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ThebesWorldOnline  作者: 海村
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第42回 「キンドル・ファイア」


 焚き火を囲んで、他愛ない話をして過ごす。


 炎越しに見るマナは、きれいな顔をしていた。


 ちなみに今更だけど、TWOのキャラメイキングのデフォルトはスキャニングされた自分自身だ。異性に作り替えるとなると本当に手間がかかるうえに、可愛らしく、あるいは格好よくしようと思えばなかなかうまくいかない。


 マナはどうやってこの"マナ"を作り上げたんだろう。


 それもあるが。


 なんで、この"マナ"を作ろうと思ったんだろう。


 上記の理由から、単純にTWOで"ネカマ"をしようと思ったら、それだけで並大抵ではない。用意された既存の女の子の中から選ぶだけ、とはいかないのが現状だからだ。この辺は今後のアップデートによって「女性型素体」だの「男性型素体」だの「プリセットキャラクター」だの出てくるかもしれないが、サービス開始からたった4か月。今現在そんなサービスはない。


 しかし彼女の造形は、人間として矛盾した個所は見えない。下手に人間として美形に見せようと顔のパーツをいじれば、簡単に他とのバランスが崩れるのに。


 俺も、「元に戻すボタン」があったから少しいじってみたが、肌色のゴブリンみたいなすごいことになった。最初の時、俺が鏡を指さして笑い転げたのは実はその所為もある。


 矛盾なく、綺麗に、異性の顔を造形するのは相当困難だったはずだ。

 多分、大抵のプレイヤーが、この時点で異性キャラクターでプレイすることをあきらめてしまうのではないか。


 なら、そこまでして、彼女が"マナ"であろうとする理由はなんだろう。

 リアルの見た目にコンプレックスでもあんのかな・・。


 俺の視線に気が付いたのか、マナが首をかしげる。


「なんか考え事してる・・って顔してる」

「なんでェ、ひとを考え事もしないようなアホみたいに」


 わかりやすく仏頂面を作って、ふてくされて見せる。


「えっ?えっ?そんなつもりじゃっ!」


 マナは慌てた様に手を振って否定のジェスチャー。

 俺はこらえきれずに笑った。


「ははは。"マナはほんとに可愛いよな"って考えてた」


 俺がいつも通りからかう様にそう言うと、目の前でこぶしを握り締めて、怒ったような、恥ずかしがるような、いつもの反応。


「もうっ またそういうこと言う」

「だって、ホントに感心してるんだ。苦労したろ?そのキャラメイクすんの」


「えっ? う、うん。そう・・だね」


 なぜか歯切れの悪い返事に俺は首をかしげたが、何を思うより先にマナが口を開く。


「そ、そ、それを言ったら、ユージンだって、その、羨ましい・・・くらい、カッコイイじゃないかっ」


 めずらしく、反撃。


 しかしあれだ、俺がカッコいい?


「そりゃ、いくら何でもお世辞ってやつだ」


 半分は自嘲気味に、ちょっと悲しくなりつつも笑いながらそう返す。


 が。


「そんなことないっ! かっこいいよ! ユージンは・・・すっごく・・・!」


 俺の物言いに不服そうに、彼女にしては本当に珍しく、語気強くそう言うのだ。

 俺が呆気にとられていると、マナはさらに身を乗り出して続ける。


「だってキミは、こんな僕に声をかけてくれて。何もできない僕の手を引いてくれて、嬉しい事何度も言ってくれて。だから!・・キミは、僕の中ではヒーローみたいで・・・」


「・・・マナ?」


 まくし立てるマナに、絶句していた俺が何とかそれだけ呟くと、マナははたと気が付いたようにぴたりと止まる。それからなんだか後悔するような、羞恥と苦々しさの混ざったような顔で、萎れる様に座りなおす。


