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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第三話

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22/26

0022

 にこやかに門を開ける番兵に通されて、一行は屋敷の中へと足を踏み入れた。豪華だが派手ではない作りの建物。内部も同じく綺麗に調度品が設えられており、どこか懐かしい落ち着く雰囲気だった。

 そしてルティウスの視界に、気になる物が映り込む。 

「あれは…?」

 扉を開けて入ったすぐのエントランスに飾られているのは、蒼い竜の彫像。その背には二対四枚の翼があり、像の足元には水が湛えられている。何だか見覚えがある気がして、隣をちらりと見上げる。

「…私だろうな」

 ぼそっと小さな声で呟くレヴィに、やはりとルティウスは納得する。

 ベラニスは水神信仰の街。水の竜神であるレヴィを象った像が存在していてもおかしくはない。そして像をもう一度見て、ルティウスは想像した事実が正解かどうかをこっそりと尋ねた。

「もしかして、本来の姿ってあんな感じ?」

「……こんなに小さくはない」

 指摘する部分はそこなのかと呆れてしまう。ただ否定はされなかったため、間違いという訳でもないのだろう。

 決して小さくは無いはずの竜の彫像を前にするルティウスは、改めてこの家が一体何なのかを考えていた。最も有力なのはベラニスの領主という線だが、テラピアは何も言わない。

「それでは皆様のお部屋にご案内致しますね」

「ちょっと待ってくれ」

 エントランスを抜けて大階段を上りながら話すテラピアを、ルティウスは思わず呼び止めた。

「一つ聞かせてくれ。君は一体…?」

 どう考えてみても、彼女は一般人の類ではない。物腰や雰囲気から察してはいたが、この建物を実家を呼び気軽に訪れる事が出来る。それなりの位を持つ家の令嬢である事は間違いない。問われたテラピアは立ち止まると、改めて振り返り階段の上部で優雅なカーテシーと共に自己紹介をした。

「申し遅れましたね、ルティウス殿下。私はテラピア・ベラニウス。このベラニスの次期領主でございます」

 ベラニウスという家名を聞いて腑に落ちた。帝国とも少なからずやり取りがあったため、その存在は記憶にある。会うのは初めてだが、彼女の佇まいを見て納得する。そして暴漢に絡まれていたのも、次期領主であるが故なのだろう。

「私も殿下とお話ししたい事はありますが、今はお休みになった方が良いです。お部屋へご案内致しますね」

 そして彼女は再び階段を上っていく。二階に到達し長い廊下を進んだ先でテラピアは立ち止まり、手を伸ばして三人の部屋を示した。

「一番手前のお部屋にフィデス様、その隣がレヴィ様、一番奥が殿下のお部屋となります」

 領主の館ともなれば部屋数は豊富だ。三人はそれぞれの部屋を用意されており、フィデスは「おやすみ!」と言いながら喜び勇んで手前の部屋へと入っていった。残ったレヴィとルティウスはじっとその場で立ち竦んでいる。

 何故、ほんの数時間前に出会ったばかりで既に部屋が用意されているのか、疑問を抱いてしまう。彼女の表情に裏は無いように思える。けれど親友の裏切りを知ってしまった直後のルティウスはどこか疑心暗鬼になっていた。

「どうして…俺達の部屋がこうも簡単に決まるんだろう」

 抱いた疑問はつい口から零れていた。予め準備されていたかのように、彼女は迷う事なくこの部屋がある廊下へとやって来た。平時ならきっと気にも留めなかっただろう。けれど今は、些細な事が心に引っ掛かってしまう。

「…そうですね、サリア様のご伝言…とだけ申しておきます」

「母様の…?」

 その一言を口にするテラピアは、どこか悲しそうに微笑んでいた。

「詳しいお話は明日、きっとまたリーベルさんがこちらにいらっしゃるので、その時にでも」

 再び丁寧に一礼だけして、テラピアは背を向け廊下から去って行った。その後ろ姿を見送るルティウスの隣には、少しだけ不満そうに眉根を寄せるレヴィが立っていた。

「ここでは、部屋は別々なのだな」

「……そりゃ、これだけ部屋数があるのに同室なんて事はしないだろうよ」

 何故か別室である事に不満を抱いているレヴィに呆れてしまう。確かにフィデスの家では同室だったが、それは建物の規模が違うのだから当然である。しかしレヴィは納得してない様子で、不服そうにルティウスをじっと見下ろす。

「何でそんなに、俺と同じ部屋になりたいんだよ…」

「今のお前は、一人になれば余計な事を考えるだろう」

 思い掛けない一言にルティウスは目を見開く。咄嗟に否定する事が出来なかった。

「そんな事…ないと、思うよ…」

「あるだろう」

 どうして確信したように言えるのかわからず困惑しているルティウスの身体が、突如としてふわりと浮き上がる。またもや抱きかかえられ慌てる少年を無視し、先に開けていた扉を蹴ってそのままルティウスの部屋の中へと入っていく。相変わらず強引で過保護な竜神は、今のルティウスが不安定な状態だと気付いていた。一人にしてはいけないと、持たせた聖石を通じて心の内を感じ取り直感のままに行動しているだけ。

