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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十五話

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 宿の食堂で朝食を済ませ、部屋へ戻ったルティウスは再び昨晩から始めている魔力制御の訓練を始めていた。

 手を翳し魔力を寄り集め、小さな水滴を一定に保ち続けるという一見すれば地味なものでも、膨大な魔力量を有するルティウスにとっては戦闘で派手な魔法を放つよりも圧倒的に難易度が高かった。

 ベッドの端に座り奮闘するルティウスを監督するレヴィは、すぐ隣に座り指先一つで完全に制御された水滴を維持し続けている。

「ほらルティ、また水滴が揺らいでいるぞ」

「うぅ⋯」

 全てはレヴィの傷付いた核を治癒させるため。その想いだけで臨んでいるものの、まだ成長の兆しは見られない。

 成果を出せない悔しさから表情を歪めるルティウスの心の揺らぎは、そのまま魔力を注ぎ続けている水滴へと表れる。

「うわっ!」

 唐突に弾けて飛沫を飛ばした水滴は、床やルティウスの服を濡らしていた。

「あぁ~⋯またやっちゃった⋯」

 ごく小さな水滴だったおかげで、それほど広く濡れた訳ではない。けれど失敗してしまった事そのものに落胆するルティウスは、そのまま項垂れて弱音を吐いてしまう。

「⋯俺、本当は魔法の才能無いのかな」

 こんなにもレヴィが付きっきりで指導してくれているのに、応えられない事が悔しく両手を握りしめた。

「才能が無ければ、お前の得意な魔法剣も扱えていないだろう」

 未だに右手の指先だけで水滴を維持したままのレヴィが言うも、ルティウスは溜め息が零れるのを止められない。

「早く⋯レヴィを治してあげたいのに⋯⋯」

 ぽつりと呟かれた声を聞いたレヴィは柔らかく微笑み、維持していた水滴を瞬時に凍りつかせ、直後には弾けるように霧散させた。

「剣の時もそうだったが、お前は結果を焦り過ぎだ」

 俯くルティウスの頭を撫でながら、感じたままの感想を現実に照らし合わせて告げる。

「本当に才能が無いのなら、私が教えようとはしていない」

 柔らかな緋色の髪をそっと撫でる大きな手。慣れたその感触に心が落ち着くのと同時に、ルティウスは気付いてしまった。

 咄嗟にその手を掴み、ルティウスはレヴィの表情を見上げる。

「⋯レヴィ?」

 金色の眼差しは変わらず優しげで、だからこそ違和感を覚えてしまう。

 いつも自分に触れてくる暖かいはずの手が、酷く冷え切っている。

「あんたの手、こんなに冷たくないよな?」

「⋯たまたまだろう」

「また、魔法で冷やしてるんじゃないよな?だって聖石は光ってない⋯」

 指摘してやれば、レヴィの瞳は僅かな揺らぎを見せる。それはレヴィが大事な何かを隠している証にも思えた。

「ちゃんと言ってよ、レヴィ」

 真剣な声と表情で詰め寄るルティウスを見下ろして、掴まれていた手を引いたレヴィは視線を逸らし、観念したように呟いた。

「迂闊だったな⋯お前が、こんな事で気付いてしまうとは⋯」

 度重なる接触はそれこそいつもの事。だからこそバレるはずがないと高を括っていた。けれどほんの少し頭を撫でただけで、ルティウスは異変に気付いてしまった。

「レヴィ、誤魔化すな。ちゃんと俺に話せよ」

 するりと離れていった白い大きな手を再び掴んで、確かめるように肌の冷たさに触れる。ほんの少しだけ震えている事が分かり、暖めるように自身の小さな両手で包み込んだ。

「⋯本当は、寒がったのは俺じゃなくてレヴィなんじゃないの?」

 体温を伝わらせ温もりの移った手は、次第にルティウスが良く知る暖かい手に戻っていく。

 そうして震えが僅かに収まったレヴィは困ったように笑い、目の前の小柄な身体をそっと抱き寄せた。

「⋯レヴィ?」

 どこか躊躇いがちに背中へ回された腕も、ほんの少しだけ震えていた。

「⋯今の私は、ルティよりも寒がりになったかもしれない」

 徐々に擦り寄ってくる大きな身体はまるで体温を求めているかのようで、離せと叫ぶ事も逃げる事もしなかった。

「核の傷⋯そのせいなんだろ?」

 今までに無かったレヴィの異変。その原因は一つしか思い浮かばない。確信を持って尋ねれば、答えるように背中へ回された腕に力が込められた。

「やっぱり、俺のせい⋯だよな。急に居なくなって、あんな事になったから⋯」

「だがそれも、私がお前にちゃんと話していなかったせいだろう」

 そうして自責の念を主張し合うルティウスとレヴィだが、不毛な張り合いをしているのだと先に気付いたルティウスは思わず噴き出し、レヴィの胸元でそのまま笑いだしてしまった。

「⋯⋯ルティ?」

 ゆっくりと身体を離し怪訝な表情で見下ろすが、ルティウスはまだ笑ったまま。

「何か可笑しな事を言ったか?」

「⋯だって、俺もレヴィも⋯⋯自分のせいって、譲らな過ぎてさ⋯」

 言われてようやく、レヴィも気付いた。

「確かにな⋯全く、ルティは本当に頑固で困る」

 笑みを浮かべて吐き捨てられた言葉に、ルティウスも思わず食らい付いてしまう。

「頑固なのはレヴィの方じゃないのか?」

「お前ほどじゃない」

 そうして再び意地と主張の応酬が始まりそうになり、溜め息を吐いたルティウスがレヴィとの距離を詰めるべく、ぴたりと寄り添うように座り直した。

「⋯し、仕方ないから⋯寒くないように、くっついててあげるよ」

 仄かに頬を染め、照れを見せながらも密着してくるルティウスの反応に驚き、レヴィは金の瞳を見開いた。けれどすぐにその目を細めて、すぐ側に感じる優しい少年のぬくもりへと寄り掛かる。

「お前の小さな身体では、足りていないがな」

「うっさいよ!これから成長するから!」

 もう十八歳だが、まだ十八歳。きっとまだ背は伸びる⋯望みの薄そうな将来への展望を抱きつつも、ルティウスは再び手を翳し、魔力制御の練習を再開しようとした。

「⋯⋯あっ」

 だが直後、何かを思いついたルティウスは隣のレヴィを見上げ、あるひとつの案を口にした。

「俺の火炎魔法でさ、暖を取れないかな?」

 レヴィは言うなれば、冷却に寄った属性の持ち主。けれどルティウスならば、炎も操れる。その事実を思い出しさも名案を閃いたかのように輝いた瞳を向けているものの、レヴィは呆れたように冷めた目でルティウスを見下ろしていた。

「やめておけ。宿はおろか村ごと燃やし尽くす気か」

 ルティウスの魔力制御の雑さを考えれば、容易に想像の出来る最悪の失敗。現に僅か数日前、森を焼き尽くしかねない炎を上空から降らせ、その後始末をレヴィがしたばかりだった。

「⋯だよね。うん⋯⋯地道にやろう」

 森の木々へ延焼させかけた事を思い出したのか、ルティウスは素直に諦めて制御の練習へと取り掛かる。

 真剣な表情を浮かべて再び水滴の維持を続けるルティウスを見下ろして、けれどレヴィは穏やかな笑みを浮かべていた。

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