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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二話 Memoria

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23/256

0023

 それは再生の証。水が流れれば生命の源となる。同じく途絶えた根を伸ばしている地脈もまた、正常に戻れば生命を育む礎となる。

 かつて犯した罪は、千年が経っても世界に傷跡を残し続けていた。けれどレヴィが出会った少年は、そんな罪の痕跡すらも癒してしまおうとしている。

 十分すぎるほどに魔力が集束され竜の形を成した水の塊は、生きているように咆哮を轟かせながら天高く舞い上がる。ルティウスは自身が生み出した巨大な水竜の中に在り、剣を構え続けている。突撃を指揮する軍師のように剣先を死霊王へ向けた直後、水の竜はルティウスを伴ったまま天から急降下を始めた。

 本能で危機を察知したのか、死霊王は黒煙を乱発しながらその場から逃げようとする。しかし行く手を阻んだのは、周囲に隆起した岩の壁。

「……キミ達にばかり、頼ってられないよね!」

 クレーターの縁に立っていたフィデスが、蘇った地脈へ干渉し死霊王の逃げ道を塞いでいた。その頭には二対四本の黄金色に輝く角が生えている。

 この程度の事しか出来ない己を歯痒く思うが、今はこれだけで十分だった。

「ルティ君には……感謝しか、無い……ね……」

 本来の力の大半を封印されているフィデスにとって、自力による地脈への干渉は命懸けにも等しい行為だった。その場に倒れた少女は、奇跡を起こす少年へ全てを託し意識を失った。


 何も知らずに後を託されたルティウスは、意思の通りに動く水竜を操り、そのまま死霊王へと直撃させていく。

 燃え盛る黒煙はその全てが打ち消され、憤怒の熱が冷めるように、激流を浴びた死霊王の姿は原形を保てずに崩れ始め、黒い邪気を辺りに散らしていく。そんな淀んだ残滓もまた、飛沫を浴びれば色を無くし、空へ還るように消えていった。

「これは……浄化?」

 レヴィだけが正しくその光景を認識している。無念と未練が渦巻き、怨念と化した人々の魂が穢れを生み、何者をも寄せ付けない程に濁っていた空気は流れ始め、死に絶えていたはずの大地が息を吹き返していく。

 既に死霊王の姿は崩壊し跡形も無い。残骸は正常な自然の魔力へと戻り、辺りに充満していた黒い靄は次第に光へと変わり溶けていった。

 そしてルティウスが放った大規模な水流は、消える事無くクレーターへと注がれている。荒れ果てた地面しか無かったその場所は、豊かな水を湛える大きな湖へと有り様を変えていた。

 水の竜ごと死霊王へ突っ込んで行ったルティウスを探して、レヴィは再び翼を羽搏かせ飛翔する。間もなく水面を漂う人の姿を見つけて、全速力でその場所へ向かう。

「……レヴィ、俺、上手くやれた?」

「最上の結果だ」

 ルティウスは疲れ果てたように仰向けで浮いていた。意識もはっきりとしており、ただ水面で休んでいるようにも思えるその様に、レヴィは笑みを浮かべる。

「動けそうか?」

「ごめん……流石に泳いでいく体力はまだ無いかな…」

「気にするな」

 そこに空を飛べるレヴィの姿があっても尚、ルティウスは自力で戻ろうと考えていた。これだけの奇跡を起こしたのだから、今は甘えればいい…言っても聞かないのがこの少年の性格だと既に知っている。湖面に浮かぶルティウスの身体を掬うように抱き上げて、レヴィは空中へと飛び上がる。

「なぁ、レヴィ?」

「ん?」

「その姿……フィデスに見られたりは?」

「…あぁ、気にしなくていい」

 そういえば、ルティウスには知らせていなかった。フィデスもまた竜神の一柱であり、レヴィの素性を知る者だと。普通の人間であれば、今の姿は異形として恐れられたかもしれないが、同じ存在であるフィデスならば何ら気にする必要は無い。

