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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第一話

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「ルティ!どこにいるんだ!返事をしてくれ」


 微睡みから引き上げられるような叫び声に、閉じていた瞼を押し上げる。外はまだ暗く、雨も降り続いたままだ。

 住居としているこの屋敷に出入りが出来て、尚且つ愛称で呼ぶ者はただ一人しかいない。

 ベッドに横たえていた身体を起き上がらせて、直ぐさま剣を持ち扉を開け放つ。おそらく階下から聞こえてきたアミクスの声は、普段のアミクスらしくない焦燥に満ちたもの。何か良くない事が起きたのだろうと、理解するのは容易かった。

「アミクスか、どうしたんだ一体?」

 廊下を駆け抜け階段を下る最中に、声の主と鉢合わせる事が出来た。魔道士であるアミクスが息を切らせている。きっと補助魔法も使わずその足で走って来たのだろう。

 探し人の姿を視認したアミクスは、乱れた呼吸を落ち着かせるのも待たずに、ルティウスの腕を強く掴んだ。

「ルティ、今すぐ皇都から逃げて!」

「え?何で…」

 あまりにも唐突な一言に目を見開く。逃げろとはどういう意味なのか。問い返そうとしたその時、遠くから地響きにも似た轟音が響き渡った。音の方向へ振り返ると、窓の向こうに見えたのは夜闇の中に赤々と立ち上る大きな火柱。

「なっ、何だ?」

「まずい、もうここを嗅ぎ付けられたのか!」

「なんの事だ!説明してくれ!」

「ラディクス殿下だよ!」

「……は?」

 一体何の話なのか、ルティウスはすぐに気付けなかった。先程よりも強い焦りを滲ませたアミクスに腕を引かれて、構造を知り尽くしている親友と共に建物の中を駆けていく。向かった先は屋敷の地下にある倉庫。どうしてこんな場所へ…?と、首を傾げるルティウスの眼前で、アミクスは持っていた杖を掲げて何かを唱え始めた。

「アミィ、答えてくれ!兄様……あの火柱は兄様なのか?一体、何が起きて?どうしてそんなに焦ってるんだよ?」

 それほど長くない詠唱を終え地面に杖を突き立てるアミクス。それと同時に、二人の眼前にある『何も無かった壁』に魔法陣が浮かび上がり、そして消えていった。

 状況を飲み込めず困惑するルティウスに、振り返る事なく端的な説明が伝えられた。

「ここは、今は僕だけが知ってる緊急時の避難経路だよ」

「避難…?」

「話は後だ!付いてきて!」

 そしてアミクスは壁に向けて杖を掲げ触れさせようとするが、そのまますり抜けるように壁へとめり込ませていく。

「…はっ?」

 目の前の現象を理解出来ずに、気の抜けた声が漏れてしまう。振り返らないが、アミクスが微かに笑ったような気がした。

「大丈夫。さ、通り抜けたら走って!」

 その一言と同時に、アミクスは躊躇うこと無く壁へと向かう。腕を掴まれたままのルティウスと共に、まるで壁など無かったかのように通り抜けた先は細長い通路だった。

 ゆっくりと詳しい話を聞きたいが、走っていてはそれも叶わない。

「おいっ、離してくれ!一体何だってこんな……」

「あいつの狙いはルティなんだよ!」

 いつも厳格に身分を弁えるアミクスらしくない発言に驚愕する。優秀な魔道士である反面、体力がある訳ではないアミクスの息は時間が経つ毎に粗くなっていく。肉体的な余裕の欠如から本来の性格を隠しきれなくなったアミクスが、簡潔に事実だけを添えて、現在の行動の理由を口にする。

「第二皇子ラディクスは、皇位継承の邪魔になる君とサルース殿下を抹殺するために挙兵したんだ!」

「……挙兵?」

「その数は千を超えている。騎士以外にも多くの無法者を抱えている事も判明してる……彼の狙いはきっと、混乱に乗じて皇都にいる君を殺し、陛下をも手に掛ける気だ……だからとにかく、君は逃げなきゃいけないんだ!」

 どこか頭の片隅で予想していた最悪の事態が、こうして現実になっている。その事実に胸が痛んだ。どんなに憎み合ったとしても、民を巻き込むような事はしないと信じたかった。仮にも国を統べる王の子。私欲のために戦を起こすという愚行とは無縁であって欲しいと、信じていたかった。

 だがそんな思いも虚しく、最初に響いたものと同じ規模の轟音が頭上から何度も鳴り響いた。

「ッ…!くそっ、やりたい放題してるな、第二皇子め…!」

 音と共に襲い来る衝撃に一瞬だけ体勢を崩すが、それでもアミクスは駆ける足を止めない。

「父様と…サルース兄様は?彼らも避難してるのか?」

 せめて父と上の兄が無事であればと危惧するほどに、ルティウスは家族への情が深い。それを知っているからこそ、この純粋な第三皇子の親友は知り得た情報の全てを伝える事に躊躇した。

「……サルース殿下は無事だ…彼には先見の明がある。既に公務を装ってヴェネトスへ落ち延びている」

「そ、そうか…」

 通路を進む足を止めないまま安堵の息を吐く。亡き母に次いでルティウスを愛してくれていた長兄の無事は、朗報とも言える。聡明な兄がいれば、これ以上の最悪は免れるだろう、そう軽く考えてしまっていた。

