第50回 「枕『ちょ、痛っ!八つ当たりはやめてくださいよ!痛ぁ!?』」
「ごめん」
「なんで謝るの?」
そんなやり取りから始まる夜の客室。
俺たちは一つのベッドに、背中合わせに座っている。
先ほどのアーヴァインショップでのやり取りの、何かが気に入らなくて、マナは機嫌が悪いようだが。
やれやれ、俺が鈍いのは俺自身自覚があるほどだが、マナが怒っている理由がさっぱりわからない。
マナはどうやら、その事もひっくるめて機嫌が悪いようだが、さて何をやらかしてしまったのか。
今夜も長期戦だろうか。
しかしホントめんどくさい奴だ。
──でも、可愛くて、良い奴で、一緒に居ると楽しくて、とっても大事で。こいつと一緒に居るために、そろそろリアルが蔑ろにされつつある現状があるくらい、大切な相棒で。
お互い涙も見せ合ったような間柄で。
でもめんどくさい奴だ。
ホント、"女の子をこじらせた"ような。はぁ。
なんで謝るかって?そりゃ──
「そりゃお前が怒ってるからだよ」
「そんなことない」
意を決して切り込むも、取りつく島がない。
嗚呼もうまどろっこしい。
嗚呼。嗚呼そうだな。
もともと自負するほど馬鹿な俺が、変に熟考したところで妙案なんぞ思いつく筈がないんだ。
俺は一度大きく深呼吸すると、がばっと振り返ってベッドを横断し、後ろに居たマナの隣に座る。
突然の俺の行動に、一瞬怒りを忘れて呆けたような顔になっている。
再びそっぽを向かれる前に、俺はマナの肩を掴んで、ちょっと強引かなとも思いつつ、こちらを向かせる。
つまり。
「ごめん!わからない!怒ってんのはわかるけど、何で怒ってんのか、俺、バカだからわからない!でもこのままは嫌だ!おしえてくれ、マナ!」
俺にできる最大限の努力ってのはつまり、わからないなりに、マナに対して誠実であるという事。それだけしかない。
マナは最初、勢いに圧倒されるように驚愕の表情で、次いで、事ここに至ってまだわからんちんな俺を責めるような目をして、それからなんだか苦々しい顔をして視線を逸らす。
で、最後には。
「それ、聞いちゃう・・?」
どういうわけか赤面して、少し伏せた目線を、やはり合わせない。
その反応に俺はやはり首をかしげるばかりなのだが、なんにしろ
「だって、お手上げなんだ。マナ、怒ってるだろ? 俺には理由が思い当たらないんだけど、このままは嫌なんだ。お前とわだかまりを残したままなんて嫌だ。教えてくれ、マナ」
俺が肩を掴んだまま、覆いかぶさるような勢いで重ねて言うと、マナは慌てた様子で俺を押しとどめる。
「ちょ、ちょ、ユージン!わ、わかったよ!怒ってない!もう怒ってないから!」
「ほ、本当か!?」
ようやく迫るのを止めた俺からそそくさと距離を置きつつ、一つ咳払い。
「も、もう・・ユージンらしいと言えばそうだけど・・・そういうの・・ずるい」
呟くように小さな声で、それだけ洩らす。
今度は聞こえた。
聞こえたが、やはり何のことかよくわからない。
が。
一先ず許されたと、俺は安堵の息を吐きながら座りなおす。
ふたり、仕切り直す様に長く息を吸って、吐いた。
で。
「──それで結局、何で怒ってたんだ?」
「ぴゃ!?」
俺が改めてそういうと、マナはまた爆発するみたいな勢いで顔を赤くし、責めるような、拗ねるような視線で俺を見つめてくる。
そしてまるで羞恥に耐えかねた様に両手で顔を覆うと、短く呻く。
「け、結局聞くのぉぉぉ?」
泣きそうな声でそんなことを言うが、事情が呑み込めてない俺は困惑するばかりだ。ここまで来たら納得のいくとこまで解決しておきたい。
ので。
「え、ええと。繰り返さないためにも、是非」
戸惑いながらも俺がそう答えると、マナは顔を覆っていた手を下ろして、キッと鋭く睨みつけるような目で俺の顔を覗き込む。その顔はいまだ紅潮し、地の可愛さもあって、俺はやはり思わずドキリとするのだが。
「あーもう!あーもう! 僕は! "ユージンだから"一緒に居たいの! それなのにキミは"お友達いっぱいできるかも"だなんて」
「え゛」
なんだかやけっぱちな感じに、マナはまくし立てる。
「そんな軽薄な関係、僕はいらない。ちゃんと自分で認めた、信頼できるお友達が欲しいの! だけどキミがあんなこと言うから、僕は"別に俺じゃなくてもいいでしょ"って言われたみたいで」
「いやあの」
「突き放されたみたいで寂しくて。お互いのことちょっとは分かり合えてるつもりだったのに、ユージンはそうでもなかったのかな。僕の勘違いだったのかなって。僕にはユージンしかいないのに、ユージンは・・・」
とまらない。タガが外れた様に、ずっとしゃべり続けている。
「それがなんだか悲しくて。でもそんなこと言ったってきっとユージンを困らせるだけだし。それになりより・・そんなこと・・・わざわざ口に出して言うのは・・・」
そこまで言われて俺はようやくピンときた。
なるほど、俺はつまり、例えて言うなら"自分に片思いしてる女の子に別の男を薦める"みたいなことを、やらかしていたわけか。
さりげなく女の子役になってるとこまでマナらしいっちゅうか、なんというか。そして、マナもそれを意識していたからこそ、恥ずかしいんだろう。
そして、だからこそ。
「えー・・ということは。今回のこれって、一言で言うと」
「もうっ"言わせんナ、恥ずかしい"ってやつだよ!ユージンのバカ!」
そう言うや、逃げる様にベッドの、俺とは反対側にボフっと倒れ込む。
「うにゅぅぅぅぅぅんっ」
そんな悩まし気?な声を漏らしながら、ボスボスと枕に八つ当たりを始めた。
ヤベェ超可愛い。
とか他人事のように、それこそ微笑ましくそれを眺めていた俺だが、此処で唐突に先程のマナの言葉がよみがえる。
"ユージンだから一緒に居たいの!"
"僕にはユージンしかいないのに"
・・・・。
えっと。
・・・・。
ばすん。
俺の頭の中で。
何か変な音が鳴って。
ああ多分俺今顔真っ赤にしてる。
なんてとこだけは変に自覚が有って。
ああ、やべ。これ、うれし・・いや、素直に喜んでいいのかコレ。
い、いやおち・・おち・・おちけつ。
これは男から言われてるんだ。
つまり友情? そう、フレンドリー。
いやいやそう割り切れるものか。
マナなんだぞ。美少女なんだぞ。あの顔で言ってんだぞ。
ああ、この苦悩が。その、つまり。なんだ。
「正直スマンかった・・」
「謝んなぁっ!!」
俺たちの悶えるような夜は、それでも更けていく。




