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世界一位の続き 〜VRMMOのLv999が現実に残ったので、ゲーム知識で東京と異世界を攻略します〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第二部 未実装の海

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海では、二人とも新人

翌朝、俺は甲板で怒られた。


「そこに置くな」


上から影が落ちてくる。俺より頭一つ高い大男で、腕は丸太、腰には縄の束を三つ下げている。


「ボルツだ。甲板長。そこは綱が走る。帆を回したら、お前の荷物ごと海に持っていかれる」


マストの根元の凹みに置いた俺のリュックを、ボルツさんは片手でつまみ上げた。


「荷物は低く。縛る。通る場所に置かない」


舷側の金具に三秒で括りつけられたその結び目を、俺がほどこうとしたら、たぶん三分かかる。


後ろで、ユイが肩を震わせている。


「笑うなよ」


「笑ってない。世界一位が荷物の置き方で怒られてるの、新鮮で」


ユイのリュックは、最初から正しい位置に縛ってあった。朝一番に、ボルツさんに置き場所を聞いていたらしい。


「搬入の初日は、まず現場の人に置き場を聞くの。常識」


渡り鳥号の乗組員は、ダリオを入れて十三人いた。全員が何かを運ぶか、結ぶか、測るかしていて、何もしていないのは俺とユイだけだ。ゲームでは、誰が帆を張っているのかなんて考えたこともなかった。


今日の仕事は、船底の掃除だった。潮が引く時刻に合わせて船を岸壁の浅い所へ寄せ、傾けた船体の下へ、水夫たちがへらと桶を持って入っていく。


「外縁の海は、つくもんが多い。重い船は遅い。遅い船は、食われる」


岸壁の上から、ダリオが言った。何に、とは聞かなかった。


へらを持ったピコが、俺の横に来る。


「剣士さん、剣で貝、取れないんですか」


「取れるけど、船も切れる」


「切れちゃうんですか」


「切れちゃう」


ピコがちょっとがっかりした顔をした時、船底のほうで誰かが短く叫んだ。水夫の一人が尻もちをついて後ずさり、へらが船体の下に転がっている。


船底の板に貼りついていた殻が、一つ、動いていた。盾くらいの大きさの、灰色の波打つ形の殻だ。端から剥がれて、先が鉤になった細い脚を十本くらい出す。同じような殻があと三つ、船底のあちこちで動き始めた。


「船喰い殻だ! 剥がす時に暴れる! 板ごと持っていかれるぞ!」


ボルツさんが怒鳴った。


鉤は板の継ぎ目に食い込んでいる。無理に剥がせば板が割れるし、剣を振れば、殻の向こうの板まで斬る。


――普通に斬れば、な。


岸壁から跳んで、傾いた船体の下、殻の正面に着地する。殻が鉤の脚を一本持ち上げて、こっちを向いた。


万象解析を開くと、殻の内側に魔力の流れが一筋見えた。脚の付け根から、殻の真ん中の少し下へ集まっている。刃の長さは、殻の厚みぶんだけでいい。


天断を、短止で放つ。刃先から指二本ぶん。


光は殻の中心を抜けて、板に届く手前で消えた。鉤が継ぎ目から外れて、殻がずるりと砂の上に落ちる。船底の板には、傷一つない。


残りは三つ。一つは船首の近く、一つは竜骨の真下、最後の一つは少し大きい。順番に回って、三つとも同じ長さで止めた。竜骨の真下のやつだけは角度が悪かったので、殻の縁を左手で押し上げてから刺した。


