第58回 「貴方は、きらい」
「僕、あのひと、助けたい」
「ハァ!?」
たった一つ向こうの通りの、ここから見える場所で激しい剣戟が続く中。
自分たちは圧倒的に力量不足で、巻き込まれれば、まずキャラクター死亡の危険を考慮に入れなければならない。
この状況であんまりにもあんまりな提案に、思わず声を荒げてしまう。
ビクッと肩をすくめて、委縮するマナに、俺は言い澱む。
マナを怖がらせたいわけじゃない。
でもなんで、こんなこと言うんだ。
どう考えても分が悪い。
考える暇などないが、それでも考えて、言葉を選んで、絞り出す。
「マナ。確かにあの一場面だけ見れば、胸糞悪い気持ちもわかるが・・でもなんでだ。実際にはやられてる方が悪党って可能性もあるんだぜ? それに俺たちじゃいくらなんでも役不足だ。それくらいお前だってわかるだろ!?」
マナは悔し泣きするみたいに顔を歪めて歯噛みして、それから抑えきれないように、喚く様に、叫ぶ。
「わかってるよ! わかってる! だけど! "アレ"を許したら、僕は・・・ぼくはっ・・・!!」
思いつめた顔をしたマナは、今すぐにでも一人で飛び出しかねない。
ここで俺は、ふと気が付いた。
アレ?
多勢に無勢の私刑・・・か?
気が付いてしまった。
ああ、そうか。
こいつら、昔マナを囲んで何かを言った奴らなんだ。
・・・いや実際には完全に全く無関係の他人だろうけど。
でもマナの中ではきっと、その姿は重なっていて、許しがたい"悪"で、逃げ出すことは心が許さないんだろう。
俺は。
自分でもあきれるほど、すんなり納得してしまった自分自身に驚いていた。
縋る様なマナの瞳で覗き込まれ、ほんとに、これに弱いよな、俺は。
と、苦笑する。
こんな時に、だ。
「やれやれ、まったく"困ったお姫様"だ。 どっちが死んでも、旅行はこれで終わりか、ヴァルハラからやり直しだからな」
そんな愚痴ともつかぬことを零しながら、俺は剣帯に吊るした鞘から長剣を引き抜く。
肯定。
俺の態度をそう受け取ったのか、マナが安堵したような、救われたような、そんな顔をする。
「ユージン・・・ありがとう」
さぁそうと決まれば、一刻の猶予もない。
俺たちはいよいよ危うい金髪の剣士を助けるべく、頷き合って駆け出す。
◇◆◇◆◇
交差路に飛び出した俺は、まず状況を把握しようとした。
危ういながらも防戦を続ける金髪の青年と、それを襲う形の男たち。
襲撃側は向こう通りから見えた通り、三人。全て剣士で、それぞれショートソードを両手に持った小柄な男、波刃剣を持つ大柄な男、そして幅広直剣の中肉中背。
俺がそこまで把握するのと同時、金髪の青年と切り結んでいた小柄な男がすごい勢いで壁際まで弾き飛ばされ、動かなくなる。
うぉぉ、青年、がんばるなァ。
感心するのも束の間、波刃剣の大男が、金髪の青年に追撃しようと肉薄するが、金髪の青年は先ほどの一撃で力尽きた様に膝を折ってしまっている。
やれやれ、万事休すってな。
──だけど!
「スタンンッッ!!」
走り込む勢いで、まだこちらの介入に気が付いていないその横面に剣技攻撃を叩きこむ。
「バッシュゥゥゥゥッ!!」
モーション的にはただ大きく振りかぶって、袈裟に切り下ろすだけの大振りだが、剣技スキル抑止重撃を習得している剣士がこれをすれば、スキルとして攻撃に倍率、そして特殊効果が付与される。
この場合、俺と相手のレベル差は歴然で、考えるまでもないほどの差があるだろう。だが、直接ダメージが当たらなくても、スキルに付随する特殊効果で、所謂"状態異常"を狙っていく作戦だ。
ここで言う"状態異常"ってのは、あれだ。ヴァルハラで俺がジョーンズに食らってたような、麻痺だとか、行動を制限する類の効果を、相手に付与するものだ。
スタンバッシュはその名のとおり、重い一撃を加えることで、相手のキャラクターを押しのけるノックバック効果や、一時的に昏倒させる、スタン効果などを持つスキルだ。
フランベルジュの剣士は、剣技の音声入力が始まった時点で俺の接近に気が付いていたようだが、金髪剣士への攻撃を今更中断できないところまで来てしまっていて、わかってるけど避けられない。そんな眼をしていた。
バガンッ!
