第53回 「オレの目の周りだけ集中豪雨」
「くそっ・・・!」
悪態をつきながら、目の前のコーレルバードを斬り伏せる。
例によって薄青く光りながら霧散するエフェクトの後には、多少のランダム性は有れど、やはり1~5枚程度の飾り羽根。
・・・足りない。
張り出した大木の根の陰。
落ち葉の裏。
草むらの奥。
幸いにして、羽根自体は目立つので、拾得も含めて確実に増えていく。
だが、足りない。
俺は──焦っていた。
今回の"悪目立ち"の件で、自分のバカさ加減にイラついてもいた。
こうして追われるようにコーレルを発たなくてはいけないのも。
追われるようにその旅費を稼がなければいけないのも。
駆り立てられるように羽根を集めなくてはいけないのも。
全部。
「くそったれっ!」
全部、俺の所為。
例によって、部屋の中でゲームパッドを握っているだけの俺が、肉体的疲労もへったくれもないはずなのだが。それでも得体の知れない何かに追われるような焦燥感から、俺の息は上がっていた。
「はぁ・・・はぁ・・」
「ユージン・・・」
マナが、心配そうに呼びかけるその声も、なんだか自分を責めているようにすら思う。
アーヴァインは羽根にどれほどの価値をつけてくれるだろう?
次の街、ユリシャまで馬車でいくのに、いくらあれば足りる?
あと何枚、コーレルバードの羽根を拾えばいいんだろうか。
集め過ぎたとして、アーヴァインはすべて買い取ってくれるだろうか。
今日中にコーレルを離れられなかったとして、"前夜祭の歌姫"を躍起になって探しているらしい連中に見つかってしまう可能性は?
見つかったとして、マナはまた望まぬ舞台に祀り上げられてしまうんだろうか。
そうなったら、マナは泣くだろうか。
また、"あの顔"をするだろうか。
俺が。
"笑わせてやりたい"とか思っていたはずの、俺が。
泣かせてしまうんだろうか。
そんな風に考えたら、自分の方が泣きたくなってきた。
そんな風に思うのなら、普段からもっと気をつけておけばよかったなんて、今更だ。安っぽい後悔だ。バカだ。本当に。
「ああああああああああああああっ!!」
泣きそうになりながら、視界にとらえたコーレルバードに、我武者羅に斬りかかる。
一刻も早く、なんて思っているくせに、焦ってスキル名称を口にしなかったことで剣技の完成度が落ち、発動失敗判定こそ受けなかったものの、その威力は半減。結果、仕留め損ねた敵の目の前で技後硬直を晒す。
「あ・・・・」
眼前のコーレルバードが鎌首をもたげ、次の瞬間視界が大きくぶれる。
何をされたか把握できないが、手痛い打撃を受けて転倒したらしい。そのまま倒れた俺を覗き込むように、追撃のモーションに入る、コーレルバード。
やば──
致命的な部分を腕でガードするように、ささやかな抵抗を試みようとして。
だが次の瞬間、コーレルバードの細い首に、燃え盛る蛇が巻き付いたかと思うと、あっという間にその頭部を丸焦げにしてしまう。
どうやら、寸でのところでマナが放った魔術に助けられたらしい。
「・・・わりぃ、ちょっとミスった」
ばつ悪にそう呟いて、すぐに起き上がって歩き出す。
「まって!」
マナに呼び止められて、ハッとして振り返る。
見ると、不安そうな表情で俺を見つめる、マナの姿。
「ユージン、どうしたのさ。今日のキミ、なんだか変だよ」
「な、なにが・・別に俺は──」
見透かされたようなことを言われ、咄嗟に誤魔化そうとするが
「嘘」
呟いたマナの声に、思わずドキリとする。
マナは、なんだか悔しがるような、悲しそうな、そんな顔をして
「そんなのわかるよ。絶対何か抱え込んでる。・・今までそういうの、全部話してくれたのに。なんで今になってそういう事するの?」
「い、いや俺は──」
この期に及んでまだ話をはぐらかそうとした俺は、しかしながら続く言葉に息をのむ。
「・・僕の所為? 僕、何かしちゃった? もしもそうなら・・ごめん」
そんなことを言いながら、マナの表情はどんどん崩れていって、止める間もなくぼろぼろと涙をこぼし始める。
「わかんなくてごめん。昨日、"気づいてよ"みたいなこと言っておいて、僕もわかんない。でもユージンに嫌われるのだけは嫌だから・・・だから」