 だからこそ、その先の言葉はルティウスにとって、あまりにも耐え難いものだった。

「陛下は城に残られている……逃げずに、皇帝として第二皇子の軍を迎え撃つおつもりだ……」

「……えっ?」

 現実とは得てして残酷なものだと、思い知らされたような心境だった。衝撃のあまり立ち止まりかけるルティウスだが、その腕を引くアミクスは決して立ち止まらない。全ては、大切な友人をこの危地から救うため。

「もうすぐ、城の地下にある祭壇に着くよ…」

 足取りが重くなったルティウスの腕を引き続けるアミクスも、既に覚悟を決めていた。これからやろうとしている事…それを知れば、ルティウスは絶対に拒むだろう。力ずくで止めさせようとするかもしれない。だけど止めさせてはいけない。

 強い決意を抱くと同時に、アミクスは覚悟していた。大切な親友との別れを。


【きっと、ルティは怒るだろうな…君は優しいから】


 長い長い通路の終着点が見え、屋敷の地下を抜けた時と同じ詠唱をした後、再度杖を掲げて地面を突く。一見するだけではその先に空間がある事など想像も出来ない、あまりにも普通な壁をすり抜ける。

 水神の加護を受ける儀式でしか使われないグラディオス城地下の祭壇。厳重に管理されているはずの場所だが、警備されているのは扉の外だけ。秘密の通路から直接内部へ入り込んだため、アミクス達以外には誰も居なかった。

「……アミィ答えてくれ、どうして逃げろと言った君が俺をここへ…?」

 三年前に加護の儀式を済ませているルティウスも、当然この場所の事は知っている。付き合いの長い友を信じて、言われるがまま連れてこられた国の根幹たるこの場所は、けれど第二皇子ならば入る事も可能。籠城に適した場所ですらない事は、皇都の警備にも携わるアミクスが知らぬはずはない。

「ここはね、水神様の力を借りられるんだ…僕の力だけじゃ、少し足りないからさ」

 言いながら歩を進め、ルティウスを誘うように祭壇の中央へ向かう。数段高くなった円形の壇上に到達すると掴んでいた手を離し、アミクスだけが祭壇から離れていく。

「待てアミィ…」

「動かないで!」

 ビクッと身体を竦ませてしまうほどの覇気と共に発せられた声。少しだけ震えた、だが怒声にも似た声に思わず身動きを止めたルティウスは、ただじっと、離れていく親友の背中を見つめていた。

「君を、ここから送り出すよ……それが、サリア様との約束なんだ」

「送り出すって……一体何を…」

 問いに対してゆっくりと振り返ったアミクスは、笑っていた。あまりにも見慣れた笑顔。どんなに辛い事があっても、その笑顔のおかげで立ち直る事もできた。けれど今は、その笑顔がただただ悲しかった。

 直後、祭壇から強い光と魔力が解き放たれる。地面に浮かぶ魔法陣は青白く輝き、ルティウスを完全に包み込んでいく。

「アミィ、何だこれは…!」

 同時に祭壇へ向けて掲げられたアミクスの杖。吹き荒れる魔力が強まるのと比例して輝きを増す杖が、地面へと突き立てられる。それは何かの魔法が発動する合図でもあった。

「サリア様から託された禁術だよ。君にもしもの事があった時、君を安全な場所へ送り出すための、転送魔法だ」

 瞬間、ルティウスも気付いてしまう。これが彼との別れになるのだと。長年連れ添った友は、自分を逃がすためにわざと派手な禁術を使い、第二皇子の目を自分に向けさせるつもりなのだと。

「駄目だアミィ!逃げるならお前も一緒だ!」

「それはできないよ」

 もう何度も見てきた優しい笑顔が、今はあまりにも辛い。

「この魔法は、術者が消さないと門が開いたままになってしまう。だから僕は残るよ…第二皇子の追手が君に届いてしまわないように、ここで足止めだ」

 悲愴など微塵も感じさせない表情と声音で語るアミクス。涙が込み上げそうになるのを何とか堪えて、ルティウスは気丈に返した。

「必ず……必ず生き残れよ?友達として、お前が仕える皇子として、死ぬ事は絶対に許さない!」

 本当なら、力ずくで魔法を掻き消してやりたい。大事な親友を残して自分だけ逃げるなど、この場を破壊してでも止めさせたい。でも止められなかった。だからこその『約束』を押し付ける。必ず再会するための、僅かな希望を繋ぐために。

「ああ、きっと僕も皇都を脱出してみせるよ…だから、君は先に安全な場所へ!」

 再会への望みを捨てさせない、今出来るのはそれしかなかった。アミクスの決意と覚悟を無駄にはしたくない。たとえこれが今生の別れになるかもしれないとしても…。

「水神の力を借りたこの転送魔法は、水脈を伝って君を遠くへ運んでくれる。ルティ、どうか無事で…」

 地面の魔法陣から立ち上る光が次第に明るく輝いていく。青白い光に包まれ視界に何も映らなくなる頃、ルティウスの意識はぷつりと途切れた。



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