第27回 「困ったお姫様」 挿絵有
「えっ」
第一声はそんなだった。
なんだかんだで時間は過ぎて、俺たちは最初に出会ったのと同じ木曜日の夜に、こうして再会を果たしていた。
あーこうやって、口に手をやって絶句する仕草とか、毎度毎度"女の子過ぎる"んだよなぁとか今は割とどうでもいい感想で。
なんだか久しぶりに会ったマナは、突き出された俺の手の上に在るものを見て、何やら頬を赤らめて困惑顔だ。
「あ、あのねユージン。何度も言うようだけど、ぼくは男で、その、気持ちはうれしいんだけど、そういうもの渡されても素直に受け取るわけにはいかないっていうか……あの、その──」
ああ、やっぱり。
「──その……指輪なんて」
「絶対! そんな勘違いすると! 思ってたんだよォォォォォッ!!」
俺は突き出した手に在るものを落とさないように注意しながらも、がっくし! と盛大に肩を落として見せる。
「えええ!?」
俺の手に在るのは、よく宝石とかが入ってる青い化粧箱で、蓋の開かれたそこには、赤い宝石の付いたシンプルなデザインの銀の指輪が差してあった。
「違うから! プロポーズとかじゃないから! 誤解だから!」
「ほ、ほんとに? ユージンてば、断じて違うとか言っておいて、やっぱりホモさんだったのかなとか思って。僕どう答えたら良いのかわかr
「ちっがーう!」
昨日の夜。
おれはケンちゃんに連れられて、深夜のマーケットを歩いていた。
ケンちゃんが足を止めた路商の敷き茣蓙には、様々なアクセサリが並べられていたのだった。
現実であれば、男二人でアクセサリなど覗き込んでいるのもどうかと思うが、まぁこういうところで買うのって、本人に内緒のプレゼントとかの可能性もあるし、何よりRPGでアクセサリってのは結局"ステータス強化アイテム"なのであって、装飾品としての価値は二の次だ。
路商を前に、装飾品など"今の自分たちにはぜいたく品ではないか"と正直な感想を述べたが、ケンちゃんはチッチと片眼を瞑って指を振る。
曰く。
実際に俺がナイフに付与された神経毒──つまり麻痺毒によって、結果的にダメージがどうであれ1撃で無力化されてしまったことを例に挙げ、状態異常の危険性を説いた。
中でも神経毒は悪漢たちの御用達であり、効果時間や程度にばらつきはあるものの1回の攻撃で、ほぼ行動不能になる為、今回の事件のようなケースにはよく使用されるという。
で、あれば、レベルを上げて単純なダメージレートを落とすことも重要だが、アクセサリの付加効果による「麻痺耐性」を付けておいた方がよいのではないかという提案だった。
でもお高いんでしょう?
いやいや奥さん。
って何だよこのやりとり。
値段対効果を気にするおれに、ケンちゃんは、耐性モノってのは「抵抗」と「効果時間減少率」なる二つのステータスがあり、それぞれ「攻撃を受けた瞬間、効果そのものをなかったことにできる確率」と「麻痺を受けてしまった後動けるようになるまでの時間をどれだけ短くできるか」という性能であるという。そして効果が中途半端なものはありふれており、下級のものであれば費用対効果が高いことも教えてくれた。
例えば「麻痺抵抗99%+麻痺時間減少99%」などという代物があればそれこそ激レアであるわけだが、一方で「抵抗30% 時間減少30%」程度のものがほんのわずかな値段で流通しているという。
たしかにわずかな投資で、無防備だったものが3割防げるというならと、自分用のものとマナ用のものと2つの指輪を購入してきた──
「──というわけなんだよ」
「さ、最初からそう言ってくれれば……ユージンてば無言で差し出すんだもん。ドキッとしちゃうじゃんか」
「しちゃうか?」
「するよ!」
いやほんと、するか?
