無防備であったからだ。
"オルヴェ"と呼ばれた剣士と真っ向から対峙したマナが、正面から剣を打ち合わせて競り勝てたのはなんでだろう?
マナはその答えを語る。
マナ曰く、このTWOにおいて所謂"攻撃力"の概念に関与する要素はかなりあるらしい。
ここまでの旅や、攻略サイトなどを見て勤勉に学んでいた彼女は、例えば武器と武器を打ち合わせたときに「どちらがはじかれるか」という判定に対して「武器硬度優先度」と「速度」が重要であることを知っていた。
オルヴェが持っていた幅広直剣は肉厚で身幅が広く、刀剣としては重量級だ。彼は高い筋力値によってそれを自在に振り回せて──いるつもりだった。
実際には剣を振り始めるときの「瞬発力」「加速力」の様なモノに乏しく。剣戟の際にいちいち"溜め"の様なモノがあったらしい。
それが振り切られれば、防御不能の破壊力を生み出すが、振り始めは注意して見ていれば分かるもので、其処を狙われると極端に弾かれ易い。
それに対してマナは体の回転、精一杯伸ばした腕で円を描くような振り方で遠心力を利用し、末端部分のナイフが高速で相手の剣に衝突するように仕向け、タイミングよくオルヴェの「振り始め」を狙い、ことごとくはじき返して見せたという。
しかしながら、打ち合わせた衝撃力はそのままナイフを持つ腕に跳ね返る為、何度も連続で出来る無茶ではない。実際、あのタイミングでオルヴェが体勢を崩してくれなければ、マナの方が危うかったのだとか。
筋力値、というステータスは一応数値表記されているが、実感しにくい。マナが言うにはあの時、オルヴェが体勢を崩す直前に、視界の脇に警告が出ていたという。
曰く。
──右腕部膂力限界付近です。ゲージがなくなると一定時間、腕部に致命的ペナルティ(状態異常:麻痺、或いは骨折)が発生します。
とかなんとか。
恐らくそのゲージとやらこそ、筋力値の目視化なんだろう。
つまりマナの筋力値ではあの7回くらいの剣戟が精いっぱいだったのだ。本当にギリギリ、だったわけだ。
ちなみに最後に真っ向から押し合いになった時、このゲージとやらは打ち合わせた直後から表示され、恐ろしい速度で減少していったそうだ・・。
「うへぇ。そんなこと考えて戦ってたのか。というか、それだけで対人戦の熟練者を圧倒出来るもんなのか?」
そういうと、マナは困ったような顔になり
「え・・っと、多分、熟練者ではあったんだと思うんだけど・・・」
「だけど・・?」
言葉尻を濁すマナに、重ねて問う。
「あの人、多分"直感的な慣れ"だけでゲームしちゃうタイプなんだと思う。ほら、対戦ゲームとかで"対戦回数"はすっごいのに、"勝率"が芳しくない人って、いるじゃない?」
なんだかわたわたと、慌てた様に、言いにくそうにそう並べ立てるマナに、俺は一言重ねて聞いた。
「──つまり?」
「あの、その、"歴戦のへたっぴ"っていうかぁ・・」
心底言いにくそうに、申し訳なさそうに。指先をちくちくと突き合わせてもてあそびながら。
そんなことを言う。
わざわざ"歴戦の"と付けてあげるあたりがマナらしい、とでも言おうか。マナ、それって結局一言で言うと"へたくそ"ってことだよな?
「ユージン。 "ゲームにも理屈" ・・だよ?」
実に彼女らしい苦笑いと、そんな言葉で締めくくるマナに。
「そ」
乾いた笑いを浮かべながら、俺は
「そうだな」
一言、そう返すことしかできなかった。
なにしろ俺自身が、この"直感的な慣れ"だけでゲームしちゃうタイプってやつであり、バッチリ自覚もある。
そして悲しいかな、先ほどの言いにくそうなマナの態度からもわかる通り、俺も"そうである"ことをマナもちゃんとわかっているようだ。
俺はなんだかひどく情けない気持ちになり、今日ログアウトしたら、所謂攻略サイトとやらを覗きに行こうと決意するのであった。




