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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第56回 「ユリシャ連邦」 地図画像有


「えーと。爆発☆しろとか言っとく?それとも、御馳走様、もうお腹いっぱいですとか言っとく?」



 夜道。コーレルから離れゆく馬車の上で、ドワーフじみた容貌の御者は、困ったような、でもどこか少しだけからかうようなニュアンスで、そんなことを言うのだ。


「いやあの、す、すみません」

「ご、ごめんなさい」


 聞かれてた。


 聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた聞かれてた!


 俺とマナはもう顔から火が出るって勢いで赤面して、馬車の座席の両端の壁にそれぞれ張り付くように、お互いから離れて俯いている。


 お互いの不安を吐露して、まぁその・・・またもや抱き合って、泣きながら親睦を深め合ってしまった。

 いままでこんなことは結構あったけど、感極まった勢いとはいえ、人前でやらかしてしまうとは。


「まぁ個人の事情にはあんまし突っ込まないようにはしてるけどよ? ほら行先も聞いてねぇからサ。そろそろおしえてくれねぇと、運びようがねぇ」


 そう言って御者は街道を少しだけ逸れ、馬車を停止させる。

 そこで、ふと思いついたように、「あ」とか洩らすのだが。


「もしかして、あてもなく馬車を走らせて、"動く密室の中で邪魔されずにイチャイチャ"ってお話だった?」


 そんなことを言うのだ。


「「違いますッ!!」」


 俺たちは今日も息ぴったりだった。


「ははは、若ぇなぁ。ほんで、お二人さんはどこ行きたいンだ?」


 話題がようやく逸れたことに心底安堵し、俺はため息を吐きつつ、返事を返す。


「ユリシャまで行きたいんだ」


「ユリシャの"どこ"までだい?」


 うん?


「いや、だから、ユリシャまで・・?」


「ユリシャっつっても広いけど"どのユリシャ"?」


 んんん?何か話がかみ合わないぞ?


「ちょ、ちょっとまってくれ。"セレクトリア領、ユリシャ市"って一か所しかないんじゃないのか?あれ?いくつもあるもんなの?」


「あーそういうことかァ」


 俺が疑問をそのまま口にすると、御者の男は一人だけ納得顔。


 俺も、横で聞いていたマナも、さっきまでの気恥ずかしさを忘れて思わず首をひねる。


「どういうこと?」


 俺が説明を求めると、御者はちょっとだけ困った顔をして呟く。


「ん~~。その様子じゃ原作なんて読んじゃいないだろうしなァ」


「あー」


 ハイ、出ましたよ"原作"。


 てかなんで俺たち以外は当たり前のようにみんな知ってんだよ。

 わりと人気かよ。

 知る人ぞ知るとか言ってすんませんでしたァー。


 まぁそれはいいとして、だ。


「"原作"がある事だけは聞いた。けどさっぱり読んでない。申し訳ないけどどんなところなのか説明頼めるかな」


「頼まれたッ」


 御者は"ひとまずだいたいユリシャの方へ走らせるぞ"と前置いて、ゆっくりと馬車を街道へ戻す。

 そのまま道なりにゆっくりと進みながら、説明を始めたのだった。




 さて件の"セレクトリア領 ユリシャ市"だが。


 御者の話をなんとなく纏めるとこうだ。

 原作の背景でいえば「ユリシャ」という街は実は現在の「中央」たるセレクトリア王国には「平和的統合」ではなく「占領」されて支配地域に。という歴史をたどっているらしい。


 正式には「旧ユリシャ連邦市国群」と称される、中・小様々な独立市国からなる連邦国家だったが、治安がすこぶる悪く、度重なる内戦による疲弊の隙を突く形で、セレクトリアからの侵攻を受け、占領された経緯がある。


 つまり"ユリシャ"とは適度に密集した中、小規模の街や村の集合であり、色んな都市国家と言うか、実際には"村国家"なるものまで存在する中、"ユリシャ内での"覇権をめぐって小規模の戦争を繰り返すような場所だったわけだ。


 だから「ユリシャに行きたい」と言われても、「え、じゃあユリシャの何処?」という風にしかならないわけだ。


 土地柄としては緩やかな丘陵や適度な平地、湖や樹林、様々な環境が入り乱れ、それぞれにとりつく形で何らかの町や村落が形成されているという。

 国土の丁度中央に、全体から見ればやや盆地と言った広い平野があり、芯中に湖を挟んで二大都市(と言ってもそれぞれがコーレルよりも小規模)があり、そのあたりがユリシャでも要所となっているという。




「じゃあ・・」


 と、言ってはなんだか軽すぎる気もするが、他に判断材料もなく、俺はその中央の二大都市の、コーレル寄りにある方を目指してほしいと言った。


 御者は小窓からでも見える立派な髭を撫でさすり、「ふむ」と一言。


 それから少し考えるような仕草の後、徐に口を開く。


「ん~~。そうだな、降りた先が人口数十人の寒村じゃ、わかるもんもわからねぇだろうし。二大都市のどっちかに行っといたほうがわかりやすいかもなァ」


 そんなことを言いながら、なにやら操舵席で荷物をごそごそやり始める。


「??」

「???」


 俺もマナも気になりつつも待つしかなく、座席の両端に離れながらも目線を合わせて首をかしげるばかりだ。


「ちょっとまってな・・」


 そういって、御者の男は自分の荷物から地図らしきものと、羊皮紙の様なモノを取り出し、万年筆の様なもので羊皮紙に何か書き込んでいる。


 あ、うん。あれだ。


 こう言ってしまうとなんでもない事のように思うかもしれないが、改めて言うぞ? ここはゲームの中だ。

 一つ一つのアイテムにそれほど比重があるとは思えない、"ロールプレイングゲーム"の中で、今この人、何をした?