そういうのって、それこそプレゼントに弱い女の子みたいで……。
まぁ今はそれはいいや、とりあえず。
「なんでもいいから、ひとまず受け取れよ、ほれトレードトレード」
俺がマナに対して取引の申請をすると、間もなくマナからの受諾があり、トレードウィンドウが展開する。
俺が取引条件に先ほどの指輪を登録すると、なにやらマナが金額設定をいじりながら「いくらだったのー?」とか聞いてくるんで「いいからOK押せよ」と返す。
何回か「おひけぇなすって」を繰り返したのち、マナはしぶしぶ無償で指輪を受け取った。
高々数百シルバーの装飾品アイテムに、マナは心底申し訳なさそうだ。気を使わせないためには、逆に適当な額を要求するべきだったか……。
「ほんとにいいのぉ?」
「いいんだよ自分用だって買ってんだし」
そう言って、自分の右手の人差し指につけられた墨入れ銀のリングを見せる。
「あれ、デザイン違うんだ?」
「1個1個微妙に効果が違って、二つとして同じものはないくらいらしいぞ。ちなみにそっちのがちょっとだけ効果高いんだ」
「え、じゃあなおの事お金……」
また遠慮し始めるので、俺は頭を掻いて、できれば言いたくなかったことを言うことにした。
「だから、最初からそのアバターにつけさせるために選んでるんだって。お前色白だし白黒な格好してるだろ?赤が似合うかと思って。それに──」
一瞬言い淀むが、見返すマナの目はまっすぐだ。
やれやれ、負い目っていうなら、俺がこの3日間どれだけ負い目を感じていたと思ってるんだ。
「それに、俺の方がレベル先行しちゃう分、守るって言ったろ? それもそういうことだよ」
「…………」
マナはなんだかぽかんとした顔になって、しばらく黙り込む。
「ちょ、なんで黙んの」
耐えきれなくなって、そんな風にいうと、マナはくすっと笑う。
なんなんだ。
「ふふ。ごめんごめん。ユージンてさ、リアルじゃ結構モテるんじゃない?」
唐突、といえば唐突に、そんなことを言うんだ。
はぁ。
なんでそうなるのか知らないが。
「残念だけど、彼女いない歴=年齢を大絶賛更新中だぞ」
「えっ」
心底意外そうな声。
それからマナはなんか考え込むような仕草をして。
「そうなんだ」
零す様に呟き。
「…………そうなんだ」
確かめるように繰り返す。
「いや、え、なんなの?」
「ううん、なんでもない。でもそれじゃ、ぼくみたいなのが隣にいたら、バーチャル彼女さん探しも難しくなっちゃうね」
俺の隣で体を折るくらい笑う、マナ。
ちくしょう笑えねぇぞ。
でもまぁ、今は。
「そんなの、引き合いに出すもんじゃないだろ。俺はここまで深く絡んだ相棒をそう簡単に手放す気はないし。すっげぇ可愛い女の子でも"あたしと相棒どっちが大切なの?"なんて迫ってくるヤツなんかよりは相棒を取るぞ」
そういうと、マナは再び目を丸くして黙り込む。
え、だから何なんだその反応は。
「……キミって」
「なんだよ?」
「なんでもない」
「はぁ? お前今日ちょっと歯切れ悪すぎだろ!」
思わず突っ込むと、マナが。
あのマナが、するっと俺に身を寄せると、俺が何が、と思う間もなく腕を組んでくる。
「それじゃぼくは、安心してキミの相棒してればいいのかなー?」
そして悪戯っぽく笑うのだ。
「おまえなぁ……」
ぼやきつつも、最近コイツと、少し打ち解けてきたかなとも思う。
しかしながら難儀な相手だ。
何度も、それこそしつこいくらい言うようだが、こいつは黙ってるだけでも美少女で。何時も泣きそうな顔してるか、困ったような顔してて。笑っても口だけで苦笑して、眉は八の字だったり。だからたまにこうやって遠慮なく笑った顔を見せられると……。
見せられると。
弱い。
「ったく、困ったお姫様だ」
「お姫様扱いなんだ?」
「これ以上話をややこしくするんじゃねェ」
「あはは。ごめんごめん」
いつの間にそうしたのか、先ほどの赤い石の指輪を左の小指につけていて、それを見せながら、今日最高の笑顔。
「ありがとう。これからもよろしくね。ユージン」
「わかったわかった。そしたらレベル上げ行くぞレベル上げー」
どちらからともなしに、歩き出す。
夜のヴァルハラ市を、久しぶりに並んで歩く。
くそう。
顔、緩んでないだろうか。
マナは、ちょっとどころじゃなく、何やらいろんな事情を抱えていそうだが、俺にとってはすでに代えがたい相棒だ。
知り合ってまだたったの一週間だ。でもこのTWOで右も左もわからない最初の数日間を一緒に過ごした。
フレンドカードという意味では、俺の友人は一人ではない。でもそういう意味ではマナは既に"特別"だった。
ふと、いつかの夜に、マナが言ったことを思い出す。
"失うのが怖い"か。そうだな、今度そんなこと言いだしたら、俺もそうだと言ってやろう。
"ありがとう。これからもよろしくね。ユージン"




