第28回 「魔王(笑)」
特に予定は決めていなかったので、マナと二人で商業区のマーケットをぶらぶらと歩ていた。
「こうやって、ただ街の中で過ごすだけでも楽しいよね。TWOって」
「同感だ。だけどこないだみたいなこともあるからなぁ。まずは強くなって安心して色々遊びたいかな。俺は」
「そ、そうだね」
マナは日曜の事を思い出したのか、肩を抱いてぶるっと震える。
そこでふと思い出したように、マナが問いかけてくる。
「そういえばさ、なるべく早くって言ったけど、ユージンはレベルいくつになったの?」
「ああ、色々あって11まで上がったよ」
「じゅういちぃ!? うそー。後衛ソロとはいえ、僕だってRPG慣れはしてるから負けないつもりでいたのにっ」
「マナはいくつんなった?」
「7だよー。・・うぇーん、ユージンが遠いとこに行っちゃったョー」
言葉とは裏腹にちょっと楽しむような声に、泣きまねの演技。
でも俺はマナに苦労させてる負い目を感じていたので、低く唸る。
俺が困った顔をしていると、突然マナがはっとした顔になって、わたわたとあんまり意味をなさない身振り手振り。
「あ、あ、うそうそ。頼りにしてますっ」
ん?
なんだいまの。
て、嗚呼。また怖がってんのか。嫌われるんじゃないか・・とか。
こりゃ根は深いな。
笑わしてやりたいなぁ。
漠然と、そんな風に思う。
でも、俺なんかが人一人の在り方を変えたいだなんて、傲慢だろうか。
「ユ、ユージン?」
俺ははっとして顔を上げる。
どうやら感慨の中、俺はずっと難しい顔をしていたようで、マナは一層不安げだ。なんか許しを請うような目で覗き込まれている。
やべ、これじゃ逆効果だよ。
「ああ、すまんすまん。怒ってるとかじゃないんだ。俺もお前に無茶させてるなぁなんて思ってたから、ちょっと思うとこあって」
慌てて、取り繕う。というか、こういう時はぶっちゃけたこと言っちゃったほうがいい気がする。
マナは一瞬、心底ほっとした様な顔をして、そのあとすぐ苦笑い──また苦笑いだ──になって。
「そ、そんなことないよ!ぼく、頑張って追いつくから。ぼくの居ないときに遠慮しないでね?」
で、また叱られた子犬みたいな顔で、きゅーんて鳴きそうな顔で、俺を見るのだ。
なんつー健気。ちくしょう、ええ子や。
やっぱり、安心させてやりたい。とは思うものの、先は長そうだ。
◇◆◇◆◇
そうと決まれば、ほんじゃーやっぱり今日は、二人で一狩り行ってみようぜ。ってことになって。
なんとなくハンターズギルドへ向かうつもりで、ゲートクリスタル方面へと歩を向ける。
と、横手から小さな人影が飛び出してきて、驚く間にも俺の左腕に両腕を絡め、抱き着いてくる。
この間の件もあるし、一瞬身構えかけたが、よく考えたらこのマーケットで俺にこんなことをするのは、ひとりしか思いつかない。
「にしし」
マリーだ。いつもの屈託のない笑顔で、歯を見せて笑う。嗚呼、元気そうで何よりだが・・・。
俺は、正直こないだの件から、この少女を「おっさん」呼ばわりするのもどうかとか考えてしまっていて、なんと声をかけてよいか迷った末・・。
「えーと、マリー・・・さん? 何してらっしゃるんでしょうか?」
そんな風に声をかけると、マリーはキョトンとした後、なんだかわざとらしく照れて見せ
「やめろよぅ。にーちゃんにそんな呼び方されると、おれっち、新たな世界が開拓されそうになっちまうぜぇ」
頬に手をやっていやんいやん。
「なに血迷ったこと言ってんだァァァ!おっさーん!」
もう迷いはなかった。
「ちぇー。ちょっとはノってくれてもいいじゃんかョー」
そういってもう一度俺の腕に抱きつく。
「だから何してんスか」
「やー、こないだのアレから、おれっちスキンシップに目覚めちまいそうでョー」
こないだのアレ、とは咽び泣くマリーの肩を抱き寄せて慰めようとした、アレのことだろうか。あんときはその場の勢いもあったが、今のマリーは紛う事なきおっさん少女である。
「できれば御相手ごめんこうむりたい」
無下にもできず、だからと言って肯定するわけにもいかず、俺が何となく逃げ腰になっていると、マリーは少し身を引くが、まだ腕は絡めたままだ。
「今まであんまり気にしたことなかったんだけどよ、TWOのアバターって体温が有んだよ。あったけぇんだー」
そういって、ほわんほわんと緩い顔をする。
なるほど、全感型プレイヤーならではの感覚だが、そういう細かいとこまで設定されてるんだなァ。
ところで。
あーうんそういやマナしゃべらねぇなー。とか思ってたんだけど。
俺がふと反対側を見ると。
「・・・・・」
なんだかマナがすごい不機嫌面してやがるんだ。
え、何だよその反応?と、俺が困惑する間にも、マナは俺が振り返ったのに気が付くと、どういうわけか余った方の俺の腕に自分の腕を回して、腕を組んで来るんだ。
