第4話:悪魔の社内日報 ― ホワイトを装う深夜残業の記録
契約主:レオン(倫理は選択制)
記録者:ヴァルプス(転職活動、永久保留中の小悪魔)
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【日報014】「ついで」という言葉の定義について
本日も深夜二時。
影を軽く蹴られて起床。「静かに」の合図付き。
寝ぼけ眼で這い出すと、契約主はいつも通り、涼やかな顔で刃物を磨いていた。夜中に。
業務指示:
「宿の周囲に気配遮断結界を二重に。
ついでに、一キロ先の街道に不審な馬車がいないか見てきて。
さらについでに、彼女の寝息が変わったら教えて。
魔力が足りなきゃ、私から持っていって」
……「ついで」の三段活用。
全部メイン業務。どこが副次なのか説明してほしい。
そして「魔力を貸す」=「仕事量が増える」という公式に気づいた時点で、ボクはもう夜風の中だった。
ホワイト職場とは、説明が丁寧な地獄のことを言うのだろう。
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【日報027】徹底したコンプライアンス(※宝石姫限定)
この職場最大の問題点。 契約主が彼女の前では完璧なホワイト上司であること。
宝石姫が起きている間、主さまはこう言う。
「宝石姫ちゃん、疲れてない? 椅子、持ってこようか」
彼女が微笑む。
「レオンさん、優しいわ」
……待って。
その椅子、三秒前にボクが三キロ先から担いできたやつ。
宝石姫が視線を逸らした瞬間、飛んでくる追加指示(極小音量)。
「悪い。ついでに紅茶。
茶葉は隣町の、あの店のやつ。
……早くね」
悪いと思ってるなら自分で淹れてほしい。というか、その「悪い」の言い方、絶対に心が伴ってない。
でも宝石姫が「いい香り」と喜ぶので、今日も反論は飲み込む。
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【日報041】やりがい搾取の美学
本日、森で盗賊団(五名)と遭遇。 隠密処理完了。証拠残滓ゼロ。
宝石姫への報告内容:
「小鳥が少し騒がしかったね」
本来なら「特別危険手当」案件。
だが契約主の評価は、首をかしげたままの微笑だけ。
「宝石姫ちゃんが起きなくて良かった。……ね、ヴァルプス?」
この「ね?」に込められた
「当然だよね」
「それが君の役目だよね」
「信頼してるよ」という三重圧力が凄まじい。
地獄の業火で焼かれる方が、この無言の肯定=報酬ゼロ査定よりマシかもしれない。
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【日報063】有給休暇(※概念)
ついに「半休」を申請。
契約主:
「もちろん。無理はさせたくない。
……あ、でも今日、新月だね。
三時間……いや、二時間半でいいから、隣にいてくれる?」
二時間半。
悪魔の寿命で考えれば一瞬。 ボクの精神衛生で考えれば、ほぼ永劫。
「はは……そうだね、新月だもんね」
と返してしまった自分を、契約解除したい。
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【備考】それでも退職届が出せない理由
深夜業務を終え、朝日が昇る頃。昨日の破片で怪我一つせず、何も知らないまま「おはよう」と笑う宝石姫を見る。
主さまは満足げに彼女の髪を撫で、直後――本当に一瞬だけ、ボクを見る。
声は出さず、口の形だけで。
「……お疲れ」
――ずるい。
その一瞬の「共犯者扱い」で、また今日も残業してしまう気がする。
悪魔界の契約案内所に警告したい。
「美形エルフの歪んだ執着には気をつけろ。やりがいという名の毒が、静かに回るぞ」と。
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