俺もどうしようもなく焦っていたけど、目の前で先に泣かれて、なんていうか、こう。
ずきゅーん、て。
震えるほどに、冷静になっていくのがわかる。
何やってんだ、俺。
こんな顔させたく、なかったんじゃないのか。
「あー・・・」
声と共に気力も息も吐き切って、俺はその場にべしゃりと、座り込んだ。
「ご・・・めん。 そうじゃない・・・そうじゃないんだ」
なんだかこう、色んな脱力感を感じながら、目の前ですんすん泣きながら立ち尽くしているマナを見上げる。
とりあえず。
「わかったよ。話す。話すから──」
諦めたような声色の俺に、マナは泣き顔に疑問符を浮かべたような間抜け面で返す。
「ふぇ・・?」
俺はもう一度大きく息を吐いてから、ようやく事態の収拾に向けて動き出した。
「とりあえず・・・言い訳させて?」
◇◆◇◆◇
「え、じゃあ僕が危ない目に合わないために・・・ってこと?」
「いや、そんな大層なもんじゃなくて」
今は午後の日差しが差し込んで、幻想的な明るさの森の中。苔生した大木の根元の乾いたところを見つけて、俺たちは束の間の休憩をとっていた。
MPの消費を抑えるために、マナが俺のダメージを魔術ではなく「応急手当」スキルで治療する間、俺は今回の一連の不手際から思い詰めて、少し躍起になっていたことを正直に話した。
「そりゃ誰かの為・・"マナの為"って言えば聞こえはいいだろうけど、そういうんじゃなくて」
「うん?」
「正直言うと怖かったんだと思う。失態を挽回しなきゃ、"許されない"気がしてさ」
俺の言い訳をどう受け取ったのか、マナは怪訝そうな顔をした。
一旦俺の肩口に当てていた手を下ろし、正面から俺を見据える。
「"許されない"って、誰に? もしかしてこのところ僕が・・ちょっと拗ねたりして見せたの・・ユージンの事、その、追い詰めちゃってたりしてた?」
「誰に・・? いや、でもマナは悪くない! 多分、俺が自分で自分が許せなくて・・それで」
それで?
結局俺はどうなりたかった?
何に許されたかった?
俺がうまく言葉にできないでいると、ふと、マナがクスリと笑う。
「ふふ・・・あ、ごめん。でもなんだかいつもと逆だね。ユージンてさ、何かくよくよ悩んだりすることがない人なのかなって思ってた。すごく"強い"人なのかなって」
「へ? い、いやそんなことは」
「だよね。同じ人間だもん。僕も、ちょっと勘違いして、キミに甘えちゃってたかも」
「マナ・・・」
「ね、ユージン。何か言いづらい事とか我慢してたりしない?僕が傷つくかもって、やさしい事考えてたり、しない?」
俺は。
なんだか驚いていた。
マナがこんなこと言うなんて。
強くなった? もしかして無理してる?
俺がそんな思考をめぐらすうちにも、マナは言葉を重ねる。
「コーレルについた時、僕に"ムカついたら言え。溜め込まなくていい"って、言ってくれたじゃない? 言い合おうよ。 僕たち相棒なんでしょ? 僕も、もっと強くなれる様に頑張るから・・・ね?」
俺は、その言葉をどう受け止めたんだろう。
促されるままに、口を開く。
嗚呼、多分。
「マナ・・・俺は、お前に笑っていてほしくて。でも、それは俺のわがままで。こうしたら喜ぶかな、なんて一人で考えて、空回って」
多分、"許してもらえた"気がしたんだと思う。
懺悔するみたいに、吐き出していく。
「それで、きっと喜ぶだろうと思って、望んでもいないこと押し付けて。俺は」
「"言葉"にしようよ。ユージン。"ねぇ、こんなことしてみたくない?"って。そしたら僕も、どうしてもいやな時はそう言うから」
きっと、情けない顔してたと思う。
子供のころに、母親に悪戯を咎められて、散々叱られた後、そろそろ反省したかな?ってタイミングでふと優しくされたみたいな。
そんな抗い様のない安心感があって。
ふと、多分に身長差のあるマナが、座ったまま「んーっ」と体を伸ばして。
何をするのかと思ったら、その小さな手で、俺の頭を撫でるのだ。
もう。
いかん。
「わ。 ユ、ユージン? 泣いて・・るの?」
「泣いてねェよ。俺の目の周りだけ集中豪雨だったんだよ。今朝の予報でそう言ってたんだよ。まちがいねェ」
誤魔化す様に。
「そうだね・・・」
そうまくし立てる俺の頭を、マナは優しい顔していつまでも撫でていた。