「あの、マナ・・さん?」
「うー」
どういうわけか拗ねたような顔をしてぎゅーっと身を寄せてくるのだ。
ところで今まで一度も言及したことがなかったのだが、マナのアバターはそんなに胸のある方ではない。いっそ貧乳と言ってしまってもいいくらいのささやかな膨らみ具合で、いつもの緩いフードパーカーの中だとより一層目立たない。
現にここまで身を寄せられて、所謂"あの、胸当たってんですけど感"みたいなものもない。まぁあったところで、残念ながら半感覚型の俺に接触感覚はないのでわかりようもないのだが。
なんにしろ。
「お前は、何に対抗意識を燃やしてるんだよ」
端から見れば両手に花。その実、男三人寄れば暑苦しい。
俺はヤレヤレとため息を吐いて、二人を交互に見下ろす。
さすがにその辺は大人なのか、マナの表情に気が付いたマリーがパッと手を離すと、にしし。と笑う。
「おおっと、彼女サンを怒らせちまった!こいつぁ悪いことしたなァにーちゃん」
あんまり悪いとは思ってなさそうな、軽い口調で、そんなことを言う。
しかしながら、"彼女サン"てあたりでマナも自分のやっていることの意味に気が付いたようで、「わっ わっ」とか言いながら俺から離れる。
ようやく解放された俺は正直げんなりだ。
「さて。改めましてこんばんわ、お二人さん。元気そーでなによりだぜ」
「ああ、お──やっさんも、もう大丈夫か?」
結局、呼びはマーケットのほかの住人よろしく、そこに行きついた。
そして、そういえばあの事件以来だなぁと思い出して、一応気遣いの言葉も入れておく。
「おかげさまで、ナ。なぁに、これでも良い歳した大人なんだ。自分で立ち直るさ」
ちょっと照れたような顔で、ガッツポーズなどしてみせる。
多少の空元気感も有ったがまぁ余程大丈夫そうではある。
「ところで御両人はなにしよるの?」
「ああ、俺たちもこないだみたいなことは怖いんで、自衛力強化に、レベル上げを急ごうってことになったんですよ」
「ほー。まぁおれっちもそうだったし、確かにその方が賢明かもしれんぜ。ああいう手合いはむしろ現実より遠慮がないからよ」
そこまで話して、マナも、マリーも、男の俺ですら、ぶるっと身震いする。
もしものために自衛力強化は急ぐが、願わくばあんな経験は二度とごめんだ。
と、そういえば俺は一つ思いついた疑問があって、ちょうど目の前に熟練プレイヤーがいるのだから、とそのまま聞いてみることにした。
「そういやおやっさん。一つ教えてほしいんだけど」
「なんじゃらほい?」
「レベル上げるのはいいんだけどさ、実際いくつくらいまで上げたら安心なんだろ。そもそも今のプレイヤー層の平均レベルっていくつくらいなんだ?」
俺が疑問を正直にぶつけると、マリーは「なるほどなぁ」とか呟いてしばし思案顔。
やがてぱちんと指を鳴らすと俺に向き直る。
「まぁ地域とかにもよるけど、一番多い層は30前後じゃないかな。」
「なるほど。まだまだ上げなきゃだなぁ」
「そうだねぇ・・」
マナも疲れた顔で頷いている。
しかし一般的なユーザーでレベル30前後か。そうすっと32だったロイは、あれで普通。48のケンちゃんや55のヴィアーネは相当高レベルということになる。あれ?そういえば・・・。
俺はなんの気とはなしに、隣でニコニコしているマリーを見下ろす。
・・・・。
あの事件の時のマリーは、自身が恐怖して泣いていたことを考えなければ、圧倒的な強さだった。
過去の遺恨がなければ"魔王の所業か"ってくらいの圧倒感で。
「なぁおやっさん」
「なんぞー?」
「おやっさんのレベルっていくつなんだ?」
俺がそう言うと、ニコニコしていたマリーはぴた。っと。
表情を張りつかせたまま一旦停止し、すすすと俺から視線を逸らすと、何やらばつの悪そうな顔になってちくちくと指をもてあそび始める。
「あー・・・言っても怖がんない?」
俺の方をちらっとみて、マリー。
笑わない?でも、驚かない?でもなく"怖がんない?"である。
俺は何となく予想が付きつつも、先を促す。
「そんなんで態度変えないから、言ってみ?」
「ななじゅぅ」
いやもう、予想はしていたのに。
俺もマナもなんていうかもう、目ん玉飛び出る様な顔でマリーを指さす。
「な」
「な」
『ななじゅー!?』
「だ、だから言いたくなかったんだョー!なんだよー、人をバケモンみたいにー」
そんなことを言いながら、可愛い少女の格好をした魔王はじたばたと手を振って、可愛らしく抗議する。
この可愛らしい白い掌が、肉裂き骨砕く凶器であるとは、とても思えないが、ぶっちゃけレベル制のRPGってやつはそうなのである。
「うへぇ、なんとなく予想はしていたけど・・っていうかずいぶん切りのいい数字ですけど・・・まさか~~?」
「最大レベル」
「」
さすがに俺もマナも、絶句するよりほかなかった。