「くそ!」
うまく付随効果が発揮され、衝撃に急激に進路を変えられた剣士は悪態をつきながら近くの民家の壁まで吹き飛ぶ。
ショートソードの男はもう戦意喪失とみていいだろう、先ほどから動かない。
俺は、一度弾き飛ばしたとはいえ、気絶は免れたらしいこの波刃剣の男にこのまままとわりつかざるを得ないが、そうなると残りの幅広剣の男を、マナが一人で抑えなければいけない。
「豪炎障壁!!」
そのとき、金髪の青年と襲撃側との間に炎の壁が立ち、相互を隔てる。
業火の壁によって進路を塞ぐファイアウォールの魔術だ。
「ナイスだ!」
これによって、襲撃側の剣士たちは金髪の青年にしばらく手が出せないだろう。
マナも、より時間を稼ぎたいという俺の意図を汲んでくれている。
しかし。
俺に不意打ちを受けて、転倒していた波刃剣の男が、体勢を崩しながらも叫ぶ。自分はすぐに起きられないと悟り、俺の追撃を甘んじて受ける覚悟で、幅広剣の男に指示を飛ばす様に指さす。
なら俺は黙ってみているわけにはいかない。単純なステータスでいえば、相手が体勢を立て直したが最後、俺に勝算はない。
幸いにしてTWOのシステムは"無敵"を許さない。ヒトの表皮はいくらレベルを上げたとて鋼に変わるわけでもない。相手の意表をついて、致命的な部分を攻撃すれば、ノーダメージはあり得ない。
だからやるしかない。
俺の安全だけじゃない。討ち洩らせば、マナに危険が及ぶ。
だから。
に、人間に向かって・・・剣を。
「オルヴェ!こいつら低レべルだ!!大したダメージじゃない!その炎壁も見せかけだ!ジャンローゼを狙がぁあああっ!!」
壁際で俺を無視して、横を向いている男の横面を長剣で串刺しにする。刀身が顔面を貫通し、背後の壁まで到達しているのがわかる。
我ながらエグイ刺し方をしたと思わず顔をしかめるが、遠慮しているようなレベル差ではない。武器硬度と急所攻撃倍率を最大限に利用しなければ、次にまともなダメージを与えられるのはいつになるかわからない。
殺せるものなら此処で・・・殺すしかない。
「ラディ!? くそ! ジャンローゼェェェェッ!!」
いくつもの状況が重なり合って、とんでもないレベル差を覆して、自分の仲間を即死足らしめた俺を。それを怨嗟の眼差しで横目に睨み付けながらも、オルヴェと呼ばれた剣士はマナと、青年に向かって走る。
なんと。
幅広剣の剣士が助走をつけ、幅広の刀身を盾にしながら炎壁を飛び越えてしまう。
ところどころが焦げ、無事ではないようだが、これで逆に俺たちは窮地に立たされた。
炎壁の魔術を強引に飛び越えるだなどと、マナとレベル差のある、襲撃側の剣士だからこそできたこと。俺がそれを追いかけることができないこの状況で、マナはいよいよ襲撃側の剣士を一人で相手にしなければならなくなった。
炎壁の魔術が完全に裏目に出る結果となってしまったわけだ。
俺は、炎壁の魔術の効果時間が切れるのをもどかしく待ちながら、マナの身を案じた。
「マナ!!」
"ジャンローゼ"と呼ばれた青年に、治療の魔術を行使しようとしていたマナは、襲撃側の剣士の接近に、詠唱を中断せざるを得なかった。
しかしマナは、この状況で逃げ出すでもなく、ジャンローゼと襲撃側の生き残り、オルヴェ・・か? の、間に立ちはだかる。
俺はそのマナの表情を。
見たことがなかった。
ほとんど感情の見えない、冷たい目をしたマナが其処に居た。
なんて表現したらいいだろう。
台所で見つけた害虫を駆除するくらいの無感動さなら、人はこんな表情をするだろうか。我が相棒ながら、思わずぞくりとするような瞳に一瞬息を飲むが。
だが、これはあまりにも不利な状況だ。
何しろ、先ほど俺がラディと呼ばれた剣士にしたような、不意打ちからの一方的な追撃とは話が違う。単純な筋力値のぶつかり合いでほぼ覆し様がないようなレベル差がある中、近接戦闘のスペシャリストである剣士に対して、マナは純粋な魔術師である。
今手にしている木製の魔杖で、とてもではないが重量級と言える幅広剣の攻撃を受けきれるとは思えない。
「もう無理だ!! マナ! 逃げろ!」
炎壁の向こうに向かって叫ぶが、マナは俺の声がまるで聞こえてないかのように、その場を動かない。
「何なんだお前ら! "薔薇"の身内にゃ見えないが、何故邪魔をする!? 無関係な奴が首を突っ込むな!」
オルヴェが、仰々しい身振りで叫ぶ。
"薔薇"が指すものが何だかわからない。しかし、正直これは、ある意味で優しさにも等しい。
当初の予定からずいぶん覆されたであろうが、それでも状況は襲撃側に圧倒的有利。オルヴェにしてみれば、マナなど一撃で切り伏せ、ジャンローゼにとどめを刺すのも容易いだろう。
それなのに、"邪魔しなければ殺さない、退いて居ろ"と、言ってくれているのだ。
しかし。
それでもだ。
マナは退かない。
恐怖に怯えながらも気丈に、というわけでもない。
ただ虚ろというのにも似た、見たことも無い様な顔で、ゆらりとそこに立ちはだかり、魔杖の先を、剣士オルヴェに向ける。
その口元がわずかに動き、何かを言う。
揺らめく炎壁の向こうからその声は聞こえないが、その姿を凝視しているしかない俺は、なんとなくマナがなんと言ったのかわかってしまった。
──貴方は、嫌い。
ただ一言、マナはそう言った。と、思う。
その一言にどんな意味が込められていたのか、俺にはわからない。
ただ俺の知らない彼女の闇を覗き込んだようで、状況的危機とは別の焦燥感のような物をジワリ、と、感じていた。
なんにしろ、炎壁もいつまで持続するかわからない状況で、オルヴェはしびれを切らし幅広剣を手にマナに迫る。
「警告はしたからなッ!!」




