第54回 「ギターマン」
「おかえり。成果の程はどうだい?」
そんなセリフで、アーヴァインが俺たちを出迎える。
時刻は宵の口。コーレル市。アーヴァインショップ前。
俺たちはやはり、肉体的には全く疲労していないのに、森の中で色々有り過ぎて精神的にはへとへとだ。転がる様にして、ショップの店先にある椅子に沈み込む。
「まぁ色々ありましたけど……」
「羽根って、何枚くらいまで買い取ってもらえるんでしょう?」
テーブルに伏せながら、口々に言うと、アーヴァインがテーブルに水を置く。
俺たちに飲食をしている感覚はないが、俺は何か、精神的なスイッチになるんじゃないかと、その水を一気に煽る。
それを見たマナも同様に、一気に水を飲み干す。
うん、気休めにはなったんじゃないだろうか。
「うーん、さすがに際限なくってわけにはいかないけど、生業だから多少過剰でも構わないよ? てか何枚拾ってきたんだ?」
俺たちは無言でインベントリを操作し、テーブルの上にコーレルバードの羽根を置く。
→コーレルバードの羽根×104:収集アイテム
→コーレルバードの羽根×98:収集アイテム
104+98で202枚か。
我ながら拾ったなァ。
羽根束を見たアーヴァインも口笛を吹いて感嘆の声を漏らす。
「こらまたスゲェ拾ってきたね。1枚50でよければすべて買い取ろう。それでいいかい?」
「50シルバーが、202枚で……」
「いちまんひゃく……って1万!?」
俺たちは目が覚めた様にシャキッと姿勢を正した。
「い、良いんですか?」
恐る恐るアーヴァインの顔色を窺いながら聞き返す。
「まぁ手持ちの現金は空になるけど、今後ずっと使い続けるものだしね。オレとしては」
かつてないほど高額の報酬に、震える手でトレードの確認ボタンを押す。
「毎度♪ オレ、早速加工してるから、用事あったら声かけてくれ」
アーヴァインはそう言ってそそくさと店内の工房へ引っ込む。流石に材料過多だろうから、できるだけ早く商品にしたいんだろう。
さて。
昨日のサイラスの羽根も相まって、羽根だけで15000近くの稼ぎになった。
俺は。
安堵するように、椅子に沈み込んだ。
これだけあれば、ユリシャまで届かないって事は無いだろう。
あとは──
そろそろ店先に魔術光を灯すプレイヤーがちらほらと現れ始め、コーレル市は本格的に夜の顔となっていく。
「なぁ、マナ?」
「ふぇ?」
俺の横で脱力しきっていたマナは、突然呼びかけられて驚いたようにこちらを向く。
「このまますぐにコーレルを離れても、いいのか?」
「え、どゆこと?」
アーヴァインショップからの露光でわずかに照らされ、闇に白く浮かび上がるマナ。その顔が単純な疑問符を浮かべる。
マナは何でもない様子に見えるけど、ナイトフェスを楽しみにしていたんじゃないのかな。今からでもこの手を引いて、マーケットへ繰り出したほうが喜ぶんじゃないか。
嗚呼、まて。
ちょっと待て。
"これ"がだめだって、本人にも言われたじゃないか。
俺は。
"言葉"にした。
「昼間話したとき、ちょっと残念そうにしてたから。もしかしてマナ、今日の本祭楽しみにしてて、ホントは行きたかったんじゃないかなって、思ってさ」
「え、でも」
「マナはどうしたい? もし行きたかったら、良いんだぞ。ちょっとくらい、覗いていっても」
俺がそういうと、マナはちょっとだけ驚いたように目を丸くした後、ふと優しく微笑んだ。
「そうだね。ユージンがせっかく"言葉"にしてくれたなら、ちょっとだけ甘えちゃおうかな」
ずっと。
彼女がこんな顔していられたら、と思う。
それは傲慢だろうか。
◇◆◇◆◇
「それじゃ、俺たちナイトフェスをちょっとだけ見て、そのままコーレルを離れます」
「そっか、またコーレルに来る事が有ったら、ぜひ寄ってくれ」
「ハイ。お世話になりました」
そう挨拶を交わし、店先まで見送ってくれたアーヴァインに手を振って、マーケットへと歩き出す。
一昨日もずいぶんな賑わいだとは思っていたが、さすが本祭といったところか。イルミネーションの様な魔術光はさらに数を増し、真昼の様な白光の中を二人、ゆっくりと歩いていく。
「ユージン」
マナが、呟くように口を開く。