四つの殻が砂の上に並ぶと、船底は静かになった。


「……今の、板、切れてねえのか」


竜骨の下に潜り込んだボルツさんが、手のひらで板をなぞる。


「切れてないです。斬るのを、途中で止めたので」


ボルツさんは俺の顔を見て、板をもう一度なぞって、立ち上がった。


「――いい腕だ」


岸壁から降りてきたミナさんが、落ちた殻の一つを拾い、俺が刺した穴の深さを指の節で測って、帳面に短く書いた。絵だった。殻と穴の横に、指が二本描いてある。


「……二本指ぶん、ってことですか」


頷かれた。


殻の中身は焼くとうまいらしく、夕方に甲板で焼いたら、本当にうまかった。食べている最中に、ボルツさんが俺の横に来た。


「剣士。さっきの、明日の海でも頼む」


「はい」


*


出港の朝、ユイが岸壁の端に立った。


「試したいことが三つあるって言ったでしょ。今から全部やる」


一つ目は、海の上に張る足場の結界だった。ユイが手を下ろすと、岸壁のすぐ外の水面に、畳一枚ぶんくらいの薄い板が張られる。光の縁が、波に合わせてわずかに揺れている。


「水の上に張るの、初めて。ゲームだと、水面には置けなかったから。……波で下から押されてる。陸の上より、ずっと重い」


乗っていいか聞く前に、ボルツさんがもう俺の腰に縄を巻いていた。縄の反対側は、岸壁の係船柱に結ばれている。


「落ちたら引き上げる。海で泳いだことは」


「……小学校の、臨海学校で」


ボルツさんは、何も言わずに結び目をもう一つ増やした。


岸壁から、足場へ跳ぶ。


着いた――と思った瞬間、板がぐにゃりと沈んだ。足首まで海水が来て、今度は板が膝の下で跳ね上がり、体が前へ投げ出された。


落ちた。


塩辛い。腰の縄がぴんと張ってすぐに引き上げられ、俺は岸壁の上で水を吐いた。


「今のは、俺が悪い」


「どっちかというと、私が悪い」


ユイは真剣に笑いをこらえていたが、目は水面の結界から離れていなかった。


「レイが降りたの、波の谷。板は波と一緒に下がるから、そこに体重が乗ると沈みすぎる。山だと押し上げてくるから、膝に来る。……上がり始め。私が合図する。あと、板を少し斜めにする。真上から受けないように」


二回目は、ユイの「今」で跳んだ。


板は沈んだが、さっきほどじゃない。着地の瞬間に膝を抜き、重さを斜めの板の上で前へ流す。


止まれた。足首まで、濡れていない。


ユイが、拳を小さく握る。


そこから先は、乗るたびにユイが板の角度を変え、俺が膝の抜き方を変えた。五回目で、片足で着地して、もう片方で次の板へ跳べた。二枚目の足場までの間隔は、三メートル。


「何枚まで張れる?」


「海の上なら、同時に二枚。三枚目を張ると、一枚目が持たない。……今のところは」


最後の一言だけ、少し悔しそうだった。


二つ目は潮で動く結界で、ユイは手のひらほどの結界を水面に浮かべると、そのまま手を離した。


「潮に乗せたら、どこへ行くか見たいの」


小さな光は岸壁に沿って流れていき、港の出口の手前でくるりと向きを変えて、沖の方へ消えた。いつの間にか岸壁の端にいたミナさんが、その方角をじっと見て、帳面に線を一本引く。それから、ユイに向かって小さく頭を下げた。


三つ目は、船の舷側に張る防波の幕。ユイが自分で試し、自分で首をかしげ、自分で直していく。俺は縄に繋がれたまま、それを見ていた。


楽しそうだった。


「レイの番もあるでしょ。飛ぶやつ」


風で体を押し上げる魔法。ゲームでは移動用の補助で、高く跳んで、少しだけ空中に留まれる。岸壁から跳んで風を足の裏に溜めると、体が浮いた。海の上を、十メートル。二十メートル。


三十メートルで、胸の奥の流れが細くなった。


戻って岸壁に着地した時には、息が上がっていた。流れが元の太さに戻るまで、しばらくかかった。


「長くは無理だな。全力で、この港の端まで。行くだけなら行ける。帰ってこれない」


「片道切符だ」


ダリオが、甲板の上から怒鳴る。


「それで全部飛んで行くなら、船は要らねえな!」


「要ります!」


「よし! なら乗れ! 潮が変わる!」


腰の縄は結局ほどけなくて、ボルツさんがほどいてくれた。一秒だった。


甲板に上がると、ピコが濡れた俺を見上げてくる。


「王門の剣士でも落ちるんだ」


「落ちる。海は初めてなんだよ」


ピコは、なぜか嬉しそうだった。


帆が張られて、渡り鳥号が岸壁を離れる。港湾局の小さな船が並走して、湾の出口あたりで汽笛を一回鳴らし、引き返していった。


湾を出て、一時間。ミナさんが舳先で、船長室で見た瓶に羽根の付いた浮きを海へ投げる。それが波の上でくるりと向きを変えると、ミナさんは前方を指さした。


海の色が、そこで変わっている。灰色がかった青が、ある線を境に深い藍になって、その線は水平線まで続いていた。


その線の向こうだけ、空の色が、少し違った。


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