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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第一話

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 懸念していた通り、実は魔道士団の仕事が残っているからと書庫を去るアミクスを見送って、ルティウスは再び魔法書の紙面に目を向ける。だが既に集中は途切れてしまっていた。これ以上本を開いていても無為な時間を過ごす事になるかもしれない。半ば諦めの心境で閉じた魔法書を棚に戻すと、直前に親友が去ったばかりの扉を通ってルティウスも部屋を出た。

 本部の建物から出ると、外はもう夕暮れ時だった。空には厚い雲が広がり、今にも雨が降りそうな湿った空気が辺りに漂っている。

「なんだか、嫌な空だな…」

 ぽつりと呟きながらゆっくりと歩き出す。程なくして皇都の繁華街を通り抜けると、街のそこかしこに平和が満ちているのが感じられ、薄暗い空模様とは反対に自然と心は明るくなっていく。

 街へ出た際にいつも立ち寄る屋台の前を通った時、ルティウスの視界に数名の見慣れない人の姿が映り込んだ。

「おや殿下、いらっしゃい」

「こんにちは。あ、いつものやつ下さい」

「あいよ、少しお待ち下さいね」

 屋台で夕食にするべく食べ慣れた串焼き肉を注文しながら、顔馴染みでもある店主の男性へと尋ねる。

「ねえ、あそこの人達ってさ、ここらで見た事無い気がするんだけど…」

「ん?あぁ、あの連中ですかい?どうも数日前に南の都市から来たらしいんですよ。きっと中立都市の交易団か何かじゃないですかね?」

「ふぅん…ま、お互いに利益があるならいっか…」

「お待たせしました。はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」

 待ち侘びていた串焼き肉を受け取りその場で口にする。本来なら皇族にあるまじき行動と窘められた事もあったが、ルティウスは気にせず度々こうして市井の屋台を訪れては自由に過ごしている。街の中でしか得られない細かな情報や経験があるため、城での暮らしより何倍も刺激があって飽きなかった。

「ほーんと、殿下くらいなモンですよ、皇族の方でウチみたいな店を利用してくれるのって」

「サルース兄様もお忍びで来てるって、どこかで聞いた気もするけど…」

「あはは、そうですね…サルース殿下の場合は、本当にお忍びなので来ても気付かないんですよ」

「…兄様らしいなぁ」

「ルティウス殿下は忍ぼうともされませんからねぇ?護衛も連れてらっしゃらないし、大丈夫なんですかい?」

「俺は大丈夫だよ。ほら、これがあるし」

 そう言って店主へ、腰に下げている剣を示す。

「…なら良いんですけどね。時々心配になりますよ…殿下はほら、目立ちますから…」

 特徴的な顔立ちをしているルティウスを知らぬ者は、この街には居ない。本人も自覚があるため少しだけ怪訝な表情を浮かべてしまうが、店主が心から案じてくれているのだから無下には出来ない。

「…ご馳走様。また来るよ」

「毎度あり。お帰りもお気を付けて~」

 皇族への態度としてはあまりにも気安い店主。けれどルティウスは一切不満に感じてはいない。それどころか普通に接してくれる屋台の店主には好感が持てる。他にも、普段通る一帯の人々は皆がルティウスと気軽に接してくれている。だからこそこの街が、ルティウスは好きだった。

 様々な人間模様が落ちている日常の光景。それらを蒼い瞳に映しながら喧騒を通り過ぎれば、すぐにも人気の少ない通りに差し掛かる。


 ルティウスが帰る先は城ではなく、普段暮らしている別邸。

 今は亡き母が、輿入れ直前に暮らしていた古びた屋敷。使用人もおらず手入れが行き届いているとは言い難い建物だが、静寂と平穏を望むルティウスにとっては城よりも落ち着く場所だった。

 十五歳を過ぎた頃から、誰も居ないこの屋敷に一人で住んでいる。訪れるのは親友のアミクスと、長兄である第一皇子サルースくらいだ。

 皇族の誇りを持ちながらも人を見下さず、穏やかで優しい上の異母兄。時折公務を抜け出してルティウスに会いに来ようとするのが長年の困り事。次期皇帝として望まれているサルースは、ルティウスにとっても自慢の兄である。来てくれるのはとても嬉しいが、それで公務を疎かにしては周りを振り回してしまうのだから、素直に喜べない弟心があった。

「…父様よりも先に、サルース兄様に伝えた方がいいかな」

 独り言のように思い浮かんだ案を呟きながら扉を開けて屋敷に入り、普段過ごしている自室へ向かう。

 皇帝としてのしがらみも多い父より、幾分か自由に動きやすい第一皇子の方が万が一の場合の抑止になるかもしれない。兵を集めているなど、到底看過できる噂ではなかった。放置して戦にでもなれば、実害を被るのは何も知らない民衆なのだから。

 皇子としての自覚が希薄なルティウスでも、街の人々に被害が及ぶ事だけは、絶対に許せなかった。


 自室に入り腰に下げていた剣を壁に立て掛けて、勢い良くベッドに寝転がる。眠気がある訳ではないが、少しだけ横になりたかった。アミクスほどではないが、ルティウスにも予感があったのだ。

 これから、何かが起こる。

 その時が来るまで少しでも体を休めておくべきだと、本能に近いところの何かが訴えてきている。

 窓の外は既に日が没し、上空を覆う雲からは雨が降り始めていた。

「ラディクス兄様…今度は何をするつもりなんだ?」

 幼い頃から、ルティウスは数度に渡り命を狙われてきた。

 皇子として生を受け、皇位継承権第三位の身である事から、物心ついた頃に覚悟は出来ている。皇位には興味が無いとどれだけ言葉にしても、下の異母兄ラディクスは納得しなかった。けれど血の繋がった兄弟なのだから…と、油断をした。その結果が、第二皇妃の死という惨劇である。

 自分を狙った刺客によって、母である第二皇妃サリアは命を奪われた。

「…母様、俺は…どうしたら良いのかな……」

 もう居ない母へ問うように零れた声。ラディクスを止めようとすれば、逆上してさらなる悲劇を起こす可能性がある。

 サルースにも、皇帝にすら止められないほど暴走させてしまったら?

 大切な人達がまた奪われてしまったら…?

 そうして失う事を恐れ、ルティウスは事件から数年の日々をただ耐えて、第二皇子から隠れるように過ごしていた。

 本気を出せば、武力によって止められるかもしれない。それだけの実力を身に付けられる程に、ルティウスは長きに渡って修練を重ね続けた。

 剣の腕だけなら騎士団長とも打ち合える。魔法についてもヴェリター家の者達に師事したおかげで、それなりの精度で扱える。だがもしもラディクスがそれらを上回っていたら?と、湧き上がった不安が払拭されず、身動きが取れずにいた。

 今後どうすべきかと悩み考えている内にルティウスの意識は遠くなっていき、ひと時の眠りに落ちていた。



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