「うん?」
短く返すと、マナがこちらを見上げてほほ笑む。
「ありがとう。やっぱりもう一回見られて、よかった」
そんなセリフ。
"お前がそんな風に笑ってくれて俺もうれしい"
とか。
さすがにそこは恥ずかしくて、"言葉"にはできなかったが。
しかし。
不安はある。
今の俺たちはお尋ね者みたいなもんだ。オレもマナも容姿は動画でばれてるし、見る人が見たら、あれだ。
"この顔にピン!ときたら"ってやつだ。
頼むから俺たちがここを離れるまで「ぺんっ」とか「ぽんっ」とかしててくれ。
まぁいざってときは──
「綺麗。こんなの自分の部屋に居ながら見られるなんて。VRって……すごいね」
「ああ……」
いざってときは、身体を張ってでも、こいつの事守ろう。
俺はひそかに誓いを立てながら、夜の街に踏み込むのだった。
◇◆◇◆◇
杞憂だったか。
コーレル・ナイトフェスティバルの本祭は、本当にすべてゲームプレイヤーかと疑うくらいの賑わいで、マーケット内は人でごった返す。
雑踏の中を歩きながら、この中の一人一人の顔を見咎める奴などいないんだろう、と半ば安堵する。
「ユージン、ホントにありがと。きっと、素敵な思い出になるね」
「これでおしまいみたいに言うなよ。これからも、きっと、もっと、ずっと楽しいぞ」
「うん!」
夜の街を背景に、こちらを振り返りながら、マナが笑いかける。
「あ──」
ふと、マナが足を止める。
何事かとすぐに追いついて、俺もそちらを見ると、前夜祭で演奏していたプレイヤーたちが今日も同じ場所で演奏していた。
今日もまた、ボーカルは居ない。
何の因果か、今、演奏しているのもあの時の曲。
"桜の降る夜に"
ふらりと。
引き寄せられるように、マナが歩み寄る。
さすがにその手を取って、止めた。
「っ!」
「マナ」
はっとしてマナが振り返る。
「ご、ごめん」
「気になる?」
さすがにこの周辺に居る連中は、俺たちのことを知っている可能性が高い。
マナにとって感慨深い光景だろうけど、あまり長居はできない。
「う、うん。だけど、此処はまずいよね。行こ。ユージン」
「ああ、そうだな──」
頷き合って、その場を離れようとした、まさにその時だった。
「"歌姫"だっ!!」
隣に居たやつが俺たちを指さして叫ぶ。
しまった。
思う間にも、こちらに注目が集まり、徐々に人が集まりつつある。
「くそっ」
手を引いて駆け抜けようにも、もうほとんど取り囲まれてしまった。
『歌姫だ!』
『シンデレラだ!』
『もう一回歌って!』
口々にはやし立て始める。
まずい……な。
マナが後ろに隠れて、俺のシャツを握り締めるのが分かった。
『歌ってよー!』
『そうだ、歌えー!』
『アンコール!』
『歌え!』
『歌えっ!!』
俺は、はやし立てる周囲のプレイヤーたちの熱と裏腹に、しんと、自分の心が冷めていくのが分かった。
ああ、群集心理って怖いな。
こいつらの誰一人として、「無理強い」してるなんて感覚はないんだろうな。
俺は無駄と思いつつも、声を張り上げる。
「すんません! 今日は無理です!」
『なんでよー!?』
『誰だよオマエ! お前に用はねーんだよ!』
『そうだよ! 歌姫に用が有んだよ! そこどけよ!』
ついに群集の一人から手が出る。
マナから俺を引きはがそうと手をかけるが、俺はそれを払いのける。
「何すんだよ!」
とは、なぜか掴みかかってきた群集側の言。
なんなんだ。こいつら質の悪い報道陣みたいに。
こんなに大勢の人間が歌えって言ってるのに歌わないなんて"悪い奴"だ。悪いのはお前たちの方だから、何されても文句言えないはずなのに、抵抗なんてしやがって。
そんな、冷静になってみれば無茶苦茶なはずの心理が、その顔から読み取れる。
「ユージン……」
ふと、シャツを掴むマナの手が、ずるりと滑り落ちそうになるのを感じる。
はっとして振り返ると、マナが額に異常なほど汗を浮かべて、意識が混濁したように視線が定まっていない。
なんだ……?
マナの様子が変だ。
いやちょっと待て。
AECは素直過ぎるくらいに、やり過ぎなくらいにそいつの心理状況を顔に出す。
だとしたら、これ、ちょっとまずいんじゃないのか?
