第52回 「らいじんぐ☆ざっぱー」
「ごめん!」
「ごめんなさいっ!」
午後になってマナがログインしてきたので、俺は何となく膨らんだ不安から、マナにそのまま宿屋の部屋で待つように指示して、俺の方から迎えに行った。
そして部屋のドアを開けるなり、これだ。
「ふぇ?」
「んん?」
俺は、改めて自分の迂闊さや、マナの気持ちもわからず心無い事を言ってしまったこと。それを詫びようとしての事だったのだが、どういうわけかお互い頭を下げ合う形になる。
顔を上げてお互い目を丸くし、間抜けな声を上げる。
「いやその、昨日は気が付かなかったとはいえ、ひどいこと言って・・・」
「ぼ、僕もなんか生意気言っちゃって。嫌われたらどうしようって後から不安になって・・」
なんか、こんな事前にもあったな。
そんなことないのに。マナが悪びれる謂れ等ないはずなのに、彼女は感情に任せて何か吐き出す度に自己嫌悪に陥っている。
俺はマナが怒って当然のことを言ったという自覚が、今は有る。
動画の件だって、マナは正しく危機感を持っていたのに。
「すまん!」
「っ!?」
俺はなんか申し訳なさと、改めてこの可愛らしい相棒への愛しさから、感極まってマナを抱きしめる。
さんざこれまで躊躇って衝動を押さえたりしてきたというのに、勢いでやってしまうもんだなぁとかよそ事を少しだけ挟みつつ。
「ななななな、なになに。ど、どうしたの!?」
「悪い。俺、ホントに迂闊だった。マナも見たかもしれないけど、ヴァルハラのみんなに目立ち過ぎだって怒られた」
狼狽えるマナに、どちらかと言えば俺の方が縋る様に、午前中からの不安の種を打ち明ける。
◇◆◇◆◇
「・・・そっかぁ。 でも、そしたら大怪鳥の羽根は幸運だったね。今日の稼ぎと合わせて、今夜にも出発しちゃわない?」
アーヴァインショップへの道すがら、午前中のいきさつを説明すると、そんな言葉が返ってくる。
マナは笑って言うのだが、どこか残念そうに見えるのは気のせいか。
いや、きっとそうだろう。前夜祭の日、あんなに楽しそうだった。もしかしたら"人前で歌う"なんて大それたことまで望まないにしろ、今日の本祭を楽しみにしていたのではないか。
「い、いいのか? ナイトフェス、まだ途中なのに・・・」
「しかたないよ。僕もメール読んだけど、ケンちゃんさんたちの言うことも、その通りだと思うよ」
「うう・・くやしい・・ってか、もうしわけない・・くそ」
俺たちは一度アーヴァインのショップに立ち寄り、一応俺たちのことを口外しないようにお願いした後、そのままコーレルバードの羽根を集めに、昨晩と同じ森林地帯へと足を運んだ。
◇◆◇◆◇
「・・・・小さっ」
目の前に現れた、白地に赤黄黒の模様の鳥型モンスター。
全長で言えば、人の背丈ほどもある大型の鳥なのだが、昨日森の主を見ている俺は、ついそんな感想が口から洩れていた。
目の前の鳥型モンスター、コーレルバードはまるで馬鹿にされたと受け取ったかのように、羽根を開いて俺たちを威嚇する。
「クェェェェ」
森を歩くうち、唐突と言えば唐突に表れたその鳥型モンスターは、予想に反して好戦的だった。てっきり、大怪鳥以外はノンアクティブで、追いかけながら羽根を採集することを想像していた俺は、少しだけ面食らってしまっていた。
まるでダチョウが駆けるようにしなやかな瞬発力。一瞬にして俺との距離を詰め、長い首を鞭のようにしならせて、その嘴で突きかかる。
「!? クッソ!」
抜剣すらしていなかった俺は、成す術もなく肩口を突き抉られた。
「ユージン!」
俺の身を案じるように叫びながらも、一網打尽を避けるために横っ飛びに距離を開けるマナ。
俺は肩を突かれ、後ろ向きに勢いが付いたまま、それに逆らわずに転がる様にして後方に移動し、起き上がり様に低い姿勢のまま抜剣する。
スラリ。と、横薙ぎに引き抜かれたロングソードを警戒するように、コーレルバードが足を止める。
カァーン。と、横手から甲高い音。
マナが魔術を使おうとしているらしく、間近にある大木の幹を魔杖で打ち付けていた。
「我が魔王に──」
だが"音"の時点で既にそれを察知していたコーレルバードは、俺を無視してマナへと肉迫する。
「マナッ!!」
間に合わないと知りつつも、そちらへ駆け出す。
魔術起動言語は全く間に合っていない。そも、ここから魔術結界を展開したところでとても安全に詠唱できるとは思えない。
マナの意図を図りかねながらも、もしもの時の為のフォローを考えて、マナに迫る縞鳥を猛追する。
