第26回 「迷惑かけたくないから」
「なるほど。其れで"深夜営業"ってわけか」
「うわーデジャヴ」
「なんだって?」
「いやこっちの話です」
なにやら昨日のロイと寸分違わず同じセリフを吐くケンちゃんに、俺は思わず突っ込みを入れそうになる。
フレンドリストで確認できるケンちゃんのレベルは48だ。それよりもずいぶん低いロイさんは昨日アホみたいに強そうな鬼人を一人で相手してた。
じゃあこの毎度めんどくさそうな顔してる、金髪頭グラサンに"男気"Tシャツにジーパンのニーサンはどれほどの強さなのか。
ふむ熟練戦斧闘士の職位は伊達ではないということか。怒らせないように気を付けないと。
「そういえば、夕方くらいにマナちゃんが来たぞ」
唐突に、と言えば唐突に。
気になる名前が出て、思わずそちらを見る。
「どうでした?」
「最初はそのまま狩をしようとしたらしいんだが、やっぱりあのナイフ一本じゃ色々きついってさ。ほら、そもそもあの子、"殺す感"ダメな子だったろ?」
「あー、やっぱり」
"ぼくに遠慮しないでね"と、苦笑いしていたマナの顔を思い出すが、やはり酷なことをさせていると、後悔する。
「オレんとこで、近接戦闘用の武器を何か用立ててもよかったんだけど、あの子の場合、それだと万事解決ってわけでもないだろ?」
「まぁそもそもRPGでレベル上げたいけど、殺したくないって時点で厳しいもんがあるんですけどね」
やれやれとため息をつく俺に、ケンちゃんは苦笑しながら続ける。
「まぁ、そう言ってやんな。画面の前でポチポチやるゲームとは違うんだ。ましてやあんな女の子だろ?"殺す感"じゃないにしたって、"釣り上げた魚に触れない"くらいの嫌悪感が有っても不思議じゃねぇだろうし」
「あーいや・・そう・・ですね」
そう・・だよなぁ。
生返事になるには理由があった。
TWOでのキャラクター、"マナ"は、カミングアウトされていない相手にとっては、ごく当然の様に"女性"として映っている。
男だと何度も言われている俺ですら、折に触れて自信が無くなる。
「そんでさ、魔王崇拝の時、"紅蓮の魔王"選んでたじゃん?」
「へ? ああ、そういえばそんな名前のやつでしたね」
「エストは炎を司る魔王だ。攻撃魔術にしたって素直な奴がそろってるから、初歩攻撃魔術を覚えるのはどうかって提案したんだよ」
「なるほど、回復役になるって言っても、別に攻撃魔術を制限されないとか言ってましたね」
確かに、魔術師となった今なら、その方がより"らしい"と言えるとは思う。遠距離攻撃だし、悪魔の力を借りて攻撃するので、心理的にも"自分は殺してない"と言い訳しやすいだろう。
いつものマーケットのテントの下で、簡素な木製のテーブルに直接座って足を組んでいる、ケンちゃん。マナと会っていた数時間前を思い出すように、運河の方を遠く眺めながら。
「俺が提案したらその足で魔術協会にすっ飛んで行って、どうもケヴィンのやつに頼み込んでいくつか魔術を覚えたらしい。ノンアクティブモブの確殺ラインが格段に上がって、直接攻撃じゃない分ずいぶん気楽になったって、ぴょんぴょん飛び跳ねながら報告に来たぞ」
あまり屈託なく笑うってことがない、相棒の満面の笑みと、飛び跳ねる姿を想像して、俺も頬が緩む。
その点については同感だという様に、ケンちゃんも漏らすような笑い声をあげていたが、ふっと表情を戻すと、また遠くを見る。
訝しんで俺が先を促すような視線を送ると、なんだか歯切れの悪い返事を短く挟んでそのあとを続けた。
「ん?ああ、だけどその後な。"でも、殺してることには変わりないのに、現金なもんですよね"とか言うんで、ちょっと唖然としちまったんだが」
そこでいったん言葉を切って、頭サングラスを抜くと、わしゃわしゃと髪をかき上げる。
「無尽蔵に現れ続けるデータに、遠慮してもしょうがないんじゃないかって言ったんだが・・・。んー、彼女、確かに危険ていうか"危うい"な」
「やっぱそう思います?」
話を聞いた俺は、マナらしい、と思う反面、ケンちゃんの言葉通り危うさも感じる。
ケンちゃんと二人、深々と頷き合う。
「あれはもう、素直っていうか、"純粋過ぎる" 姐さんやお前が心配だっていうのもわかる気がしたよ」
「ですよねぇ・・」
リアルではだいぶコミュ障気味で、其の所為かマナは自分に自信が無さそうなところがあるが、話してみればとても"イイヤツ"なのだ。
そんなやつでも、きっかけを得られないと孤立してしまうものだろうか。
知り合って以降、マナは一人ぼっちに戻ることを怖がっている。事有る毎に、すがるような視線を感じる。
何度か言ったが、俺はその状況が気に入らない。
アイツは、もっと良い目をみてもいいはずだ。アイツが孤立するのなら、それは周りが間違っているのだ、と、思う。
思うものの、例えばそれが銀髪の美少女ではなく、俺と同じ顔した男がやっていたとして、どう思うだろう?