 やはり広々とした部屋の中には、かつてルティウスが暮らしていた屋敷にあったものと同等の広いベッドが備えられていた。

 強引なくせに優しくベッドへと降ろし端に座らせる。そのまま床に膝を着く体勢で、レヴィはルティウスを見上げて問い掛けた。

「お前を転送したという友人が気になるのだろう?」

「………うん」

 心の中に抱え込んでいた不安が、暴かれていくような気がした。隠し事は出来ないなと何度も思い返すが、やはりレヴィには筒抜けだと再認識する。

「お前ではなく、兄に付いた事を気に病んでいるのか?」

「………うん」

「助けてくれた者に裏切られた、そう感じているのだろう?」

「……ッ、う…」

 気付けば瞳からは涙が零れ落ちていた。膝の上に置いていた手を握り締めて堪えようとしても、一度溢れた涙は止められない。そっとレヴィの手が重ねられて、感じる温もりに我慢しようという気持ちは溶かされていく。

「俺……あいつ、を…………アミクスを……助けたかったのに……もうアミクスは………そんな必要、無くなってて……」

 友達だと思っていた。辛い時に立ち直るきっかけをくれた。迫る窮地から救ってくれた。そんな相手に裏切られた悲しさと、自分はもう必要ではないと知った寂しさが混ざり合い、ルティウスの心は乱れ疲弊していた。

 言葉が纏まらないまま泣きながら話すルティウスへ、しかしレヴィは冷静に問い返す。

「本当にそうなのか?」

「…………え?」

 何を問われているのかわからない。真意を掴めず涙に濡れた目でレヴィの瞳を見つめる。優しい金色の眼差しは、どこまでの真実が見えているのだろう。

「お前が信じた友人は、そんなにも容易くお前を、本心から裏切ったと思うのか?」

 気休めはやめろ…そう叫びたい気持ちを抑え込んで、ルティウスは項垂れる。自分のために言ってくれているレヴィの優しさを踏みにじりたくはない。けれど抑え切れない感情が込み上げてしまい、目の前の神へとぶつけてしまっていた。

「俺を転送させたのだって…きっと俺を国から排除するためだったんだ!俺が居なくなれば、帝国にはもう第二皇子しかいない!俺は……要らなかったんだ……」

 言い切ったところで、静かに聞いているだけだったレヴィがルティウスの手を掴み、強い力でベッドから引き摺り下す。悲嘆に震える小柄な身体は、伸ばされた腕に抱きしめられていた。

「もう黙れ」

 頭上から聞こえてくる声は厳しいものの、抱き締める腕は優しい。

「忘れたのか?ルティが居なければ、今ここに私は居ない。あの泉に封じられたままだ。こうしてお前の話を聞いてやる事もなかった」

 優しく降り注ぐ声に、返す言葉は見つからない。

「ルティが居なければ、モアの跡地だって再生する事は無かった」

 ほんの僅かな期間に、ルティウスがどれだけの事を成したのかを自覚させようと話し続ける。それはルティウスが不要ではないと知らしめるため。

「要らなくなんてない。私には、お前が必要だ」

「……レヴィ」

「他の者がどれだけお前を不要だと切り捨て裏切ろうとも、私はお前を裏切らない」

「……っ、ぅ…」 

 たった一言。欲しかった言葉をくれたレヴィにしがみついて、ルティウスは幼子のように泣き続けた。友人はおろか、親にすら見せた事が無いだろう姿を晒してしまえたのは、彼が神だからなのか。

 広い部屋の片隅、冷たい床の上でひたすらに泣き喚いて、それでもレヴィは優しくルティウスの頭を撫でていた。溜め込む必要はない、吐き出せるものは全て出してしまえと言わんばかりに、ルティウスの溢れる感情を受け止めた。

 やがて泣き疲れて眠ったと気付いたのは、しがみついていた手から力が抜けた頃。

「……ルティウス、お前は自分の存在の重要性を、そろそろ自覚するべきだ…………」

 涙の跡が残る寝顔を見下ろして、レヴィは独り呟く。意識を手放し弛緩している身体を抱き上げて再びベッドへと運び、あまりにも多くの物を背負いすぎている少年を労わるように横たえた。

 そしてレヴィはその心に刻み込んだ。ルティウスをここまで悲しませた存在の名を。

「……アミクスと言ったな。本当にルティウスを裏切っていたのならば……その時は…………」

 窓の外へ視線を向け憎悪を込めた声を漏らす。その方角はちょうど、グラディオス帝国がある北を向いている。


「喉を切り裂き、懺悔の間もなく地獄へと葬ってやろう…」


 独りごちた声を聞いた者はいない。

 美しいと評される金色の瞳は、僅かに紅く輝いていた。



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