「だから、あの。 えっと。 な、なに言ってるんだろうね? 僕は」


 ああ、コレか。コンプレックス(・・・・・・・)は。


 あんまり可愛くて自然に"女の子"してるから忘れそうになるが、やはり"彼"も男で、自分の女々しさを快く思っていないんだろう。


 それで、多分・・だけど、なんてことはない、ただの男然とした男である俺の事がすげー羨ましく感じられるのかもしれない。


 俺から見て、"マナ"は"このままでいい"と感じるけど、マナにとってはそうではないかもしれない。


 人はないモノをねだる。自分の持たないものを望む。


 なら何で。


 それこそなんで。


 "女の子"の姿を、選んだのか。



 よく考えて。


 慎重に言葉を選んで。


 俺は顔を上げて、マナをまっすぐに見る。


「なら、マナ。俺に成りたい(・・・・・)?」

「え?」


 吐露したことを後悔したように、俯いていたマナが顔を上げる。


「俺のこと羨ましかったら、"俺そのものに成りたい"と思うか?」

「え。ううん。そういうんじゃ・・ない」


「なら、そのままでいいじゃんか。・・俺は! 少なくとも俺はそう思う・・お前の良いトコ(・・・・)、もっと別にあるんだよ。多分」

「っ!」


 マナが切なさを隠しきれないように、顔を歪める。


 ああ、やっちまった。

 後悔することを言ったつもりはないが、でもこれは苦手だ。


 ・・・苦手だよ。


「な・・んで──」


 耐える様に細めた目尻から涙があふれて、焚き火に照らされて朱に染まる頬を伝う。仄赤い灯りに煌めいて零れ落ちる。

 それでも眼を逸らさずに、俺の方をまっすぐに見つめる。


「ど・・して、そんなに嬉しい事ばっかり・・言ってくれるの? ユージン、キミは──」


 そこでとうとう眼を固く閉じて。言葉に詰まったまま、ぼろぼろと涙をこぼすしかなくなった。


 深く。


 息を吐いて。


「マナ、俺はさ。自分がそうだと思ったことしか言わないよ。そんな嘘がつけるほど・・・器用じゃないよ」


 呟く。


 それはマナに向けたようで、その実自分自身に言い聞かせる様で。


 ああ、まいった。もう降参だ。

 涙を前に、俺だってそんなに冷静じゃいられない。


 逃げ場を探す様に、空を仰ぎ見る。

 目の前の焚き火の炎に目を奪われて気が付かなかったそれは、いつしか満天の星空になっていた。


◇◆◇◆◇


 どうしていいかわからなかった。


 目の前の"それ"を"女の子"として扱うべきか。

 それとも"男友達"みたいに接するべきか。


 結局俺はかける言葉も、慰める手段もなく、ただマナが泣き止むまで、焚き火の反対側からマナの隣まで移動して、そこで座っていることしかできなかった。


 寄り添っていたかった?


 いや、ただ目を合わせられなかっただけかもしれない。


 どれだけそうしていたか。


 すん。

 と、鼻をすするような音が聞こえて、ようやく横を見る。


 マナは服の袖で乱暴に涙を拭うと、しばらく何かをこらえるように固く目を閉じて、それから


「・・ありがとう」

「礼を言われるようなこと、なんもしてねェ」


 照れ隠しのように、少しぶっきらぼうにそう返す。


「ぼくが・・嬉しいと思ったから。だから、ありがとう」

「そうか」



 それから、逃げ出したくなるような長い間があって。



 薄く目を開けたマナが再び口を開く。


「ねぇ、ユージン」

「う、うん?」


 俺の方を見ないで──見られないのか──焚き火の炎を見つめて、少し自虐気味に。


「僕はね、"キャンプファイアー"ってはじめてなんだ(・・・・・・・)・・」



 最初。


 何を言ってるかわからなかった。


「は・・?」


 焚き火に薪を放り込みながら、こちらを見ずに、ずっと。


「僕、ずっと一人だったから。学校行事でキャンプに行く機会が有ったけど、お休みしちゃった。だから、きっと、この先ずっと、こうしてお友達と灯りを囲むことなんて、絶対にないんだって思ってた」


 ちくしょう。


 マナ。


 お前本当に。


 本当に。他に"誰もいない"のかよ。


「──だから、ちょっとした"夢"だったのさ。・・・ユージンが、それを叶えてくれたんだよ? だから・・だから、ありがとう」


 そう言ってこちらを振り向いたマナは、苦く、儚く、そしてどこか諦めた様に、無理に笑って見せる。


 だから。


 だから、その顔はなんだ(・・・・・・・)


 なんなんだ!!


 俺は、最初からこいつがこの顔をするのが許せなかった。


 こいつが!一人で居て良いはずがないんだ!


 こいつはすげぇ良い奴で。笑顔が似合うやつで。

 もっと人に囲まれて、毎日笑って過ごしているべきで!


 俺は、世の中とか運命とか、そういうものに実体があるなら、今すぐにでもぶん殴りに行きたくなるくらい、こいつを取り巻く現状を恨んだ。


 くやしくて。


 くやしくて、くやしくてたまらなかった。


「ユ、ユージン?」


 驚いたように、泣き後の残る眼を見開いて、マナが俺を見る。


「え?」


 理由がわからず、聞き返す。


「え、ど、どうしたの。ユージン?なんで──」

「だからなにが──」


「──なんで、ユージンが泣くの?」


 言われて初めて、自分が涙を流しているのに気が付く。


「泣いて・・・くれるの・・・?」

「え・・俺」


 いったん落ち着いていたように見えたマナが、なんだかまた感極まったような顔をして、それから。


 突然、視界が埋まる。

 マナに突然体を引き寄せられて、その胸に顔をうずめるみたいにして抱きしめられているのだと、気が付いた。


「ま・・な。・・・俺はっ・・・」

「ユージン。僕はね」


 狼狽えて離れようとした俺を、一層強く抱きしめる。


「キミにとっても感謝してる。キミに出会えた"今"に感謝してる。僕が今までずっと一人だったのも、キミに出会う為だったっていうなら、それにも感謝してる」


 抱きしめられて何も見えないが、耳元で涙声。


「ねぇ、ユージン。僕はキミに返せているかな。キミの役に立っているかな。今も、これからも、ずっと、キミの隣に居て良いのかな」


 其処まで聞いて、俺が身じろぎすると、マナはようやく力を緩める。


「居てくれ。"此処しかない"なら、此処にいればいい。居てくれ。ずっと」


 感極まって、俺もなんだかとんでもないことを口走っている気がする。


 気がするけど、いいや。後悔してない。


 するようなこと、言って無い。



 満天の星空の下。

 茫漠にして広大なこの世界(TWO)の片隅で。


 ふたり、ずっと泣いてた。




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