やれやれ、人の心理ってのも現金なもので、もしそんな状況になったら、俺は俺の顔をしたそいつに、ビンタの1発もかましてしまうかもしれない。いっそグーで殴っているかもしれない。
"現金なもんですよね"
か。
さて、一番現金な奴は誰だろうな。
「おーい。きいてる?」
いつの間にか物思いにふけって、ケンちゃんの言葉が耳に入らなくなっていたらしい。ケンちゃんはやれやれと、半眼で頭を掻く。
「ったく。お前の方も大概、あの子の事となると真剣だよな。・・・お似合いだよ、お前たち」
「ファ!?」
え、それは俺とマナがカップルとしてとかそういうアレですか?いやまて、確かにアイツはリアル男だからそれはないですよとか言うわけにはいかない言い訳だし、うごごご。これは避けようのない誤解なのか。
「ぐぬぬ」
俺が唸って黙り込む理由を知ってか知らずか、ケンちゃんはあきれたように続ける。
「だってさぁ、あの子、オレが"そんなに殺す感が嫌なのに、無理してレベル上げを急ぐ理由は何だ"って聞いたら、なんて言ったと思う?」
「へ?」
「"ユージンに迷惑かけたくないから"、だとサ」
な。
なんという健気。
あかん。これはもうあかん。
俺はもう、リアルマナの顔次第じゃ男でもナデナデしてしまうかもしれない。
俺が呆けたような顔をしていると、ケンちゃんは俺の顔をつかんで何やら拳でぐりぐりやり始める。
「ちょ、なにすr
まぁ、半感型の俺に痛みはないわけだが。
「お前、やっぱ爆発しろ☆」
あら理不尽!
◇◆◇◆◇
数分後の深夜過ぎ。
俺とケンちゃんは、さすがに喧噪収まりきった、そしてそれでもなお明りの途絶えないマーケットを並んで歩く。
男二人がなんとも──
「色気のねぇことで」
「お互い様ってやつですよ」
あのあと、マリー事件の、マナが襲われそう・・というか実際に路地裏に連れ込まれて、何かされる寸前のとこまで行ったなんて話から、ケンちゃんが「あーそんならよォ」とか言い出して、今に至る。
あ、念のため言っとくと、マリーの名誉にかかわる部分はもちろん伏せたうえでだ。
なんにしろ人もまばらになった深夜過ぎのマーケットを、迷いなくズンズカ歩いていくケンちゃんに、仕方なくついていくのだが。
「どこへ行こうってんです?」
「いやぁ、今の時間、まだ開いてるといいんだけど・・開いてるかなぁ?」
「だから何が」
「行った方が早えぇ」
やがて、ケンちゃんは一つの路商の前で足を止めると、俺の方を振り返りながら商品を指差す。
「昨日までに金も少しは稼げてんだろ?コレ、おすすめ」
「なんだっていうんです?」
俺が、路商の茣蓙の上を覗き込むと、そこには・・・