「──鶏肉を捧げよ!」
コーレルバードが"魔術師"と言うものを認識していたかどうかはわからないが、絶対に、魔術の間に合わないタイミングで、マナに襲い掛かったと思われたコーレルバードは、しかしながら派手な打撃音と共にその頭部を仰け反らせていた。
ぱっかーん。
「なんと!?」
つまり、だ。
マナは最初から魔術を使うつもりなどなかったのだ。
木の幹を打つ打突音で縞鳥の敵対心を煽って、そのまま襲い来る敵を杖の先で撃ち返したのだった。
てっきり、詠唱中を襲われピンチになる絵を想像していた俺は、一瞬ぽかんと、間抜け面になる。
が。
「ユージン、追撃!」
マナの声で我に返り、仰け反った姿勢のまま後ろ姿を晒すコーレルバードに、走り込む勢いのまま斬りかかる。
思わぬチャンスだ。此処で仕留めたい。
「剣技っ!──」
低い姿勢のまま射程に飛び込み、叫ぶ。
剣を握る右手の人差し指だけに、まるで拳銃の引き金を引くように力を籠める。
視界中央の少し逸れた位置に、システムメッセージが表示される。
"剣技入力待機中。音声入力と同時に所定の動作で攻撃することでダメージ倍率が補正されます"
とかなんとか。
「ライッッッジンッッッグゥ!!」
叫びながら、歩幅を広く、身を低く。コーレルバードの胴より低い位置に潜るように滑り込んで、足を踏ん張る。
其処から急激に角度を変え、真上に飛びあがる様に斬り上げる。
「ザッパァァァァァァァァっ!!」
掛け声、一閃。俺の斬撃はコーレルバードの首を跳ね飛ばし、一撃で絶命させていた。
剣技スキルとレベルによる基礎運動能力向上から、俺の身体は2メートル近く飛び上がってしまい、着地に失敗してその場に転がった。
「痛ってぇ!」
「ユージン、大丈夫?」
マナが駆け寄ってきて、心配そうに俺を覗き込む。
いてて。っていうか痛覚はないんだけど気分的に。ああくそ、かっこ悪い。
心中悪態をつきながら、マナに手を引かれて身を起こす。
「剣技って、難しそうだね・・・」
マナが苦笑しながら、そんなことを言う。
「技の名前を叫ばなきゃいけないし、瞬間的に必要身体能力を向上させてやるから、動作自体は"自分でやれ"ってのがまた曲者だな。恥ずかしいうえに安定しない」
「それ、フリーモーションでやってるの?」
つまり必殺技の時、自分でゲームパッドを手放して"斬るモーション"するのか? と、問うているわけだが。
「いやさすがにそんなだったら、今頃俺のPCの画面は何回もクラッシュしてるかな。なんてか、こう、フリーモーションの"開始キー"だけ利用して発動する感じ。ほら思うだけでモード切り替わるアレ。攻撃操作自体はパッドでやってるよ」
「ふぅん。魔術は立ち止まって言葉にするだけだけど、剣技は動きながらやんなきゃだし、大変そう・・」
「んー"剣技"って言ってから発動終了まで"音ゲー"っぽくなるっていうか、一挙動ごとにどう動くか思う。ボタン押す。思う。ボタン押す。っていうか・・」
やってる時は疑問に思わなかったが、何だろう、この"思う"っていうシークエンス。
モーショントレースのように、両手を自在に操れるフリーモーションが、思うだけで咄嗟に出るのはすごいと思う。だが、この視覚しか遮断しないで頭にかぶってるだけの装置にしては、"脳波の感知"っていうか"思考入力"っていうか、そういうのが高精度で出来過ぎる。
たしかに5万はソフト専用のゲーム機材にしては高価だったが、にしたってできるか?5万で。こんなことが。
ヴァルハラの時から度々思ってるけど、このゲーム、"採算"が合ってないよなぁ。
俺が、例によって出来過ぎなゲームの出来に、感動を超えた不信感を募らせていると、マナが俺の服の裾をくいくいと引っ張る。促されて振り向くと、首から真っ二つにされたコーレルバードが、薄青く輝いて霧散していくところだった。
ん?霧散?
そう、霧散。
当たり前だがTWOもゲームであって、モブキャラの死体が延々残り続けるようにはできていない。
「え、え~~・・・」
なんとなく、撃破した鳥から、むしり放題に羽根を採取するのを想像していた俺は、消えゆくその姿に情けない声を上げた。
駆け寄ると、死骸の有った場所には"3枚"のコーレルバードの羽根。
そう、鳥丸ごと一羽でたった3枚だ。
「まぁ、そう簡単にはいかないよね?」
ため息をついて肩をすくめるマナに、俺はがっくりと肩を落として見せるのだった。