思ううちにも、俺のシャツを掴む手から力が抜けて、虚ろな目がほとんど閉じられる。
やべ──
咄嗟に。振り向きざまに気を失ったマナを抱きとめる。
もしかして、マナのやつ。
コミュ障だとは思ってたけど、もっとこう、対人恐怖症みたいなもんで、ひどいと気を失うとか、そういうレベルなのか。
周囲にどよめきが起こる。
幸か不幸か、それは勢い付いた群集を正気に戻すには十分な衝撃だった。
俺は。
「だからッ!!!」
群衆が、静まり返る。
「こいつは! ホントはスゲェあがり症で! こないだの歌姫は偶然みたいなもんで!! そう何度も無理させられねぇって言ってんだよ!! 何なんだよ!! お前ら勝手な事ばっか言いやがってッ!!!」
怒りに任せて、怒鳴り散らす。
それは、幸いにして周囲を完全に沈黙させるには十分な効果があったようだ。
「おい、オマエ」
俺が群集の一人を睨みつけると、「俺じゃない」とばかりに人垣が割れる。
一人、注目されて動けないそいつに、俺は冷めた目で告げる。
「これで、こいつのリアルに何かあったら、お前が責任取ってくれんの?」
「い、いや、それは……」
ほら、人の後ろに隠れてノリノリではやし立てていたくせに、ひとたび矢面に立てば、こんな有様の癖に。
覚悟なんか何もないくせに。
マナを抱えたまま、そいつに歩み寄る。
たじろいだ様に、そいつは一歩後ずさる。
急がなければ。気を失ったってことは、マナの今の心理状態を機材がどう判断するかわからない。こんな場所で片方だけが強制ログアウトなんてことになれば、いよいよ脱出が困難になる。
精一杯の虚勢で。
冷ややかに。
「──なら、退けよ」
そう云い放つと、そいつは短く悲鳴を上げて横に飛びのく。
静まり返る中、遠く、この事態を知らない祭の喧騒を聞きながら、人垣を割ってその場を去ろうとする。
頼むよ、このまま何事もなく──
「──えー、じゃあさァ」
沈黙を破って声が上がる。
舌打ちして振り返ると、軽薄な笑みを浮かべた盗賊風の男が、俺の後ろに立っていた。
「此処まで盛り上がったお祭りをさぁぁぁ。興ざめさせた"責任"ってやつはさぁ。だれが……とってくれんのかなぁ。ぎゃははッ!」
くそ、どこにでもいるな。こんな奴。
でもなんだって、寄りにもよってこのタイミング。
再び群衆の中で"悪者はどちらか"と言うバランスが傾き始める。
今度そうなったらおしまいだ。
絶対正義の何かになったつもりの無責任の塊共はだれにも止められないだろう。
くそ。
くそ! くそ! くそ! くそ!
俺が歯噛みしていると、ふっと群衆から飛び出る人影。
「──お前がとったらいいんじゃねぇか? なァッ!!」
「──なッ!? んがッ!!」
そいつはいきなり盗賊風の男を殴り飛ばしながら、その場に躍り出る。
俺も含めて全員が絶句する中、拳を振り切った姿勢からゆらりと身を起こしたそいつは、以外にもあのバンドのメンバー。たしかギター担当の男だ。
暗めの金髪を背中にかかるほど伸ばした長髪の男で、一見スラリと細いが下半身だけ妙に肉付きがいい。あれ、バンドマンってそういう筋肉使うんだっけ。
「ほら行きなよ。死亡フラグじゃねぇからサ」
そんなことを言ってニヤリと笑う。
少し陰鬱なイメージのステージ化粧に皮肉っぽく口の端を吊り上げて。
「いや、でも」
驚愕に、思考がまとまらない。
うまく言葉が出ない。
「あーそれとさぁ──」
皆唖然として、誰一人身動きできない中、ギタリストは先ほど殴り飛ばした盗賊風の男にゆっくりと歩み寄りながら、片手を上げて言った。
「できたら、コーレリアンのこと嫌いにならないでやって。ちょっと頭に血が上っちまったんだよ」
"此処は俺に任せて先に行け"ってやつか?
どうやら彼に助けられたらしい。
幸いにして、いち早く冷静さを取り戻す。
そうだ、彼が自身の立場を危うくしてまで作ってくれたこのチャンスを無駄にはできない。
「すまん。絶対にいつか、借りは返す」
そう言って、踵を返して走り出す。
「お互いの明日が、認め合えるもので在ることを願うよ」
「ああ、また会おうぜ、音楽に生きる人」
遠くなっていくギタリストと盗賊風の男の、殴り合う声を聴きながら、俺とマナはその場を後にした。
助かった。
迂闊だった。
あのバンドマンが割って入ってくれなければ、どうなっていたかわからない。
俺は、後悔してばかりだ。
何もわかっちゃいない。
身体を張ってでも、守る?
守り切れて……ねぇじゃんか。
結局、俺たちはこのコーレルを"逃げ去る"羽目になってしまった。