 地図と、白紙の紙を取り出して、ペンで地図を"描き写した"ぞ?


 あーいや、もう何も言うまい。そういや、ケンちゃんがヴァルハラで、そこいらに落ちてた枝で土の地面に数字とか書いてたよ。できて当たり前ってか。信じられないことに。


「ほれ、こんなもんでも無いよりマシだろ」


挿絵(By みてみん)


 俺が釈然としない顔をしている間にも、御者の男は"手書きで複製した地図アイテム"を小窓から差し入れる。

 渡された地図は、確かに手書きよろしくほどよく雑な線で、これまた町や村落の名称がアルファベットで書かれていてさらにわかりづらい。


「ああ、すまん。丸っと描き写すつもりで書いたら、地図に書いてあるまんま、そのまま書いちまった。まぁ大体読めんダロ」


 そういって照れ隠しか誤魔化し笑いのつもりなのか、がはは、と短く笑う。


「で、真ん中に橋のかかったでかい湖の両側に"ターヴァ"ってのと、"ローズウッド"ってのがあるだろ? ほんでローズウッドまでは直で行けるわけよ。どうだい? 地図見て考え変わったりしない?」


 たしかに、村落のマークは有りつつも、地図に名前が載るのは中央の平原と、その周辺くらいのようだ。観光するにしたって、寂れた村のひとつひとつまで見て回る気はない。此処はやはり当初の予定通り・・・。


「そうですね。ええと、この"ローズウッド"? まで、お願いします」


「あいよォ」


 ようやく目的地が確定し、馬車馬に鞭が入る。馬車は速度を増し、コーレルを離れていく。


 遠く、見えなくなっていく街の灯りを眺めて、マナがため息をつく。


「行かなきゃよかった・・って、思ってる?」


 コーレルに立ち寄ったことを、マナは後悔しているだろうか。

 あんな目にあわされて、普通であれば恨んで当然だ。


 でも。


「ううん。行ってよかった。お祭りの明かりは綺麗だったし、その、ちょっと辛いこともあったけど。知らないでいるより、"痛み"でも知っていたい」


「そうか・・」


 短くそう返す。が。

 内心俺は驚いていた。


 マナはことある毎に自分の弱さを恥じるようなことを言うが、思いのほか前向きである。

 疑問なのは、それなのに何で一人ぼっちなのか。


 もしかして、俺と出会って"変わった"?

 だとしたらなんだか・・その、ちょっと嬉しい。



「あーところでよォ」


 ちょっと感慨モードになりつつあるところに、バッサリぶった切って御者。俺は苦笑いしつつ、小窓に目を向ける。


「おにーさんたち、今日は何時までインしてんの?」


 ──俺は。


 お察しの悪い俺が。


 この時ばかりは何故だか、ピンと来てしまった。


「そ、そういえば・・あの、ローズウッドって・・今日中に着いたり・・?」


 恐る恐る確かめなければならないことを口にし、小窓の向こうで肩をすくめる御者に、半ばあきらめにも似た感情が膨れ上がるのを感じる。


「馬鹿言っちゃいけねェよ、おにーさん。"今日"っつったって、あと3時間しかないんだぜ?」


 俺は冷や汗をかきながら、さらに聞かなければならないことを口にする。


「え、ええと俺たちがログアウトしてる間ずっと此処に居てってわけにもいかないし・・・こ、これ、どうなんの?」


 そう、下手をすれば街道の半ばで途中下車して、明日からまた徒歩でユリシャまで移動しなければいけないのかと思い、俺はいよいよ慌てる。

 隣で俺たちの会話を聞いていたマナも、顔を青ざめさせる。


 と、そこで御者はどういうわけかニヤリと笑い、チッチと口ずさんで指を振る。

 え・・っと、これはどういう・・?


「ご心配の種はお察しするぜ。確かに、NPC馬車なら降りたらそこで終わりだし、乗ったままログアウトなんてできねぇよ? だけどプレイヤーズ馬車は違う。ほら、利点があるって言ったろ?」


 そんなことを言う御者に俺は期待の眼差しを向けざるを得なかった。


「え・・じゃあ、もしかして」

「おう、次のログイン時間を指定してくれれば、地点登録してその場所まで迎えにくるぜ?」


「うわぁぁぁぁまじですかぁぁぁっ!?」

「あ、ありがとうございますぅぅぅ!」


 客席と操舵席が壁で隔てられていなければ、俺たちはこの御者に飛びついていたかもしれない。




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