 伝えるべきか考えながら、フィデスを置いてきた場所の方へと向きを変える。横抱きの体勢でも見えるようにしてやれば、ルティウスならば気付くだろう。倒れてはいるが、今の彼女の姿に。

「…………ん?あれ、もしかして角…………えっ?」

「あれも古から存在する竜だ」

 そういえば…と思い出す。死霊王を仕留めようとしていた時に、突然隆起してきた岩が逃げ道を奪っていた。そのおかげで逃げようとする死霊王へ攻撃を当てる事ができた。あれはまさかフィデスがやったのだろうか⋯と、確かめるようにレヴィへと視線を戻す。

「……本当は護衛なんて要らなかったんじゃ?」

「いや、あれも私と同じで力を封じられている。私のようにルティの魔力に引き摺られて、僅かに力を使えただけだろう」

「……そっか」

 後でちゃんと礼を言おうと心に決めるルティウスは、不意に辺りを見渡した。どこまでも続く広い湖は陽光を反射して煌めいている。同じ場所とは思えないほどに美しい光景へと様変わりしていた。

「もっと全体を見てみるか?」

「え、いいの?」

 見てみたかった。今はもう無い、モアという国があったその地を。軽く頷いたレヴィは大きく翼を羽搏かせて、さらに上空へと飛び上がって行く。雲が近くに感じられる程の高度まで登った所で上昇を止め、ゆっくりと湖の周りを巡るように旋回し始めた。

「本当に広いんだなぁ……」

 少し遠くへ視線を向ければ、グラディオス帝国の城がうっすら見える程の高さにいる。そんな上空から見下ろしても端から端までが遠く、いかに広大な国だったのかが窺えた。

「ルティのおかげで、この地は蘇る。人が住むには不便だろうが、命は芽吹くだろう」

 いつか、この場所で亡くなった人々を慰める花も咲くかもしれない。かなりの無茶をした自覚はあるけれど、ルティウスに後悔は無かった。


***


 ずっと喉まで出かけている言葉があった。

 ルティには伝えておくべきだろうと思いながら、結局言えずにいる。 

 彼は自らを皇子だと言っていた。いずれは国を統べる立場にあり、民を大切に想っている事は彼の雰囲気や話し方からも想像出来る程。


 だからこそ、言えなかった。

 このクレーター…既に湖と化しているが、モアの大地を消し去り、人々を消滅させた事件の真相を。


 あの日、百万の命がこの世から消えた。何もかもを消し飛ばし、千年経っても再生しない程の傷が大地に残されてしまったのだと。

 もし真実を知れば、ルティは私を軽蔑するだろうか。彼は自身の目的と共に私の封印を解く方法を知ろうとしている。その封印自体が、私が犯した罪のせいだと知ったら……。

 まだ出会ってほんの数日だというのに、彼を幻滅させてしまうのは嫌だと感じている。

「ねえ、レヴィ?」

「どうした?」

 今も無邪気に空からの景色を楽しんでいるルティが、明るい表情と輝くような眼差しで問い掛けてくる。話す事を避けたいと思っている、核心部分について…。

「モアを消滅させた災害って、どんなものだったんだろう?知ってる?」

 正直に話すか、はぐらかしてしまうか迷う。話したくないと誤魔化せばきっとルティは深追いしてこない。そんな彼の優しさに甘んじたままで良いのだろうか。

「……って、知ってたら教えてくれてるよな?」

「…ッ!」

「……レヴィ?」

 気付けば移動を止め、湖のちょうど中央部分で滞空していた。この真下は、かつてモアの大神殿があった場所。私が全てを失い、全てを奪った場所。

「お、おい?レヴィ…一体どうし……」

「私だ」

 何かに追い立てられるかのように、その一言が自然と零れ出ていた。


「モアをこの世から消したのは、私だ……」




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